イントロ
花の園の城は、空の親友、ピエテ家の領地の隣にある。芳しい香りが漂う、数多の貴族が焦がれてもなお手に入らない、美しい住まいだ。
だが、これでは空に、ハランドリの空中庭園を思い出させてしまうかもしれない。だめだ。
弦羽は、その資料をめくった。
古びた港の倉庫。取り壊して、海の見える別荘に建て替えるのもいいかもしれない。
いや、それは手間がかかりすぎる。それに、このあたりは騒がしすぎる。
次の資料へ。王城に近い荘園、地勢は平らで、排水も良好。これが最も良い選択に見える。
しかし、利便性という点では、空にはコール療養院という住まいがある。贈り物としては、これでは驚きが足りない。
次の候補は、山の中の小さな別荘だった。
弦羽は、そこで手を止めた。
秋には紅葉に包まれ、息を呑むほど美しい。
空は、こういう景色を好むだろうか?
弦羽は少し迷ってから、以前ゲームをしたとき、空が山と海のどちらかを選ぶ場面で、海を選んでいたことを思い出した。
弦羽は、その資料を置いた。
彼は最後の資料をめくった。海辺の断崖に建つ城で、もとは修道院だったが、のちに王国随一の占い師、エレノア夫人が買い取り、自分の住まいへと改築したものだという。
近隣の住民は皆、そこには幽霊が出ると言うが、どんなふうに恐ろしいのかは誰も語れない。実際には、そこはただの史跡で、王族が調べる暇もなかった秘密が数多く眠っている場所だった。
空が、花火海岸での夏を、謎めいた魔女と人魚姫にまつわる歴史の秘密を掘り起こしたときのことを、あんなに熱を込めて語っていたのを思い出し、弦羽は、空ならきっとここを気に入るだろうと思った。
「暁の古城。これに決めた」
「はい、殿下」
下働きの者に、暁の古城の修繕を手配させたあと、弦羽は、空という人物について思いを巡らせた。
彼は認めないわけにはいかない。自分は、空に対して、ただ単純に好意的だったわけではない、ということを。
一番最初、弦羽は黒女神の夢を見て、空についてのことを告げられた。それから、護衛が重傷を負った空をこの世界へ連れてきて治療した。あのとき弦羽は、まだ空を観察しようと考えていた。
二人は最初から友達だったわけではない――神話やおとぎ話のように、美しい始まりではなかった。当初、弦羽は空に対して、疑いでいっぱいだった。
家族も皆、彼に用心するよう言い聞かせた。黒女神の神託は、たいてい良いことをもたらさない。この第二界から来た人間も、脅威になるかもしれない、と。
弦羽は、あのときこう言った。もう少し見てみよう、と。
友か敵か、善人か悪人か。もう少し見てみよう。
その、一歩踏みとどまるという選択が、彼に、この先極めて深く信頼できる親友を与えることになった。
一緒に過ごすうちに、弦羽は次第に気づいていった。空という人間は、飾った言葉を語ることもなければ、強い戦闘力があるわけでもない。けれど、こちらが一番疲れているときに、不思議と、こちらが飲みたいと思っていた温かいスープを取り出してくれる。
だから弦羽は、空を雪に紹介した。同時に、自分と雪のあいだにある、言葉にしにくい感情を解きほぐしてほしいとも頼んだ。
空はそのすべてをやり遂げた。いつもの、あの柔らかいやり方で、頑固な雪を説き伏せた。そうして雪は永遠の冬から抜け出し、アイセンティアの春を迎えた。
アンバール迷宮でのことは、おそらく三人が最も近しかった時期だった。
迷宮の中の生き物を殺すべきかどうかを話し合っていたあのとき、弦羽はまだ気づいていなかった。あとになって改めて考え直し、あのとき空はきっと怖かったのだろうと気づいた。
迷宮の生き物を食い止められる唯一の存在として、弦羽は事後に自分を省みた。自分はあのとき独りよがりで、他の仲間の気持ちを考えていなかった。自分にとっては殺すか殺さないかの選択問題でも、他の仲間にとっては、殺されるか殺されないかという局面だったのだ。
もしあのとき空がいなくて、弦羽と雪の二人だけだったら、きっと喧嘩になっていただろう。
黄金の林檎のところでは、三人の関係が、さらに和解の頂点を迎えた。
弦羽が幻の中で見たのは、憂いのない子供時代の暮らしだった。彼は言わなかったが、あのとき、実は空の姿も見えていた。もし自分と空と雪の三人が、幼い頃から知り合っていて、大人たちの事情を気にする必要もなく、いつまでも親の庇護のもとで暮らせたなら、どれほど幸せだっただろう。
だが、弦羽が考えていなかったのは、雪が見たのは断頭台だったということだ。
誰にでも、自分自身の課題がある。その中で、弦羽は最も恵まれた立場にいた。
今、彼もまた、王族としての責任を背負わなければならない。
言わずにはいられないが、空が貴族になったということは、弦羽にとって、とても大きな安心をもたらしてくれた。
これから、二人は一緒に王城へ足を踏み入れることができる。任務も、共に解決していける。
日暉子爵、暁の古城。
ふさわしい。
暁の古城が、必ずしも空の「家」にならなくてもいい。あそこは、空が疲れたときに、一人で潮騒を聞きに行ける場所であり、それでいて、名だたる貴族たちの争いからは遠く離れた場所になるだろう。
三番目の兄が入ってきて、まだ叙爵の件を片付けているのかと弦羽に尋ねた。
弦羽は答えた。「友人への贈り物を選んでいたんだ」
これから、空が望む道を歩んでいけますように。
これが、友人としての弦羽から贈る、最大の祝福だった。




