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アイセンティアへ帰る道中、ティラミスとスニが初めて顔を合わせた。雪は猛獣がスニを傷つけるのではと心配していたが、仰向けになって甘える体勢のティラミスを見て、思わず言った。「どうやったらブラッドハウンドをこんな風に育てられるの」
弦羽が笑って言った。「空がこういう性格だから、飼い主に似るんだ。しかもこれは神様の使い魔だし」
雪が空を見ると、空が言った。「デュメズ神が贈ってくれた使い魔で、ある信者を助けたお礼なんです」
空がラウンの話をしてから、雪が聞いた。「それが貴族になりたいと思ったきっかけ?」
「その一つです。ティラミスを触ってみてください」
雪がまだ迷っていると、弦羽が先に見本を見せた。弦羽があちこち撫でたり揉んだりつねったりしても、ティラミスは一切抵抗せず、気持ちよさそうにしていた。それを見て、雪もついに手を伸ばして少し触った。
「将来、動物交流師になりたいと思ってる?」
雪が不意にそう聞いて、空は言った。「考えたことはあります」
雪が言った。「スニは見知らぬ人にはなかなか近づかないんだけど、今も弦羽にはまだ警戒している」
雪の言う通り、スニは弦羽を用心深い目で見ながら、空にはしっぽを振って甘えていた。弦羽は誇らしげに言った。「空は動物交流師の才能がある!」
空が聞いた。「でも交流術が最終的に目指すのは、違う種族との交流じゃないですか? アンリエット王女みたいに」
弦羽が説明した。「アンリエット姫の立場と、あの時代の条件があって初めてできたこと。今はなかなか難しい。でも動物交流師として冒険者のチームにいれば、魔獣に出会ったとき戦わずに済む手段になるし、動物の力を借りて情報を集めることもできる、すごく強力な力だよ!」
空が言った。「カワ先生もずっとこの道を勧めてくれていて、学んでもいます。でも今一番先にやりたいのは、ルイーズに研究のことを相談することです。影響力のある研究をすることも、貴族になる方法の一つと聞いたので」
弦羽が言った。「そうだね、ピエテのお嬢さんの側にいるのが一番いいと思う。幼い頃から研究に打ち込んできた人だから。テーマはもう決まった? それとも直接聞く?」
「光の杖の研究をしたいと思っています」
雪と視線が合ったとき、空は言った。「戦争の準備とみなされるから、ずっと誰も踏み込めなかった分野なんですけど、〝聖女リアンドラヤがどのようにして光の杖を見つけたか〟というところに焦点を当てれば違ってくる。カワ先生が言っていたんですが、宗教の派閥対立のせいで、誰もそこには触れなかったと。でも今、王族と五大名門の二つの人間の家族は、もうほぼ敵味方に分かれることが決まっている。この研究でサンチャ教派を揺さぶることができれば、アクミリンを牽制することにもなる。もちろん、ある程度成果が出るまでは秘密で進めて、それから発表する形で」
弦羽が感嘆して言った。「ちゃんと考えてあるんだね」
空は黒女神の鍵の使者候補が最終的な神殿の在り処を探すという研究もできないかと考えたことがある。でも夕立がすでに体を張って各地を駆け回っている。彼女ならきっと見つけ出せると信じていた。世界中の人々が研究している大きなテーマで頭角を現すのも難しい。
空が言った。「帰ったらすぐルイーズに聞きます」
雪が言った。「わたしも手伝える」
弦羽が笑って言った。「子どもの頃の夢だったね、二人とも聖女リアンドラヤの話がとても好きだった。そうだ、雪にリアンドラヤの記憶も見せないといけない」
弦羽は王宮に報告に行くため先に離れた。空と雪はコール療養院に着いてから、使用人が荷物を運ぶ間を使って、院内を見て回った。太くがっしりとした希望の樹を見て、雪は見とれた様子で、空が聞くと言った。「イグルーサにこんな大きな木はない」
