31話
明石の部屋を出て、やまない雨の中遥の元へ向かう。
先輩に渡せて良かった…
けど、あんな調子で大丈夫かな…
一緒にとは言ったけど、果たしてどうなることやら…
伊達は先ほどの明石の様子を見て思う。久々汰の学校のイベントは楽しみではあるが、果たして自分にそんな余裕などあるだろうか、と。
暴走しそうだな先輩…
などと考えているうちに、視界の端に、しゃがんで壁に背中を預けている遥が目に入った。いつの間にか元の場所へ戻ってきていたようだ。
遥を待たせまいと急いだ為、若干息が上がっている伊達。
「遥、」
「いーくん…」
「お待たせ、帰ろ」
そう言った伊達の手元を見て、遥が不思議そうに目を細めて言った。
「うん。なに…?それ」
「かんよー植物」
「…なんで?」
「くれた…というか、せがんだ?…ら貰えた」
「…ふーん、何かぴょっこりしてるねこいつ…っと、オレ傘持つよ」
隣へきた遥がそう言うので、ハイ、と持っていた柄を遥に明け渡して、伊達は手元の鉢を持ち直した。
「雨、やまないねー」
しとしと降り続ける雨に遥がつぶやく。
「うん…あ、そう言えばさっき先輩と居たけど、何か喋った…?」
…色々喋ったのかな。
…何を二人で話してたのか気になる
「うん、ちょっとした世間話とか」
「世間話…」
…せんぱいと…?
傘に当たる雨粒を見ながら、伊達は想像する。
『雨降ってますねー』
『ああ、急に降るものだから困る』
『おにーさんも傘忘れたんですか…?』
『ああ、君もか…?』
『ハイ…しばらく降りますかねー?』
『どうだろうか…、所で君は見た所どっちもいけるな…』
『…?何の話し、おにーさん』
『説明すると長くなるんだが―…』
ぶんぶん、とそれを消すように伊達は頭を振り払う。
「でも面白かったよ、何か」
「何か…?」
「いーくんの事も聞けたし」
「…おれ…?」
予想外のこたえに伊達はきょとんとした顔で遥を見る。
「うん。いい人だね、あの人…ぶっ飛んでたけど」
「何聞いたの…?」
「えー…お店のメニューと一緒にいーくんの事おすすめしてた…?」
あ…だいたい察した。
「遥…真に受けないでね。たまに変なこと口走るからあのひと」
「そう?いーくんも、嫌いじゃないでしょ…?」
「ん?」
遥の言った意味がわからなくて、伊達は隣を歩く横顔にちらりと視線を向けた。
…あれ、遥…背伸びた…?
「あ、そだ。いーくん」
「…なに…?」
…雨、そろそろ上がるな。
バス停の乗り場付近に来たとき、遥が立ち止まり伊達を見た。
「オレ、来月飛ぶんだ」
「は…」
「あ、バックレる方じゃないよ。ちゃんと国際線の飛行機乗って…なんて所だったかな…?」
「…はるか…?」
いつもと変わらない調子で遥は言った。
「心配しないで、一年くらいで戻ってくるよ」
「は………?うそ、」
危うく手にした鉢を落としそうになる。
…急に何、驚かせようとしてる?
伊達は動揺を隠せずに意図せず笑いがもれる。
そんな伊達に「うそじゃないよ」と遥はいつもの様に落ち着いていた。
「びっくりした…?いーくん」
…うそじゃない、なら
「…何で…どっか行くの…?」
伊達は腕を組みながら片手に持った鉢を握りしめた。
「んー、話すと長いんだけど…。簡単に言うと再婚相手の都合」
「…」
「あ、バスきた」
遥に腕を引かれ足を進める。
「ちゃんと話すよ」
そう言った遥の顔は伊達からは見えない。
バスに乗る。一番前の席が空いていた。そこに伊達を誘導して座らせると遥は伊達の隣に立った。
「いーくん、そんなに見つめないで…」
と困ったように言われ、伊達は黙って窓の外を見た。
「…」
「おこってる…?」
伊達は窓をつたう水滴越し、流れる風景を見つめたまま首を振って否定する。
急すぎて、いきなり過ぎて思考が追いついてないだけだ。
遥…今どんな気持ちなんだろ
伊達は遥の諦めたようにも見えた顔を思い出す。
…そうだとして…俺に出来ることは…
伊達はガラスにうつる自分の顔をみて、ひどく嫌気がさした。
やり場のない気持ちの矛先をどこに向ければいいか、わからない。
◇◇
「いーくん」
ふいに遥に呼ばれ、伊達は窓から顔を離した。
「降りよ…?」
いつものバス停に着いていた事に、伊達は声をかけられてから気づいた。
バスを降りて、ドアがしまるブザー音を背に空を見上げる。
うっすらと白い月明かりが雲からもれて、やがて風で流れ月がのぞく。
「やんでるね」
立ち止まって空を見ていた伊達を追い越して遥は言った。
「うん」と伊達は気もそぞろに返事をする。
「あの、遥…」
「ねえ、いーくん、」
振り向いた遥の顔はどこか吹っ切れたように明るい。
「オレへーきだよ。不安も正直無いとは言えない…けど、楽しみ。ココだけじゃない世界が見れることも知ることも…それに連絡も取ろうと思えば取れるんだし…だから、大丈夫」
…連絡とれるなら…少しは安心
って…、勘違いでなければ、遥に慰められてる
…しっかりしないと
「それが遥の気持ちなら…いいけど」
遥の強がりか本音か、遥の大人びた捉え方は、伊達の知らない沢山の人が遥の周りにいる事も起因している。
遥は伊達を心配している、伊達がおもう以上に。自分が居なくなっても大丈夫だろうか、と。それを充分に知るのはもう少し先――
…聴きたいことも、言いたいこともいっぱいある
けど…おれはやだ、行って会えなくなるのも。心配だし、さみしい…
「俺も一緒行きたい…」
伊達の口からぽろりと本音が出た。
近づいて来た遥に抱きしめられる。ぎゅうぎゅうと隙間なく引っ付いてきた。
まて、まて遥…潰れるから、と伊達が挟まれた植物を救出する。
あ…意外と丈夫…
「…オレもー!連れていきたーい!やっぱりムぐ…ッ」
「はるか、しーー……!」
遥の声にギョッとした伊達。とりあえず、家行って話そうとモゴモゴ言ってる遥の口を塞ぎながら伊達は帰路についた。




