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トルコ石  作者: 葉櫻
二、吊るされた男
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2-2

ある黒魔法の治療法の研究中、弦羽げんうは特定の書籍が必要になったと言った。その本は王冠学院にある。身分を秘匿する必要から、弦羽げんう本人が借りに行くわけにはいかず、その役目はそらに回ってきた。


テイラロがいつか王冠学院へ連れて行くと言っていたので、そらはそれを口実に頼み込んだ。


王冠学院はアイセンティア王国で最高峰の学術機関だ。入学の最低条件は青血貴族の血統を持つこと、また十六歳までに入学することが望ましいとされている。明確な年齢上限は定められていないが、成人してから入学する例はほとんどない。


サイフィ学院の芸文学部ですら魔法学院への想像を満たしてくれたのに、王冠学院はそれ以上の驚きだった。これが学院と言わなければ、そらはアイセンティア王国の本城だと思い込んでいただろう。王城アメイティスの山間城塞区に聳え立ち、木エルフの王国では四季を問わず緑が溢れるはずなのに、そこだけは赤や黄色の葉を持つ木々に囲まれていて、遠くからでも際立って見えた。


サイフィ学院と比べながら、そらは聞いた。「紅血と青血は、上下の違いなんですか?」


テイラロが答えた。「王族の次に、種族の創始の時から貴族だった青血貴族と、功績で封じられた紅血貴族に分かれるの。どちらも内部でさらに細かく等級があるけど、青血貴族の地位は常に紅血貴族より遥かに高い」


「じゃあ紅血貴族は青血貴族になろうと努力するの?」


「青血貴族は〝血統〟が違う、生まれながらに決まっていること。どんなに頑張っても、紅血貴族や平民が青血貴族に〝なる〟ことはない。血統の純正を保つため、各国の青血貴族は互いに婚姻を結ぶのが普通よ」


「近親婚になって、遺伝病が出やすくなったりしない?」


「エルフは問題ないし、魔族も大丈夫。でも人間はそうなるわ。だから人間の青血貴族の多くは、エルフの青血貴族と婚姻を望む」


王冠学院に通う目的として最も重要なのは、知識を得ることではなく、人脈を作ることだ。地位の低い青血貴族はここで王族や五大名門の後継者たちとの繋がりを築く。テイラロやそらのような「庶民」は、王冠学院の正門をくぐって見学するだけでも条件があった。王冠学院の在校生から招待を受けなければならない。


テイラロは紅血貴族の血筋を持つが、家族が滅ぼされ、元々低位の貴族だったため、王冠学院の基準では平民と変わらない。しかし彼女には幼い頃から交流のある、五大名門出身の友人がいた。貴族の称号を取り戻せたのも、その友人のおかげだという。


五大名門は青血貴族の中でも最も高貴な五つの家族だ。エルフの家族が三つ――学術研究を掌るピエテ家、軍事力を掌るクダ家、農業の命脈を握る花エルフの家族ポナイシュ――人間の家族が二つで、経済を掌るクランシュとアクミリンがある。今日会いに行くのは五大名門の一つ、ピエテ家だ。


テイラロは「ルイーズはいい子だから心配しないで!」と繰り返し言うが、そらの頭の中では礼法の確認が続いていた。とにかく片膝礼をすればいいのだろうか。


入場許可を受けて王冠学院に入ると、サイフィ学院とはまるで違う光景が広がっていた。サイフィ学院は自然の中に溶け込んだ開放的な学習空間が多いのに対し、王冠学院は神経質な完璧主義者が作り上げた豪華な宮殿のようだ。正門を入ると広大な庭園で、整然と刈り込まれた生け垣が中央の池を囲み、視線の先には城塔がある。噴泉と池が切り取る景色は左右完全に対称で、中心点に立てばそれがはっきりわかった。


王冠学院の神廟の前を通ると、金銀で彩られた建物に目が痛くなりそうだった。テイラロによれば、学院の卒業生が寄付金の使い道に困ると神廟に貼り付けるので、初めて訪れた者は強烈な視覚的衝撃を受けるという。壁に飾られた宝石を一つ取るだけで十年分は楽に暮らせる。黄金の葉の飾りをうっかり摘まんでしまいたい衝動をなんとか抑え、そらは精巧な彫刻が施されたコリント式の列柱廊へ意識を向けた。高い柱と門廊のいたるところに、細密で美しい彫刻が施されている。木エルフの基準では植物の少ない空間で、代わりに人の手による芸術品が多い。そらがゆっくりと建築の彫刻を鑑賞できたのは、ここでは学生のそばに護衛・付き添い・従者の一団が常に控えているからだ。傲慢な高位貴族が通り過ぎるたびに、そらとテイラロは立ち止まってお辞儀をし、相手が去るまで待たなければならない。その結果、短い一区間を歩くのに二十分近くかかった。


テイラロが特別に会わせようとしている友人の名はルイーズ・ピエテ、ピエテ家の本流の娘だ。案内役に待合室へ通されてしばらく待つと、灰色の袍を着た木エルフの女の子が迎えに来た。テイラロは紹介した。「こちらはミシア、ルイーズの専属護衛よ。ミシア、こちらが私のご主人のそら!」


