4-2
朝、光の中で目を覚ました空は、寝ぼけ眼を擦りながら窓辺に歩いていった。
窓の外に広がるのは、まず光きらめく湖面だった。名前の通りの翠緑色で、まるで静かな鏡の下に緑の宝石がたっぷりと沈んでいるかのようだ。湖の向こうには高い山々が連なり、霧がその半分を隠していた。山々に抱かれて、ここはまるで世間から切り離された別天地のようで、湖には人を引き留める不思議な力があるかのようだった。
ラヴェニはいつも通りポニーテールに結んでいて、テイラロにも同じようにするよう勧めた。しかしエルフとしての譲れないこだわりがあるテイラロは、長い髪をそのままにして、代わりに短めの防水の袍を着ていた。
木エルフによる浄化を経たこの森は、アイセンティアの森と大して変わらない感覚で、空は木エルフ特有の魔法の力が空気中に満ちているのを感じ取ることができた。
ラウンのことがあってから、空はコーツタン帝国についてしっかり調べていた。だから桟橋に足を踏み入れた瞬間、小舟の船体に刻まれた印を見てすぐにわかった。ラヴェニに聞いた。「これ、コーツタン帝国が造った船?」
「よく知ってるわね。コーツタンの船は最高品質よ」
ラウンのことが頭をよぎり、空は複雑な気持ちになった。何も言わずに出発の準備を手伝い続けた。
船を漕いでエメラルド湖の中心へ向かうと、湖の水は透明で、底まで透けて見えそうなほど清澄だった。ラヴェニが空とテイラロに潜水マスク、閲読石、それから白い楕円形の飴を数粒ずつ渡した。空は以前、圧縮タオルを誤って飴だと思って口に入れた記憶がよみがえった。ラヴェニが説明した。「この飴を口に含んでいれば、水中でも呼吸できる。予備用だから、潜っている間は主に魔法と潜水マスクで息をして」
テイラロが言った。「わたしたちの二人の力があれば、呼吸できる空間を作れるんじゃない?」
ラヴェニが言った。「それはわたしがやる」銀の指輪をはめて、空中に符号を描いた。
空はすぐに言った。「符文だ!」
ラヴェニが言った。「符文で言う〝風〟は空気のことで、使い勝手がいいの」
三人を包む球体が出来上がると、彼らは船を降りて湖底へ向かった。球体の動きに合わせ、三人は深みへと「泳いで」いく。テイラロとラヴェニは見えない階段を下りるように優雅に沈んでいったが、空一人だけがぎこちなく半泳ぎ半歩きで、時々頭が下になってしまい、ラヴェニに笑われ、テイラロに素早く引き戻された。
ラヴェニが使った探索法はラウンのやり方とよく似ていた。家族が収蔵していた沼地の妖の王国の王室遺品、黄金の杯を使って追跡術をかけた。薄い赤いレーザー光線のような線が方向を示した。
岩洞の前に着いたが、一度に一人しか通れない狭さだったため、順番に入ることになった。ラヴェニが先頭、空が続き、テイラロが最後に入った。
ラヴェニの姿が岩洞に消えてからしばらくして、テイラロが合図を送り、空は洞穴に潜り込んだ。
通路は狭く入り組んでいて、かなりの圧迫感があった。でも前を行くラヴェニが何かあればとっくに対処しているはずだ。そう思いながら前進した。
しかし岩洞を抜けた先に広がっていたのは、沼地だった。
(湖の底に沼地?)
(伝説で沼地にはまると底まで沈んでいくというのは、こういうことだったのか)
一帯の静寂が不気味だった。空は犬かきで林の中を進んだ。途中でいくつかの動物の骨格が目に入った。
後退しようとしたとき、背後の何かにぶつかって危うく叫びそうになった。振り返るとテイラロだった。
空が慌てて骨格を指差すと、テイラロは頷き、氷結術を使って水の中に魔法陣を作り出した。
魔法陣が起動した瞬間、沼地が揺れた。魔法陣を中心に泥が押し分けられ、海底の生物と正体不明の物質に覆われた一枚の扉が現れた。
扉が突然開き、中からラヴェニが顔を出して手招きした。
扉の内側に入ると、水がもう入り込まなかった。代わりに空気があった。強い発酵の臭いがしたので、潜水マスクはそのままにしておいた。
扉の奥は掘り抜かれた洞穴で、土壁には壁画があった。三人が近づいて見ると、王冠をつけた王女が羽衣をまとって白い鸛鳥に変わり、国を飛び立ち、沼地で休んでいたところを地底に引きずり込まれる物語が描かれていた。力ずくで羽衣を剥がされた彼女は、沼地の妖王の前に連れ出される。
テイラロが言った。「だから沼地の女巫が水の中で呼吸できないの?実は人間だったのかしら」
ラヴェニが言った。「たぶんそう」
通路の突き当たりにもう一枚の金属の扉があって、ラヴェニは魔法で直接こじ開けた。
