第4話
「驚かせちゃって本当にごめんね」
長い茶髪を後ろに下げた女性に首を振る。
「いえ、こちらこそ本当にごめんなさい」
「手、大丈夫?」
「はい、応急処置は得意なので」
あの後女性が私の手を心配してくれて、自己紹介もそっちのけで火傷の手当てをしたので、痛みはするが大事には至らなかった。
今も手を保冷剤で冷やしながら話している。
「まさか智喜が女性を家に呼ぶだなんて思わなくてびっくりしちゃって。大声出しちゃって驚いたでしょう?」
「あ、あの、私と彼はただの同僚で、話をすると長くなるんですけど、仕方なく泊めさせてくれてるだけで何もありませんので!もちろん彼女さんからしたらとっても嫌だと思うので今すぐ帰ります、ごめんなさい」
まさか桜場先生に同棲している彼女がいるだなんて思いもしなかった。
何で教えてくれなかったんだ、彼女いるなら女を家に泊めるなと彼を責める気持ちと、そりゃいい年した成人男性なのだから彼女くらいいるに決まってる、桜場先生は院内でも人気だし、彼の善意に甘えてそこを配慮しなかった私が最低だと自分を責める気持ちが拮抗している。
とにかくこの彼女さんに申し訳ない。
すると女性はおかしそうに口を開けて笑った。
「彼女なんかじゃないわよ!ハハツ」
「え...?」
予想だにしない発言に固まる。
合鍵を持っているのに彼女じゃないとは一体どういうことだろう。
「私、トランスジェンダーなの。生物学的に
は元・男」
「ええええ!」
開いた口が塞がらない。
どう見ても綺麗な女性だ。
「智喜とは中学の同級生で、親友。その時は話し方もこんな風じゃなかったからただの男同士だったんだけど、だんだん性別に違和感覚えてきてね。20歳くらいからもう我慢しないでありのままの自分で生きてるの。そしたら男友達はみんな離れていったけど智喜だけは私のこと見放さないで友達のままでいてくれてさ。あ、でも喜のこと男としては見てないわよ!安心してね」
「いや、安心も何も、私は...」
「合鍵持ってるのも、数年前まで私がお金なくて居候してたから。ほら智喜ずっと病院で家にいないじゃない?だから使っていいよって合鍵渡してくれたの。他に頼れる人いなかったし。あいつ困ってる人いたら放っておけないタイプだからさ」
優しいな、と思う。
「2年前に私に彼氏ができて、同棲しようと思ってこの家を出たの。でも今日フラれちゃって、お金なくて、路頭に迷って、ここに来た。インターフォン鳴らしたけど出ないからいないんだと思って、寒くて凍え死にそうだったから合鍵でお邪魔したらあなたがいてびっくり」
よく見たら目が涙で腫れている。
「私、光島結衣っていいます。桜場先生と同じ病院で働く医師で、今日は色々あって桜場先生がここで寝ていいよって言ってくれたんです。彼は病院にいます」
「私は相川ハル。本名は晴夫だけど、あんまり好きじゃないからハルって名乗ってる」
「ハルさん。一緒に食べます?」
カップ麺を指差すとハルさんは食べましょ!と嬉しそうに笑った。
「彼のことが本気で大好きでね、彼のために性転換手術までしたの。すごくお金かかるでしょ?そのためにお金貯金してたから金欠になってこの家転がり込んだんだけどさぁ。やっと女になれて、彼と付き合えて同棲までしたのにまさかフラれるとはね。しかも他に好きな人ができたって」
涙を流すハルさんの背中をさする。
失恋の辛さは理解できる。
傑くんが頭に浮かんだ。
「結衣はどうなの?智喜と上手くいってんの?」
「え?!上手くいってるも何も今日初めてまともに喋ったというか...」
「え?てっきり両思いなのかと」
「さっきから何度も否定してるじゃないです
か!」
「なーんだ智喜の片想いか」
「桜場先生も私のことなんとも思ってないと思いますよ」
「そうかなあ。あいつ自分の話全くしてくれないからなんも知らないんだけど、女っ気全くないし女の"お”の字も見えたことないから、家に泊まらせるなんて絶対結衣のこと好きだと思うんだけど」
「100億%あり得ないですよ」
「でもぶっちゃけ智喜いい奴でしょ?いい男よ!男だった時に知り合っちゃってるから恋愛感情は絶対芽生えないけど、私から見てもいい男だなって思うもん。ちょっぴり愛想ないけど」
「かなり愛想ないですよ」
「ハハッ、言えてる」
なんと衝撃の修羅場体験から、怒涛の打ち解けだった。
「あたしたち完全に友達ね!」
「ですね!」
「もう1時!さあ寝ましょ寝ましょ」
ハルさんはこの家のことはなんでも知ってるようで、手慣れた様子で敷き布団を取り出してきてその上ですぐに寝息を立て始めた。
「結衣はベッドで寝てちょうだい!この家のソファ死ぬほど硬くて寝られないから!」と強行突破でベッドに寝かせられた。
さっきから桜場先生の匂いがして落ち着かない。
そうだ、桜場先生にLINEしなければと思いスマホを取り出す。
『インターフォン壊れてるみたいです』
意外にもすぐに既読がついた。
まだ起きてるんだ。
数秒経って返信が来る。
『まだ起きてたんですか』
同じこと考えてる、と思って口角が上がる。
『そっちこそまだ起きてたんですね』
『インターフォン、しばらく使ってないので気付きませんでした。誰か来たんですか?』
今日の顛末を全て話したい衝動に駆られたが、何となく直接伝えたかった。
『また明日教えます。おやすみなさい』
『おやすみなさい』
最後の7文字を指でなぞる。少し鼓動が早くなっている自分に気付いて、でも認めたくなくて、ちょっぴり嬉しくて、そんな気持ちを丸ごと抱きしめて眠りについた。