五大名門の護衛だけあって、ミシアは淡い金髪に青い瞳で、身分の高さが滲み出ていた。彼女はそらとテイラロを図書館の前まで案内してから、テイラロに言った。「お嬢様がまたご飯を召し上がっていません、説得してください」


テイラロが笑顔で答えた。「それが得意なのはわたしだわ!」


ミシアは図書館には入らず、二人が学習中の貴族たちの間を抜けて図書館の奥の小部屋へ進むと、白金色の髪の女の子が机に突っ伏して眠っていた。王冠学院の制服、薄紫色の袍を着ている。


「ルイーズ?」テイラロが肩を揺すった。


ゆっくり顔を上げた女の子を見て、そらは思った。療養院の患者でさえもう少し顔色がいい。白金色の髪は乱れ、目の下には濃いくまがある。色の薄い唇がわずかに動いた。「テイラロ?」


「わたしよ。すぐにお医者さんを呼んだ方がいいんじゃない?」


数秒の間があってから、ルイーズは言った。「ああ、さっき気を失ったわ」


テイラロは二言も言わずルイーズを抱き上げ、治療室へと駆けた。



高級薬草で煎じた薬汁を飲ませると、ルイーズの顔にやっと少し血の色が戻った。テイラロが野菜スープの入った碗を持ち出し、スプーンをルイーズの手に押し込むと、ルイーズはか細く抵抗した。「食欲がないの」


「食欲があるべきときよ。また何日食べていないの?」

「数えてみる」

「数えなくていい、考えるのも体力を使う。わたしが食べさせてあげるわ」


スープはいい香りがしたが、ルイーズは味のしないものでも噛んでいるような顔だった。ようやくニンジンを一口飲み込んで、そらを見た。「あなたがそら?」


そらが片膝礼をしようとすると、ルイーズは慌てて手を振った。「礼も敬語も要らないから。わたしはルイーズでいい。本を借りに来たの?どんな本?」


テイラロがスプーンを差し出しながら言った。「お腹がいっぱいになってから話しましょう」


「疑問を持ったまま食事すると胃が痛くなる」ルイーズは言った。


最終的にテイラロはルイーズにスープを飲み干させた。ルイーズは強制的に食事を摂りながら、そらから求める本の説明を聞いた。


飲み終わると、ルイーズは眼鏡をかけて書庫へ向かった。書架の間に入った途端、別人のように変わった。眼鏡の奥の湖水色の目が生き生きと輝き始める。もともと聡明そうな目が、本の話になるとまるで湖に石を投げ込んだときのように波紋が広がる。ただ体力が著しく乏しく、密集書庫で梯子に登ろうとしてふらついてしまい、結局テイラロが代わりに取ってきた。テイラロが軽やかに梯子から跳び降りてから言った。「やっぱり一人は付き添いを置いた方がいいわ」


「外出するときは連れて行くわ。学院の中は安全だから」

「学院内でも油断禁物よ!内輪もめが多いんじゃないの?」

「わたしには関係ない。さあ、この本を読みましょう」

「ルイーズ」テイラロが説教口調で言った。「ミシアはプレッシャーを与えないって言ったでしょう?なら常そばに置いて守ってもらいなさい!」

ルイーズは不満そうに言った。「彼女がいると礼儀を守らなきゃいけなくて疲れるの。あなたともゆっくり話せないし。早く本を読みましょう!」


テイラロが取ってきた本は、普通の本の四から六倍の大きさで、厚さも百科事典並みだった。黄褐色の革の表紙に、暗紅色の文字が書かれている。体格の良いテイラロが片手で持てる本だが、そらが受け取ると両腕で抱えてやっと落とさずに済む程度だった。


テイラロは本を持ち直した。


ルイーズが言った。「この本は外部への貸し出しはできないの。閲覧は書庫内のみで」


そらは言った。「では書き写してもいいですか?」

「一度に十ページまで」


体内の翻訳魔法は古典の言語には対応していないため、ルイーズが棚から石を取り出した。緑色の三角形の鉱石に鏡片が嵌め込まれていて、磨き上げられた石の表面は触れるとひんやり滑らかだった。


「これは閲読石よ。レンズの種類によって、異なる言語の文字を翻訳できる。この閲読石は十八の言語に対応していて、翻訳の精度もかなり高い」ルイーズが使い方を見せてくれた。


テイラロが心配そうに言った。「閲読石で文献を読むのはとても目が疲れる。視力、また悪くなったんじゃない?」

「そんな簡単に目は悪くならないわ」ルイーズは言った。


閲読石の使い方は、虫眼鏡で一字一字たどって読むようなもので、なるほど目が疲れそうだ。そらが閲読石と格闘しているのを見て、テイラロが代わりに申し出た。彼女は外国語をいくつか学んでいるので操作がずっと楽だ。しかし書き写しながら表情がどんどん奇妙になり、やがて手を止めてルイーズに聞いた。「これは影の書?」


