表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トルコ石  作者: 葉櫻
五、戦車
PR
44/46

5-1

目の前に広がるのは広大な荒漠だった。蜃気楼の希望が何度も目の前に現れては、また消えていく。


(あの人はどこにいるの)


頭の中はその一つのことだけで満たされていた。彼女は焦れながら手綱を激しく打ち、獅子を繋いだ戦車をもっと速く走らせた。戦車の振動は激しい。エルフは生まれつき乗り物酔いをしないが、普通の人間なら吐いて前進もできなくなっていただろう。天性の条件に恵まれていても、努力にはいつだって才能が土台として必要だ。彼女は自分の実力がすでに相当のものだとわかっていた。それでも、心の中に恐怖が広がっていくのを止めることはできなかった。目の前の道がだんだんと狭まり、あの広大な砂漠だというのに、まるで戦車が通れなくなるほど道が細くなっていくような感覚がした。


オアシスが見えたとき、獅子たちは手綱を振り切って前へ駆け、水を飲み始めた。彼女は戦車から飛び降りるしかなかった。


黄砂の景色に似つかわしくないのは、オアシスの水泉のほとりに座っている女神だった。女神は頭巾を少しずらして顔を見せた。絶世の美貌が現れ、彼女を見る目に笑みが宿っていた。


彼女は歯を食いしばって聞いた。「あの人はどこにいるの?」


「自分で答えを見つけなさい」


「わざとやったんでしょう!」


女神が言った。「あなたの進みが遅すぎる。わたしの娘たるもの、世界中を冒険しなければ。善いことでも悪いことでも、何でもいい。ただ、一つの場所に腰を落ち着けてはいけない」


「わたしに出発を命じるのはいいけど、あの人を巻き込まないで!」


女神の目が冷えた。彼女はまずいと気づき、すぐに跪いた。


女神が言った。「わたしがあなたに、あの者を救う機会を与えた。それを活かせるかどうかは、あなたの腕次第よ」


彼女は哀願した。「もうわたしを苦しめないで」


「これが苦しめることなの?あなたはわたしの娘に値しないわね」


(今の自分の使命は、〝母親の目に映る良い娘〟でいること。でもそれは二人の性格だけの問題じゃない。〝母親〟は娘それぞれに異なる基準を持っている。母親には複数の娘がいて、素直で優しい娘もいれば、反抗的で悪意のある娘もいる。母親の性格も相当に悪辣なものだから、反抗的な娘を溺愛している。娘たちは一生をかけて、母親から認められるように努力し続ける)


女神は自分の爪を眺めながら言った。「あなたはわたしの期待に応えられるの?」


彼女は平伏して言った。「必ず。尊上」



デフェニングの商店街を歩いていたそらは、九歳か十歳くらいの小さな女の子が茫然とあたりを見回しているのを見かけた。迷子のようだった。一目で地元の子ではないとわかった。ノースリーブに短パンという格好は、アイセンティアの人間からすると異国風の服装で、亜麻色の髪も珍しかった。彼は親切心から声をかけた。「誰かを探してるの?」


「うるさい!」小さな女の子はいきなり彼を突き飛ばした。その細い体から想像もできない力強さで。「どきなさいよ!」


え?何か悪いことをしたのか?


女の子は恐ろしい目でそらを睨みつけて、今にも飛びかかってきそうな勢いだった。


そらは素直に一歩引いた。父母を探してあげようかとも思ったが、その様子からすると、助けは要らなそうだ。


二度目に彼女を見かけたのは、買い物を終えた帰り道だった。


帰ろうとしたとき、少し先から騒ぎ声が聞こえた。


あの亜麻色の女の子が、ある店の主人と揉み合っていた。店主が女の子の腕を掴んで叫んでいる。「誰か来てくれ!泥棒だ!」


「離して!」女の子は激しくもがいた。


そらは近づいて穏やかに聞いた。「すみません、何があったんですか?」


「この子、パンを盗んだんだ。あんた、知り合いか?」


「まだ小さいですし、代わりにパンの代金を払わせてください」


店主は疑わしそうに彼を見たが、最終的に頷いた。


代金を払い終えてから、そらは女の子に言った。「店主さんがエルフだから今回はよかったけど、人間だったら簡単には許してもらえないよ」


女の子は言った。「エルフってお金に無頓着で子どもが好きなんじゃないの?」


「それは森の中に住んでるエルフの話。ここのエルフは商売をしてるんだから、お金を大事にしてるよ」


「説教しないで、馬鹿犬、あっちへ行け!」


「お礼は期待してないけど、せめて態度くらい良くしてよ。助けてあげたんだから」


女の子は目をぐるっと動かして言った。「お腹空いてる。肉持ってきて」


「その前に、名前を教えてほしいんだけど。一緒に来た大人はいないの?」


「なんであなたに言わないといけないの!」


「じゃあ肉は買ってあげない」


女の子は恨めしそうに彼を見たが、名前は言わなかった。


そらは辛抱強く言った。「特に用事がなければ、僕はもう行くよ。また物を盗んでも、今度は助けられないから。捕まると牢屋に入れられるからね」


彼の説教など意に介さず、女の子はさっさと背を向けて歩いていった。


(まあ、ただの通りすがりだし)


