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犬が吠え、猫が導く  作者: ロース山


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2/3

吠えろ

 初めて会った時のことを覚えている。

 学校で理不尽な理由でイジメられて、面倒くさくて、学校に行きたくなくて、吐いて、少しでも良くなるようにと実家の財閥が信仰している猫の祭祀場に閉じ込められて憂鬱になっていた。

 廊下には、古びた額がいくつも掛かっていた。

 『猫は幸福を連れてくる』

 『猫は良縁を招く』

 これは良い方だ。

 中には猫を拝み倒しすような掛け軸が、恥ずかしげもなくいくつもあった。

 両親は猫を熱心に信仰してるけど私はそれなり。というか全く信仰してなかった。

 どちらかと言うと狼が好き。

 なのに屋敷は猫のアンティークだらけ。

 持ってた腕時計型情報端末まで猫デザイン。

 猫じゃないのは指輪だけ。

 使用人達はみんな猫信仰で、猫にすがるその姿は不気味だ。

 せめて外の空気が吸いたくて、出かけた花畑に君はいた。

 始めは家の人が私を喜ばせようとドッキリで大好きな遊園地のマスコットキャラクターを招いたのかと思った。

 それくらい、君は二足歩行の狼みたいだったから。違うと気がついたのは周りに君の仲間―――群れがいたからだ。

 始めはちょっと怖かった。笛を吹こうかと思った。

 だってその時君はとても汚かったし臭かったんだもん。不審者だと思うよ。


 それでも話しかけたのは、こちらを見る君の目がとても綺麗だったから。

 君を見る群れの目があまりに温かだったから。


 いいな、と思った。

 そう思った瞬間声をかけることに決めた。

 でも直接話しかけるのは照れくさくて、君の仲間に声をかけた。君はぎこちなく動きながら、優しそうなワンちゃんを紹介して撫でさせてくれた。

 色んな事を聞いてみた。君の話は面白くて、同じ国に住んでいるはずなのに異国から来たみたいだった。

 でも一番ドキッとしたのは君が"猫のお客様"だと知った時。


『猫は幸福を連れてくる』

『猫は良縁を招く』

 ―――そんな言葉を思い出した。


 ちょっとした運命を感じた。

 なのに、君は帰ると言うから慌てて引き止めた。


 だから、迎えの人が銃を構えたりしてとても焦った。

 そんなことして帰っちゃったらどうするの?!

 咄嗟にこう怒鳴る自分がいた。

「無礼者ッ!

 猫のお客様に銃を向けるとは何事か?!

 その無粋なものを下げよッ!!」

 "猫のお客様"

 この言葉は迎えの人に、私が怒鳴る以上の衝撃を与えていた。

 ここの人―――というか、私以外の末端の者まで猫信仰なんだよね。

 猫のお客様である君はとても丁重に扱われたが、翌日には帰ると言った。

 仕事があると言う。

 そのトシでもう仕事してるの?!

 私は驚いていたが、癖というか、びっくりするときほど余裕を持ったふりをしてしまう。

 また遊びに来て―――大丈夫だろうか、こんな言葉でまた来てくれるだろうか?

 不安だったが彼は来てくれた。

 少しずつ、少しずつ彼のあらゆるぎこちなさが取れていった。

 日に日にこちらを見る君の目が綺麗になっていく。

 ねぇ、どうしてそんな目で私を見るの?

 小綺麗になったり、オシャレになったり。

 まるで原石が磨かれていくみたい。

 ワクワクドキドキ。

 仕事の関係上、君は不定期にここに来る。だけど毎日菜の花畑で出かけて君を待つ。

 真っ先に君に会えるように。

 次はいつかな。次はいつかな。

 そうやってソワソワした毎日を過ごしていたら、君はうちに住むという!

 両親が何やら交渉したようだが、どんな事を言ったのかは教えられなかった。

 ズルい。私も知りたい。

 どうやって彼を引き留めたのか。知りたい知りたい。

 そうしているうちに君は私とは別の名門校に放り込まれ、見事人間関係の構築に成功したらしい。すごい。

 社会経験があるのとでは違うのだろうか?

 私は惨敗だったのに。

 私は体調が良くなって、学校に復帰することになった。両親にお願いして、ここの屋敷から通わせてもらえることになった。

 何が起きても楽しくいられるように。

 あの残忍な目を思い出すたびに震え上がる。

 舌舐めずりしそうな、いたぶることに躊躇がない目。

 怖くて怖くて、思い切って君に相談したらこう言った。

「目が合った相手から、目をそらすな」

 犬は獰猛な牙を持つが、争いで必ずしもそれを用いるとは限らない。と

 なぜ犬なのかは置いておいて

 あの目を見つけ続ける?!