三人は誰も予想していなかった。扉の向こうから、湿った泥水が絶え間なく流れ込んできたのだ。潜水マスクでも完全には防ぎきれず、汚水が口と鼻に入ってきて、空は最初パニックになって暴れた。何かが彼を引き留めた。振り返った瞬間――見なければよかった。真緑の巨大な顔が目の前に迫っていた。
空はすぐに後退した。深緑の肌に全身が疥癬だらけで、粗く長い髪を持つその怪物は手足に水かきがあり、いとも簡単に追いついてきた。怪物が空の首を掴んだ。
空はテイラロに何度も念を押されて持ってきた小刀を抜き、後ろ手に突き刺した。弾力のある厚い皮膚を突き破ると、怪物の肉がぐずりとした感触がして、吐き気がした。
怪物がびくりとして手を放した。
普通の人間では、沼育ちの怪物には泳ぎで勝てない。泥と混じった水元素は扱いにくい。次の瞬間にはまた怪物に掴まっていた。
怪物が彼を掴んで急速に沈んでいく。混乱の中、空はスリングショットを取り出して魔弾を一発放った。
魔弾が怪物に命中して炸裂し、当たった部分から氷の結晶が噴き出した。結晶はみるみるうちに広がり、ついに怪物を完全に包み込んだ。次の瞬間、氷塊ごと砕け散り、包まれていた怪物は骨の欠片一つ残さず、溶けた氷の雫とともに消えた。
空は四発目の魔弾をスリングショットにセットして戦闘態勢のまま、仲間を探しながら前に泳いだ。
泳いでいると、丸い金属の物体に手が当たった。触ってみると、どうやらドアノブのようだ。
水元素で補助しながら力を込めてその扉を押し開けた。水流に押されて中に入ると、汚水の流入は少なかった。中もさっきの通路と同じく、空気が通っていた。
さっき怪物に襲われた以上、迂闊にテイラロやラヴェニの名前を大声で呼ぶことはできなかった。二人の実力なら、すぐここを見つけてくるはずだ。
扉が再び開いた。喜んで振り返ると、また別の緑肌の怪物がいた。
空はすぐに通路の奥へ駆け出した。いくつもの扉を通りすぎても開けようとせず、追い詰められて通路の突き当たりに来てから、仕方なく最後の扉を試した。
幸い、鍵はかかっていなかった。中に飛び込んで扉を閉め、すぐに鍵をかけた。外で怪物が扉を叩く音を聞きながら、集積術で土壁を生長させ、厚い土の層で扉を塞いだ。
処理が終わってから、ようやく周りを見る余裕が生まれた。足元は泥濘んでいて、慎重に一歩一歩踏み進んだ。
重い木の机の上には正体不明の液体が入った瓶が散乱し、その多くが割れていた。机の右側には鉱石などの原材料が棚に並んでいたが、ほとんど粉になって落ちていた。左側には天窓があり、そこから差し込む陽光が泥地に植えられた植物に降り注いでいたが、植物はとっくに腐って腐葉土になっていた。正面には炉と炉架、大釜、そして本棚と書き物机があった。これが沼地の女巫の工房に違いない。長い間廃棄されていたのは明らかで、ほとんどの物に埃が積もっていたが、灯の不滅の炎はまだ燃えていて、外の泥臭さはほとんど内部に漂い込んでいなかった。かつてここで働いていたのは相当な力を持った黒魔法使いだったのだろう。かつては完璧に整備された錬金術の工房だったはずで、長い歳月で自然に朽ちた今でも、往時の面影が窺えた。
外の怪物の音が聞こえなくなってから、空は潜水マスクを外して首にかけ、室内のものを調べ始めた。引き出しの一番上に日誌があった。ラヴェニが渡してくれた閲読石で翻訳した。各ページの冒頭の文字は翻訳できず、おそらく人名だろう。後ろには日付、錬金の素材の記録が続いていた。女巫が日々の仕事内容と依頼人を記録したものだ。
ラヴェニの話では、沼地の女巫は神通力があり、日誌に記された調合の多くは彼女が独自に編み出したもので、世に出回っていないという。
空は慎重に日誌を元の場所に戻した。これはラヴェニに渡すのが一番だ、家族が喜んで研究するだろう。
日誌の下から沼地の女巫の影の書や手書きの紙が何枚も出てきて、一番下に赤い表紙の本があった。
中には細かい文字がびっしりと並んでいて、女巫の生い立ちが書かれていた。
沼地の妖は他の妖族と同じく、陰険でけちな印象を世間に持たれている上に、他の妖族に比べて最も醜いと言われている。そのせいか外見をいつも嘲笑われる沼地の妖王は内心が歪んでいて、他の種族の美しい者を欲しがった。旅人が沼地を通ると、うっかりすると沼地の妖に足首を掴まれ、深みへ引き込まれた。妖王の目に留まった者は妻として留め置かれた。