そう思って歩き始めてから、何かがおかしいと気づいた。体が軽い。


ポケットに手を入れると、財布がなくなっていた。


彼はすぐに折り返して女の子を探したが、どこにも姿が見当たらなかった。衛兵に通報しに走りながら、お金の回収は半ば諦めつつも、せめてあの子に一度痛い目を見せないと、と思った。


療養院に帰る途中で、散歩しに来たテイラロに出くわした。彼女に聞かれた。「気分が優れないみたい、どうしたの?」


そらが事のあらましを話すと、テイラロは眉をひそめて、今すぐあの子を捕まえに行きそうな顔になった。


そらは言った。「衛兵に気をつけてもらうだけでいい」


テイラロが言った。「どんな子なのかしら、まったく」


そのままこの一件は過ぎ去るはずだった。ところが、そらが山のふもとの市場に定期的に買い出しに行ったとき、不運な出来事が起きた。


その日、ずっと誰かに見られているような気がしていた。振り返っても誰もいない。きっと人間をあまり見かけないエルフの視線だろうと思った。この地区は人間が特に少ない。


しかし、少し寂しい小路に入った瞬間、前後から人が現れ、一斉に囲まれた。


そらは落ち着いて聞いた。「何の用ですか?」


「蕾、こいつで合ってる?」老婆が聞いた。


「この馬鹿面は忘れない」亜麻色の髪の女の子が集団の先頭で偉そうに言った。そらがかつて助けてあげた、あの子だった。


老婆がひと目配せすると、屈強な男たちが一斉にそらの手足を掴み、動きを封じた。


上から布袋がかぶせられた。完璧に音を遮断する布袋で、外の音は一切聞こえなくなり、こちらの声も外に届かない。叫ぼうとしたときにはもう遅かった。



そらが誘拐されるのは、これが二度目だった。


今度の誘拐犯は盗賊団で、ヒメロペのように口は悪くても根は優しいなどということはなかった。彼らは本気で彼を身代金として利用するつもりだった。


そらは交渉を試みた。「僕は貴族じゃない」


亜麻色の髪の女の子、本名は蕾。彼女は言った。「しらばっくれないで。護衛がついてる時点で、貴族じゃなくても大商人の子どもくらいではあるだろう。父親に金を出させれば全部終わり」手にした短剣をそらの喉元でくるくると遊ばせながら続けた。「家族が払えなかったら、ただ殺すだけ」


身代金を待つ時間の間、おしゃべりな盗賊団の団員たちの話から、そらはいくつかのことを知った。蕾は盗賊の頭である老婆の養女で、道端で捨て子を見つけた老婆が可愛いと思って拾って育てたらしい。甘やかしすぎた結果、あの性格が出来上がった。


そらが服従を拒み続けてしばらく経った頃、蕾が自ら食事を持ってきた。今回も同じ、水の入った器と固くて乾いた黒パンだった。


黙って座るそらを見て、蕾が聞いた。「喉渇いてる?」


そらは答えなかった。


蕾は牢の扉を開けて、縛られたそらの前に水の入った器を置いた。「犬みたいに舐めろ、惨めなやつ」


そらは無視した。


蕾は腰の鞭を抜いて、そらの足に思い切りひと打ちした。そらは悲鳴を上げた。


彼女は言った。「家族のことを考えてるの?さっさと金を出させないと、ここで死ぬことになるよ。こっちも我慢の限界があるから」


「家族なんていない」


蕾はまたひと打ちして言った。「勝手に口を開いたら、また打つから。あんたの値段で立派なソリが買えるかしら。ね、ソリ持ってる?」


「ないよ。それにアイセンティアは雪が降らない」


「アイセンティア出ればいいでしょ、馬鹿犬」


そらは黙り込んだ。


「話せよ!」蕾はまたひと打ちした。


口を開いても黙ってもどちらにせよ打たれる。そらは返事をやめることにした。蕾はしばらくぶつぶつ悪態をついていたが、黙って打たれても何の反応も返ってこないのに飽きて、別のところへ行ってしまった。


薬もなく、そらは魔法で少しずつ体にエネルギーを誘導するしかなかった。この方法での傷の回復は極めて遅い。治療は才能に左右されるもので、同じ呪文を使っても、豊富な元素エネルギーの環境にあっても、人によって効果は大きく変わる。だからこそ冒険者は治療の得意な仲間を連れていく。


数日が経っても、身代金を払いに来る者は誰もいなかった。盗賊団は一体誰に連絡を取りに行ったのか。そらが不思議に思っていると、盗賊団はアイセンティアの外へ移動することを決めた。絶望がそらを重くした。蕾の侮辱と鞭打ちが加わり、耐えながら彼は何とか叫び声を上げずに、尊厳を守ろうとした。蕾が大笑いして言った。「誰も助けに来ない、もう終わりだよ!」


