28 お姉さまからお兄さまへ
行きは二人で乗った馬車に帰りは三人で乗る。
魔導で呼び寄せたサンドロだから、魔導で帰せばいいのだろうが、生憎今のお兄さまにそれだけの余裕がない。
無理やり連れて来られたサンドロは、馬車の停められた悪路を見て、「えー?お尻痛くなっちゃう」とか「久しぶりに太陽の下なんて、日焼けしちゃう」とか女子的発言をしていたが、お疲れなお兄さまの一睨みで黙り込んだ。
仕方なく馬車に乗り込んだ彼だったけれど。帰る間中文句を言い続け、本屋の前で「うるさい」と蹴りだされた。
そして、今。
「はー、癒される。疲れも吹っ飛ぶってこういう事なんだな」
何故か、私はお兄さまの膝の上にちょこんと座らせられ、ぬいぐるみよろしく両手で抱きしめられていたりする。
こんな事で癒されてくれるなら、いくらでもこうしているけれど。
大人しく、されるがまま、私は私の肩に顎を置くお兄さまに話しかけた。
「お兄さま」
「ん?」
「お姉さまにならなくていいのですか?」
それぞれ異なる怪異との二連ちゃんの戦いの為、お姉さまのドレスは埃まみれで、裾のレースも所々破損していた。その為家に帰ってすぐに入浴と着替えをしたのだが、それらを終えて家族用のリビングにあらわれたのは、お姉さまではなくお兄さまだった。
男性用のシャツにスラックス。
それはとても似合っていて、改めてお姉さまはお兄さまなのだと思ったのだが、結界の中以外では女装が義務付けられていると聞いていたのに、いいのかしら。
だからそう尋ねたのに、お兄さまは「もう必要ないから」と笑い、私の肩に自分の頬を摺り寄せた。
「必要ない。ですか?」
「ああ。さっき倒した二体目の怪異ね。アレが原因だったから」
だから倒した今、もう女装は必要ない。
そう言って、お姉さまだったお兄さまは、事の仔細を教えてくれた。
「前にも少し話したと思うけど、事の始まりは私の父が生まれたことだった。……父が能力を全く持たない子供だったから、祖父が事を起こした」
すでに、年々数を減らし続けていた能力者。それでも、少ないながらも、代々、能力者は排出されていた。しかし、祖父の代になると、能力を持った子供は、一族の中でも祖父ただ一人だったという。
その為、彼の結婚は、最も優秀な子供を産む為のものになっていた。
選ばれたのは、一族の中の美しい少女。彼女の曽祖父が能力者だったのだという。
勿論、政略結婚だから、お互いに情はない。けれど、祖父は彼女を愛し、彼女も祖父を愛した。けれど、二人の間には大きな問題があった。
少女の体があまり丈夫ではなかったのだ。それは、妊娠、出産に耐えられるのかと言うほど。
しかし、最初から優秀な子孫を残す為の結婚だったが故、二人にはそれを拒否することはできなかった。
結局、二年と言う時間はかかったが、彼女は妊娠し、そして出産した。自分の命と引き換えに、能力のない男子を産み落としたのだ。
それを知った瞬間、祖父は秘術を用いた。
彼女以外の人間と一緒になるつもりはなかったし、仮令能力がないとあっても、彼としては愛する人の形見を助けたかった。
長年こういう家業をしていれば、恨みもかなり買う。能力がない者しかいなくなり、術師の家として没落したと知られれば、復讐しようとする人間も多いだろう。それは人間だけではない。怪異からとて狙われる可能性がある。
だから。能力がないのなら、誰にも何も言わさぬほどの権力と財力を望んだのだ。それがあれば、守ってくれる者を雇うこともできる。全ては我が子を守る為に。その為に、彼はまだ見ぬ孫を犠牲にした。
『この子から生まれてくる最初の男の子供を贄にささげよう。だから力を貸してくれ』
その祖父の願いを聞き現れたのが、先程の怪異だったらしい。
怪異の手を借り、祖父は事業を起こし、軌道に乗せた。全てが順調だった。大半の人間は金で動くものだし、邪魔者は人間、怪異の区別なく、全て契約した怪異が片付けてくれた。
そうして、月日は流れた。生まれた子供は大きくなり、やがて父の跡を継いで貴族の兼業で実業家になった。
息子の才能と、怪異の手助け。この二つを受け、祖父は名の知れた大商人となり、国への貢献で伯爵から侯爵へと陞爵。
王家すら一目置くほどの財力を持つ事になった。
ここまで、のし上がれば、もう息子の心配をすることはない。
祖父はそう思っていた。しかし、人というものは「全て」を手に入れても尚、欲求の尽きない生き物だ。
息子の安全を手に入れた彼が次に望んだのは、孫の命だった。
孫は可愛い。単純にそう思える。だが、それ以上に彼の孫は、彼と彼の一族が待ち望んだ存在だったのだ。