日の出の地の小国に、美しい王女がいた。王の持病を治すには夜落の地最高の医師が必要だと宮廷の医官に言われ、王女は魔法の羽衣をまとって白い鸛鳥に変身し、一人で夜落の地へ向かって飛び立った。
沼地を通過する際、その噂を知らなかった彼女は羽衣を脱いで陸の上でひと休みしようとしたが、たちまち沼地の妖に捕らわれ、底へ引きずり込まれた。その美しさに妖王は目がくらみ、彼女はすぐに監禁されて妖王との婚姻を強いられた。
聡明な王女は、妖王に羽衣の秘密を明かさなかった。ただ大切にしている衣だと言い通した。娘が生まれたその日、妖王の注意が赤子に向いた隙に、王女は宮殿を抜け出して羽衣をまとい、自由へ向かって飛ぼうとした。
しかし産み終えたばかりで体が弱り切っていた彼女は、衛兵に捕まってしまった。激怒した妖王は王女を処刑するよう命じた。そして生まれたばかりの娘も、妖王の寵愛を失い、蔑まれながら育つことになった。
幸いにも小さな王女には稀有な才能があった。錬金術において人並み外れた能力を持っていたため、妖王は彼女を生かしておいた。凶暴な沼鬼を護衛につけ、同時に彼女を見張る牢番とした。小さな王女は錬金術の工房という牢獄に閉じ込められ、妖王が他者を懐柔する必要があるたびに魔薬を調合させられ、やがて「沼地の女巫」と呼ばれるようになった。
それを知った後で見る工房は、全く違うものに見えた。
間もなく、テイラロとラヴェニも工房を見つけて合流した。
空が聞いた。「外の沼鬼は?」
テイラロが言った。「追い払ったわ。大丈夫だった?」
空はスリングショットを引く仕草をして示すと、テイラロは察してラヴェニに言った。「クランシュ家にちゃんと整理させないといけないわね、ここ」
ラヴェニが頷いた。「ひどいわ。残っているものは全部貴重な資料なのに、今まで放っておくなんて」
テイラロとラヴェニが沼地の女巫の生い立ちの記録を読み終えると、ラヴェニが言った。「こんな邪悪な王国、滅びて当然ね」
テイラロが引き出しから手紙の束を取り出して言った。「他の資料もある」
空が言った。「他人の手紙を見るのは良くないんじゃ……」
ラヴェニが言った。「どうせクランシュ家が研究して公開するから。それにこれは沼地の女巫に関する重要な情報よ」
ここはクランシュ家の領地だ。空には口を挟む立場もなく、二人が閲読石で手紙を読み解くのを見守った。
テイラロが読み上げた。「工房の主人へ。あなたが世界で最も清い心をお持ちで、人の望みを叶えてくださると聞き及びました。あなたのもとへ縋るのは、みな情欲から逃れられない俗人で、わたしも同様です。愛、古今東西あらゆる難題の唯一の答え、それがわたしを眠れなくさせています。わたしと彼との間に横たわる溝は、あなたの優しい涙のみが川となり、そこをわたしは無我夢中で泳いで渡ることができます」
ラヴェニが二通目を読んだ。「初めて目が合ったその瞬間から、わたしたちは深く愛し合いました。愛しい人とずっと一緒にいたい、たとえ二人して果てしない深淵に落ちようとも、命が尽きる前に彼の両目を見つめ、彼もわたしのためにすべてを賭けているとわかれば、それだけで十分です」
「工房の主人へ。あなたは鸛鳥を遣わし、岸辺で沼地の地図が描かれた絹布の切れ端を渡してくださいました。それをお返事と受け取りました。まもなく伺います。あなたの工房は密閉されていると聞いていましたが、親友が抜け道の場所を教えてくれました。真珠と珊瑚で作った頭冠と貝殻の首飾りを贈り物として持参します。それがあなたの気高いお顔にわずかなほほ笑みをもたらすことを願って」」
ラヴェニが言った。「三通とも同じ筆跡ね。でも名前がない」
テイラロが下の紙の束を確かめて言った。「これは手紙じゃない、筆談した痕みたい。〝あなたの大切な薬のせいで一時的に声が出ないとはいえ、聞けないわけではないわ。眉根を寄せているのはなぜ?〟〝神はあなたの願いにずっと応えてくれないとおっしゃるの?では、何を願っているか教えて?〟〝もちろん!あなたはもっと外へ出て、精彩に満ちた世界を見なければ。そこでは数えきれないことが同時に起きていて、目を瞬けば後悔するわよ。来た時の抜け道を通って、一緒に出ましょう〟」
ラヴェニが突然大きく息を吸い込んだ。テイラロと空が同時に振り返ると、ラヴェニが言った。「アンリエット!アンリエット姫だわ!」
テイラロもすぐに合点がいって、興奮して言った。「そうよ、伝説に〝女巫〟が出てくるのは沼地の女巫のことだったんだ!」
空が言った。「説明してくれる?」
ラヴェニはその物語を話し始めた。




