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トルコ石  作者: 葉櫻
四、法王
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43/46

番外:邂逅

御者の掛け声とともに、まばらな通行人が左右に分かれ、羅針盤の紋章が描かれた冒険者公会の幌馬車に道を譲った。やがて馬車は、素朴な小さな酒場の前で止まった。


濡れた手をエプロンで拭きながら、紫羅蘭はワインを二本抱えて店から飛び出した。幌布を引き開けると、見えたのは荷物だけが積まれた、誰もいない後部座席だった。


「護衛させるくらいだから、よっぽど大事な荷物だったんでしょうに、本人はほったらかしで……」


紫羅蘭はぶつぶつ言いながら酒瓶を荷台に乗せ、丁寧に固定した。


彼女が荷台から離れると、馬はまた歩き出し、公会の方角へ向かっていった。彼女は店に戻りながら考えた。あいつまで動員するなんて、よほど重要な任務でもあるのかしら。それとも、ここの酒が恋しくなって、仕事にかこつけて戻ってきただけ?さあ、わからない。あの人は昔からそういう気まぐれな人だった。彼女はツケの帳簿にまた一行書き加えた。いつ返ってくるかもわからない借金だ。頬杖をついて、彼が酒場に入ってくる場面を思い描き続けた。



最近、公会の者たちが街中で見かけられることが増えていた。誰もが険しい顔つきで、まるで大敵を前にしているかのようだった。よく道行く人を呼び止めて尋問している。


それでも、不安な空気がゾラン町全体を覆うほどではなかった。ここはもともと商人と冒険者が集まる拠点で、冒険者たちは公会の人間を見慣れている。せいぜい数人の浮浪者が、公会の人間が通りかかると意味ありげな笑みを浮かべて、わざと絡んでくるくらいだった。


「おい!公会の!」浮浪者の一人が、服に公会の紋章を縫い付けた剣士に向かって叫んだ。「お前だよ!いい服着てんな!」


公会の剣士は腰の剣の柄に手をかけて言った。「公会の者は任務中だ。邪魔をしないでもらおう」


「また貴族様んとこの飼い犬が逃げ出したのか?」


「これ以上、私の職務を妨げるなら、容赦しないぞ」


その一言をきっかけに、剣士を取り囲んでいた浮浪者たちが次々と武器を抜いた。剣士も言葉通り、躊躇なく羅針盤の紋章が刻まれた剣を抜いた。


身の程知らずな浮浪者たちを叩きのめし、大通りに戻ってきた剣士の背後から声がかかった。「また誰かと揉めたのか?」


剣士が振り返ると、にやにやと笑う顔があった。彼は愚痴をこぼした。「ここはなんなんですか、暇人の物乞いばっかりで。勝てないってわかってるくせに、わざわざ絡んでくる。捜査より小悪党を殴る時間の方が長いですよ」


「ここの連中はそんなもんさ。俺もしょっちゅう絡まれるよ。殴り返せばいいだけ。我慢だよ、小ベリィ」


「小ベリィって呼ばないでください。アーサー様」ベリナンは眉をひそめた。


「何が悪いんだ?親しみが湧くだろう」


ベリナンにはアーサーという人物がよくわからなかった。彼が知っている情報といえば、アーサーが神の祝福を受けていて、見た目は若いが実際にはすでに数百歳だということくらいだ。それでも体感的には、アーサーに百年以上生きてきた者の貫禄を感じたことはない。罪悪の街の副城主だというのに、彼の振る舞いはいつもどこか軽薄だった。公会の者たちはよく、アーサーのことを「戦闘マシン」だと思っておけばいい、必要なときに動かせばいいだけで、それ以外のときに彼の言動の裏の意味を考えるのは時間の無駄だと言っていた。


アイセンティアから追放されたベリナンは、すぐには出身国のカレナ王国に戻れず、しばらく公会の任務をこなしながら、国内の情勢が落ち着くのを待っていた。今のところ、彼の仕事はアーサーの使い走りだ。ところがアーサーは任務の内容を一切明かさず、ただ黒魔法に関する情報をあちこちで聞き込んでこいと言うだけだった。ゾラン町では、子どもでさえ黒魔法絡みの作り話をでっち上げて情報料をだまし取ろうとする。何日か真面目に働いた後、彼は諦めて開き直り、いっそ自分で空想の情報をでっち上げて提出するようになった。それでもアーサーは一度も突き返さなかった。きっと、悪名高いカレナ王国出身の自分のことを、もとから信用していないのだろう。


