ジェヴォーダンの獣。5
歌ちゃんが出て行ったほうを見ながら
獣は言う。
『大丈夫?…あの子、すごく驚いていたわ』
『大丈夫だよ』
夢ちゃんは特に気にする様子も無い。
『歌ちゃんは大丈夫。』
『そう…ずいぶん信頼しているのね?』
『そうだね。』
そのやりとりのあと、
開けっぱなしの扉から、
おそるおそる歌ちゃんが顔をのぞかせた。
『ほらね』
『本当だわ』
『ゆ、夢ちゃん先輩?…そ、その獣は?』
『今、お話してたんだよ』
『た、食べられちゃいますよ?』
夢ちゃんは獣を見る。
『食べるの?』
『食べないわよ。』
まだおっかなびっくりしている歌ちゃんの
手をひいて、青空色のテーブルに連れてくる。
『歌ちゃん、おかえり。ありがとね。』
『は、はい…』
『あのね、この子…獣。獣、この子、歌ちゃん』
『は、はい…』
『初めまして、歌さん。ワタシ獣。
…驚かせてごめんなさい。』
歌ちゃんは、ずいぶん礼儀正しい獣だなと思った。
獣に挨拶されたのなんて初めてだ。
『はじめまして…歌です。』
そうして、本題に入る。
『僕が歌ちゃんにお願いしていた…
女の子は、見つかった?』
『はい。』
『夢ちゃん先輩に言われた、えーっと…
あ、これだ。』
歌ちゃんは何やら紙の束をゴソゴソやって
その中から1枚を取り出した。
『ニュイちゃんですね』
『えっ?』
獣はその名前が
歌ちゃんの口から出た事に驚いた。
『どうして…?』
獣の動揺に気づけなかった
歌ちゃんは続ける。
『はい、あ…でも…』
その言葉をさえぎるように
夢ちゃんが立ち上がる。
『うん。いいよ。』
『え?』
『もういいよ。これからみんなで、
ニュイちゃんのとこに行こう。』
『でも…ニュイちゃんは…』
夢ちゃんはつぶやく…
『行かなきゃ…。』
『夢さん…あなた…なぜ…』
獣が夢ちゃんを見上げる。
『そうだよ。獣が探していた女の子、
ニュイちゃんを、僕も探していたんだよ。』
『…なぜ…ニュイちゃんを知っているの…?』
夢ちゃんは獣に向かって真剣な顔で言う。
『…どう話したらいいのかわかんない。』
少しの混乱…だが獣はさすがレディで、すぐに落ち着きを取り戻した。
この不思議な子を信じてみよう。
そう決めた。
『わかったわ。行きましょう。』
えーっと?
と混乱する歌ちゃんを尻目に、
夢ちゃんとレディはお出かけの準備を始めている。
『…わかりました。』
夢ちゃん先輩が、そう言うのなら、
きっとみんな全部ハッピーになる。
大丈夫。
歌ちゃんも準備を始めたが
ふいにその手を止めて、
『あ、そういえば獣さん』
『何かしら?歌さん』
『さっき獣さん、自分の事を獣って
言ってましたけど…』
『そうよ。ワタシは獣だわ。』
『…名前とか無いんですか?』
獣は不思議そうに首を傾げる。
『ないわ。』
『え?ないんですか?』
『獣に、名前という概念は無いの』
『そうなんですね』
『そういうものよ』
ふーん。
そういうものなのかあ…
それが当たり前っていう事も、あるんですね…。
『あ、でね、夢さん』
獣の声がはずんでいる。
『うん?』
『ワタシね、
久しぶりに、ニュイちゃんに会えたら…』
夢ちゃんは寂しそうな顔をして言った。
『…会えないよ』




