番外:鍵の使者
微かな蛍光が前方を照らしていた。松明のように通路全体を照らすほどの力はなく、せいぜい数メートル先を視認できる程度だ。岩壁には毛細血管のように細い水流が走り、まるでこの通路が生きているかのように、水はどこか上へと流れていた。隅から滴り落ちる水滴の規則正しい音は、鐘の音のように、迷い込んだ冒険者たちの失われた時間を呼び戻してくれるようだった。
タトが言った。「雨の音がする」
夕立が聞いた。「あとどのくらい?」
「ここで一度眠れる」
夕立はため息をついて言った。「よかった、もう死にそうに疲れた」
野営の準備をしながら、夕立は袋の中の干物を取り出して一口かじると、鼻にしわを寄せて言った。「腐りかけ」
タトは何も感じていない様子で、いつも通りもりもりと食べていた。両頬がぱんぱんに膨れ上がっていた。
物資を確認すると、残りの食料は少なく、どれも変な匂いがし始めていた。魔法道具もほとんど使い果たした。
長くてもあと二日、この冒険に決着をつけなければならない。
眠りにつく前に、木偶に収録した映像を地上へ送信した。本当に誰かが受け取っているかはわからないが。黒魔法から届いた情報だと知れば、保守的な公会の者たちが受け取りを拒否するかもしれない。とはいえ棚から落ちてきた情報を要らないと言うなら、それは冒険者公会の怠慢だ。無事に雨の集まる場所に辿り着けなかったとしても、せめてここまでの過程を映像として残しておけば、後人の助けになる。逆に言えば、今この瞬間、数十人が彼女たちの最新映像を見ているかもしれない。
夕立がお人好しなわけではない。情報を冒険者公会に贈るのは、公会に研究をさせて、その研究結果を後で盗み取るためだ。ただ、他の鍵の使者候補に先を越されるリスクもある、なかなかに厄介な話だった。
洞窟内の冷気に夕立は震えながら、獵豹の姿に変身したタトを大きな抱き枕代わりにして、温かな毛皮に体を預けて眠りについた。
一晩休んでから、また前へ進んだ。
道中、だんだんと先人が通った痕跡が増えてきた。
曲がりくねった小径を抜けると、ついに夕立にも雨の音が聞こえてきた。
足元まで浸水してきたため、二人は靴と靴下を脱いだ。夕立が素足で踏み入ろうとした瞬間、タトがさっと夕立を抱き上げた。
夕立はタトの目を見て言った。「自分で歩ける」
タトが言った。「俺の皮の方が厚い」
夕立はそれ以上言い争わなかった。タトの温かな腕の中で、ふと思った。本当の兄妹ってこういう感じなのかな、と。現実の兄弟姉妹というのは、どんなものなのだろう。
雨之森へ踏み入った。永遠に雨が降り続ける場所だ。本物の「森」ではなく、木は一本もない。しかし細かい雨粒が――正確には雨の「柱」が――まるで森のように立ち並んで、人を迷わせる。天蓋は見えない。雨の向こうには、もしかして晴れた空があるかもしれない。そんなわけないか、と夕立は心の中で自嘲した。
雨は、かつて受けた訓練を思い出させた。特殊な服を着て、強酸が頭上から降り注ぐ環境を突き抜ける訓練を。怖くない、これはただの雨、純粋な雨水だ。あの辛かった日々はもう終わった。
深部まで進んで、夕立はタトに下ろしてもらい、頭上の遮蔽物を取り除いて、雨に衣服を濡らされるままにした。そうすることで初めて、雨の中のエネルギーの変化を感じ取ることができる。両腕を広げて、豪雨を全身で受け止めた。
足元に黒い水が広がっていった。彼女の黒魔法だ。その力が過去の痕跡を探した。かつてここで一人の鍵の使者が、ドゥオルオア神廟への扉を開けた。
セサスとアーサーの助けを借りて、オーロパ王女の重要な部下たちは罪悪の街に戻り、かつての理想の続きを歩み始めていた。夕立は実質的な役割がなくなったため、タトと共にドゥオルオア神廟を探す旅に出た。
真の鍵の使者になるには、ドゥオルオア神廟で封印の儀式を行わなければならない。黒女神の期待に応えられなければ、その候補はその場で全身が爆ぜて死ぬ――それは今の夕立の心配事ではない。もっと困るのは、神廟の入口をどうやって見つけるかだった。
ドゥオルオア神廟は黒女神の唯一の正統な、深淵に位置する神廟で、入口は常に変動している。夕立が砂時計湖や雨之森といった、かつて神廟の扉が開いた場所を訪れているのは、次の扉がどこに現れるかを予測するためで、各地のサンプルを持ち帰ることが目的だった。
黒魔法の力の共鳴を感知して、夕立は線を辿っていった。道中には黒魔法が映し出した数多くの残影があった。過去の鍵の使者候補たちが、ここで神廟の入口を開けようとした際の重要な動作の痕跡だ。木偶でそれを記録した。これらの映像は公会には渡せない。
タトには夕立に見えているものが見えない。たとえばある鍵の使者候補が儀式の途中で仲間に裏切られて殺された場面も、彼には見えなかった。仲間は少女の遺体を蹴り飛ばし、自分が本当に推す別の候補者を連れてきた。彼らは何とか深淵の神廟に入れたが、儀式については、今の結果を見る限り、失敗していた。
夕立はついに小さな石積みの前で足を止めた。交差した二本の木の枝が差してあって、旅人が作った簡易の小さな祭壇だった。
