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27 過去の出来事

 私が生まれたのは小さな島。住人のほとんどが、漁で生活しているような場所だ。


 その村では子供は7つを過ぎると、神から人になると言われ、その年の祭りの時、海の神にご挨拶に向かう習慣があった。


 以前はそれなりにいたらしいが、年々子供は減り続けて、その年は私一人。


 別にたいしたことをするわけではない。輿に乗せられ、海に突き出した崖につくられた社に向かい、そこで祝詞を読むだけだ。…と聞かされていた。


 そう、それだけだ、と。


 けれど、その日はそれだけではすまなかった。


 輿が社の前に下ろされ、大人たちは後ろに下がる。神官が前に進み出ようとした時、それは起きた。


 突然起きた地震。


 多分地震の規模は大きくなかったと思う。古い家の多い地域だけど、家が潰れたともきかないし、津波も起こらなかった。だけど、地盤の関係だったのか、その地震の影響で崖が崩れ、先端にある社と私を巻き込み落ちた。


 幸い、下がっていた大人たちの所までは崩れなかったものの、周囲は大騒ぎになった。


 誰もが私が亡くなったと思っていたと、後から聞いた。


 社と共に海に落ちた私は、奇跡的に岩や暗礁などにぶつからず水に落ち…この光に包まれた。


『小さき者よ、我が子孫よ。其方を守ろう』


 声が聞こえたような気がしたけれど、よく覚えていない。


 青い光に包まれた私は、さほど濡れる事もなく、夜風に凍えることもなく、そのまま浜へと運ばれ明け方に発見された。


 今の今まで、その記憶はすっかり抜け落ちていたけれど……。




『此度は守り切る!』


 あの時と同じ声がする。でも今回は声にゆとりがない。我武者羅に腕を振り回す怪異のせいで、瓦礫の雨が止まないからだろう。


 それに、此度?此度は、ということは、前世での私の死は守ろうとして守り切れなかった、ということだろうか。


 眩く光るそれを見て、私は申し訳なさから眉尻を下げた。


 アレは仕方なかった。誰も予想などしていなかったし、誰があんなことがあるなんて考えただろう。


 私は……。過去の私は、駅の改札を抜ける瞬間に、前から来た人に刃物で刺されて、亡くなった。


 一瞬の事だった。


 誰が平和な日本で、そんな事が起きるなんて想像しただろう。


 犯人が誰かなんてわからない。ただ、意識が途切れるまで、複数の悲鳴を聞いたから、もしかしたら無差別に襲っていたのかもしれない。


 ほんの一瞬、ほんの一秒、違っていたら助かったのかも知れない。けれど。


 声に必死さと後悔が滲むように感じるのは、声の主もまた、人の部分を捨てられなかったのか。


 最初の連打の攻撃を弾き飛ばし、次の攻撃が来る瞬間、青い光は稲妻となって怪異を襲う。


 眩しい光。凄まじいエネルギーが空気を震わせる。


『穢れが!』


 叩きつけるようなそれを受け止められなかったのか、怪異の右半身が吹き飛ぶ。


 周囲の木々の焦げる匂い。真っ黒になった地面。


 怯んだ怪異を前に、お兄さまが印を組もうと手を伸ばした瞬間、その手に吸い込まれるように青い光が動き、一つの形を作る。それは……。


「刀?」


 青い光を纏い輝く刀身に、銀の波紋が浮かぶ。鈍色の鍔。柄に巻かれた掴巻きの色は深い青。この世界ではまだ見た事のない形の剣。これは。


「……日本刀?」


 実物は前世で生きていた時も見たことはないけれど、間違いない。テレビや、映画で見てきたものと同じ形。


 突然、手の中に現れた物を無意識に握り締めたのだろう。お兄さまも、ひどく驚いた顔をしている。

 が。


『貴様の呪いは貴様の手によってしか解かれぬ!守護者として生きるつもりがあれば、我を使え!』


 あたりに響いた声に、お兄さまが咄嗟に頷き、刀を振り被る。先ほどと同じように雷が走り、怪異に一撃を与える。


 血も何もでていない。それでもダメージは与えられたのだろう。周囲に悪臭が漂い、怪異の足元が崩れかける。


 空かさず、お兄様は刃を上にして刀を水平に持ち替え、前に出て、それを怪異に突き立てた。


 刃は怪異の腹部辺りに深くめり込み、それを確認した後、今度は上に引き上げた。


 怪異の体が裂ける。激しい断末魔の絶叫が、辺りに響く。


 そして。


 私たちの見ている前で、怪異は形を崩し、ドロドロとした粘性の液体になって地面に滴り落ちる。


 焦げた地面に、体液ともつかない液体が落ち切ると、その部分に唐突に青い炎が現れ、染み込んだ地面もろとも焼き尽くす。二度目の絶叫が響く。


 長く尾を引くその声が終わった時、辺りに静寂が訪れる。耳に届くのは、風が木々の葉を揺らす音だけ。


 終わったのだろうか?


 静けさの中で、半ば呆然としながら考えていると、私の疑問に答えるように、お兄さまの手の中の刀が形を崩し、光の塊となって消える。


「ああ、戻ったねー」


 隣にいてくれたサンドロが、何事もなかったかのように、のんびりとした声を出す。


「戻った?」


 元の世界に戻ったということだろうか。


 少し寂しさを感じながら尋ねた言葉に、サンドロが笑い、私の胸の辺りを指さす。


「ああ。君の中に戻った」

「え?」

「多分、次に君が生まれ変わり、魂が真新しい人生を始めるまで、それは君と共にいるんだと思う」


 両親が子供を見守るように。無償の愛ゆえに。


「まだまだ、私は認められてないわけか」


 いつの間にか側に来ていたお兄さまが、前髪をかき上げながらぼやく。そんな彼に、サンドロは一瞬眉を上げ、呆れたように両手の手のひらを上に向けた。


「認める、認めない、の問題じゃないだろう?親は親だ。そこは永遠に変わらないからね」


 いくつになっても、親は親。子供を心配するのは当たり前だ。仮令、元の姿を失っていたとしても。


 そう言ってから彼は私から少し離れ、大きく伸びをした。


「んーっ!今日は働きすぎた!」


 そうしてこちらを振り返って言う。


「でも、いいものが見られた」


 と。




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