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トルコ石  作者: 葉櫻
八、月
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69/87

8-1

ある元素が強烈に満ちているとき、その匂いは決して心地よいものではない。香水を過度に凝縮させたような、鼻が焼けそうな感覚だ。今、そらが感じているのはまさにそれだった。迷宮の中に充ちる土と水の元素が、彼の鼻腔を圧倒していた。


「大丈夫か?」


弦羽げんうに聞かれて、そらは答えた。「大丈夫です」


雪の声が届いた。「ずっと笑ってるよ」


そらは自分の顔を触ってみると、確かに口角が下がらなくなっていた。


雪が言った。「毒のせいだ」


そらが言った。「すみません、少し怖い顔になってるかもしれない」


雪が言った。「この場所の方がずっと怖い」


弦羽げんうが言った。「本当にひどいようなら、戻ったら御触で治すから」


周りを見渡して、そらは雪の言葉に同意した。ここは確かに恐ろしい場所だった。少し前、三人はアンバール迷宮に正式に踏み込んだ。伝説の中で怪物が跋扈すると言われる道理の通じない領域だ。迷宮は地底にあり、梯子をいくつも下りてようやく入口に辿り着いた。一歩踏み入れた瞬間から、敵地に立っているという感覚が強烈に押し寄せてきた。環境全体に拒絶されているような感覚だ。


緊張を和らげようと、そらはふと聞いた。「『旅人棋』ってどんなゲームなんですか?」


弦羽げんうが答えた。「子ども向けのボードゲームだ。霧に覆われた地図の上でランダムにイベントが発生して、ある属性のノードを通るには対応するクリスタルが必要で、道中にモンスターが出ると、サイコロの目に応じた数のクリスタルを払わないと通過できない。アンバール迷宮が旅人棋と似ているのは、地形が常に変動するところと、至る所に様々な生き物がいるところだ」


雪が訂正した。「怪物だ」


弦羽げんうが言った。「彼らはただ違う種族なだけで、彼らの住む場所に踏み込んだわたしたちの方が外来者だ」


雪が言った。「夜落の地の住民でさえ、あれらは怪物だと認めてる」


弦羽げんうが言った。「できるだけ暴力は使いたくない」


(それは暴力で解決できればの話だ)


三人のうち、本当に戦える戦力は弦羽げんう一人だ。牛頭人のような怪物が現れたとして、勝てるかどうかさえわからない。アンバール迷宮には〝伝説上は〟月神の宝があるとされているが、宝が何なのか明確に語られたことは一度もない。冒険者が持ち帰れるのはたいてい特殊な鉱物くらいで、だから挑戦者もそれほど多くない。文史学者が残した記録以外、まとまった資料はほとんどなかった。


頭上の鍾乳石は、今にも落ちてきて人を押し潰しそうだった。弦羽げんうが言った通り、外来者である自分たちが過度に明るい光を点けると注意を引いてしまうから、周囲一メートルだけ照らすくらいにとどめていた。


腕の刺青が痒くなってきた。そらは何度かかいたが全く収まらず、苛立って力を強めると、湿った感触がした。皮膚を掻き破って、手が血だらけになっていた。


後ろを歩いていた雪が治癒魔法をかけてくれた。目が合ったとき、雪の眼差しが「落ち着け」と無言で伝えてきた。わかってはいる。ただ月顏花の毒の影響力は想像以上で、薄めた花汁でさえこれほどの効果があるのだから、信徒たちが正気を失うのも無理はない。


今の三人の隊列は、王族の力が最も強い弦羽げんうが先頭で、鋭い眼で霧を見通しながら道を切り開く。雪は体は弱いが精靈かつ王族で一定の戦闘力があり、一番機転が利くから殿後。そらは中間で守られながら、体に侵入した毒と闘っていた。


突然、弦羽げんうが足を止め、振り返ってそらの口を素早く塞いだ。反射的に声を上げかけていたそらを止めるために。


三人は岩筍の陰に静かに身を隠した。毒のせいで地下でも少し見えやすくなったそらの目が、蒼白い女が音もなく通り過ぎるのを目撃した。引きずる衣の裾は亜麻の屍衣だった。女の口元は血の色で赤く染まり、両目も赤かった。細部が見えるほど、不安が大きくなった。あれが何の「種族」か、そらには見当がついた。


旅人棋で最もよく出現するモンスター。


吸血鬼だ。


弦羽げんうが偵察から戻って言った。「前方が吸血鬼の住む区域だ。こっそり通り抜けないといけない」


雪が聞いた。「何体いる?」


「三体見えた」


雪が言った。「あなたの実力なら楽に倒せる」


弦羽げんうは眉をひそめて言った。「ここは彼らの家だ」


そらが言った。「引き返して別の道を探してみる?」


雪が言った。「旅人棋と同じで、前のノードが現れると固定されて後退できない」


振り返ると、来た道は霧に飲み込まれていた。そらが聞いた。「つまりここは本当にゲームの盤面みたいなもので、前にしか進めなくて、全部踏破しないと出られない?」


雪が言った。「その通り。そして冒険者ごとにルートが違うから、フェラキオ家が通った道とわたしたちの道は違う可能性が高い。推測で進むしかない」彼は弦羽げんうに言った。「吸血鬼を攻撃しなくていい。でも発見されたとき、先手を取られた状態でわたしとそらが生き残れると思う?」