夕立は石を一つ拾っていった。
獵豹の姿のタトが何周かしてから人形に戻って言った。「ただの石じゃないか」
夕立は白い目を向けて言った。「宝を直接掘り当てることを期待していたの? とにかくこれをセサスのところに持って帰って調べてもらえばいい」
雨之森は、ここまで歩いてきた中で最も穏やかな場所と言えた。数ヶ月前の砂時計湖のことを思えば、あのときは無謀にも普通の装備で湖底に潜り、湖中の有毒物質で死にかけた。幸い後でアーサーと出会い、情報を得たおかげで夕立は水中の毒素に抵抗できる薬錠を調合できた。
獵豹は水生動物ではない。タトは湖に潜ることへの強烈な不適感を示したが、夕立がクラヴァタ――タトが最も憧れる花豹の聖獣族将軍――に会うためにはもっと多くの任務を果たさなければならないと何度も言い聞かせてから、ようやくしぶしぶ一緒に冒険することに同意した。
夕立は一人でも多くの場所を旅してきたからこそ、助力があるほうがやはりいいとわかっていた。タトが自分を信じてくれているなら、遠慮なく利用させてもらう。
そう、利用だ。どんな縁でも、結局はお互いを利用し合っているものだろう。
ぼんやり立ち止まる夕立に、獵豹のタトがにゃあにゃあと鳴きながら、早く立ち去るよう急かした。
夕立が聞いた。「何かおかしいの?」
タトは死んだ目で、ずぶ濡れの自分の毛皮を見て、また夕立を見た。
夕立は言った。「わかった、次の場所へ行こう」
雨之森を離れてから、サンプルをセサスのもとへ届けて、次に極楽の城へ向かった。魅魔の本拠地だ。
道中、タトはずっと落ち着かない様子だった。あそこへ行くことを強く嫌がっていた。自分が食い物にされると思っているらしかった。
夕立が言った。「お金もないし、あなたは見た目も普通だし、魅魔に興味を持たれることはない」
タトはがっくりと肩を落とした。その様子が面白くて、夕立はその背を勢いよく叩きながら言った。「いろんなものを見るのは良いことでしょ! わたしたちはまだ若いし、客として扱われることもない。とにかく情報をいくつ仕入れられるか見てみよう」
前々任の鍵の使者が扉を開けたとき、魅魔の助けを借りた。魅魔は場所を明かさなかったため、魅魔が最も多く集まるこの場所へ直接出向いて情報を探るしかなかった。
彼から送られてきたメッセージには、アンバール迷宮で魅魔と出会ったことが書かれていた。二人はそれぞれ日の出の地と夜落の地にいて、直接連絡できる時間はほとんどなく、互いに残しておけるメッセージを送り合うだけだった。
なぜこんなにも時間をあの人のことに費やしているんだろう。彼が忠実かどうかさえ確かめていない、もしかしたらアイセンティア王族の間者かもしれない。友達なんていらない、タトも同伴者に過ぎなくて、旅の終わりには別々の道を歩む。冒険者をやっていればよくわかる、すべての縁にはいつか終わりが来る。誰かに永遠そばにいてほしいと求めることはできない、自分の歩きたい道を歩いてくれとは言えない。たまたま二人の旅が重なるときだけ、共に歩む。
夕立はほおづえをついて、意味もないことを考え続けた。
やがて、極楽の城に着いた。極楽の城は閉鎖型の都市で、空も建物の屋根に遮断されていた。城内に入ると、二人ともその煌びやかさに圧倒された。蛍光が流れながら各種族の文字を書き出し、カレナ王国の文字まであって、ほとんどはようこそといった内容だった。幻色に染まった天蓋は日の出や夕焼けよりも眩しく、建物の間にはあらゆる灯りが輝き、魔力を帯びた香りがすべての人と物に纏わりついていた。城内に入った者はみな、ざわざわとした興奮感に包まれた。比喩ではなく、魅魔は本当に城内に魔法を張り巡らせて人々の感情を揺り動かし、衝動的な消費を促していた。
見渡す限り、絶世の美女、颯爽とした美男、性別を超えた美しさを持つ魅魔たちが街に溢れていた。頭上の黒い曲がり角がその精緻な外見にさらなる神秘的な魅惑を添えていた。
夕立は目を輝かせて言った。「見て、あの子も綺麗すぎる! あっちに立っているのも!」
タトが焦って言った。「何をしに来たか忘れないで!」
「もう少し見させて、こんな場所に来られる機会なんてめったにないんだから」
「ナセドが言ってた酒場は東側だ、行くよ!」
「あそこで生肉を売ってる」
タトが反射的に振り返った瞬間、夕立は魅魔の姉さん二人について行ってしまっていた。
「戻ってこい!」タトが飛び出した。
道中、タトは夕立をしっかり掴んで、魅魔に目移りしないようにした。
実際は夕立も魅魔の美貌にただ惑わされていたわけではない。魅魔以外にも、ここには様々な種族がいた。人間は相変わらずどこへ行っても邪魔な存在で、矮人、魔族、妖、怪も混じっていて、身長制限がなければ巨人も来ていただろう。二人の姉さんについていきながら、夕立はその笑い声を耳に入れながら、彼女たちの体に残る魔力の痕跡を観察していた。
通りがかりの普通の魅魔でさえ、絶対的な禁地を出入りした痕跡があった。大したものだ。
城内には最も多い酒場と浴場のほか、美夢を売る店もあった。魅魔と直接接触するのが恥ずかしい旅人が、夢の中でだけロマンスを楽しめる場所だ。また豪奢な品を売る店もあって、心惹かれた魅魔にその場で買って贈れるようになっていた。