今日の調査の進捗をアーサーに報告し終えると、ベリナンはアーサーから渡された品を受け取り、ゾラン町の公会の支部へ向かって歩き出した。


「泥棒!泥棒だ!」


助けを求める声を聞いて、彼はすぐさま声のする方へ駆けつけた。「どうした!何を盗まれた!」


新聞売りの主人が怒り狂って飛び跳ね、通りの先を指さして言った。「新聞の束をまるごと持っていかれた!あっちへ走っていった!」


たいした金額の新聞ではないとはいえ、治安を守るのも公会の任務だ。ベリナンは迷わず追いかけた。


小柄な泥棒の姿はそう遠くないところにあった。マントを羽織り、人混みの中を素早くすり抜けていく。


「そいつを止めろ!」ベリナンが急いで叫んだが、通行人たちはただぽかんとして反応できずにいた。それでも道だけは開けてくれたので、ベリナンは追跡を続けられた。


距離が縮まり、もう少しで追いつくというところで、マントの人物が軽やかに半回転して立ち止まった。


ベリナンは剣を抜き、呼吸を整えて待ち構えた。マントの人物が彼の方へ突進してきたかと思うと、突然、抱えていた新聞をすべて空に放り投げた。


束ねられた新聞が一斉に空中に散らばり、風に煽られて、夕陽の中で花吹雪にも劣らない衝撃的な光景を作り出した。ベリナンが一瞬呆気にとられた隙に、ちょうど一枚の新聞が強い風に乗って彼の顔に貼りついた。


「くそっ!」公会の面目丸潰れだ!慌てて新聞を引き剥がしたときには、マントの人物はすでに消えていた。両側には曲がりくねった路地が続き、好奇心旺盛な人々が集まって彼の視界を遮った。


彼はその人物の行方を完全に見失った。



夕立は軽く柔らかいマントを脱ぎ、何度か折り畳んでスカートの内ポケットに突っ込んだ。エルフの布地はこういうところがいい。冬は暖かく、夏は涼しく、軽くて畳みやすい。三流の目くらましの技でも、なんとか成功した。彼女は思わず笑いがこぼれた。あの公会員の驚いた顔、本当に面白かった!自分こそが、彼が国の命令で追っている当の本人だと知ったら、いったいどんな顔をするだろう。


握りこんだ拳の中にある冷たい小さな物体が、この先の冒険の鍵になる。あとはサースの仕事だ。


「お嬢ちゃん、その手に何を持ってるんだ?」


彼女は素早く振り返った。アーサーが背後に立ち、笑っているような笑っていないような顔をしていた。


彼女は答えた。「石だよ」


「公会が部隊を派遣してこの石を探しに行って、任務は無事達成と報告も済んでいる。今頃は町の支部へ運ばれているはずなんだが、なんで今、君の手の中にあるんだ?」


「さっき街でお買い物して手に入れたの。銅貨一枚払ったよ」


「とぼけるなよ。さっき全部見てたぞ。ベリナンの懐から掏ったろう。公務妨害は軽くない罪だが、初犯ってことにして今回は見逃してやる」


「なんでわたしが初犯だってわかるの?」


「俺の目の前でやったことしか勘定に入れない。見てなければ俺には関係ない」


「これはサースに頼まれてやったんだから、文句あるならサースに言って」


「お前たち、砂時計湖に目をつけたのか?」


「公会もこの前のエネルギーの波動のせいで砂時計湖を調査しに行ったんでしょ。サースとあなたは友達で、あなたは公会五紋だから、サースは二点五紋くらいにはなるんじゃない?」


「そんな数え方あるか」


「とにかくサースに情報集めろって言われたの」


「あいつが言ったのは〝聞き込め〟であって、〝公会の研究成果を直接盗め〟じゃないだろう」


夕立は訂正した。「ちょっと〝借りる〟だけ。データを複写したらすぐ返すもん」


「サースがいなかったら、お前そんな素直に従うか?」


「サースがいるからこそ、でしょ」


「サースの顔を立てて、これをやろう」アーサーが何かを放り投げた。夕立が聞いた。「飴?」


「一種の薬だ。口に含んでおけば、探索者の汚染が最も激しい砂時計湖の第一層を通り抜けられる。成分を分析すれば、サースが同じものを調合できる。お前らはすぐにでも湖底に潜れるようになるはずだ」