術師としては恵まれた才。まるで伝説になった祖先の再来。一族が長く失ったと思っていたそれが、この子の中にある。
怪異との約束は約束。それは理解している。けれど、並外れた能力者であるこの孫を失うのは、あまりにも惜しい。
だから約束を破った。契約を結んだ相手を謀った。周囲を欺き、真実を秘匿して。
契約の中にある条件は「生まれてくる最初の『男の子』」。だったら、男の子でなければいい。
そう考えた彼は、もう一人の子供を連れて来た。同じ時期に生まれた女の子。
怪異は生まれたばかりの子供に『印』をつけていた。赤い目、という。それを謀る為に、双子としてその子供を育て、いずれ時期が来たら約束の日よりも先に嫡子の代わりにその子を殺害する。目を閉じてしまえば、印は見えない。それより先に埋めてしまえれば、猶の事良い。
後は、生き残ったのは女の子だけということにする。そう目論んだ。
「その嫡子が、私」
そこまで話して、お兄さまが自分を指さした。
「では、お兄さまのお祖父さまは、もしや48の魔物と……」
「?いや?怪異は一体だけど」
「あ、失礼しました」
魔物と契約された赤子と聞いて、勘違いしかけてしまった。
ともあれ、お兄さまが生まれてすぐ、お祖父様はご自分の力の全てをかけて、お兄さまの部屋に結界を作った。
世話をする人間も厳選した。外部の人間を遠ざけ、特に忠誠心の強い一族の者だけを彼の周囲に置き世話をさせる。それは、お兄さまの両親も同じこと。
事情を話し、女性として育てる事を徹底させた。
そして自身は、お兄さまの教育を行い、知る限りの全てを彼に学ばせた。
「お爺様が亡くなったのは、私が10の時だったけれど、その頃には一端の術師になっていたかな」
それほどまで熱心に教育していたのだろう。
「スパルタでね。当時は情なんてものがない爺だと思っていたけれど、彼は彼なりの愛情で私を育ててくれたんだと今は思うよ」
お兄さまの声に、ほんの少し寂しさを感じる。
子供には、大人の裏に隠された優しさなんてわからない。目に見えるもの、直接肌で感じられるものが全てだから。分かり合えるのに、時間がかかるのは仕方ない事だと思うし、その頃のお兄さまがお祖父様の本当の想いをわからなくても無理はない。
寂しい行き違いだとは思うけど。
「……ではお兄さまは、生まれてからずっと、女性として育てられたという事ですよね?」
「そうだね」
でも今はお姉さまとしてだけでなく、お兄さまとしての時間も持っている。
ご自分が男性である、という自覚もあるし。
「ご自分の本当の性に気付いたのはいつですか?」
「割と小さな頃だったよ?就学前には自覚していたし、事情も教えられたしね」
戸惑いはあったけれど葛藤はなかった、とお兄さまは言う。
「窮屈な立場だとは思ったけれど、事情があるから、女性の恰好をしているだけっていう理由もあったからね」
そういう意味では、いわゆるジェンダーの人たちとは違ったのだろう。
納得しつつ、更に質問する。
「お母様はお兄さまを最初から『お兄さま』として紹介してくれましたけど。その、良かったのですか?」
「一緒に生活していく以上、事情は話してあったからね。…正直不安ではあったけど、彼女の為人を見て、大丈夫と判断した。彼女から君に告げた時は驚いたけれど、その後の君の行動を見て納得したよ。父が何故、君たちを家族に迎えようとしたのか」
命に係わるような重大な秘密。
そんな事情を知らなくても、私は何のこだわりもなく『彼女』をお姉さまと呼んだ。そして、結界の中の彼が素を出すまで、そう呼び続けたし、そのように対した。だって『家族』なのだもの。彼がお兄さまであろうと、お姉さまであろうと大事な家族には違いない。
その思いは今も変わらない。
「驚いたよ。男と知っても何の色眼鏡もなく、私を私としてだけ受け取るその素直さに。 占い師でも術師でもない。君に見せていたのは、何の力もなく利用価値もなさそうな私だったのにね」
同時に嬉しかった、と彼は言う。
何者でもない自分を受け入れてくれた、と。
私にとっては当たり前の事だから、そんなに喜んで貰えるような事とは思えないのだけれど。
それよりも。
「えっと、では、今お兄さまがお姉さまでないのは……」
「元凶を退けたからね。相手が消滅してしまえば、契約もなかった事になる」
だからもう結界は必要ない。
そう言って、お兄さまは晴れ晴れとした笑顔を見せた。その笑顔があまりに嬉しそうなので、こちらも嬉しくなってしまう。
「君のおかげだ。アンジェ」