夕立はある占い館の前で足を止めて、タトに言った。「先に酒場へ行って、そのまま泊まって。できるだけ早く合流する」
タトが聞いた。「また危ないことをしようとしてる?」
「危ないのは確か、だから待っていて。五日、五日以内に戻らなかったら、あなた一人でクラヴァタに会いに行っていい」
「だめ、二人で行動する」
夕立が言った。「あなたも実力の差はわかってるでしょ。あなたを守りながらだとかえって大変、やるべき仕事をやらせて!」
「でもナセドさんは?」
「やろうとしていることは彼と関係あるかもしれない」
「でも……」
「わたしが本気のとき、あなたはどうするって約束した?」
タトは不承不承言った。「言うことを聞く」
「そういうこと。ゆっくり休んで、ついでにわたしに似合いそうな可愛い服があったら見ておいて。後で会おう」
タトを送り出してから、夕立は占い館に入った。
応対してきた魅魔の少女は夕立と同じ黒髪黒目だが、見惚れるほどの美しさだった。夕立が言った。「こんにちは、占いをしてほしいんだけど」
魅魔の少女が微笑んで言った。「どうぞ、お客様」
座ってから夕立が言った。「あなた、もともとここの人じゃないでしょ? 外から来たの?」
魅魔の少女が驚いて言った。「なんでわかるの?」
「以前はもっと魔力の強い場所で生活してたはずで」
「こんなに賢いなら、わたしの占いは必要ないんじゃない?」
夕立は指でテーブルを叩きながら言った。「まず聞きたいんだけど――これは有料サービスには含まれないよね? どこから来たの?」
「わたし、もともとアンバール迷宮で働いていたんだけど、精靈の貴族たちが踏み込んで迷宮が崩壊したから、ここへ来たの」
夕立は大笑いした。魅魔の少女が不思議そうに見ていると、夕立は笑い涙を拭って言った。「世界って本当に狭いなと思って」
「あなたもアンバール迷宮に行ったことがあるの?」
「行く前に崩壊したと聞いた。それで、何の占いをしてほしいか。相卡? 煙? 水晶球?」
「水晶球でいい?」
「まあ」
魅魔の少女が頭ほどの大きさの水晶球を取り出して聞いた。「何を知りたいですか?」
「ある人物がどこにいるか探したい」
「名前を教えてもらえる?」
「あだ名がある、月下の情聖」
夕立は魅魔の少女の顔に一瞬走った不安を見逃さなかった。彼女は続けた。「月魔族の男、それだけで十分でしょ」
「できれば名前が……」
夕立はにやりとして言った。「できない? 別の方法にする?」
「どういう意味?」
「手相はどう? できる?」
「できる」
夕立が手を差し伸べると、魅魔の少女がその手を握った瞬間、夕立は身を乗り出して言った。「驚いたでしょ? 薬の量を増やしても、わたしは気を失わなかった。まあ仕方ない、薬はわたしには効かないから」
夕立は手を通じて黒魔法の力を注ぎ込み、魅魔の少女の全身を麻痺させた。目を見開かせ、声も出せなくした。
夕立が言った。「今あなたの体に黒魔法の呪いをかけた、解けるのは私だけ、三日以内に解かなければ死ぬ。これからわたしが気を失ったふりをするから、あなたはいつもの流れで仲間のところへ連れていって。そうすれば呪いを解いてあげる」
手が離されると、魅魔の少女は体内を巡る黒魔法に恐怖を感じながら、恐る恐る幕の後ろへ呼びかけた。
仲間たちは少女の異変に気づかず、気にもしなかった。
夕立が運ばれていくと、魅魔の少女はへたりと倒れ込んだ。
部屋の中で「目が覚めた」夕立は、狼狽えた顔で目の前の魅魔の女性に聞いた。「ここはどこ? あなたは誰?」
背の高い魅魔の女性が言った。「占い館で眠ってしまったから、他のお客さんの邪魔にならないよう、ここへ運んで休ませたのよ」
夕立が聞いた。「なんで眠ってしまったの?」
「冒険で疲れていたんでしょ。あなたの靴を見て、穴が開いているじゃない、お金は持ってる?」
「お金は……もう少しで底をつきそうで。ただ兄を探したかっただけなのに!」
女性は声を和らげて言った。「慌てないで。あなたは見目がいいから、ちょうどいい仕事の機会があるんだけど、やってみる?」
夕立は心の中で冷笑しながら、顔には期待の表情を浮かべて言った。「どんな仕事?」
「あなたに貴族の方のお世話をしてもらいたいの。こんな小さいのに冒険に出なければならないなんて、大変だったでしょう。貴族に仕えたら稼ぎが全然違うわよ」
「本当に? ずっと貴族の侍従になりたかった! お金が必要で、お腹も空いてる!」
女性がくすりと笑って言った。「じゃあこの服に着替えて、馬車に乗りましょう」
夕立が豪華なドレスに着替えると、女性が言った。「お世話するのはね……」
夕立が遮って言った。「誰でもいい、兄を探すためのお金さえ稼げれば」
「そういうこと、身分の高い貴族だということだけ覚えておいて」
馬車の中、夕立はおしゃべりを続けてさらに情報を引き出した。女性はうんざりしながらも愛想よくしなければならず、その様子が夕立には可笑しかった。馬車の窓の幕はずっと引かれたまま、貴族に仕える際の守秘手続きだという。細い道に入ってから初めて幕が開いた。窓の外にはすぐそこに閉鎖型の城塞建築と、黒魔法で張られた網が見えた。逃亡防止の意図が随所に滲み出ていた。
