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トルコ石  作者: 葉櫻
一、まじゅつし
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1-2


コール療養院は円柱形の建物で、その中心にある中庭には、巨大な希望の樹が根を張っていた。

サイフィ神の象徴とされるその樹は、癒しの魔力を絶えず放ち続けているらしい。中庭は入院患者たちの交流スペースとして設けられているものの、実際に人が集まっているところを見たことはなかった。ここで療養するのは相応の地位を持つ人々で、みな自分の世話人を連れてきていた。患者には広い個室が与えられ、付き添い人にも別の部屋が用意される。同じグループの患者と世話人は隣り合った部屋に入り、グループが違えばできるだけ顔を合わせないよう、療養院内の各所に分散して配置された。


テイラロの部屋はそらの隣だった。

いつでも気軽に話しかけられるし、彼女の明るい笑顔を見るたびに、じんわりと心が癒される気がした。


療養院の裏手には、山の谷へと続く花草庭園があった。

外出は許されなかったが、ここから眺める風景だけでも十分に気持ちが安らいだ。そらとテイラロはよく二人でここを散歩したが、他の患者と出くわすことはほとんどなかった。


第一界の人間が気軽に第二界へ踏み込むことは、原則として許されていない。今はもう命の危機という緊急状態でもないため、家から個人の荷物を取ってくるのは相当難しかった。

そらはあっさりと申請を諦めた。


(どうせアイセンティアが助けてくれたんだし、生活費まで毎月振り込んでくれてる。必要なものはテイラロが買ってきてくれる。それで十分だ)


部屋の家具はほぼ全て木製で、本棚は今はからっぽだった。家に大切に保管してあった科学雑誌や料理本を持ってこられないのは残念だったが、仕方ない。衣装棚にはテイラロが買い揃えてくれた服が並んでいる。全て木綿や麻のゆったりしたローブや上着、長ズボンで、いかにもエルフ風だ。エルフたちはローブに対して独特のこだわりを持っており、着用は基本的なマナーとされていた。他の種族から露出の多いファッションや短い丈の服が流入してきても、新しいスタイルを試すエルフがいたとしても、必ず外に長いローブを羽織るのだという。実際に着てみると、布地は通気性が良く快適で、夏でも涼しかった。


バスルームには浴槽があり、定期的に薬浴をするよう指示されていた。元々物欲はそれほどない方だし、学院に入ったら何がどれだけ必要になるかわからないので、部屋には最低限の家具だけを置くことにした。小さなキッチンには簡単なコンロと食料保存庫がついていた。より広い調理スペースが欲しければ、療養院一階の大きな共用キッチンも使えるが、木エルフは肉食をしないため、そこは肉食禁止だった。肉料理を作りたければ自分の部屋でするしかない。


テラスに出れば谷の風景が一望でき、テイラロがわざわざハンモックまで吊ってくれていた。


(……アイセンティア王国、僕に良くしすぎじゃないか)


食事も宿泊も無償で、護衛まで付けてくれて、挙げ句の果てには貴族か富裕層しか入れない名門校のサイフィ学院まで無料で通わせてくれるという。木の女神サイフィを讃えて建てられた学術機関で、全国ランキングは王冠学院に次いで二位だ。


「サイフィ学院で学ぶのは貴族ばかりだから、礼儀作法だけ気をつけてね」


テイラロにそう言われて、そらはふと思った。


「前に、貴族の血筋じゃないと王族護衛の試験を受けられないって言ってたけど……テイラロも貴族なの?」


その問いを口にした瞬間、テイラロの目がたちまち暗くなった。


「わたしは紅血貴族よ。でも家族は、わたしが小さい頃に滅ぼされてしまったの」


「……ごめん」

「大丈夫、タブーじゃないわ。思い出すとつらくなるだけで」


「テイラロは貴族で、王室に仕える資格もあるのに、こうして僕のそばにいなければならないなんて、本当に申し訳ない」


テイラロは首を横に振った。


「悪い話ばかりじゃないわ。家族の後ろ盾がない以上、王族護衛に受かっても重要な仕事は回してもらえない。聞いたところでは、青血貴族があの手この手でわたしを辺境に飛ばそうとしていたようだし。あなたが現れたおかげで、ここに留まれるようになった」