「ありがとうございます!さすが大人様、英明で勇敢な偉大な英雄です!」


「お世辞はいらない。湖底に潜る準備をしてるんだろう?今のお前にその負担、本当に耐えられるのか?」


「わたしが特別な存在だってことはわかってる、でもそこまで特別ってわけでもない。仮にわたしが本当にいなくなっても、あなたたちは代わりの人を見つけられるでしょ。ただ、わたしほど優秀じゃないってだけ」


「だから自分を大事にしろよ」


「アドバイスありがとう、大人様」


駆け出していく夕立の後ろ姿を見つめながら、その軽やかな身のこなしに漂う活力が、アーサーに昔のあの人を思い出させた。


(永遠の伴侶だと思っていたのに、結局はただの人生の通り過ぎる人だった)



耳を乱暴にひねられて、アーサーは瞬時に目を覚ました。酒を飲んでいる途中で、いつの間にかうたた寝をしていたのだと気づいた。


目を覚ました彼は、残り数滴になったグラスにまた酒を注ぎ足した。


「わたしを無視したわね?」彼の顔を無理やり振り向かせたのは、酒場の女将――そして彼がゾラン町で一番の友人と呼ぶ――紫羅蘭だった。彼女は危険な目つきで彼を睨んでいた。


「いたのか」


「若くて綺麗な女の子を見た途端、このおばさんのことなんて忘れちゃったの?店に入ってきたのに声もかけずに?」


「どこがおばさんだ?十五歳の頃から今までずっと同じ姿じゃないか!」


「ふん、誤魔化さないで。わたしにいくら借りてるか、わかってるの?公会五紋ともあろう人が金貨の何枚かも返せないくせに、よく飲みに来られるわね!」


「最近ちょっと懐が寂しくてさ、知ってるだろ、ははは」


「お金はあるくせに、返したくないだけでしょう」紫羅蘭は冷たく言った。


「俺たちのゾラン町一番の花が、こんな小銭にこだわるはずないよな?怒ると綺麗な顔に皺が寄っちゃうぞ、やめとけやめとけ」アーサーはへらへら笑いながら紫羅蘭の拳をかわした。


「次はないからね!」最後には、紫羅蘭が折れて、また帳簿に一行書き加えた。


隣の席で一人静かに酒を飲んでいたベリナンは、アーサーと紫羅蘭の仲の良さを密かに羨んでいた。目のある者なら誰でもわかる、紫羅蘭がアーサーに気があることくらい。それなのにアーサーはいつまでもその想いに応えようとしない。


紫羅蘭はもう少女ではなかったが、容貌は今も美しく、酒造りの腕前はこの上ない一流で、町の若い女の子たちの憧れの的だった。もし紫羅蘭が自分に好意を寄せていたら、ベリナンはとっくに結婚を申し込んでいただろう。表面上は言い合いしながら実はじゃれあっている二人を妬ましく眺めながら、ベリナンは悔しさのあまりまた一杯酒をあおった。先日、彼は半分冗談でアーサーに、女が怖くて紫羅蘭に告白できないんじゃないかと聞いたことがあった。アーサーは「お前はまだ恋愛がわかってない、本物の恋をしてこい」とだけ答えた。本物の恋を知る者なら、こんなにいい女を、じらしすぎて逃すようなことはしないはずだ!それなのに、よりによって紫羅蘭が愛しているのはこの男なのだ!