夕立は笑顔を消して、冷めた目ですべてを見つめた。
馬車を降りると、魅魔の女性でさえ濃厚な血の匂いを嗅いで絶句した。ここからでも充分わかるほど強烈な匂いだった。
夕立が冷淡に言った。「いい仕事があるって言ってたけど、なんで続きを案内しないの?」彼女は黒魔法の法陣を召喚して、女性に向けて展開した。
女性が危険を察して城塞の小門へ走り出したところを、大きな人影が塞いだ。
ナセドは冷たい表情で、手に持った剣を女性の体に貫通させた。
ナセドが多くを説明しなくても、城塞の内部への道中で目にする様々な拷問道具と惨たらしい痕跡を見れば、夕立にはわかった。また狂った貴族の一派だ。
被害者を除いて、城内のすべての者をナセドは屠った。夕立はナセドと共にかろうじて生きている子どもたちを救い出し、二人で馬車を駆って極楽の城へ戻った。
夕立が聞いた。「聖女が復活したこと、どう思う?」
ナセドが言った。「正確には目覚めた」
ナセドの説明を聞きながら、夕立はアイセンティアにいるあの人間の少年のことを思った。
初めて会ったとき、彼女はひどく狼狽えていて、重傷を負っていた。なのに彼はそれをまるで見ていないかのように、淡々と、細やかに気にかけてくれた。冒険の経験を話せば、目が輝いて、面白そうに聞いてくれた。
その感覚が、清くて甘い果実のお茶みたいに、なぜか頭の中を離れなかった。
ただの、運悪く鍵の使者争いに巻き込まれた第二界の人間。料理が少し美味しくて、笑うときの顔が少し優しいだけ。
「別に好きじゃないし」
ナセドが聞いた。「何?」
「聖女は光エルフの領地へ行くことを決めたの?」
「アイセンティアの四王子の婚礼の後に会議が開かれて、聖女の行先を決める」
「かわいそうに、結局一つの檻から別の檻へ移るだけ」
ナセドが言った。「聖女を逃がそうとしているんじゃないよね?」
「まず人身売買の問題を片付けないといけない。アイセンティアのアクミリン家を打倒すれば、最大のルートを断ち切れる」
「そうだな」
「本当に戦争は嫌い」
「アイセンティアの内部闘争が順調なら、戦争なしにアクミリンも処理できる」
「はん、あのエドウィンとやらがどれだけ有能か、見てやろうじゃないの」
「まず鍵の使者になりなさい。アイセンティアのことは彼らに任せて」
夕立はナセドを一瞥して言った。「根本的な解決にならないのはあなたもわかってるでしょ。まだもっと多くの子どもが人身売買されていて、あなたが一人ずつ救いに行けるわけでもない」
ナセドはただ言った。「それは私たち大人の問題。あなたの今の仕事は鍵の使者になって、力を手に入れて、罪悪の街を立て直すことだ」
「わかってる、うるさい」
夕立は前方の道を見据えた。
力があれば、多くのことを変えられる。
ナセドと共に人身売買に加担した魅魔たちの「清掃」を続けてから、夕立はようやく前々任の鍵の使者の話を調べ始めた。
ナセドの助けで魅魔から情報を取引し、その手記の中で、夕立は過去の物語を読んだ。
久しぶりに開かれた神々の会議で、エシュガルは妹のデュメズを見つけるなり抱きついて言い続けた。「また何度も戦争に勝ったよ、見てた?」
デュメズが冷たく言った。「わたしの業務が増えたから、当然見ていた」
「あ、ごめん、でも戦争には必ず死がついてくる」
「だから手を出さなければよかっただろ。おとなしくしていられないの?」
エシュガルが言った。「戦闘はわたしの天性なんだ」
デュメズは兄の腕から抜け出して向き直り、真剣な顔で言った。「残業はわたしの天性じゃない。暇ならアメロティ姉さんと打ち合えばいい、凡人をいじめるな」
夜落の地の戦神はエシュガル、火神のアメロティは日の出の地の戦神と言える。この二柱はよく武を競い合い、エシュガルが勝つ回数の方が多かった。エシュガルが気のなさそうに言った。「いつも俺が勝つのも飽きてきた」
「本当に高慢な神ね」
エシュガルとデュメズが振り返ると、大股で歩いてくるアメロティがいた。彼女が言った。「わたしじゃあなたとの手合いは不足なのね」
エシュガルが言い返そうとした瞬間、財富の神・ケルンスが割り込んで言った。「そんな小競り合いより、鍵の使者の話の方が大事だろう」
そう、今回の神族会議は鍵の使者を議論するために開かれたものだった。
ケルンスがアメロティとエシュガルを交互に値踏みして言った。「今度こそあなたたちの家から鍵の使者を出す番でしょう?」
アメロティが皮肉った。「前回あなたの人選が世界を滅茶苦茶にしたから、こんなに早くまた新しい人が必要になったんじゃないの?」
ケルンスが言った。「どの代の鍵の使者も結局滅茶苦茶にする。あれほどの力を手に入れたら、誰でも最後は腐る」
デュメズが言った。「そうならないことを願っている」しかし彼女も知っていた、黒女神が鍵の使者を選ぶとき、好んで問題を起こしそうな者を選ぶ傾向がある。だから平和的な解決はほぼ不可能だと。