 そう思ったけど、君の言葉は不思議なことにストンと胸のうちに入った。



 学校に復帰した日。

 やはりクラスメイトの目が合う人合う人、誰もがこちらを嘲る目で見てきた。

 でも目を離さずにいたら、次第に戸惑った目に変わり、怯えたように目を逸らしていった。

 それは彼女も同じだった。

 このクラスのボスなのに、残忍なあの目が10秒ほど目を合わせただけでみるみる縮んでいき、目をそらした。

 ちなみに、いじめられている時にその原因であるにも関わらず全く庇ってくれなかったヤツはさっぱり無視した。

 それ以来平穏な日を過ごしていた。


「ありがとうっ! よく効いたよ!」

「なにより」

 学校から帰ってきて一番に君にお礼を言いに行った。

 そして、ついに遊園地に行くお許しが出たことを言った。

 正確にはそのマスコットキャラクターのミッチーくんに会いに行けるとだが。

 そこから君の様子がおかしくなった。

 グリーンピースを押し付けても全部平気そうな顔で平らげるし、何でも―――明日群れ抜きで外へ遊園地に行こうと言っても―――頷いた。

 おかしい。

 君は群れを大切に思っていて、学校へ行く以外は喜びも悲しみも、分かち合おうとするのに。

 疲れているのかな?

 今日はそっとしておこう。


 ふわり、ふわり

 私の前を、何かが歩く。

 ふわり、ふわり

 チラリと振り返るとまた歩く。

 待って、待って。


 ハッとベッドの上で目が覚めた。

 なんだか重要な夢を見た気がする。

 なんだか早く君の元へ行かなくちゃいけない気がする。

 急いで今日専用に準備した服に着替えて、君の寝室に行く。

 そしたら君はベッドの上で群れと共に寝ていた。

 ずっと涙を流しながら。

 ぎゅっと胸が締め付けられる。

 近づくと、地鳴りのような音がした。

 威嚇だ。

 群れが私に対して威嚇をしている。

 たじろいだ。

 なぜ。最近は私を群れの一員として迎えてくれたはずだ。

 獰猛な牙があらわになる。

 そう。君は教えてくれた。

 犬は獰猛な牙を持つと。

 しかしこうも言っていた。

 争いで必ずしもそれを用いるとは限らない。と

 深呼吸をする。胸を張った。

 目を見る。特に、ひときわ大きな体格の犬の瞳を。

 少しずつ、少しずつ。

 威嚇が静かになっていき、群れの瞳が穏やかになる。完全に威嚇がなくなってから5秒ほど待ち、少年の下へゆっくり近づき、ゆさゆさと揺すった。

「ん…」

 ぱちぱち、とまばたきをして君は目を覚ました。

 涙も止まった。

 ただ、目が腫れぼったい。

「おはよう! ミッチーくんに会いに行こう!」

 と言うと、少年は虐待されている子供のようにぎゅっと揺れた。

 うろうろ、と視線を彷徨わせ口を開く。

「わかった」

 君がそう答えた途端、目を見開き君は驚いていていた。

 私も驚いた。行くと思わなかったからだ。

 確かに君は律儀で一度約束したら最大限守ろうとしてくれる。

 でも今の反応からして否定的な反応が返ってくると思ったのに。

「なんでそんなに目が腫れているの?」

「ちょっと楽しみで、眠れなくて」

「えー? お子さま!」

 やっぱり変だ。塩を舐めて「甘い」と返すぐらいの違和感がある。

 取り敢えず家の人を呼んで、蒸しタオルと濡れタオルを用意してもらって君の目の腫れを治した。

 そうして君は、私と一緒に車に乗って遊園地へと向かった。

 連休だから人がごった返す。はぐれないように手をつないだ。

 なんとか君に楽しんでもらいたい。そうするためには何が良いか―――

 そう考えた時。

 小さな子供が叫んだ。「あっ、ミッチーくん!」と

「ミリーちゃんもいるよー!」

 彼はミッチーくんとミリーちゃんを見て、「な、何だあれは…」と度肝を抜かれていた。

 ひょっとして国際的人気キャラクターをご存知ではなかった?!

 私がその事に度肝を抜かれていると、


 ふわり、と

 君の中から、猫が現れた。

 左右で色の違う目でこちらを見る。

 忘れていた、夢の内容を思い出した。

 そしてあっという間に人混みに消えていった

 今のって…

 猫の神さま?

 と思ったが、それを言うのは無粋な気がして

 私は君に「楽しもう!」と言った。


 君がミッチーくんを私の恋人だと勘違いしていたのを知って、大爆笑をするまであと少し。

 そしてそれで泣いていたと気がついて、君の想いを知るまで、もうしばらく。





続きは6/02です。

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