ベリナンは心に決めた。任務が終わったらすぐにこんな野暮な町を出て、キグノアにでも行こう。大都市の成熟した美女と、もっと刺激的な恋をしてやる。


密かに二人を観察していたベリナンが店を出ていくと、紫羅蘭はようやく拳を下ろし、ため息をついて、アーサーに釘を刺した。「もう湖には潜らないで。あなたの体、まだ十分に休めてないんだから」


「時間はいつだって足りないんだよ。若い頃のままだったらよかったのにな」


「女の前で年齢の話なんてしないで!」紫羅蘭は声を和らげて言った。「もう十分にやってきたでしょう。適度に休んだ方が長く続けられるわ。どうしても働くのをやめられないなら、せめて静かな任務を選んで。それか、護送の仕事をまた受けるとか。あなたが言ったように、もう若くないんだから」


「わかった」アーサーは気のない返事をしてグラスを手に取ったが、途中で紫羅蘭がその手を止めた。


「お酒はほどほどに」紫羅蘭が鋭い目で彼を睨んだ。


「お前が醸してくれた薬草酒は体にいいんだろ。療養のために飲んでるんだ」


「結局はお酒よ」


アーサーが反論しようとした瞬間、急に咳き込んだ。激しい咳の音に、他の客たちも振り返った。紫羅蘭が慌てて水を渡した。彼が水を飲んで落ち着くと、彼女は思わず小言を続けた。「だから一度療養した方がいいって言ったでしょう。あなたの持病は長期治療が必要なの。放っておいたら悪化するだけよ。年を取ってから……」


「お前は本当に俺のことを気にかけてくれるんだな」アーサーはまたへらへらした笑顔の仮面をかぶり直した。


「そうよ」紫羅蘭は否定しなかった。


「光栄だな」


「よく言うわね。わたしはずっとあなたを待ってたのに、丸一年も姿を見せなかったじゃない!待つ側の気持ち、考えたことある?毎日、あなたが帰ってくるかもしれないって思いながら過ごしてたのよ。通りすがりでもいいからって。それなのに一年経って、本当に通りすがりにしかならなかった」


「お前も知ってるだろう、俺が何のためにやってるか」


紫羅蘭の顔が曇った。


「わかった、もう怒らせないようにするよ。次の湖底調査の準備もしないといけないし」


「過去のことのために、こんなに命をすり減らして、それだけの価値があるの?」紫羅蘭が小さくつぶやいた。


「俺の余分な寿命は、ある意味彼女がくれたものでもあるんだよ。小紫、正直、お前がずっとゾラン町に留まってるのには驚いてる。一つの場所に縛られるのに耐えられないタイプだと思ってたから」


「小さい頃はそうだったかもね。でも、もう子どもじゃないもの」


アーサーを見つめながら、紫羅蘭は二人が初めて出会った日のことを思い出した。あのとき紫羅蘭はまだ十五歳の少女で、アーサーの顔は今と全く変わらなかった。少しも老けていない。あの頃の若い彼女は、この見知らぬ男を少しも怖がらず、いたずら心から、一番高い枝の花を摘んでこいと言いつけた。しかも葉を一枚も落とさずに、と無理難題をふっかけて困らせた。今の紫羅蘭は大人になり、成熟して、いつも自分と同じ名前の花を胸元に挿している。花のように美しい女性には客の誘いがついて回るが、彼女は巧みな社交術で不要な揉め事をかわす術を身につけていた。もう男に簡単に心を開く純真な少女ではない。それでもアーサーの前でだけは、十五歳の自分に戻って、つい甘えたくなってしまう。