様々な種族の神々の貪欲な様子を眺めながら、死神のデュメズにできることは、自分の麾下の幽魔族をこの傷みに満ちた争いに関わらせないことだけだった。それも限界はあったが。
誰だって覇権の力を欲しがるのだから。
エシュガルが言った。「今回血魔族が推した候補は本当に優秀で、しかも男性だ!」
アメロティが驚いて言った。「男性?」
エシュガルが得意げに言った。「だからわたしたちの家の可能性が高い。男性でもプロセルネに拒否されなかったんだから」
アメロティが言った。「でもわたしたちの候補も引けを取らない、王族だから」
エシュガルが言った。「結局は拳の大きさで決まる」
デュメズが言った。「そんな幼稚な話じゃない」
ケルンスが言った。「鍵の使者なんてプロセルネをあやすためのものだ、大したことじゃない」
このグループの中で唯一プロセルネを本当に敬っているデュメズは、返事をしなかった。
予言がなくても彼女にはわかっていた。今回の鍵の使者の推薦もいつものように、うまくいくはずがないと。
魅魔は独自のグループを形成していて、通常は他の種族を仲間に入れない。
血魔族出身のセグは例外だった。幼い頃、流れ者の魅魔の一群に拾われた。顔立ちが綺麗だったから、魅魔は彼を引き取って、一人前の働き手に育てようとした。
そのためセグは戦争孤児だったが、豊かな環境で育った。魅魔が与えられるのは最も真摯な愛ではないかもしれないが、物質的な生活は間違いなく豊かで、食も衣も最上だった。
血魔族は生まれながらの戦士だ。魅魔はそこに目をつけて、腕の立つ冒険者に出会うたびに大金を出してセグに武術を教えさせた。セグも期待に応えて、この転々と移動する魅魔の一群において最強の護衛になっていった。まだ幼いのに、敵に襲われたとき魅魔たちが悠々と化粧を続けながら、彼一人で盗賊の一隊を片付けられた。魅魔たちが彼のことを話すとき、いつも言うのは、あの日彼を連れてきて本当によかったということだった。
刃先を舐めるような生活はセグにとっては水を得た魚で、毎日が快活だった。ただ自分で決断できる自由は依然なかった。
火精靈の商隊が襲われたとき、セグは魅魔の頭領を見てから、命令が下るのを待って初めて動いた。
すべての火精靈を無事に救い出した後、セグは商隊を率いていた火精靈の少年を見て言った。「同じく戦闘種族と言われる火精靈も、その程度か」
「あなたがいなくても、賊を退けることはできた」火精靈の少年が冷淡に言った。
セグは刀をくるくる回しながら言った。「でも何人か死んでいたでしょ? あなたたち、まさか報酬なしとは言わないよね?」
火精靈の少年は嫌そうに金を数枚押しつけてきた。セグは笑って言った。「そういうこと」
「……ありがとう」
「え? 聞こえなかった」
「ありがとうと言った」
相手が次の目的地へ向かおうとしたとき、魅魔の頭領が聞いた。「どこへ行くの?」
火精靈の少年が答えた。「海砂城へ」
魅魔の頭領が言った。「わたしたちもちょうどそちらへ向かうところで、少し払ってもらえれば一緒に行ける」
実は魅魔たちは次の目的地を何も決めていなかった。ただ海砂城でも仕事ができて、途中でも稼ぎになるならいいという話だった。
火精靈の少年は状況を見極めてから、承諾した。
魅魔と同行することは、昼夜の境界線を歩くようなもので、うまく利用すれば両方から恩恵を得られる。美しく魅力的な魅魔を気軽に傷つけようとする者は少ない。
こうして二行は共に旅立った。
魅魔の兄さんたちや姉さんたちは、若くして商隊を率いている火精靈の少年にとりわけ興味を持ち、彼の名前がオーレンだとわかると、セグに言った。「セグとオーレン、なんかカップルみたいでしょ、二人並ぶと可愛い!」
オーレンが言った。「護衛と話し合いがある」そのまま去っていった。
魅魔がさらにセグをからかうので、顔が薄いセグはたまらず逃げた。
宿営地へ戻る道でセグはぼそっと言った。「みんな戦闘種族って言うけど、俺とあいつは違う」
あの大少爺みたいな高飛車な様子、見ただけで嫌になる。
「セグ」
後ろに突然現れたオーレンにセグは飛び上がった。これでセグのオーレンへの実力評価が修正された。セグが聞いた。「何の用?」
オーレンが言った。「あなたたちの頭領と話し合って、しばらくあなたを雇いたい」
「はあ?」
オーレンがその正義感溢れる濃い眉と大きな目には全然似合わない内容を口にした。「魔族の領地に潜入する。魔族が傍にいれば、検問でずいぶん手間が省ける。あなたには護衛ができる実力がある」
「あなた海砂城に行くんじゃないの?」
「海砂城の中に魔族の拠点がある。この金額で引き受けてもらえるか?」
魅魔がセグに与えた教育は金があれば稼げというもの。オーレンが提示した破格の金額と頭領の許可を得て、セグは当然引き受けた。
旅の途中でセグがオーレンに聞いた。「魔族のところへ何をしに?」
「あなたには関係ない」
「俺はあなたの護衛なんだけど、態度が悪すぎない? 火精靈は情熱的だって言うじゃないか」
オーレンが冷たい顔で言った。「魔族に余計な情報は渡せない」