エルフの王国でもそんな不公平があるのか、とそらは思った。アイセンティア王国の人口の三割は人間だとテイラロが言っていた。もしかすると人間のせいなのかもしれない。エルフについては、テイラロやオーテ、療養院の医療スタッフから感じ取れるのはいいものばかりだったから。



コール療養院はデフェニング市のルビーニタウンにあった。

デフェニングはアイセンティア王国の文化芸術の都で、全国二位のサイフィ学院が置かれているほか、芸術家たちが集まることでも知られている。コールは高官や貴族専用の療養院だけあって、院内の転送魔法陣からデフェニング市の中心転送ポイントへ直接行くことができた。そこから徒歩でサイフィ学院まで、エルフの足で二十分ほどだという。


入学前日の夜、テイラロが尋ねた。


「何か信仰している神はある?」


「そちらは詳しくなくて」


「もし外で信仰を聞かれたら、アイセンティア出身と答えるだけでいい。それでも神の名前を聞かれたら、サイフィ神と答えるのが一番無難よ。できるだけ特殊な身分のことは言わないで、面倒を避けて」


「でも、アイセンティアはエルフの王国でしょう?僕が国民だと言うのは変じゃないですか?」


「アイセンティアは木エルフと人間が共存する王国で、約七割が木エルフ、三割が人間よ。王族は木エルフで、信仰するのは木の女神サイフィ。サイフィ神は凡人のために自らを犠牲にされた神だから、祂のお名前を挙げるのが最も安全な答えなの」


「その神は……亡くなられたんですか?」


「二千年前の戦争で力を使い果たして、形を失われたの。形を失った神がまだ存在するとみなすかどうかは、宗教上の学問の問題ね。とにかくサイフィ学院にいる間は信仰を問われることはほとんどないわ。外部の人と会うときは別だけど、サイフィ学院の学生であれば当然サイフィ神の信者と自称できるから。念のため事前に知っておいてもらいたかっただけ」


サイフィ学院は年齢・出身・種族を問わず学生を受け入れており、固定の教室もなかった。祭司が学生の属性(風・水・火・土の四大元素のどれか)を測定した後、指導教授を割り当てる。教授がどの授業を受けるかを提案するが、通常貴族は幼い頃から独自のルートで属性を測定していた。授業は春・夏・秋・冬の四期制で、各期三ヶ月。連続して受ける必要はなかった。要するに入学資格を得て指導してくれる教授を見つければ、好きなように授業を組み立てられる。


そらはリュックに紙とペン、財布などの必需品だけ入れた。テイラロが「木エルフが一番よく着る、目立たない色」と言っていた薄緑色のローブを選び、テイラロからもらった連絡用のイヤリングを耳に付けてから、床に就いた。



翌朝、二人は一緒に転送ポイントへ向かった。


市街を歩いて、そらはエルフへの印象を少し改めた。


通りは清潔な白い石レンガで敷き詰められ、沿道の家々は普通の平屋で、花草があちこちで咲き誇っている。エルフの都市は森の中の集落だろうと思い込んでいたが、コール療養院のような立派な建物を建てられる彼らで、しかも人間との混成王国となれば、建設スタイルが人間寄りでも不思議ではないか。


「エルフはもっと森の中で暮らしているイメージだったんですが」


テイラロは笑った。


「風エルフはそうね、自由に森や野原で暮らしているわ。でも二千年を経て、他のエルフと世界の種族たちの生活様式はそんなに変わらなくなったの。エルフの各部族にはそれぞれ特色があって、光エルフが他の種族のイメージする典型的なエルフ――優雅で気高くて正直――に一番近いわ。主神に仕えているからよ。彼らこそ〝真のエルフ〟だという意見もある。でも彼らだって森を出て街を作らなければならなくなった。木エルフは他のエルフ族に比べて、異なる種族との貿易往来が多いから〝俗物エルフ〟と呼ばれているの」