「学院の希望の樹はもっと大きいし数も多い。夜に実が光るのが本当に綺麗で、灯りがいらないくらい。雪ちゃんの部屋はまだ片付け中だから、先にわたしの部屋を見てみる?」
二人で空の部屋に入ると、雪は室内を一通り見回してから、視線がテラスで止まった。
空が言った。「ハンモックは……友人が張ってくれたんです。気に入れば、部屋にも作れますよ」
ティラミスが空の腕から飛び下りて、部屋の隅の自分の巣に一直線に向かった。空が笑って言った。「ティラミスが来てから、部屋が広くてよかったと思っています。裏は療養院の庭で、動物はそこで自由にできる。防護の魔法があるから外に出てしまう心配はない」
その言葉を聞いて、雪はスニを放した。スニはテラスからそのまま庭の芝生へ飛び降りて、興奮したように四方を走り回った。
雪はテラスに立って、芝生をころころと転がるスニを見ながら言った。「ここの空気はとても清々しい」
空が言った。「療養院で一番空気が澄んでいて、居心地がいい場所です」
雪が部屋を振り返って言った。「木の香りもいい」
雪が視線をそらした瞬間、空はこっそりと小さな拳をひとつ握った。雪がここを気に入ってくれた。雪が戻ってきたとき、空は笑いをこらえて真剣な顔で聞いた。「次はサイフィ学院を見にいく?」
「行く」
「療養院からほぼ直通で、すごく便利なんです」療養院からサイフィ学院に着いてから、空は文学部・工学部・自然学部を雪に紹介した。
雪は希望の樹の間に設けられた自然学部の教室を見て、夢中になって聞いた。「本当にここで授業をするの?」
空が言った。「はい、わたしの先生はあそこの黄色い棟にいます。ちなみに先生は水獺で、聖獣族です」
雪の目にかすかな羨ましさが光った。空は引き続き笑いをこらえながら、自然学部から神殿への道を雪に案内した。
神殿へ向かう途中で、知り合いに出会った。
ラヴェニが空に挨拶してから、興味深そうに雪を見て聞いた。「この人は誰? ちょっと待って、当てさせて。イグルーサの〝雪〟王子?」
空が信じられない顔で言った。「なんでわかるの?」
ラヴェニは得意げな顔をしてから言った。「各国の政治はひと通り勉強してるから。どうお呼びすればいい?」
「雪でいい」雪はそれだけ答えた。
ラヴェニが友好の手を雪に差し伸べたが、雪は握り返さなかった。ラヴェニはそのまま空の手に持ち替えて笑って言った。「この頃、人をうっかり信用できないよね。でもわたしは悪い人じゃないから。わたしは火属性なんだけど、あなたは……風属性かな? 空もわたしの先生とも違う属性だ。もし必要なら、良い風属性の先生を紹介できるよ!」
雪の顔は依然として凍りついていた。ラヴェニは手を振って言った。「じゃあまたね。余裕ができたら一緒に遊びましょう」
ラヴェニが遠ざかってから、空が言った。「ラヴェニはいい人です」
雪が言った。「彼女に悪意があるかどうか、わからない」
「ああ! 悪霊眼がなくなったからか。大丈夫、これからいくらでも実際に接する機会があるから」
雪は頷いた。
サイフィ学院を一通り見た後、空が聞いた。「学院、どう思いましたか?」
雪が答えた。「居心地がいい」
「でしょう! ここはとても自由で、王冠学院と違って、貴族に会うたびに礼をしていたら学院の奥まで行き着く前に日が暮れます」
そのとき耳飾りに通知が来て、空は応答してから雪に向いた。「別の日に王冠学院も一緒に見に行きましょう。弦羽が秘密基地で待っていると。買い物に付き合ってもらえますか?」
「買い物?」
「わたしが料理当番なので。今日、あなたがアイセンティアに来た最初の日だから、豪勢にしないと。鍋物でいいですか?」
「鍋物?」