セグが白い目を向けかけたとき、オーレンが言った。「知れば知るほど、あなたが危険になる」
セグはそれ以上聞かなかった。
厄介ごとは少ない方がいい。
旅の途中、魅魔と火精靈の間に大した摩擦はなかったが、魅魔がうるさかった。
魅魔の兄さんたちや姉さんたちは煽るのが得意で、セグとオーレンに言い続けた。「あなたたち年も近いし、どっちも戦闘種族だし、仕える戦神も同じ系列だし、お似合いじゃない」
セグが言った。「精靈と一緒にされてたまるか!」
別の魅魔の姉さんが言った。「二人の子どもが生まれたら絶対可愛い」
セグが言った。「どこから子どもが出てくるんだ!」
オーレンは全部馬耳東風だった。
口ではオーレンと仲良くしたくないと言いながら、オーレンの際立った戦闘力にセグは強い印象を受け、休憩のたびにオーレンに組み手を申し込んだ。
オーレンは最初ずっと断っていたが、セグが「俺の実力が上がらなければ、後で役に立てない」と食い下がってようやく応じた。
組み手をしてみて、セグは正攻法の決闘ではオーレンに勝てないが、本当の生死がかかった戦闘なら状況が逆転するかもしれないと評価した。
また練習試合を終えた後、セグがオーレンに必殺技を聞こうとしたとき、オーレンが突然大声で言った。「今はそれが重要か!」
セグは訳もわからず怒鳴られ、オーレンはすぐ謝った。「すまない、我を失った」
セグが言った。「海砂城へ相当急いでるんだな。いったい何があるんだ?」
オーレンの口は蚌の殻より固かったが、わずかに赤くなった目から、小さなことではないのが見えた。
それでも徐々に、オーレンは魅魔が出した食事を受け入れるようになっていった――セグが持ってきたものに限り。セグは尊敬できる好敵手だから信用できると彼は言った。
セグのオーレンへの見方も少しずつ変わっていた。実際のオーレンはただ頑固な御曹司というわけでもなく、こなさなければならない案件が本当に緊急だったから、親しみやすい余裕がなかっただけだとわかった。
海砂城に到着すると、魅魔の一行は城外に臨時の野営地を設けて客を取り始め、オーレンはその一刻も待てない様子でセグを連れて城内へ飛び込んだ。
セグが言った。「そんなに慌てると怪しまれる」
オーレンは振り返りもせずに言った。「もう待てない!」
「落ち着け。見ろ、もう魔族が目をつけてる。まず何をしに来たか教えてくれないか?」
「小さな女の子を救う。行宮に閉じ込められている」
セグはほっとして言った。「そこは見回ったことがある、こっそり潜り込んで救い出すのは全然問題ない。何歳の子?」
「七歳」
「精靈?」
「そうだ」
「なら俺一人で十分だ」
「俺も行く!」
「あなたは潜伏が苦手で、足手まといになる。とりあえず俺が一度行ってみる、本当に失敗したら、あなたの強引な作戦を使えばいい、真っ直ぐ斬り込んでいくやつ」
「強引な作戦?」
セグが慌てて言った。「冗談だよ、とにかく彼女の外見を教えて。行宮は普通どこに人を閉じ込めてあるか知ってるから」
オーレンの説明を聞き終えてから、セグは時間を無駄にせず、魔族の外見を利用して、すんなりと行宮区域に入った。
あとはプロの腕の見せ所だ。彼は人目につかない角から壁をよじ登り、宮殿の上に飛び移り、瓦を掴んで上へと這い上がった。
最上階の塔の部屋に、果たして涙を溢れさせた小さな火精靈の女の子が閉じ込められていた。
セグは手際よく窓の鍵を外し、女の子と話してから背負って、窓をまた元通りに施錠した。まるで女の子が消えたように見えるはずだ。誘拐犯が気づいたときの表情は想像するだけで笑えた。
担いだり抱えたりしながら、無事に女の子を行宮の外まで運び出した。
「兄さん!」
数歩も歩かないうちに、女の子はオーレンに飛びついた。とうとう我慢できなくなって泣き出した。
兄妹の温かい再会を眺めてから、セグが文句を言った。「遠くで待てって言ったじゃないか」
オーレンは複雑な顔をして、最後にただ言った。「ありがとう」
セグはお金の手振りをした。
オーレンが言った。「払う」
「早くくれ、他の魅魔たちも待ってる。せっかく海砂城まで来たんだから、旨いものをたくさん食べないと」
「先に彼女を連れて帰る」
「いいよ」
オーレンが少し迷った。
セグが聞いた。「何だ?」
「……何でもない」
そのとき、オーレンの妹がオーレンに抱かれながら、セグに聞いた。「セグ兄さん、あなたたちはエンジェイマ王国に来る?」
セグが言った。「あそこは魅魔には商売にならない」
妹が大きな目でぱちりとして聞いた。「じゃあ兄さんだけは?」
オーレンが言った。「ちゃんとお礼がしたい」
セグが言った。「魅魔と離れて一人で動くつもりはない」
オーレンが言った。「もう十六歳だろう」
「魔族一人で火精靈の王国に乗り込んで殴られたいのか?」
「俺がいれば、誰も無礼なことはできない」
セグは冗談っぽく言った。「あなたってそんなにえらい人なの?」
「俺はエンジェイマの王子だ」
セグはぱっと目を見開いた。
目の前のこの兄妹が、火精靈王国の王子と王女……。
「だったら金をもっと払えよ!」
魅魔たちは油断なく損得を計算したが、火精靈の王国に来て贅沢ができると聞いて、二つ返事でオーレンの誘いを受け入れた。
