2.後悔
――アメリアがアレンの執務室を出て行ってから既に数日が経っていた。
「何で俺がこんな目に遭わないといけないんだ!」
アレンは今にも崩れ落ちそうな目の前の山積みになった書類を見つめる。
あんなことを言っていたが、無愛想で取り柄のない女だ。俺以外に誰もアイツの相手なんかするわけがない。
どうせ二、三日すればそれが分かって泣きついてくるに決まっている。
素直に謝罪してくるのであれば、まぁ俺も男だ。ここは大きな器を見せて許してやろう。
──だが、そんなアレンの思いとは裏腹に、待てど暮らせど……アメリアは戻らなかった。
アメリアが出て行って1週間。やっと届いたフォンテーヌ家からの郵便に、ワクワクし急いで開けた。
「謝罪に来るのが恥ずかしくて手紙にしたのか。まあ良い、俺は心が広いからな」
届いたのは、彼女のサインとフォンテーヌ家の紋章の入った婚約解消に関する書類がたった一枚だけ。
そのサインを見て驚いた。
「あの女アメリアだったのか!」
「まぁ大差ないか。これは俺のミスではない。言わなかったアイツが悪いんだ!」
そうじゃない!
強情な女よ!
本当に可愛げがない!
今なら、まだ許してやると言っているのに!
取り柄無しの役立たずのくせに!
「しかし、この仕事の山どうしてくれるんだよ! ふざけんな! 誰か! 誰かおらぬか!!」
アレンはいつものように癇癪を起こし、乱暴に椅子から立ち上がった。
その時だった──
山積みになった書類が堰を切らしたように雪崩が起き、床が真っ白に埋まった。
「ああああ!! もう!! 全てはアミリアのせいだ!! あのクソ女め!!」
◇◇
アレンはアメリアの仕事内容、能力を理解していなかった。
所詮自分の秘書。下等生物程度にしか見てなかったので、それまで他の部下に彼女の仕事ぶりをたずねたことはなかったのだ。
それが彼の誤算だった。
溜まった書類をこなすのに、それぞれ担当事務方を執務室に呼びつけるが全員が毎回同じ言葉を繰り返した。
まるで皆で練習していたかのように。
「アレン様、その仕事は今までアメリアさんがやっていたので私にはわかりません」
「それはアメリアさんがしてくれていたので。すいません」
「あ、それならアメリアさんに聞いたらすぐわかると思いますよ」
アメリア・アメリア・アミリア・アミリア・アミリア! なんだ! ここは!!
お前たちにはプライドと言うものはないのか!!
あんな取り柄のない不細工な、あ、いや、不細工とまでは言わないが……
地味な女! そうだ、地味なんだ! 可憐さがない!
──いや、アンタが「お前には派手な色は似合わない、目立たぬ色を着ろ。化粧など必要ない。遊びに来ているのではないのだぞ勿体ない」と言ったんだろ? と何処かで声が聞こえたような気がしたが、アレンは首を横に何度も振って消し去った。
「どいつも、こいつも使えない! このクズどもが!!」
アレンは、部下たちを前に言ってはならない言葉を言ってしまっていた。
今まではその言葉を全てアメリアにぶつけていたが居なくなってしまい、つい出てしまった。
部下たちはその言葉に、憤りと呆れた顔をして無言で執務室を出て行った。
彼らは、アメリアを追い出したのが「誰」か分かっていたからだ。
それからというもの当然、部署の雰囲気は暗く沈み、部下たちの笑い声は消え、仕事にもミスが増えていった。
アレンの周りは段々崩壊への道を歩んでいくことになる。
それでも容赦なく仕事は溜まっていった。増え続ける業務をただひたすらこなしていくだけの毎日。
夜遅くまで一人執務室に籠もり山積みになった仕事をこなしていくが、一向に減っていく気配はなく、それどころか増える一方だ。
アレンはその光景を眺めながら、虚しくなりいつの間にか床に座り込んでいた。
「俺の何処が悪いんだよ! 俺が何したって言うんだよ!! 何で出て行くんだよ!」
アレンは恥ずかし気もなく声をあげて泣いていた。
◇
数日後、責任者会議が開かれることになりアレンは会議室に向かった。
そこの受付には、見覚えのある顔が座っていた。かつてアメリアに対し引き合いに出した可憐で愛想のいいミレーヌ嬢だった。
(あれ? こんなにぼんやりした器量の娘だったか? 背も低く鼻も丸く……何でこんな女が可憐だと思ったんだろう? 全く俺の好みでもなんでもない)
俺の好みは髪はサラサラで長いほうが良い。顔立ちは派手さはないが上品で、それでいて芯の強さを感じる大きな瞳とキリッと筋の通った高い鼻、そう背はそんなに高くなくても良いが、あまり小さいのも。
ん?
何処かで見たような容姿だな?
ずっと近くに居たような?
アミリアか!
可憐ではないが、顔の作りは良いほうだ。
可憐か……
そういえば、一度だけ一緒に行ったダンスパーティーの時のアイツの姿。
男どもの視線が気になり……つい素っ気ない態度をとってしまった。
それからだ、俺がアミリアに地味な服を着るように命じたのは。
──他の男に見られたくなかったから。
見られたくなかった??
俺が?
何で?
俺はアミリアを愛していたのか?
「ハハハっ。そんな馬鹿なことが……」
何故かアミリアの笑顔を思い出そうとしている自分がいた。
笑顔?
アイツの笑顔を見たのは、いつだった?
俺に優しく笑ってくれたのは?
ダンスパーティーの夜が最後か?
「私、こんなに大勢の前で踊るなんて恥ずかしいわ」と、俺の後に隠れるようにしがみついていた。
頬を赤らめ、うつむくアイツを誰にも見せたくなくて。
つい、強い口調で言ってしまった。
「お前みたいに地味で不細工な女、誰も見てやしない!何馬鹿なことを言ってるんだ!」
着飾り化粧をして美しいアイツの姿を、照れくさくて直視出来ずについ心にもないことを……
アミリア……
帰って来ていいんだぞ?
意地を張らないで。
帰って来いよ……
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