第3話
「桜場先生っておいくつなんですか?」
「28です」
「え?!同い年?!」
大人びているのでてっきり年上だと思っていた。といっても、もう十分すぎるくらい大人なのだけど。
意外な共通点に少し嬉しくなる。
運転席に座る桜場先生を横目で見ると少し長めの前髪から見える焦茶の目が街頭に照らされていた。
「あの、本当に迷惑かけちゃってごめんなさい」
桜場先生からの予想もしない提案に仰天し、そんな無礼なことはできないと断固拒否したが、「俺は今日仮眠室に泊まる予定だったので、誰もいない家をホテルと思って勝手に使ってもらっていいですよ」と言われたのだ。
「仕事している目の前で寝息を立てられるよりマシです」とも。
一緒にではないけれど一応男の人の家に泊まるわけで、本にいいのかと自間自答したが、今日1日の疲れがドッと溢れて、ゆっくり休みたいという願望が私の背中をそっと押した。
「別に。まあ荒川さんに押されて後ろに転けた時は鈍臭いなと思いましたけど」
「なっ!」
一言多いな、と心の中でツッコむ。まともに話したのは今日が初めてだが、今日1日でだいぶ彼の性格を理解してきた。
口調はぶっきらぼうだし、人に興味もなさそうだけど、困ってる人を放っておけない優しい人、だと思う。
「それより光島先生の彼氏は何やってるんですか?」
「はっ?!」
素っ頓狂な声が出る。
「何の話ですか?」
「いや、恋人がこんな時に迎えにも来ないなんて」
「恋人....?」
「もしその人の家が近いんならそこまで送ってあげてもいいですけど」
「さっきから何を言ってるのかさっぱり」
赤信号で車が止まる。珍しく早口な桜場先生に困惑の目を向けると、小馬鹿にするような表情でこちらを見ていた。
「今朝、その人の家から直接病院来たんじゃないんですか?」
あぁ。
常田先生に誤解されていた今朝の件を思い出した。そういえばあの時あの場に桜場先生もいたんだった。
興味なさそうだったのにちゃんと話を聞いていたんだと思うと面白くて笑ってしまう。
「何笑ってんすか」
「ごめん、ごめん。誤解してるのが面白くて。彼氏はいないですよ。今朝は単なる寝坊で、間に合わなそうだったので慣れない電車に乗ったら車にお財布を忘れてたんです」
桜場先生は拍子抜け、といった様子だ。
「彼氏がいる人を家に泊めることに罪悪感を抱いていたのでホッとしました」
冗談めいた口調に私も笑う。
桜場先生の家にはすぐに着いた。
「これが服で、タオルとかはここら辺適に使ってください。腹減ったら冷蔵庫の中適当に漁ってもらって。歯磨きとかもここに新品あるんで適当に」
「適ばっかりですね」
「普段適当に生きてますから」
ふふっと笑う。桜場先生の家はよく整理されていて、物の少ない2LDKだった。
「じゃあ俺病院戻ります。朝7時半くらいに車で迎え行きます」
「本当にいいんですか?男子仮眠室はしっかり暖房効いてました?」
「ほぼ毎日病院に泊まってるんで仮眠室の方がよく眠れるんです」
優しい気遣いに笑みが溢れる。
「何もかも本当にありがとうございます。あ、あと、何か聞きたいことがあった時に聞けるように連絡先を交換してもいいですか?」
「どうぞ」
桜場先生がLINEのバーコードを差し出す。
疲れが溜まってたのだろう。何の恥じらいもなくその言葉は口を出た。
「今日は朝から目覚ましが壊れたり、電車乗り過ごしそうになったり、お財布忘れたり、足を怪我したり、ツイてない1日でしたけど、桜場先生と仲良くなれたのでいい1日でした」
桜場先生は照れたように笑った。
「危ないんで戸締りちゃんとしてください。じゃあ、また明日」
ガチャン、と扉が閉まる。
しん、と静まり返った部屋を見渡す。なんだか緊張してきた。家主のいない家にお邪魔することは人生で初めてだった。
どんと疲れを感じる。お風呂を借りたらとっとと寝よう。
足を引き摺りながらお風呂場へ向かう。
シャワーを浴びて借りた服に着替える。桜場先生って足長いんだな。3折りしてようやく適正サイズになった。
さあ寝ようと意気込んだところで腹虫が鳴る。お昼から何も食べてない。
冷蔵庫を開けさせてもらうと、随分と寂しい中身だった。もしかして、と思い流しの上にある戸棚を開けると大量のカップラーメンが入っていた。
やっぱり。
普段栄養あるもの取れているのか心配になる。
「いただきます」
お湯を沸かして作ったカップ麺を啜る。
「おいしい〜」
疲れた後のラーメンは最高だ。さらに一口啜る。
あっという間に一袋完食してしまった。
まだお腹が空いている。
もう一袋いったら流石に図々しすぎるわよね、いやでも桜場先生は優しいからこれくらい、と悩んで食べることに決める。
「明日も1日働くためにエネルギー補給しなきゃね」
お湯をもう一度沸かす。すぐに沸騰したのでカップ麺につぎ込んでいると、部屋のドアがガチャ、と開いた。
「え?」
入ったきた女性と目が合う。
女性は目を見開き叫び声を上げた。
「キャーー!」
あまりの驚きに持っていたポットの口を下げてしまう。するとお湯が自らの手に注がれる。
「熱っ!」
これが修羅場というやつだ。