盗賊団が森の中の本拠地に戻ると、そらは蕾のテントに入れられた。蕾は彼に手錠をかけ、魔法による拘束も加えた。テントの周囲には果てしない荒原が広がり、昼夜を通じて盗賊たちが見張りに立っていて、逃げ場がなかった。テントに連れ込んでからは、蕾はさっきのように何度も打ってくることはなくなった。代わりに彼の体に落書きを描いたり、髪をでたらめに切ったりした。彼が少しでも動くと、耳か鼻を切り落とすと脅した。


「どうせ醜いんだから、その犬の鼻だって役に立たないでしょ!」


そらは抵抗すれば彼女が喜ぶと気づき、いっそ大げさに痛がる演技に切り替えた。抵抗するほど彼女は興奮する。おとなしく好きにさせていれば、飽きてほうっておいてくれる。


数日が過ぎた頃、そらはあることに気づいた。深夜になると、蕾は別の人間になった。


うわ言を口にして、眠れずに寝返りを打ち続ける。「お母さん……」そのとき、蕾の長い睫毛には涙の粒がついていた。


小さな動物のように、庇護を失ってか細い姿だった。


何度かその光景を目にしてから、ある夜、蕾の体からかけ布団が滑り落ちた。そらが起き上がって布団を引き戻してかけてやると、蕾が突然目を開けた。


また痛い目に遭わされると覚悟したが、蕾はただため息をついて、彼の腕を掴んだ。


翌夜、蕾は自分からベッドを降りて、目を閉じたまま、そらをベッドの上へ引っ張り込んだ。力が強くて、これが彼女の新しい遊びなのかどうかもわからなかった。寝ている彼女を起こすのも恐ろしかった。


翌朝、そらが自分のベッドの端っこで眠っていたのを発見した蕾は、猛烈に怒り出した。


こういうことが繰り返された。昼間の蕾は凶暴で残忍だったが、夜の彼女は一人が怖い子どもに変わり、そらを離さなかった。目はいつも閉じている。夢遊病だろうか。そらにはわからなかった。テントに閉じ込められた彼は、外界とも他の団員たちとも完全に遮断されていた。彼の命運は蕾の手の中にあった。


盗賊団は時々、新しい人質を連れてきた。しかしそういった人たちはたいてい長くはいられず、どこかに売られるか、殺されるかした。


ある夜についに、そらは夢遊状態の蕾を起こすかもしれないリスクを冒して、言いかけた言葉を口にした。「何がしたいの?」


蕾は大きな目を開けた。テントの隙間から差し込む月明かりの下で、その目は不思議なほど無垢に見えた。彼女は口を開いた。「昼間のわたしは、本当のわたしじゃない」


「どういうこと?」


「わたしのお父さんは貴族で、お母さんに無理やり子どもを産ませて、捨てた。お母さんは病気で死ぬ前に、わたしが純真な心を持てるようにって祈った。父は獣みたいな人で、それが昼間のわたし。夜のわたしは、同じ純真な心を持つ人と会ったときだけ、話せる」


これが嘘かどうか、そらには判断できなかった。目の前の蕾は本当に嘘をついているようには見えなかったし、こんな嘘をつく理由もなさそうだった。


「僕に何ができる?」


蕾が言った。「昼間のわたしが悪いことをするのを止めて」


そらは苦笑しながら手錠のかかった両手を挙げて見せた。「それができるなら、こんなことにはなってなかったよ」


蕾の目から一粒の涙がこぼれた。それから体の力が抜けて、また眠りに落ちた。


そらは慌てて彼女の体を支え、ベッドへ運んだ。


その後も、そらは夜の蕾との対話を続けた。彼女が目を覚ます夜は、昼間の自分がしたことへの懺悔だった。それを聞きながら、昼間に鞭で打たれるとき、そらの胸には複雑な気持ちが溢れた。


だんだん抵抗が弱まっていくのを見て、蕾はおもしろくなくなったのか、鞭を投げ出して聞いた。「何その顔。わたしを見下してるの?こっちが生地獄を味わわせようと思えばできるのよ?」


そらが聞いた。「夜に夢を見る?」


蕾の顔色が変わった。すぐに余計に強い壁を作り上げながら言った。「あんたに関係ない」


「夢の中の自分が、別の人みたいに感じることはない?」


蕾は歯を食いしばり、腰の短剣を抜いてそらの方へ歩いてきた。そらは言った。「あの君と、話したことがある。彼女は本当に存在してる」


「だから何よ!」


「その子の存在を知っているなら、なぜ信じようとしないの?」


「わたしは強い!」


「そうだよ、君は強い」


蕾は一瞬だけ迷ったような顔をした。外から声が呼びかけてきたのに応じて、短剣を腰に戻し、テントから出ていった。


その夜、蕾はそらをテントから追い出しはしなかった。何事もなかったかのように振る舞った。


それでも彼女の内心には、確かに波が立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