王族の賓客生活は本当に快適で、オーレンの武術師範からの訓練を受けられ、長兵器の使い方まで学べた。オーレン本人が稽古の相手をしてくれることもあって、セグには最高の日々だった。
練習の過程で、セグは自分の心の何かが変わっていくのを感じた。うまく言えないが、オーレンが最初の険しい顔から時折見せるようになった穏やかな笑顔を見るたびに、心臓が数拍早くなった。
二人は小さな王女エレアも連れて稽古をしたり、一緒に外へ出かけたり、この季節に盛りの紫陽花を見に行ったりした。エレアと侍女が遊び回っているとき、オーレンはセグと話し込んだ。話の中でセグは徐々に理解した。オーレンの性格がここまで閉じているのは、エレアが黒女神に目をつけられてから常に彼女の身を案じていたからで、でなければもしかしたらオーレンもセグに近い、遊び好きで食いしん坊な性格だったかもしれない。
オーレンが真剣に言った。「俺は食いしん坊じゃない」
セグはテーブルの上を黙って見た。さっきまで丸ごと一本あったパンが、端っこだけ残されていた。「バターとパンだけでパン一本を食べ切れる人間が他にいるか? 本当に王子か?」
オーレンが言った。「あなたの方が食べ尽くしたことがないような食べ方だ」
「魅魔に育てられた最初の頃は、確かに腹を空かせることが多かった。働けるようになってからようやくまともに食べられるようになった」
オーレンは黙った。
セグが言った。「これからは食わせてくれよ、下半生の贅沢はあなた頼みだ」
オーレンが言った。「いいぞ」
本気にしすぎだろ! こいつ、真剣すぎる!
穏やかな日々はしばらく続いた。ある日、火精靈に突然知らせが入った。罪悪の街の者たちが攻めてくるという。
魅魔たちはすぐ撤退しようとしたが、セグは動こうとしなかった。
彼が言った。「能力を八割削られた鍵の使者がどうした、怖くもない」
魅魔が焦って言った。「それでも鍵の使者が自ら来るんだぞ、正面からぶつかる必要はない」
「なぜ鍵の使者がここへ来る?」
「エレアは黒女神に次の鍵の使者の資質ありと予言されている」オーレンがエレアを連れて出てきて言った。「現任の鍵の使者は自分の人生を使い果たして黒女神に愛されなくなり、自分を脅かすかもしれない者を手当たり次第に攻撃するようになっている」
鍵の使者の軍を相手に、火精靈も対策せざるを得ない。
オーレンが言った。「木精靈の援軍が間に合わない、しかもエンジェイマ内部にも……」
セグが言った。「一言だけ聞く。俺が必要か?」
「俺が軍を率いる、エレアを守ってほしい。あなたを信頼している」
頑張り屋で可愛いエレアを見て、セグは言った。「当然残る」
罪悪の街の者たちが王城を攻めた夜、セグは焦りながら往復しながら、オーレンからの勝報を待ち続けたが、夜はとんでもなく長かった。
ようやく誰かが扉を叩き、開けると不幸の知らせが届いた。外城が破られ、今オーレンと残りの衛兵が内城を死守しているという。それを聞いてエレアは短剣を抜いて言った。「兄さんを助けに行く!」
セグが急いで言った。「衝動的になるな、あなたこそが相手の標的だ」
「わたしも火精靈、戦える!」
セグは考えた。内城も危うくなれば、全軍覆滅を待ってからでは一人でエレアを守る手段がなくなる。考えてから、エレアに言った。「あなたは隠し部屋にいて。俺が賭けに出る」
「わたしも行く!」
セグはしゃがんで、エレアと目線を合わせて言った。「あなたの気持ちも実力もわかってる、でもあなたが出ていったら兄さんが気を取られる。約束して、隠れていてくれ、俺が兄さんを助けに行くから」
エレアを説得してから、セグは縄一本でするりと塔から滑り降りた。
側面から回り込んで、攻城している罪悪の街の者たちのそばへ出た。誰が鍵の使者かはすぐわかった。
戦場にいながら鎧も着けず、豪奢な装いをした、高慢な女が鍵の使者だった。この世界をかき乱し、誰もが叩きたがっているあの鍵の使者が。
セグは罪悪の街の烏合の衆の「軍隊」と同じ鎧に変装した。魔族の気配を持つ者が火精靈の側の助太刀などとは誰も思わない。だから実に簡単に攻城側に紛れ込めた。
視野が急に狭くなった。人生で初めてこれほど緊張した。短剣を持つ手が震えていた。あの女に近づいて、心臓へ……。
剣が女の胸に刺さった瞬間、女は驚いて目を剥き、その刺客を見て、それから夜空を見上げ、呟いた。「あなたはもう、わたしをご覧にならないのね」
黒魔法の網が幾度かきらめいてから光の粉になって消えた。火精靈の軍が勢いよく打って出て、残った烏合の衆を一掃した。
斧槍を振るいながらやってきたオーレンがセグの前に来たとき、セグの目、口、鼻から黒い血が滲み出し、鍵の使者の最後の呪いで体が固まっていた。オーレンは慌ててセグを抱き上げ、内城へ連れていった。
苦しい夢と夢の間で、セグは死体で埋まった戦場を見た。
そして彼は赤ちゃんになっていて、その場でただ焦るばかりで、這うことさえできなかった。
「セグ、姓はなし」
声の方を見ると、極めて妖艶な赤毛緑眼の女が、半裸の魅魔の服装で、悪意のある目で彼を見ていた。
