6.ハプニング
──その日を境にアメリアの生活が一変した。
アメリアは彼の行動に驚きはしたが、どうせ長続きしない。
自分のような地味で可愛げのない女なんて直ぐに飽きてしまう……と、頑なに彼の『マッチング申請』を拒み続けていたのだ。
「お気持ちは有難いですが、私は地味で可愛げもなくて、前の婚約者からも無能と切り捨てられた身です。王子様の妃になど、絶対に不釣り合いです」
──しかしユリウスは引かなかった。
「マッチング」が成立していないため、正式デートは出来ない。ならばと彼は毎日、短い時間でも欠かさず『エトワール』へ通い詰めた。
◇◇
「やあ、アメリアさん。今日も頑張っているね。これ、途中の市場で見つけたんだ。美味しいって評判の焼き菓子。みんなで食べて」
彼が持ってくるのは、王子が選ぶような高級品ではなく市井の素朴なお菓子ばかりだった。
スタッフにも気さくに挨拶し、誰に対しても等しく誠実だった。
スタッフの間では「なぜ、アメリアさんは悩むのか?」「あんな完璧物件逃したら一生の損!」と連日大騒ぎだった。
3日が過ぎ、1週間が過ぎ、そして10日目の今日、彼が微笑みながら言った。
「少しは僕に興味を持ってもらえたかな? では、また明日」
寂しげに、だけど愛おしそうに微笑んだユリウス様の背中を見た私は、なぜか胸がズキンと痛んだ──
いつまでも待たせるのは彼に対してあまりにも失礼だと思い、私は意を決して声を掛ける。
「ユリウス様……まずは、私の本当の姿を知ってもらうところから、始めさせてください」
その言葉にユリウス様は私を真っ直ぐ見つめ、静かに頷いた。
はじめて通した面談室。私は元婚約者から受けた凄惨な人格否定、どれだけ頑張っても自分の存在を認めてもらえることはなく「可愛げのない欠陥品」扱いだったことを、震える声で包み隠さず話した。
その話に彼は、時折「うんうん」と相槌を打ちながら、口を挟むことなく真剣に聞いてくれた。
そして、全てを話し終え「やはり君とはやっていけない」と拒絶されることを私は覚悟した。
──別離を受け入れるつもりで俯いて待つ私の手を、ユリウス様がそっと包み込んだ。
「なるほど。──よく頑張ったね。アメリアさん」
その言葉に私は息が止まった。
──よく頑張った。
どれだけ言って欲しかった言葉だろう。
「出来て当たり前」と言われ続け、誰も見てくれなかった血の滲むような努力……
彼は真っ直ぐ私の目を見て再度言った。
「君は無能なんかじゃないよ。その才は、並みならぬ日々の努力の賜物であって決して『当たり前』なんかじゃないんだ。素晴らしいことだ。胸を張って自慢したらいいさ」
彼の真っ直ぐな瞳には、哀れみではなく心からの「尊敬」と「愛おしさ」が満ちていた。
──私の頑なだった心が音を立てて融けていく。
初めて私の努力を分かってくれて、私の存在価値を認めてくれる人に出会った気がした。
それからは時間が経つのも忘れて、過去の仕事の話や互いの失敗談など、話は尽きることがなかった。
そんな全く色気のない「仕事の話」を二人して熱心にしていると、窓ガラスがガタガタ揺れる音が聞こえてきた。夕方から降り出した雨が強くなり、外は嵐のようにヒューヒューと風が音をたて、雨は横から降っている。
ユリウス様はそんな中、シュナイゼル王国に帰ろうとしたが、王都からの連絡橋が悪天候のため封鎖されてしまい、王国へ帰る術が閉ざされてしまった。
仕方なく「相談所」で夜を共に過ごすことになり、気まずさを誤魔化すように、ユリウス様のもう一つの相談内容である「シュナイゼル王国の改革案」について話し合い始めた。
ここからのユリウス様の「完璧王子」っぷりは圧巻だった。
私が、専門的な経済や法規の意見を出すと、彼は即座にその意図を理解し、さらに発展させた素晴らしい国策へと昇華させていく。
まるで古くからの親友のように噛み合い、仕事の話なのに信じられないほど心がワクワクと躍った。
ふと、書類をめくる私の指先に、ユリウス様の視線が止まった。
私はハッとして、荒れた手を隠そうと引っ込める。
紙やペンでガサガサになった指先。元婚約者から「男を萎えさせる手だ」と笑われた傷。
「何故隠す?」
「……だって、可愛げのないガサガサの手ですから。男性は、もっと白くて柔らかい手を……」
(ハッ。何を言ってるのだろう……私は)
「アメリア。それは君が今までたった一人で戦って頑張ってきた証じゃないか。恥ずかしいことなんて何もない。努力の結晶を証明する、世界で一番美しい手だ」
ユリウス様が私の頭をそっと撫でた。その大きくて温かい手のひらに私の瞳からポロポロと涙が溢れ落ちた。
「しっかり者のアメリア」「聡明だから大丈夫」と周りは勝手に私を決めつけた。
いつからか私は、甘えることも泣くことも許されなくなっていた。
そんな私に、ユリウス様が優しく語りかけた。
「頑張るのはいいけど、たまには俺に頼ってくれないかな? ほら、こうして涙も拭いてあげられるし、高いところの物も取ってあげられるよ?」
ユリウス様は、ちょうど切れかかっていた天井の電球を、片手でひょいと取り外して、おどけてみせた。
「ね? 便利だろ?」
「もう、ユリウス様ったら。何処の世界に王子自ら電球を交換する人がいるんですか!」
「ん? ここに居るよ? 君が望むなら電球でも、割れた窓ガラスの修理でもなんでもこいだ!」
「……それは業者さんに頼みましょうよ」
「ハハハッそりゃそうだ! でも業者より先ずは俺に相談して欲しいな」
ユリウス様が私の顔を真っ直ぐ見つめた。
「アメリア、今まで一人で頑張ったのを、今度は俺と一緒に頑張ってみないかい? 答えは急がない。君が俺の手を取ろうと思うまで、いくらでも待つから」
「ユリウス様……」
いつの間にかアメリア嬢からアメリアさんになり、アメリアになり、そしてユリウス様も、私から僕になり、俺になっていた。
「一人で頑張るより二人のほうがきっと楽しいと思うよ? 俺は君にその楽しさを与え続けることを目標に頑張るよ」
「それだと、ユリウス様の楽しみがないじゃないですか」
私の言葉にユリウス様は、不敵に、そしてこの上なく甘く微笑み、すっと私を指さした。
「俺の楽しみはアメリアだから」
──ドン、と私の胸の奥で何かが激しく脈打った。
この人だ。初めて私の存在を認めてくれた人。そして私と共に頑張りたいと言った人。
ユリウス様は、再度私の頭を撫でながら、何度も何度も「よく頑張ったね」と、私の過去の孤独を洗い流すように優しく囁いてくれた。
彼の顔をそっと見上げる。
その瞬間──
引き寄せられるように、二人の唇が優しく重なった。
それは、嵐の音さえ消し去るような、甘く、熱い、誓いの口づけだった──
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