弦羽げんうは自分の剣を見つめて、迷っていた。


そのとき雪が荷物から薬瓶を取り出して言った。「睡眠用の薬がある」


弦羽げんうの表情が和らいだ。雪は悪戯っぽく笑った。弦羽げんうが彼の頭をぽんと叩いて言った。「冗談を言うな」


雪は普段から様々な薬剤を調合していて、今回も多くの自作の薬を持ってきていた。それが少数でこの迷宮に挑める理由の一つでもあった。実際に入ってみると、確かに大人数での戦闘には向かない場所で、撤退が必要な場合、狭い地形では死傷者が大勢出るだろう。偽装が最善の選択であることは間違いなかった。ただし、アンバール迷宮の「住人」すべてが礼儀正しいわけでもない。月神の狂信徒に偽装したとしても、迷宮の中を自由に歩き回れるわけではなかった。


雪は拡香皿を取り出して、水霧に薬を混ぜて焚き始めた。しばらく待つと、弦羽げんうが戻ってきて言った。「全員眠った。行こう」


三人は足音を消して前進した。


吸血鬼の「家」とはいえ、建物はどこにもなかった。吸血鬼たちは蝙蝠のように逆さまに天井から吊り下がって眠っていた。さっき通り過ぎた女は髪がとりわけ長く、低い岩天井に引っかかるように掛かっていて、その髪がお化け屋敷の安っぽい演出みたいに目の前に垂れ下がり、瞼がかすかに震えていた。三体の吸血鬼は炎に照らされても岩壁に影を落とさなかった。影があるのはそらたち三人だけ……三人?


壁に映る影が四つあった。何者かが後ろをついてきている。そらがそれを言いかけたとき、小さな四番目の影がすっと消えた。


小動物だろうか。人形のように見えたが、頭に角みたいなものが生えているような気がした。


今は声を出せる状況ではない。そらはその疑問を後回しにするしかなかった。


続く道では他の生き物と遭遇しなかった。しばらく歩いて、次のノードに差し掛かった。


ノードを跨ぐ瞬間は明らかにわかった。空気そのものが変わった。


しかし切り抜けた安堵感は来なかった。むしろ全身の毛が逆立った。


次のノードの天井一面に、「蝙蝠」がびっしりとぶら下がっていた。


そらは魔弾のスリングショットを握りしめた。後ろをちらりと見ると、雪も腰の刀の柄に手を置いていた。


本当の戦力である弦羽げんうだけが、最も冷静だった。三人は静かに移動した。


夜明けが迫る時間帯は、吸血鬼の眠りの時間だ。彼らは地面、吸血鬼は天井と、距離は十分にある。触れることはないはずだった。


突然、迷宮の奥深くから獣の咆哮が響いた。


そらは思わず固まった。しかし吸血鬼たちにとって、これは迷宮内の日常なのだろう。一体として目を覚ます様子はなかった。


弦羽げんうについていくうちに、このノードもあと少しで抜けられそうだった。前方の霧は次の別の場所の気配を漂わせていた。


別の獣の群れの咆哮が響いた。今度は、目の前のノードの中から聞こえてきた。


弦羽げんうの顔色が変わった。前へは進めない。


振り返ると、また四番目の影が見えた。雪も気づいて、弦羽げんうに合流するよう手で合図した。


四番目の影は今度はすぐに消えなかった。それは何かを……「角」?を取り出した。


次の瞬間、耳をつんざく号角の音が迷宮に響き渡った。


すべての吸血鬼が一斉に目を覚まし、天井から飛び降りてきた。


弦羽げんうが盾魔法で最初に飛びかかってきた吸血鬼を弾いた。吸血鬼の群れが一斉に攻撃してくる中、三人は全力で逃げた。


息が切れそうになったとき、そらは見えない壁に激突した。鼻の骨が折れたかもしれない、痛みで声も出なかった。


壁に叩きつけられて半ば気絶したそらを、吸血鬼たちが取り囲んだ。、牙を剥いた。血の匂いで、奴らはさらに凶暴になっていた。そらは剣を抜いた。弦羽げんうが用意した宮廷剣には精靈の魔力が宿っていて、熱したナイフがバターを切るように、吸血鬼の腕を軽々と斬り落とした。しかしそれは奴らを怒らせただけで、切断された腕が再生しながら、吸血鬼たちは一斉に飛びかかってきた。


「木杭だ!」


弦羽げんうの叫び声で、そらはようやく恐怖から我に返った。吸血鬼を完全に倒す方法は、陽光か、心臓に刺さった木杭だけだ。事前に様々な武器を準備していて、木杭ももちろん含まれていた。


そらは木杭を引き抜いて、一体の胸に刺し込んだ。吸血鬼は灰となって消えた。こんな行動ができたのは弦羽げんうの補助魔法があってこそだが、弦羽げんうは雪を守るだけでほぼ全力を使い切っていて、そらまで完全に守る余裕はなかった。


雪が叫んだ。「横のノードへ走れ!」


一体の吸血鬼がそらの目の前を掠め過ぎた。充血して爆発しそうな赤い目と、牙に染みついた幾年もの血の跡が見えた。腐った息が顔に吹きつけてくる。そらは戦わずに、剣術師範に百回繰り返させられたあの転回を使って吸血鬼をかわした。しかし別の一体に掴まれた。


そらの喉に向かって牙を剥いたその吸血鬼の心臓に、弦羽げんうの木杭が突き刺さった。弦羽げんうは片手に雪を担ぎ、木杭を持つ手でそらの腕を引っ掛けて抱え起こすと、雪の指した方向へ全力で駆け出した。

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