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第6話

「見て、桜場先生だ」


「やっぱりイケメンは目の保養。連絡先聞いちゃおうかな」


カフェテリアで1人サンドイッチを齧っていると隣のテーブルに座る看護師たちの声が聞こえる。


彼女たちの目線の先を追うと桜場先生が1人うどんを啜っていた。


「なに?桜場くんとできてるの?」


常田先生は面白そうに私の前に座る。


「できてないですよ」


「熱い視線なんて送っちゃって」


「ただ一瞬見ただけですって」


看護師たちは未だ桜場先生に釘付けだ。


「超かっこいい、彼女とかいるのかな」


「あんなイケメンにいないわけないでしょ」


「でも噂聞かなくない?」


「相当な遊び人と予想」


「え、やだ〜」


耳に入らないようにしても聞こえてくる彼女たちの声に少し苛立つ自分がいる。


彼は遊び人なんかじゃない。


「桜場先生ってそんなに人気なんですか?」


常田先生はカレーを食べている。


「知らないの?めちゃくちゃ人気よ。いろんなスタッフが交際申し込んでるけど玉砕してるとか」


「へぇ…」


理想が高いタイプなんだろうか?ハルさんも女の影がないと言っていたのを思い出す。


「まあ、私は彼には興味ないけどね」


にこりと笑う常田先生は相変わらず綺麗だ。


「どうしてですか?」


常田先生は院内屈指のモテ女でイケメン好きとして知られている。新しいイケメンスタッフが来てもすぐに彼女との交際の噂が流れる。


「私はね、人の男には興味ないの」


「人の男?桜場先生がですか?」


「そうよ」


一体誰のことだろう。疑問が顔に出ていたのか常田先生がすぐに口を開く。


「あなたの男でしょ、彼は」


「えーーー!?」


思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を塞ぐ。


「あ、あの、私桜場先生と付き合ってないですし、そもそも彼氏いないです。かれこれ1年くらい」


「知ってるわよ、それくらい」


「し、知ってるってなにを!?」


1年前まで付き合っていた会津さんという商社マンのことは親友の未奈以外誰にも話していないはずだ。


『僕と仕事どちらが大事なんですか?』なんてドラマでも聞かないくらいのクサいセリフを言われて破局した苦い思い出がある。


「あなたたちが付き合ってないことくらい知ってるってこと。毎日一緒に仕事してるんだから分かるわよ」


「じゃあなんで私の男だなんて...」


「あなたが桜場くんのこと何とも思ってなかったことも知ってる。最近やたらと桜場くんを気にしてることも、知ってる」


ドキリとする。常田先生は時々鋭い。


桜場先生の家に泊めさせてもらってから、どうしてか彼を意識してしまっている。


仕事の話でも、前より彼の目を見れないし、こうして桜場先生の噂話なんかも、今まで気にならなかったのに最近やたらと聞いてしまう。


常田先生はカレーをかき込みながら表情を変えずに言う。


「そして桜場くんがもうずっと前からあなたのこと気にしてるのも知ってる」


耳を疑う。私のことを気にしてる?


「気付いてなかったのね」


「それ、本当ですか??全然そんな気がしないんですけど...」


「私はもうずっとこの病院で働いてるからね。桜場くんが研修医としてここに来た頃から知ってるけど、2年前あなたが来た時、彼すごく嬉しそうな顔してたわよ」


一体どうして...?


「まあこれ以上言ったら怒られちゃうわね。じゃあご馳走様」


常田先生は颯爽とカフェテリアを後にする。


残された私は、カフェテリアの隅で一人うどんを啜る桜場先生の姿をぼんやりと見つめる。


ぼさっとした前髪に、少し不機嫌そうな目元。背が高く、少し猫背気味に座る姿は、明るく爽やかだった傑くんとは似ても似つかない。


傑くんはうどんより蕎麦派だったし。

みんなで立ち食い店に入った時も『男は黙って十割蕎麦』なんて言って、歯を見せて笑ってた。


傑くんは姿勢よかったし。

いつでも背筋がピンと伸びていて、どこにいてもパッと目を引く人だった。


傑くんは1人でご飯を食べたりしないし。

いつも友達に囲まれて、傑くんの周りは笑い声が響いてた。


なのにどうしてか彼を見て傑くんを思い出す。


きっと名字が同じせいだ。


傑くん、と今でこそ呼んでるけど、高校3年生の春まで彼のことを「桜場くん」と呼んでいた。


『傑って呼んで欲しいなぁ。俺は結衣って呼んでるんだからさ』


恥ずかしそうにそう言ってきた時、嬉しかったな。


もう考えるのはやめよう、と頭を横に振って目の前の食事に集中する。


ブー。

スマホの通知を見ると未奈からだった。

『今日から店再開してるよ!食べにくるでしょ?』


すぐに返信する。


『新婚旅行は楽しかった?今日行くね』


『会った時話す!待ってます♪』


未奈は夫の川泰介と飲食店を経営している。

自炊などしている時間がない時がほとんどなので、私は彼らの店に足繁く通っている。

どうやら新婚旅行から帰国して、営業を再開したようだった。


私たち3人は小学校からの同級生。

中高も同じで、中学生になって傑くんを加えた4人組となった。

何をするにもいつも一緒。

4人で約束して、同じ高校を受験し、入学した。


その後傑くんが亡くなり、私は医学部に受かって、2人は同じ料理学校へと進んだ。


去年2人で店をオープンし、先月、川西が未奈にプロポーズ。


幼馴染2人が結ばれた事に喜びと幸せを感じながら、少し焦る気持ちもあった。


私はまだ、傑くんとともに、あの日に取り残されたままだ。

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