アーサーは彼女の気持ちに応えることができない。紫羅蘭もそれをわかっていた。もしかしたら自分は、待つことで輝いている自分自身の姿に恋しているだけなのかもしれない。


こうして彼を見つめていられる、それだけで十分だった。


アーサーが不意に言った。「可愛い子に会ったんだ。その子の元気いっぱいなところが、彼女を思い出させてさ」


「似てるの?」


「率直で、それでいてずる賢い子だ」


「率直とずる賢いが両立するの?」


「人間は一つの顔だけじゃないんだよ。小紫もそのうちわかるさ」


紫羅蘭は不機嫌そうに言った。「もうこれ以上年を取りたくないんだけど」


「ああ、お前は若い女の子が一番嫌いだったな」


「嫌いなわけじゃないわ。ただ、まだ希望に満ちた若者を見るのが嫌なだけ。それを見ると、自分にはもう夢を見る力が残ってないんだって思い知らされるから」


「俺の目には、お前はいつまでも若くて美しい女の子だよ」


紫羅蘭は殴る真似をした。


アーサーは真剣な顔で言った。「本気で言ってるんだ」


紫羅蘭は手を下ろし、ため息をついて言った。「わかった。わたしは永遠に彼女には勝てないのね」


「その子のことに話を戻すけど、明日ちょっと物を渡したいんだ。お前の得意なキャロットケーキを焼いてくれよ。糖衣は厚めにな、あの子は甘いものが好きそうだから」


「小さな女の子にちょっかい出さないでよ」


「からかってるだけだよ」


アーサーが店を出る前に、紫羅蘭が呼び止めた。「アーサー?」


「何だ?」


「忘れないで。あなたに何かあったら、わたし、すごく悲しむから」


「悪いな、俺は他人の悲しみまで気にかけてやれない」アーサーの申し訳なさそうな笑顔には、あまりにも多くの悲しみが滲んでいて、紫羅蘭は手を下ろし、拳を握りしめたまま、それ以上彼の裾を掴もうとはしなかった。



花火のように、一瞬で消えてしまう。短くても、燦然と輝いて。どんな一瞬も、目立たない時間さえも、かけがえのないものだった。


胸を切り裂くように痛む記憶であっても、それでも心から望んで抱き続けるものだった。


アーサーは船の上から眺めた花火を思い出していた。まるで盛大な宴で気ままに咲き乱れる花のようだった。あのとき彼は、船団が開いてくれた誕生日の祝宴に参加していて、彼女はただ海面に浮き沈みする黒い影に過ぎなかった。あの頃、二人はまだ互いの距離に気づいていなかった。早すぎる恋は未熟さゆえに夢を見すぎる。だからこそ結局は、互いの人生における一粒の砂に過ぎなくなる。


彼女の艶やかな赤い髪は海上の焔のようだった。真珠のように白い肌と七色の鱗は、夜の闇に隠されて、その現実離れした美しさをぼかしていた。あどけなく美しい顔には、純粋な喜びと希望が映り、若さだけが持つ輝きを帯びていた。早すぎる死を迎えた彼女は神話となり、そして彼の胸に永遠に残る痛みとなった。


数百年の間、彼は奔走し続けた。何度も心を痛めながら生き延びてきたのは、すべて彼女のため。あの早くに消えてしまった面影のためだった。いつか、もう動けなくなるほど疲れ果てる日が来るかもしれない。それでも彼は力を尽くす。命の終わりに、自分たちの思い出がただの独りよがりの美しい幻だったのではないかと、疑わずに済むように。たとえ最初の感動を忘れ、海岸に広がる満天の星を忘れ、彼女のだんだんとぼやけていく笑顔さえ忘れてしまったとしても、彼は覚えている。あの少女が、泡となって消える間際まで、あの夜の花火を思い描いていたことを。それが彼女にとってどれほど大切なものだったかを。


(あの笑顔を見てしまったら、どうやって他の誰かを愛せるというのだろう)


「うちの子の面倒を見てくれてありがとう」アーサーの背後から声がした。


「あの子を見てると、彼女を思い出すんだ」アーサーは振り返らずに言った。


サースが彼の隣に来た。「夕立はもっと向こう見ずですよ」


「ずっとあの子についててやるのか?」


「はい」


「しっかり面倒見てやれ。健康で無事に成長できるようにな」


「もちろんです」サースは知っていた。アーサーは子どもに対していつも特別に甘い。とりわけ夕立のような、向こう見ずで勇敢な子どもを気に入っている。


「困ったもんだな、何百年経っても、まだ慣れない」アーサーは首を振り、自分の弱さを笑い飛ばすように声を出して笑った。毎日、昨日と何も変わらない自分の容姿が、あの頃のことを思い出させる。


「機会があったら、一度スモーク・コーストに戻ってみてはどうですか」


「はは、まだその時じゃないな」


愛していた彼女の名前を口にしても苦しくならなくなったとき、初めてあの約束の場所に戻れるのだろう。アーサーはサースを横目で見て言った。「それより、お前、ずいぶん変わったな」


「宮廷を離れることを選んだのは、変化を求めたからです。夕立についていけば、生活が変化に満ちて、余計なことを考える暇がなくなりますから」


「冒険のいいところはそこだよな。一度立ち止まると、考えすぎちまう。聞いてたら俺もお前らと一緒に旅に出たくなってきた」


「大事な用事が全部片付いたら、いつでも歓迎しますよ」


「それにはまだしばらくかかるな」


「無理しすぎないでください。これから砂時計湖に潜る準備をしています。情報を公会に渡せば、多少は役に立てるはずです」


「確かに、最近ちょっと持ちこたえられなくなってきてる気がする。彼女のことを考える日々が、日に日に疲れるようになってきた」


(愛することのできる生き物には魂がある、と彼女は言っていた。魂があれば、真神の懐で再会できる。でも、人魚には魂がない。終焉のとき、彼女たちは二度と再会することができない)


