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ニオレアで春と夏の境に行われる代表的な行事が、水燈節だ。夜になると、数百の花で作られた水燈が川に流され、一年の憂いを送り出す象徴とされる。
水燈の美しさをさんざん聞かされてきたドラリスは万全の準備を整え、今年の水燈節の当日、女中を病気のふりをしてうまく追い払い、こっそり外へ抜け出した。
会場から家への道は把握していなかったが、頭の回るドラリスは白い小石を一かご用意していた。通った道に石を置いていけば、帰り道に迷わない算段だ。
川べりに来ると大人たちにさえぎられてしまい、かごの上に乗ってどうにか川一面に揺れる灯りを眺めた。その圧倒的な光景に興奮して足をばたばたさせていると、かごを踏み破ってしまった。
落ちかけたとき、誰かが引き留めてくれた。割れたかごの中にも、鋭い竹ひごの端にも当たらずに済んだ。顔を上げると、端整な少年が立っていて、ドラリスの頬は思わず赤くなった。
黒髪黒目のその少年は彼女を抱き下ろしてから、穏やかに聞いた。「お父さんとお母さんはどこ?」
ドラリスが言った。「一人で来たの」
少年が言った。「すごいね、こんなに小さいのに一人で来られるなんて」
あんなにきれいな少年に褒められて、ドラリスは恥ずかしいような嬉しいような気持ちになった。
少年が言った。「でも、もう遅いから帰った方がいいんじゃないかな?」
人出もだいぶ引いてきて、水燈も下流に流れていってしまっていた。ドラリスが言った。「そうね、帰らないと」
「淑女を一人で帰すわけにはいかない、送って行くよ」
ドラリスはすぐに頷いた。ただ少し迷ってから聞いてみた。「名前は?」
「愛德溫」
聞き覚えのない名前だった。エドウィンの佇まいはどう見ても貴族のもので、姓まで名乗ってくれたらいいのに、とドラリスは思ったが、自分も姓を教えるつもりはなかったので聞かなかった。
エドウィンはそっと彼女の手を引いて、小石のルートを辿り始めた。
しかしある大木の前で、ドラリスは「あれ?」と声を上げた。
置いてきたはずの小石が消えていた。
「この木で合ってるの、上に黄色いリボンがあるから。でも……」
「帰り道、わからない?」
「わかるわ」ドラリスは月の方向を指して言った。「あっちよ」
エドウィンが言った。「遅くなったし、馬車で送ろうか?」
貴族の馬車で送ってもらうなんて、お姫様みたい! ドラリスは喜んで承知した。
馬車に乗り込んでから、なぜか猛烈な眠気に襲われた。
エドウィンの肩にもたれて、そのまま眠ってしまった。
目が覚めると、ドラリスは見知らぬ部屋にいた。
エドウィンが傍の椅子に座って、手錠をかけられたドラリスをじっと見ていた。
ドラリスは全力で暴れたが、まったく手応えがなかった。おかしいと気づいて魔法を使おうとすると、強大な力に押し戻された。
「暴れないで」エドウィンが言った。
当然おとなしくなどなれず、エドウィンの手から伝わってきた魔法の力に触れた瞬間、ドラリスは悲鳴を上げた。
ぬるりと冷たい感触、うなぎか水蛇のような気持ち悪さが全身を走り、鳥肌が立った。
ドラリスはなんとか平静を保って言った。「あなた、わたしが誰かわかってる?」
エドウィンが聞き返した。「君は、僕が誰かわかってる?」
「エドウィン……」
「アクミリン」
ドラリスは激しく抵抗した。「でも……」
エドウィンは指先をドラリスの唇の前に滑らせ、口を糊で貼り付けたように動かなくさせた。「おとなしく。状況はわかってるよね? 暴れなければ傷つけない、でも言うことを聞かなければ、さっきの黒魔法を全身に流す。あの感覚、嫌でしょう?」
ドラリスは恐怖で動きを止めた。エドウィンが言った。「いい子ね。君は貴重な品物、売れるまで傷つけない。水燈節、楽しかった?」
どう返事をすればいいかわからないまま聞いていると、エドウィンが続けた。「大切にしなさい、あれが最後の楽しみになるから」彼はドラリスの乱れた髪を整えてから、立ち上がって部屋を出ていった。
取り残されたドラリスは、家の人の言いつけを守らなかった自分を後悔しながら、一人泣いた。




