004 西野千尋
相変わらず、つかみどころのない父だ。いや、母親も同様だが。
「分かったよ、近いうちに壮麗学園へ入る」
『どうせ、近いうちだと一生入らないだろう? そうだな、あしたへでも入れ』
「は?」
『霞の制服を着ていけば良い。成長期に入る前のあの子のものなら、入るだろう?』
「いやまぁ、そうだけどさ」
『すでに、壮麗学園には通達してある。だから、あしたから学校へ通え』
「……分かったよ。言いたいことはたくさんあるけど、アンタにそれを言ったところで無駄だよな」
『聞き分けの良い子で助かる。では、あしたを楽しみにしておきたまえ』
天上天下唯我独尊を突っ走る父に、なにか意見するほうが愚かしい。寛太は溜め息をつき、偽名を考えることにするのだった。
*
だいたい、夕方6時に起きたのに、朝9時までに起きろのはかなり難しい。
結局徹夜してしまった。あくびを何度もしながら、寛太は、朝飯代わりのシリアルを牛乳もかけずにポリポリ食べる。
「……アニキ、なんで牛乳かけないの?」
水泳部所属で、肌と髪色が焦げている妹・霞の怪訝な面持ちをよそ目に、寛太はシリアルを袋ごと食べる。
「ふぁー、眠い」
今すぐにでも眠りたい。というか、寝て困ることがあるのであろうか。そんな疑問を抱えつつ、エナジードリンクを飲み干す。
「早死にするよ?」
「もう死んでるようなもんだしね」
寛太はそうおどけ(?)、霞が用意した制服を着始める。
「スカートって、すーすーするな」
「一応男女兼用のスラックスもあるけど」
「ま、見られて困るような下着じゃないし、スカートで良いや」
トランクスパンツを見られたところで、誰も得しないし損もしない。
「いやー、きょうもきょうとて暑いな」
寝不足でふらふらしてしまう。おまけに、本日の気温は35度越え。水分をしっかり摂らないと、熱中症で倒れる羽目になる。
「サボっても良いんだよ?」
「さすがに、転校生が来るのにサボれないだろ。さて、もう〝おれ〟って言ったらイタイな。私、それともあたし? はたまたウチ?」
「無難に私で良いんじゃない?」
「なら、私っていうわ」
「けど、歩き方が女子っぽくないかも。もうちょっと内股にできない?」
「無理」
「でしょうね」
この姿になってから、妹・霞が妙に優しい。やはり見た目は大切なようだ。ルッキズムだとか声高らかに言われていても、人間の第一印象は見た目で決まってしまう。
「ま,男勝りの女子ってことで誤魔化せる。さて、電車へ乗るか」
最寄りの駅から2駅先に、壮麗学園がある。また、駅まで5~6分くらい歩くので、トータルで12分くらいかかるはずだ。
「見ろよ、中学部のプロスペクト第1位だ」
「隣にいるのは誰だ? 第1位は確か、ぼっちだったはずだけど」
「第1位も美人だけど、隣のはその比じゃないな。フランス人形みてェだ」
壮麗学園の制服を着た者が、ひそひそすらしていない噂話をしている。むしろ寛太のほうが気になる始末だ。
「なぁ、普段から色々言われてンのか?」
「まぁね。あたし、プロスペクト第1位だから」
「天才故大変ですな」
「有名税だと思えば、なにも感じないよね」
「まぁ、確かに」
寛太は内心思う。
(霞、ぼっちなのか……)
兄としては、やはり妹の立ち位置が気になる。一般論として、男子より女子のほうが孤立しづらいので、余計にだ。
*
霞は中学部2学年だが、寛太は1学年からの編入となるため、学校へついた途端バラバラになった。
先生から学生証を渡され、寛太は思わず二度見してしまう。
(西野千尋……これ、母親の名前じゃねェか)
あの親父、よほど妻を溺愛しているらしい。しばらく慣れるのに時間が必要そうだ。