「本当に消えてしまうものなんて、何もありませんよ」サースは穏やかに、しかし確かな口調で彼に言った。


「お前たちエルフはそういうのを信じるんだろうけど、まだ俺を説得するには足りないな」アーサーは笑って言った。


(もし彼が見たものさえ、彼女の幻にすぎなかったとしたら)


どれほど激しく心揺さぶられた経験も、どれほど骨の髄まで刻まれた愛も、最後にはすべて海面の泡に変わってしまう。


サースが言った。「最後には、僕たちはみんな再会できますよ」


「そうだといいな」



約束の路地の角で長いこと待たされてから、夕立はようやくアーサーが現れるのを見た。彼女は身を起こして言った。「遅すぎ!老いて死んじゃうところだった!」


アーサーは手にした紙箱を掲げて見せた。「これを持ってきてやったぞ」


「ケーキ?」


「キャロットケーキだ」


「人参?うえぇ」


「普通の人参の味じゃないさ。俺の友達が作ったやつだ、食べたらきっと人参の見方が変わるぞ。それからこれ、第二層の湖水の分析サンプルだ。公会はまだ正確な成分を割り出せてないが、サースの防護魔法ならお前らを通過させられる。あいつにサンプル通りに調整してもらえばいい。あとはお前ら次第だ」


「ありがとう!」


アーサーは大げさに両手を広げて聞いた。「それだけか?お前のために公会から資料をくすねてやったんだぞ?バレたら始末書ものだ。もう少し感謝を見せてもいいんじゃないか?」


「わたしが頼んだわけじゃないし、それになんでわたしに持ってこさせるの?直接サースに渡せばいいじゃない」


「お前にもう一度会いたかったからさ。こんなに面白い子に会うのは久しぶりだ」


「あなたたちおじさんって、みんなそうだよね。若い子の中に、もういない人の面影を探したがるの。よく考えてみたら、わたしたち全然似てないと思うけど」


「ああ、それでも懐かしくなるもんなんだよ」


アーサーは夕立を見つめた。もし物事がうまく進めば、黒女神の祝福で夕立の寿命は延びるだろう。だが、エルフのように千年の神木のごとく悠然とした寿命にはならない。それでも、長い寿命を持っていたはずのオーロパ王女やアンリエットでさえ、若くして命を落とした。


逆に言えば、この子に希望を託すこと自体が、可能性に満ちた賭けでもある。


アーサーは罪悪の街の人骨の薔薇を彫った黒曜石の彫刻品を取り出して言った。「俺は前任の城主から託された仕事を続ける。お前は残りの仲間を全員集めてこい」


夕立は笑って言った。「ありがとう。あなたとサースが手伝ってくれるなら、まだ未熟なわたしでも、みんなの夢を叶えられるチャンスがあるかもね」


アーサーは笑みを収め、彼女に頷いてから立ち去った。


(自分は彼女たちじゃない、彼女たちになりたいとも思わない。わたしはわたし自身。目指すゴールは同じでも、違う道を歩く。あなたたちに後悔させたりしない)


アーサーは振り返ることなく、その言葉に答えなかった。


ただ心の中に、静かに浮かんでいた。アンリエットが、自分を非難する朝臣たちを前にして立ち上がり、こう言った場面が。「わたしはこの国から何かを奪うつもりはありません。誰かになりたいわけでもない。わたしたち双方が代表しているのは、人魚と人間ではなく、まだ語り合ったことのない、異なる声同士なのです」


交流術――アンリエットは使えた。オーロパ王女も使えた。夕立にはその才能はない。


(でも、それが何だというのか)


自分が何者かをしっかり胸に刻んでいれば、そして自分たち大人がそばで支え続ければ、この恐れを知らない少女も、本当に遺志を継ぐ者になれるかもしれない。


それなら、彼もまた、安心して前へ進んでいけるはずだった。

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