「木エルフは商売が得意、ということですか?」


「そうよ。種族の才能は〝交流〟なの。だから簡単な魔法であなたもわたしたちの言語に適応できる」


賑やかな市場を抜けると、あっという間に学院の高い塔が姿を現した。



サイフィ学院のキャンパスは広大で、芸文学部・工学部・自然学部の三つに分かれており、それぞれ建築スタイルが異なっていた。


テイラロが最初に案内してくれたのは芸文学部だ。城の石造りの外壁には野生の蔦が絡まり、まるでおとぎ話の眠れる森の美女が百年間眠る古城のようだった。城の前には花園が広がり、芝生に続き、その先に湖がある。白鳥が湖畔の落ち葉を踏んで優雅に水へと滑り込んでいく様子は、詩才が尽きた詩人でも文思泉湧になりそうなほどだった。


工学部の建築スタイルはシンプルだ。本館は不規則な幾何学的立体の透明な建物で、まるで誰かが気まぐれに彫った水晶のようだ。別館はさまざまな深さで地面に埋め込まれた球形で、地面から生えた淡い色の泡のようで、キャンパス全体が単調で堅苦しくなるのを防いでいた。この区画の道は浅い灰色の石板歩道が中心で、路傍の広場の中央には学校の名物である樹形噴水がある。さらに工学部にはたくさんの仕掛けがあって、Y字形の大きな石彫刻は巨大なスリングショットだ。祭りの日には、工学部の学生が特製の花火玉をスリングショットに装填して蔦模様の弾性編み紐を引き絞ると、花火玉が空へ飛び出し、大きな美しい花火となって炸裂するのだという。


そして、学院の象徴と言えば、何といっても自然学部だ。

薬草学・植物学・元素魔法がこの学部の教育範囲に属する。自然学部には全国で最も高く、最も古い希望の樹があり、実る果実はほのかに蛍光を放ち、学生が夜も学ぶ場を照らしているという。自然学部の校舎は、この天を衝く巨木と周辺の木々に沿って建てられ、枝葉の間に多くのツリーハウスがある。木の下にも石造りの小屋が並び、建材の継ぎ目からは微かな光が漏れていた。希望の樹の果実の概念を模したデザインだ。さらに、キャンパスの外から見える高い塔も自然学部に属し、天文観測の占星塔として使われている。


主要校舎区を離れ、黄れんが色の大路を進むと薬草を育てるビニールハウスが並んでいた。さらにキャンパスの最奥へと歩き、サイフィ神の象徴である雛菊が植えられた道の突き当たりに、学内のサイフィ神廟がある。


神廟は純白の大理石建築で、柱の彫刻は傷ついた動物が癒される様子や、枯れかけた植物が生き返る様子を主に描いていた。堂内の光源は壁と柱の高いところ、吹き抜けの天井近くにある松明で、暗所でほのかに輝く白い石材が使われており、中を歩けば壁画の内容がはっきりと見えた。それも全て、女神の事蹟を語るものだった。


正殿にはサイフィ神の像があり、大理石製で高さ十数メートルある。

そらがサイフィの姿を目にするのはこれが初めてだった。像の面持ちは清廉で穏やかな印象を与え、白金色の長い髪は細い三つ編みで固定された髷に結われ、花蔦の飾りが豊かな頬の横に垂れている。頭冠は細い枝を土台に雛菊の花がいくつも絡まっている。長いスカートの裾は非常に精巧に彫られ、手を伸ばせばそのやわらかな布地を掬えそうなほどだ。女神は全体的に美しく装いながらも、肩や腕には簡素な甲冑が添えられており、殺戮を好まないが勇敢に戦い、弱者のために立ち上がることを示していた。片手には希望の樹の枝を持ち、もう片手は高く掲げられて、鳥が手の甲に止まっていた。右腕には銀の腕輪をはめていた。泣く子供をあやすためだという伝説から、これがエルフの母親ほぼ全員が持つ装身具となったのだとテイラロが教えてくれた。


