10-5
エドウィンは弦羽を連れて北の国境へ向かって疾走した。
条件は一つだけだった。アクミリン家全員を安全に国外へ送り出すこと、それをすれば弦羽を解放すると。
弦羽が人質になったせいで、現場の衛兵たちは動けなかった。唯一、直接追跡に出たのはラヴェニだった。
弦羽の命がラヴェニの行動で危うくなるのではと一瞬思ったが、リアのエドウィンがラヴェニを好いているという推測を思い出した。ラヴェニにも自分なりの考えがあるのだろう。
雪に報告すると、雪はすぐに言った。「弦羽を探しに行く」
空と雪は療養院を出た。外で待っていたマリリンを雪に紹介すると、雪は眉をひそめたが、アンバール迷宮でフェラキオ家の精靈が良い印象を与えていたからか、最終的に同行を承諾した。
エドウィンが向かったのは北だ。雪は地図を広げて、空とマリリンに指し示しながら言った。「エドウィンは王族が家族を安全に夜落の地の国境まで送るのを待たなければならない、時間がかかる。だから最も可能性が高いのはこのいくつかの都市での逗留だ。プリオン旧要塞だと思う、ここは守りやすくて攻めにくい、かつてアイセンティアが夜落の地の軍を食い止めた最良の拠点だった。王族が妥協したら、エドウィン本人もすぐにアイセンティアを脱出できる。前提として、彼が本当に家族を思っている人間である場合だが、そうでなければ情報だけ流して単独で逃げることもあり得る」
シーデのことを思い出して、空が言った。「エドウィンは家族を見捨てる人間じゃないと思う」
計画を立ててから、一行は馬を全力で駆って、秘密裏に動いた。王室側も私的に密偵を送り出して弦羽奪還を試みていたが、弦羽が捕らえられている以上、表立った大きな動きはできず、アクミリン家の者たちの護送もすでに始まっていた。
空と雪が焦燥の中を進んでいると、マリリンが言った。「アクミリン様は慎重なお方です、人質の交換が順調に進めば、四殿下を本当に傷つけることはないかと」
雪が言った。「その〝かもしれない〟に賭けられない」
空はティラミスも連れていた。ティラミスはいつも弦羽に可愛がられていて、彼の匂いを誰より知っていた。
弦羽のほかにも問題があった。ラヴェニはどこへ行ったのか? ラヴェニはエドウィンのことをよく知ると言っていたが、今回の事態は明らかに彼女の予想外だった。婚礼衣裳のまま、まともな剣も持たずに飛び出したラヴェニに、何があるかわからない。
この疑問はすぐに解決した。雪が推測した最短ルートではエドウィンを追いつけなかったが、先にティラミスがラヴェニの匂いを感知して、ある宿場酒館の前で足を止めた。
ラヴェニは婚礼衣裳を脱ぐ暇もなく、邪魔になる部分を引き裂いただけで、不揃いな裾は泥水で汚れ、頭飾りも全部なくなっていた。その姿は散々だった。
空たちを見ると、ラヴェニは冷淡に言った。「こっちの馬は全部使い物にならなくなった」
「こちらの馬も限界だ、新しい馬が必要だね。大丈夫?」空が言った。
ラヴェニが言った。「今は落ち着いている。冷静に考えれば、むやみに追いかけても意味がない、エドウィンはまだ王族と取引しなければならない、すぐには動かない」彼女はマリリンに聞いた。「フェラキオ家の方ですね?」
マリリンが頷いた。
ラヴェニが聞いた。「王族の意向は?」
「四殿下の安全を最優先に」
ラヴェニが聞いた。「あなたたちがこのルートにいるということは、王室が何かをつかんでいるんですか?」
雪が推測を話すと、ラヴェニは頷いて言った。「わたしは小さい頃からエドウィンを知っている、あそこへ行くと思う。あなたが言った理由に加えて、彼の家族はずっと反乱の準備をしていた、あの要塞がその拠点で、前から仕掛けてある魔法と抜け道だらけのはずよ」
一行は限界まで走らせた馬を置いて、次の宿場まで徒歩で向かった。
道中、ラヴェニは幼い頃のエドウィンとの話をした。
幼いラヴェニは自分の出自を知らず、ずっとロゼン家の娘だと思っていた。
八歳の誕生日に、ちょうど鍵の使者候補の選抜が始まる年頃に、初めて自分が実はアクミリン家とクランシュ家の娘だと告げられた。育ての両親が言った。「あなたはいずれ本当のお父さんとお母さんのところへ帰ることになる」
ラヴェニは両親の手を握って言った。「わたしはあの人たちの娘じゃない!」
両親はただ言った。「これはあなたのためなの」
ラヴェニは否応なしに上流貴族の世界に引き込まれ、初めて人の心の冷たさと温かさを知った。大人たちは彼女のことをまるでコレクションを紹介するような口調で話した。もとから下位貴族の娘として侍従に命令くらいはできる立場だと思っていたのに、今や自分が将来「主人」の言いなりにならねばならないと知らされた。