首をかしげる雪はまるで小さな子どもみたいだった。空には、かつてアイセンティアに来て、何もかもを初めて見ていた幼い雪の姿が重なった。
(きっと雪はまた、アイセンティアが好きになる)
そう確信した。
秘密基地に着くと、弦羽はもう飾りつけを終えていた。青い紙テープを引いている。空は初めて知った、弦羽がいかにお喋りになれるかを。弦羽は雪に向かって、昔の約束がどこまで実現されたか、秘密基地にどんな設備が揃っているか、これからどう発展させるつもりか、と話し続けた。雪がついに言った。「三人でいるときに、二人にしかわからない話をしないで」
空が言った。「大丈夫、わたしは夕食の準備に行きます」そのまま雪を弦羽のお喋りに任せた。
鍋を持って出てくると、弦羽も雪も香りに引き寄せられて来た。空が言った。「豆乳鍋です」
無糖の豆乳をベースに、各種野菜、きのこ類、豆腐、湯葉、そして手作りの味噌を入れた。まだ春の寒さが残るこの時期に、体の温まる鍋物はぴったりだった。鍋の中身がまだぐつぐつ沸いていた。空は少し前に編んだ鍋つかみの上に鍋を置いて、野菜を一切れ箸でつまんで火の通り加減を確認してから、三人分によそった。
ユーリが雪のために食事を作る許可を出してくれた頃から、空は少しずつ雪の好みを把握するようになっていた。気に入った料理ほど、雪はゆっくり味わう。今観察してみると、豆乳鍋は雪の好みに合っているようだった。
初めて雪に料理を食べさせたとき、食べ物に毒が入っているとでも思っているのか、というほど警戒した顔をしていた。今では何も言わずに箸を動かしている。箸の扱いも板についてきた。一ヶ月も経っていないのに、二人とも随分変わった。
豆乳鍋の香りと湯気が春先の寒さを包んで温めた。おだやかな味わいは、再会の宴にもふさわしかった。これを選んで正解だった。
雪が顔を上げて言った。「二人とも、わたしばかり見ていないで、ちゃんと食べて」
言われて空と弦羽は自分たちが雪を眺めるばかりで箸を動かしていなかったことに気づいて、二人同時に笑い出した。
主食を食べ終えてから、お楽しみのデザートだ。雪が甘いものを好きだとわかってから、空はここで彼の心を攻略しようと決めていた。今回は、蝶豆花で染めた青いゼリーを用意した。半凝固のところでトップにコcos乳の寒天液を流し込んで白い波を作り、最後の層に金色の星形の砂糖菓子を散りばめた。こういう見た目のデザートを作ったのは、弦羽が雪は海の青が好きだと言っていたからだ。
空が言った。「これは〝海のゼリー〟です。人魚伝説の〝生命の潮〟にヒントを得て作りました。生命の潮、知ってますか?」
弦羽も雪も頷いた。弦羽が言った。「生命の潮は海の中の天の川みたいなものだって聞いたことがある。空の作ったものによく似ている」
見た目だけでなく、味はさらに大切だ。三つのグラスに分けてから、空は雪の反応だけをじっと見ていた。雪はとても速く、しかし優雅さを失わずにゼリーを平らげた。空はすかさず、六インチほどの丸形のゼリーをまるごと持ってきて、雪に言った。「まだたくさんあります、足りなければまた作ります!」
雪の綺麗な銀色の目が空を見て、聞いた。「食べ物でわたしを懐柔しようとしていますか?」
空は真剣な顔で言った。「はい、これしか方法がないので」
弦羽が言った。「空と友達になった最初の頃はずっと食べ物を押しつけてくる、里亞もそう言ってた」
空が言った。「療養院でも一緒に暮らすことになりますから、もっと気をつけてくださいね」
それを聞いて、雪はとても淡い、でも空がこれまで見た中で初めての笑みを浮かべた。
初めて会ったとき、生きることへの興味をなくしたあの少年を思い出して、空の胸がじわりと温かくなった。
同じ春でも、雪に覆われた場所もあれば、花が咲き乱れる場所もある。
そろそろ、違う空の下を見てみてもいい頃だった。