草木の他にも、サイフィ神は光明・希望・新生・そして母性を象徴する神だ。

像の双眸と目が合ったとき、そらはまるで慈愛ある母親に見守られているような感覚を覚えた。


彼は両膝を折り、心の中で慣れない祈りの言葉を唱えた。


脇殿の空間はずっと小さく、中の像も少し小さかった。

二体の像のうち大きい方は、伝説の英雄「守護者」イソンだ。一般的なエルフよりやや体格が良く、布甲冑を着て手は腰の剣柄に添えられていた。その傍には、サイフィ神の義理の娘、聖女リエントラヤの像がある。彼女の像はマントで全身を包まれており、顔は見えず、背が低いことだけがわかる。二千年前の戦争において、リエントラヤは一人旅に出て、鍵となる光の杖を見つけ出した。それにより太陽神に仕える光エルフが強大な力を得て、日の出の地の連合軍が形勢を逆転し、最終的に勝利を収めた。


リエントラヤがどの族のエルフか、または人間か、出身家族が何処かは誰も知らない。正規の祭司でもなく、イソンに従って戦った付き人だったとしか分かっていない。なぜ彼女が、光エルフの祭司たちでさえ見つけられなかった杖を、棘だらけの巡礼路を歩いて見つけられたのか。研究に答えはなく、彼女に関する全ては謎だ。


歴史の真相とは何か。千年の命を持つエルフでさえ語り継ぐことができなかったのに、異邦の人間である自分が知る由もない。


像を拝した後、そらとテイラロは正殿の外へ戻った。静かで穏やかな空気の中、そらは跪き、揺れる雛菊をそっと撫でた。白い雛菊と希望の樹は、女神の優しさと確固たる信念のそれぞれの側面を象徴している。小さな花はその清新な香りと純粋な美しさで心を癒し、大きな希望の樹は一歩も動かずに、庇護を必要とする者を守り続ける。どちらも最も輝かしい存在ではないが、微かな光は闇夜の中でも瞬き、迷い込んだ者の怯えた顔を照らすことができる。


「祭司があなたの測定をするわ。わたしは入れないから、一人で祈祷室に行ける?」


「もちろん」


ときどき、そらはテイラロが自分を壊れ物のように扱いすぎると感じた。国から与えられた職責とはいえ、彼女は心配しすぎだ。まるで自分がいつでも歩いて転んだり、食べながら詰まったりするかのように。療養院を離れてからはさらに顕著で、彼女は周囲の人を警戒の目で見渡し、まるでいつでも誰かが飛び出してきて暗殺するかのようだった。


(自分はそんな地位でも何でもないのに)


予約していた祈祷室に入ると、祭司が既に待っていた。


十一、二歳くらいの少女で、神職者の鶉黄色のローブを着ており、フードは被っておらず、黒髪の間からは人間の耳が見えた。そらが礼をしてから、彼女に案内されてクッションの上に跪いた。


若い女性祭司の強くて冷たい緑の眼差しに気圧されて、そらから話しかけることができなかった。彼女が扉を閉めると、部屋は暗闇に沈んだ。


「目を閉じて。あなたという人物の特質に集中して、わたしに自己紹介して。でも口は開かないで」


お参りの経験をもとに、そらは名前・生年月日・住所を思い浮かべた。性格は……のろくてお人好し。まともな才能は料理。趣味は天体観測。


ふいに、手のひらに冷たいものを感じた。

子どもの頃、近所の公園で遊んだときに、冷たい研磨石の滑り台を何度も滑り降りたことを思い出させた。続いて温もりが来た。子猫のミカンが数週間の頃、傷つけないよう恐る恐る抱っこして、ふわふわした手触りと体温に、命に対する敬虔な気持ちが芽生えた。


口と鼻が食べ物の香りを感じた。

下校後お腹が空いたときに一口かじった熱々のバター菓子。中秋節にジンルオや同級生たちのためにバーベキューをして、ひと段落してからタレを塗って縁がくるりとまくれた焼き肉を口に運んだこと。寒い日に野菜を煮立った鍋に入れ、湯気とともに立ち上るスープの香り。


