隣に立つ者
隣に立つ者
『握力に取り憑かれました』
『え? 悪霊に?』
『違います。握力です。』
そんな会話をしているのは、
今回の依頼人、初流乃ちゃん。
と、歌ちゃん。
秋の昼下がり、お外には赤く橙に色づく葉っぱが、ひらひら。綺麗だな。
『あくまで握力です……』
『握力……』
歌ちゃんの表情。緊張をかくせない。
レッスン1。
《《握力は、握力に取り憑かれた者にしか見えない!!》》
『私には、その……握力? 何も見えません。』
歌ちゃんは目をこらして、何も無いハルノちゃんの頭の上あたりを見つめる。
『普通の人には見えないみたいです。』
ハルノちゃんは、ふ。
と、ため息的なため息をする。その孤独の心のありさまが見て取れる。
『その……握力って、例えばどんなアレが……』
握力に取り憑かれるとは?
歌ちゃんの疑問。
来店者ノートはまだ白紙のまま。
ハルノちゃんは語る。
『握力に気づいたのは、こないだ高熱を出して寝込んだその後からです。少し元気になった私は、オレンジゼリーを食べようと思って、プラスチックのスプーンのビニールの包み紙に手を伸ばしました……』
緊張。
『そうしたら、まだ触ってもいないのに、
スプーンが空中に浮かび、ビニールがぴりぴりと音を立ててオープンされていくのです。』
『……まるで、ポルターガイスト現象……』
『握力です。』
『またこんな事もありました。私がお花畑に行こうと、汽車に乗り込もうとした時です。
くいっと私の服の裾を引っ張る感覚。後ろを振り向いても誰もいませんでした。あれ?誰だろう。確かに誰かに引っ張られたのに、と。
そうしてモタモタしているうちに、汽車は私をホームに残したまま発車して行きました。』
『……悪霊』
『握力です。そしてこれはあとから知った話ですが、わたしが乗り込もうとしていた、
その汽車は強冷房車両だったらしくて。
もしもあの時、そのまま汽車に乗っていたら』
ハルノちゃんが、窓の外の赤い橙を切なげに見つめる。きっと切ないのかもしれない。
『私は、風邪をひいていたかもしれません』
『……!!』
沈黙のファンシーショップに、
時計の音だけが聞こえる。
ちくたく。ばんばん。
『なんだかハルノちゃんのお話を聞いていると、その握力さん、優しい子ですね』
『はい。私を見守ってくれている。そんな感じを感じています。いつも私の隣に立ってくれているような……』
良かったじゃん。
何かと便利そうだし。
優しい子ならなおさら。と、
時計がそう思っていたのかは定かでは無いけれど、そうしたら、なぜハルノちゃんは切なそうなの?と、
時計が思った。時計は秋に物思う。
レッスン2。
《《握力は、こちらからは触る事ができない!!!!》》
『この握力は、誰にも見えないし、
触る事もできません。そんな理解不能チックな設定を、世界中で私1人だけが持ってしまった。それがなんだか寂しくて……』
ハルノちゃんの孤独。
歌ちゃんは、ハルノちゃんを見つめる。
沈黙……。
なんだか、甘い匂いがしてきましたよ?
それはなあに?
『ただいまー。』
夢ちゃんが帰ってきました。
その両手に抱えている紙袋は何ですか?
『チョコビスケット芋ワッサン!』
甘い匂いの正体は、夢ちゃんのお買い物してきた、チョコビスケット芋ワッサンと、
夢ちゃんの髪の毛のふわふわの匂いで、
ファンシーショップの店内は、そゆので充満して、もう時計の音だけでは無くなった。
『おかえりなさい。夢ちゃん先輩』
歌ちゃんの指先から、緊張が緩む。
『はじめまして。私ハルノです』
ハルノちゃんも甘い匂いに、くらくら。
『みんなで食べよー。焼きたて』
微笑む、くいしんぼ夢ちゃん。
芋だよ。甘いよ。
それを、甘いチョコビスケットクロワッサンでどうにかしているのだから、暖かいし甘いよ。
それは、とても、幸せなんだよ。
なんにも解決してません。
お腹いっぱになったのに、珍しくねむねむしなかった夢ちゃんは、今回の依頼人ハルノちゃんのお話を改めて聞きました。
『うーんと。』
と、腕組みをして、
しばらく何かを考えていた夢ちゃん。
『ちょっと待っててね。』
と、言い残し、お部屋の奥へ。
『?』
『?』
ハルノちゃんと、歌ちゃんも?のまま、
夢ちゃんがゴソゴソしているのを、ただ見ていました。しばらくして、その手に小さな紙を持って戻ってきた夢ちゃん。それなあに?
『それではここで、以前ショップに届いたお手紙を紹介します。
——こんにちは。探偵さん、
じゃなくて夢さん。
私の名前は、シオバナです。』
と、夢ちゃんは、なんだかお手紙を読み始めた。
『私は、どうやら握力に取り憑かれたみたいです。それは先日、私が高熱で寝込んだ後の事でした——』
夢ちゃんの読み上げる手紙の内容は、驚くべきことに、ハルノちゃんのエピソードとほとんど同じで、オレンジゼリーと、オレンジじゃないゼリーとの違いはあったものの、スプーンのビニールがぴりぴりや、汽車の強冷房車両など、そして、その一見便利そうな握力に取り憑かれた事により、シオバナちゃんが人知れず抱えてしまった孤独感までもが、同じだったのだ。
『そんなことが……』
驚きのハルノちゃんと歌ちゃん。
『夢さん、そのお手紙を書いた人は、
いったい誰なんですか……』
ハルノちゃんが立ち上がる。
『はい。実は、さっき連絡してここにお呼びしています。それではどうぞお入りください。
シオバナちゃん。』
拍手が聞こえてきそうな雰囲気のなか、お手紙の主、シオバナちゃんが照れながらショップに入ってきて、ぺこりと挨拶をして、
ハルノちゃんの隣に座る。
初対面の2人は、少しぎこちないをしていたけれど、お互いに見つめるのは、何にも見えない、ハルノちゃんとシオバナちゃんの頭の上。
しばらくすると、
テーブルの上のチョコレートビスケット芋ワッサンがふわりと空中に浮かび、ほわりと二つに割れて、ひとつはハルノちゃんの手のひら。もうひとつはシオバナちゃんの手のひらへ。
その断面からは、
やわやわんとたちのぼる暖かの湯気。
ハルノちゃんとシオバナちゃんは、今度はお互いの目を見て、微笑みあった。
うん。
うん。
って、何かを確認し合うように、
うなずきあうふたり。
夢ちゃんと歌ちゃんには、甘み成分の含まれた湯気しか見えなかったけれど、
ハルノちゃんも、シオバナちゃんも、
笑顔でお互いの頭の上を見つめて。
そして、お互いの目を見つめて。
うん。
うん。
ハルノちゃんもシオバナちゃんも
夢ちゃんも歌ちゃんもみんななんだか、
ニコニコ。
なんか良かった。
と、時計が物を思った。
しばらくして、ふたりは夢ちゃんと歌ちゃんへお礼を言って帰っていきました。
しっかりと手をつないで。
握力は、こちらから触る事はできない