エドウィンこそが、将来自分が仕える相手だった。
彼女と同じくらいの年頃でありながら、小さい頃から大人びていて、感情を表に出さない少年を見て、ラヴェニは最初は特別に嫌だとは思わなかった。他の人々が警告したような「主人が下の者をいじめる」ようなことをせず、むしろ様々なことを教えてくれた。軍略牌もその一つで、それが彼の最も熱中するものだった。
牌を打ちながら、彼女の集中を乱すためにエドウィンはよく雑談をした。
あるとき彼が聞いた。「高い身分の貴族の娘になれるのに、嬉しくないの?」
ラヴェニは一枚牌を投げて言った。「わたしのお父さんとお母さんは、わたしのお父さんとお母さんよ」
「十分に実力を示せれば、わたしの手下の一枚の牌で終わらずに、自分で掌握権を持てる立場になれる」
ラヴェニが言った。「わたしは自分のやり方で達成する」
エドウィンは一枚の牌を伏せて、何も言わなかった。
ラヴェニは悔しかったが、結局その勝負で負けた。
牌局では、エドウィンは一度も負けたことがなかった。才能が平凡だと言われる彼が実際には黒魔法にすべての力を集中させていたとは、当時は知る由もなかった。
話を聞いていた雪が突然、妙な問いを発した。「あなたが追ってきたのは弦羽を助けるためか、エドウィンのためか?」
ラヴェニが言った。「すべきことをしているだけ」彼女は口調を少しとがらせて言った。「それが今の重要な問題なの?」
「どちらの側にいるかを確認したい」
「当然、王室の側よ!」
「失礼した」
「謝り方を知っているじゃない!」
マリリンが取りなして言った。「今は全員が特別に慎重になっています。四殿下を救い出すのは簡単ではありません、ラヴェニ様に計画はありますか?」
ラヴェニが言った。「テイラロを探す、彼女はずっと国境近くでアクミリンの調査を手伝ってくれていた。二人の力を合わせれば、エドウィンの黒魔法に対抗できる可能性がある」
空は心の中で考えた。もし鍵の使者候補が三人いたら? 夕立を加えれば……でも間に合わない、さっき夕立は冒険中だと言っていた。でも弦羽の命が最優先だ。
彼が言った。「三人目の……神の娘を知っているんだけど、その子の力は役に立つかな?」
ラヴェニはすぐに言った。「大いに役立つかもしれない。それぞれが求める力が違うから、もし特別に寵愛されているか、長期間深く研究してきたなら、わたしたちが知らない呪文を知っている可能性がある」
空は決断してすぐ夕立に連絡を取った。要塞に近づいた頃、ようやく繋がった。
状況を手短に説明すると、夕立が言った。「方法はある、カレナの方法だけど、あれはあまりいいものじゃない、本当に必要になるまでは使わない方がいい」
空が聞いた。「どんな方法?」
「毒蛇の咒という。速くて破壊力が高い。この咒の欠点は両刃の剣ということで、一度組成方法を知ると一生忘れられなくて、ことあるごとに思い出す。毒蛇の咒は使いたいという衝動を引き起こす。心が十分に強くない人なら誘惑に負けて暴走しやすい。カレナでも許可を受けた者しか学べないもの。今回は大切な王子の友人が危機に陥っているから、わたしの友達に教えることは考えられる、でも何か大きな混乱が起きてもわたしは知らない。教えられるのは一人だけ、あなたが言った二人のうち、もう一人は補助役で咒の内容を知る必要はない」
考えた末、空はラヴェニに伝えることを選んだ。
なぜラヴェニを選んだのか。この咒を知らせることについて、ラヴェニとテイラロなら、空はラヴェニの方を少しだけ信頼できた。
毒蛇の咒は銃器のようなもので、引き金を引けるなら子どもでも簡単に人を殺せる。テイラロはまだ自分の感情を御せていない、ああいう武器を彼女の手に渡すのはあまりにも危険だった。
テイラロがこの判断を知ったときに浮かべるだろう傷ついた表情を思うと、一瞬心が揺れた。それでも理性の判断を信じると、自分に言い聞かせた。
ラヴェニは毒蛇の咒をすぐに習得した。覚えてから、明らかに居心地の悪い顔をして言った。「この咒、本当に恐ろしいわ。一目見たら忘れられない図形みたいに、とても単純なのに黒魔法の力を最大限に引き出せる。感覚として言えば……仇敵の胸に匕首を浅く刺した状態で、力を込めれば相手の心臓を貫通させられる、そういう感じ。習慣になれば人の命をすべて同じ価値のないものとして扱うようになりかねない」
空が聞いた。「使えそう?」
「使える、テイラロには要塞周辺でわたしたちと合流するよう連絡済みよ」




