↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
満州に咲いた命  作者: 月羽めい
第三部 故郷での再出発
PR
61/65

第六十一章 それぞれの選択

清子が過去を語った日から、家族の中には静かな変化が生まれていた。


それまで、誰もが自分の苦しみだけを見ていた。


静香は身体のこと。


一新は父への葛藤。


新潔は失われていく視力への不安。


正恵は過去の傷。


しかし、清子の話を聞いたことで、皆が気づいた。


自分たちが抱えている苦しみもまた、長い命の流れの一部なのだと。


その気づきは、やがてそれぞれの家族の胸にも、静かに波紋のように広がっていった。



静香は、朝の光の中で幸江を見つめていた。


幸江はもう、母に守られるだけの子どもではなかった。


自分の考えを持ち、母を気遣う年齢になっていた。


「幸江。」


静香がやわらかく呼ぶ。


「はい?」


「あなたは、自分の人生をちゃんと生きなさい。」


幸江は目を瞬かせた。


「お母さん、急にどうしたの?」


静香は少しだけ笑って、娘の髪をそっと撫でた。


「私はね、ずっと誰かを守ることばかり考えてきたの。」


「でもね、あなたには、あなたの幸せを選んでほしいのよ。」


その言葉は、母から娘への、静かな祈りだった。


その静かな願いは、別の場所で父としての覚悟を新たにする一新にも、確かに届いていた。



一新は、家族との時間を大切にするようになっていた。


以前の自分なら、悩みや苦しみを抱え込んでいた。


そして、酒に逃げそうになったこともあった。


しかし今は違う。


見栄と勲の父親として。


蘭々の夫として。


家族に向き合う覚悟を持っていた。


「父さん。」


勲が遠慮がちに声をかける。


「ん?」


「大きくなったら、父さんみたいになりたい。」


その言葉に、一新は一瞬、息をのんだ。


昔の自分なら、そんなふうに言われる父親ではなかった。


「……そうか。」


一新は照れくさそうに笑い、息子の頭を大きな手でくしゃりと撫でた。


「ありがとな。」


それから、少しだけ真顔になって言う。


「でもな、俺みたいに無茶はするな。」


「お前は、俺よりもっと優しい男になれ。」


その言葉には、自分への悔いと、息子への願いが滲んでいた。


家族を支える思いが形を変えるなかで、新潔もまた、自分の不安と向き合っていた。



新潔は、自分の未来と向き合っていた。


視力は少しずつ変化していた。


以前なら簡単にできたことも、慎重にならなければならない。


時には、不安で眠れない夜もあった。


「もし、ほんとうに見えなくなったら。」


その恐怖は、簡単には消えなかった。


それでも、家族の存在が彼を支えていた。


そんな新潔を支える言葉は、すぐそばにいる定子から返ってきた。



ある日、新潔は定子に言った。


「……これから先、俺は、いろいろ迷惑をかけるかもしれない。」


定子は少しだけ眉を寄せ、それから静かに首を振った。


「何を言ってるの。」


「家族でしょう。」


「迷惑なんて、思うわけないじゃない。」


その言葉に、新潔はふっと肩の力を抜いた。


人は一人では生きられない。


支えることも、支えられることも、家族なのだ。


支え合うことの意味を知ったあと、正恵もまた、自分の過去を見つめ直していた。



正恵は、依子と瑞希を見ながら考えていた。


自分の人生には、後悔もある。


もっと強ければ。


もっと早く逃げられていたら。


子どもたちに苦しい思いをさせずに済んだかもしれない。


そう思うこともあった。


しかし、依子がふいに振り向いて言った。


「お母さん。」


「私、お母さんの子でよかったよ。」


その言葉に、正恵は目を伏せた。


胸の奥にずっと沈んでいた後悔が、少しだけほどけていく。


「……そう言ってもらえるだけで、救われるよ。」


かすれた声でそう返すと、正恵はそっと笑った。


その思いは、傷を抱えながらも前を向こうとする瑞希にも重なっていった。



瑞希もまた、自分の傷と向き合っていた。


左眉に残った傷。


幼い頃の恐怖。


消えることのない記憶。


それでも、もう傷だけを見ることはなくなった。


鏡の前で、瑞希は指先でそっと傷の上をなぞり、静かに息を吐いた。


「これは、私が乗り越えてきた証。」


そう思えるようになっていた。


そうして大人たちの変化は、次の世代にも少しずつ伝わっていった。



そして、孫たちにも変化が起き始めていた。


それぞれが、自分の未来を考えるようになっていた。


どんな仕事をするのか。


どんな人と出会うのか。


どんな家庭を作るのか。


人生は、自分で選ばなければならない。


その流れの先で、清子は子どもたちに大切なことを伝えようとしていた。



ある夜。


清子は子どもたちを前に、ゆっくりと言った。


「人生にはね、どうしても選ばなきゃいけない時があるの。」


「怖くても。」


「間違えるかもしれなくても。」


「自分で決めた道なら、ちゃんと歩いていけるものよ。」


静香は母の言葉を聞きながら、静かに目を閉じた。


自分もそうだった。


身体のこと。


結婚。


離婚。


母になること。


すべて、自分で選んできた人生だった。


その言葉を胸に、清子は静かな夜の庭へ出た。



清子は庭に出て、夜空を見上げた。


昔の自分なら、未来など想像できなかった。


しかし今。


目の前には、未来を選ぶ子どもたちがいる。


そして、その先には孫たちがいる。


命は、ただ繋がるだけではない。


思いも。


強さも。


優しさも。


受け継がれていく。



清子は静かに笑った。


「みんな、自分の人生を生きなさい。」


「それが、お母さんの一番の願いだよ。」


家族は、それぞれの道へ歩き始める。


満州から始まった物語は、新しい時代へ進んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。