セグの口が開かないにも関わらず、女は勝手に言った。「わたしは通常息子はとらない。でもあなたはわたしの娘を自ら殺した、そしてあなたの背負う苦悩がとても気に入った」
女が指を向けると、セグはようやく十六歳の体型に戻った。彼が最初に言ったのは抗議だった。「苦悩なんてない!」
彼の人生はのびのびと快適だった。
「魅魔たちは去った、なのになぜ育ての家族を裏切って、ほとんど知り合っていない敵対種族のために命がけで戦った?」
「エレアを守るためだ!」
「本当にそれだけか?」
セグは喉の奥から何かを引き出されるように、自分の声が聞こえた。「オーレンのためだ」
女が喜んで笑い出し、セグの頬をつんつんと突いて言った。「火精靈の国王は『火神の花婿』でなければならない。つまり恋人を持つことも、結婚することもできない。これからあなたが愛する人は、アメロティにすべてを捧げることになる。あなたに何か発展する可能性はない。二人が離れる未来は必然だ」
「それがどうした!」
「次の鍵の使者になる気はあるか?」
セグが唖然としていると、黒女神がさらに言った。「黒魔法は精靈には傷しか与えない。エレアが鍵の使者になれば命が大幅に縮む。それにそもそも彼女はわたしの力など欲しがっていない」
「なら、なぜ彼女を鍵の使者に?」
「面白いから」
セグは言葉を失った。
これが黒女神が鍵の使者を選ぶやり方だった。
黒女神が言った。「あなたがわたしの前の娘を殺したから、特例であなたを次の鍵の使者にできる。条件は、理由を一切説明せず、火精靈の財宝を奪って去ること。オーレンには、あなたが権力のために鍵の使者の座を奪ったと思わせること」
「嫌だ!」
「ならば小さなエレアが鍵の使者になる。兄妹二人にとって、どちらも苦しいことだろう。一方は精靈の国王、一方は暗闇の使者」
「……あなたは選ばせてくれない」
黒女神が笑って言った。「機会をあげるだけで十分に贅沢だ。罪悪の街の魅魔たちがあなたを神廟の入口に案内してくれる、少なくとも彼らは傍にいてくれる」
魅魔は利益のために彼を育てた。恩はあっても、利益が尽きれば散る。
セグはてっきり、本物の「家族」を見つけられると思っていた。
オーレンが王座に座る改まった顔を笑ってやろうとまで思っていた。
「あの兄妹を安全にしたければ、わたしの言う通りにしなさい」
黒女神の囁きが、耳元に纏わりついた。
セグが目を覚ますと、オーレンがすぐに体を支え起こした。
思いがけず、空気に黒い鎖が何本も現れて、オーレンとエレアを縛り付けた。
セグは全身を黒魔法の力が氾濫するのを感じながら、手をオーレンの顔に当てて魔法を注ぎ込み、全身を麻痺させた。
オーレンの耳元で言った。「この瞬間を待っていた、王族はほんとうに騙されやすい。エレアはまだ小さいから見逃してやる」
いや、これは自分が言いたい言葉じゃない。
セグは続けた。「あなたたち一族の聖剣をもらう。誇りに思え、男性の鍵の使者が誕生するのを見られるんだから」
オーレンが歯を食いしばって言った。「俺はあなたに……」
セグは手に力を込めて、放出した雷電がオーレンの内側からその左目を潰した。
あの瞬間、何が心臓を貫く痛みというのか、初めて実感した。
黒女神にさらに何かをさせられる前に、セグは全力で抵抗して、エンジェイマ王国から脱出した。
アメロティが悔しそうに言った。「また負けた! 本当にあと一歩だったのに!」
エシュガルが得意満面に手を振りながら、わざとアメロティの前でちらつかせて言った。「賭けは賭け、少年少女を百人よこせ」
「兄さん」
エシュガルがすぐに顔を和らげて優しく聞いた。「どうした?」
デュメズが言った。「人を賭けの対象にしないで」
「でもアメロティとは前から約束していて」
「それなら今受け取って、すぐ返しなさい。あなたたちの賭けがわたしの業務にどれほどの混乱をもたらすかわかってる?」
「あ……ごめん」
デュメズはため息をついた。
鍵の使者の動向は、十二家系神にとって笑い話程度の賭けの対象だった。
数百人、数千人の命が積み重なって、一つの駒になる。
もしかしたら間違っているのは自分なのかもしれない。
「本当にもう嫌だ」
この神話を読み終えてから、夕立が言った。「わたしはどんな神の賭けにも成らない」
魅魔が言った。「もし黒女神があなたの大切な人を人質にして、したくないことを強いたら、それでもそう言い切れる?」
「むしろ自分で死ぬ」
ナセドが言った。「本当にそうする、この子は本当に狂ってるから」
夕立が言った。「でも実際にそういう目に遭ったわけじゃないから、彼と比べるのはフェアじゃないか。鍵の使者の歴史の中ではそこまで暴れなかった方だと思う。火精靈の国王は今でも良い王だって言うし。あなたたちは彼に本当のことを話さなかったの?」
「黒女神を怒らせたくない」
「わかった、で、どうすれば扉を開けられる?」
「それにはもっと報酬が必要だ」
「払える」
魅魔についてさらに奥の部屋へ進みながら、夕立は心の中でひそかに呟いた。
わたしは、絶対にどんな神の駒にもならない。