かすかな音楽が流れてきた。遠くて、近い。

秋風の中でくるくる舞う落ち葉、幼い鹿が林間をそっと踏む音、母の子守唄のようだった。心の底から安心させてくれる音で、無数の歌声が祝福しているようでもあり、独りで世界の万物が奏でる自然の音を聴いているようでもあった。孤独ではなく、恐れるものは何もないと感じた。


漆黒の闇の中にも、少しずつ景色が浮かんできた。草原、丘陵、海、田園、深山、岩漠、氷原、水車小屋、迷宮、祭壇、穀倉、地下室。数秒の間に数十の場所を旅し、世界が瞬きの間に凝縮された。


心の中で一つの問いが浮かんだ。


――あなたが望む未来は、何ですか?


(自由気ままに、思いのままに生きることかな)


彼は曖昧な答えを出した。


「目を開けて」


そらは言われた通りに目を開けた。祈祷室の中に無数の光の粒が漂っていた。その中のいくつかが泡のように彼の体に弾けると、湿った冷たさを感じた。


「今のあなたは水属性です。空いている指導教授を探して、知の道を歩む相談をしてください」


女性祭司はそう言って扉を開け、彼を送り出した。



テイラロが廊下を散歩していて、彼が出てくるのを見て駆け寄ってきた。


「属性は何だった?」

「水。それはどういう意味がある?」

「水属性は感情豊かで、直感や感性に影響されて決断する傾向があるわ。測定してくれた祭司は誰だったの?」

「十二歳くらいの黒髪で緑目の子、人間よ。アイセンティアで人間と会うのは初めてだった」


「それはきっと主祭司のリアだわ!」


「あんな小さな子が主祭司?」


「学院はちょっと特殊で、学生がほぼみんな若いから、祭司も主に若い少女が務めているの。年は若くても魔力はすごく強いんだからね!」


「魔力の強さはわからないけど、見た感じ強そうだった。彼女も貴族?」

「主祭司になると家族の姓を捨てるのよ。でも聞いたところでは中堅の紅血貴族出身って。本題に戻るけど、あなたが水属性だと最初からそんな気がしてたの。水属性の指導教授に事前に連絡しておいたわ。あなたは気に入ると思う!」


テイラロはそらを引っ張って自然学部へ向かい、ツリーハウスの一つへ登った。


ノックすると、細くて高い子どもっぽい声が言った。


「どうぞ」


「先生、テイラロです。その学生を連れてきました!」


テイラロが扉を開けると、ツリーハウスの中に人影はなく――カワウソがいた。


ボルドーの丸帽子に金の房飾りをつけ、小さな顔には金縁の眼鏡をかけ、同じく深紅系のベストとズボンを着たカワウソが、漆黒の小さな目で二人をじっと見上げながら、小さな手で書類をてきぱきと分類していた。


(……カワウソだ)


テイラロは紹介した。「こちらはカワ先生。先生、こちらがバイ・ジンクー、そらです」


カワは書類を置き、軽やかに二人の足元へやってくると、直立してそらを見上げて言った。


「一目で水属性の子だとわかる。祭司に測定してもらった?」


「さっきしてきました、主祭司が担当してくれたの!そらは確かに水属性よ」


テイラロはしゃがんで、膨らんだ袋を差し出した。


カワは待ちきれない様子で袋の紐を引くと、中身は小魚の干物でいっぱいだった。

続いて、さらに予想外のことが起きた。カワは仰向けに寝転がって、テイラロが差し出した両手を握り、テイラロが彼を持ち上げてぐるぐると回した。


(……師弟間でこんなに気軽でいいのか?!)


何周か回った後、テイラロがカワを放し、勢いのままにすうっと滑っていった。カワは立ち上がると、小魚の干物を一枚つまんで口の中でもごもごと噛み、飲み込んでから言った。


「まだ新しい学生を受け入れられる。そらくん、私の下で学ぶかね?」


「よろしくお願いします!」


誰でも指導してくれる教授がいれば十分ありがたいのに、おまけに可愛いカワウソとあっては、渡りに船どころではなかった。カワと挨拶を終えてからすぐにテイラロへ振り返った。


「ありがとう!」


テイラロは照れくさそうに微笑んだ。


「カワ先生とたまたま知り合いでよかったわ。そうじゃなければ、あなたに合う指導教授が見つかるか心配だったから。護衛として付いていくけど、正式な学生にはなれないわ。それに、わたしは土属性だから、カワ先生の指導は受けられない」


カワが言った。


「土属性は安定・物質・蓄積を重んじる・堅実さを象徴していて、欠点は現状に固執しすぎて突破が難しいこと。水属性は感情が豊かで直感的な選択をしやすく、欠点は感受性が外部の揺らぎに影響されやすいこと。火属性は炎のように情熱的で積極的だが、衝動的で持続力が弱いこと。風属性は挑戦を好んで自由を追い求めるが、散漫で集中しにくいこと。属性はその元素の魔法しか使えないということではなく、通常は複数の元素が互いに作用し合って魔法になる」


そらは尋ねた。


「ここは日の出の地と夜落の地に分かれているそうですが、それぞれ魔法が違うんですか?」


「魔法を使えるほとんどの生き物が使うのは、自然に根ざした元素魔法だ。日の出の地の民は主に太陽が出ている時に力を蓄え、夜落の地は夜間に月や星に魔力を求める。ただしこれは概念上の話で、昼夜でなければ使えないわけではない」


カワはあごを撫でながら続けた。


「基本的な魔法の概念を教えるよ。それから薬草学と、剣術。剣術はテイラロが教えられる。学院にはたくさんの連続性のない授業がある。学院に来たばかりだから、まず基本魔法・薬草学を主修として、それ以外は聴講で良いと思う」


「単位は足りますか?卒業に間に合わなくなったりしませんか」


テイラロが答えた。「卒業単位の計算は指導教授が握っているから、教授の指示に従えば問題ないわ。平均三年から五年で卒業資格が取れる。どこまで学ぶかは学生自身によるけど」


カワは小さな手のひらを差し出してそらと握手し、子どもっぽい声で言った。


「心配しなくていい。学院が大事にするのは成長だ。数年でとても大きく成長できると思うよ。冒険に出ることも積極的に勧める。それも学分になるから」



ツリーハウスを出てすぐ、そらはテイラロに一気に聞いた。


「先生とどこで知り合ったの?なんでカワウソなの?この世界の動物はみんな喋るの?」


テイラロは彼の反応に笑いながら言った。


「王族護衛になる前にサイフィ学院の授業にちょっと出ていたことがあって、そのときカワ先生の授業を受けたの。王族護衛の資格を早く取りたかったから、学院への正式入学は申請しなかったけど、あなたのことは心配しなくていいわ。わたしたちはラグマン帝国みたいな人間の王国とは違って、学院体制の試験や卒業を必ずしも求めていない。特にサイフィ学院のような貴族向けの学びの場は、実際に何かを学んだかを重視していて、空虚な資格の証明ではないわ。カワ先生が喋れるのは聖獣族だから。第一界には、あなたが知っているような喋れない普通の動物もいるわ。でもある日、何か特別な理由で神から言葉と魔法を与えられた動物は、能言獣になるの。神は大抵彼らの寿命を延ばし、人やエルフに近い姿へ変身できるようにもしてくれる。敬意を込めた呼び方として、能言獣と普通の動物を区別して〝聖獣族〟と呼ぶの。でも気をつけて。聖獣族が魔法を得た理由を気軽に聞かないようにね。失礼だと感じる聖獣族もいるから」


「つまり、この世界には獣人はいないの?」

「それって何?」

「動物が人の形を……いや、なんでもない」


そらは首を振った。


「それじゃ最初はその二つの授業を取る。剣術、本当に教えてもらえる?学んだことがないし、運動神経もめちゃくちゃ悪いから、迷惑かけちゃうかも」


テイラロはにっこり笑った。


「あなたの護衛として国の給料をもらってるんだから、そう思えばいいじゃない。あなたから一方的にもらってるわけじゃないよ」


「わかった、ありがとう!」



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