「そうよ」

「本当の影の書?」

「ええ。千種の動物の皮を剥いで作った千皮の書衣、血で練った墨、砕いた骨……」


テイラロはそらに向き直って言った。「影の書は黒魔法使いの記録帳よ。ほとんどの黒魔法使いは自分が編み出した呪文を影の書に記録する。あなたの友人は何のためにこんな本が必要なの?」


「学術研究のためだよ。悪いことには使わない」


ルイーズが言った。「世間の黒魔法への誤解は深すぎる。一度黒魔法の呪文を知ると、それは永遠に心の中に刻まれてしまうけど、翻訳されたものを読むぶんには問題ない。黒魔法の研究が難しい理由の一つはそれで、素材を見つけること自体が難しい上に、原文を直接読めないし、閲読石を通さなければならない。いい閲読石は非常に稀少よ」


テイラロが言った。「黒魔法には触らないに越したことはないわ」


ルイーズが言った。「安心して。この本は完全に禁じられているわけじゃない。著者の二人は黒魔法の被害研究を専門とした黒魔法使いの夫婦で、意図的に本の中に呪文を一切書いていないの。あまりにも貴重な本だから書庫で保管しているのよ」


テイラロが言った。「モンカヨの魔法使いご夫婦?」

「知ってるの!そうよ、お二人のものよ」


テイラロはそらに言った。「モンカヨの魔法使いは夫婦の黒魔法使いで、黒魔法使いの中でも有名な善人。時々黒魔法で頼み事を受けて少し手伝ったりして、年老いてから山に引きこもったの」


ルイーズが言った。「そんな善人のお二人が作った本だから、安全よ」


テイラロは慎重にページをめくりながら言った。「こんなに貴重な本を直接持ち出していいの?」


「本は使われてこそ存在に意味があるわ。飾り棚に奉ったって本の意味がなくなる。うちの家族が最近新しい修復技術を開発して、うっかり傷めても大丈夫、新しい糊の配合が……」


ノックの音がして、ドアから顔を出したのはミシアだった。まだ家族の技術の宣伝を続けたそうなルイーズに彼女は言った。「お嬢様、ロスリン様がいらっしゃっています」


ルイーズの顔が一瞬で晴れから曇りに変わった。テイラロに向き直って、泣き出しそうな顔で訴えた。「一緒に来てくれない?」


「わたしたちはここの学生じゃないし……」

「お願い、一人で向き合いたくない!」

「ミシアと一緒に行けばいいじゃない」

「あの子は笑いをこらえるだけで何もしてくれないの!」


ルイーズに頼み込まれる形で、テイラロとそらも王冠学院の会議室へと向かった。


いくつかの廊下と門廊を抜け、学院の奥深くへ進んだ。


部屋の中は薄暗く、各座席に一つずつ立て燈が置かれていた。正面の暖炉では黄金色の炎が揺れている。いわゆる不死の火だ。サイフィ学院のいくつかの空間にも不死炉があるが、王冠学院では普通の討議室にさえ設置されているとは。四季温暖なアイセンティアで室内に暖炉が必要なはずがなく、この設置は特定の儀式のためのものだ。暖炉の上方には絵が飾られていて、サイフィ神が希望の樹の枝を手に持ち、右上を穏やかに見つめて微笑んでいる。


部屋の椅子は半円形に並び、四人の貴族の女の子が行儀よく腰掛けていた。ルイーズと同じ薄紫色の制服袍を着て、その下に着るスカートはルイーズより遥かに華やかで、ふわふわした袖やフリルを肘掛け椅子に収めるのに一苦労しそうだ。彼女たちは前方に掛けられたサイフィ女神の絵画に向かって話していたが、人が入ってきたと気づくや一斉にこちらを向いた。


うちの三人がさっさと立ち上がって出ていった。その離席はいくらか傷つくものがあったが、おかげで部屋の中をゆっくり見回す勇気が生まれた。


部屋には彼ら三人と、まだ座ったままの見知らぬ人間の女の子、そして遠く離れた角の影の中に佇む灰衣の人物がいた。


高位貴族の前では先に口を開くことが許されないので、そらとテイラロは礼をしてからルイーズの紹介を待った。しかしルイーズはなかなか口を開かない。横を見ると、顔色が青白くなっていた。おそらく緊張で声が出ないのだろう。


赤い宝石の髪飾りをつけた金髪の人間の貴族の女の子が言った。「ルイーズ、わたしとのアフタヌーンティーが嫌いなの?」


テイラロが背後からルイーズをつつくと、ルイーズはようやく正気に戻って言った。「ち、違う……そんなことはないわ!すごく好きよ!」


「じゃあなぜいつも約束を破るの?」


「少し忙しかったし、新しい本が入ったり、用事があって、その」


「本に書衣をかけることがわたしより大事なの?」


「そういうつもりじゃなくて」


「冗談よ。あなたを呼んだのはパンフィロがどうしても会いたがっていたから。今お茶菓子を取りに行っているから、もう少ししたら戻ってくるわ」赤い宝石の女の子はそらに目を向けて言った。「その子は新しい従者?」


ルイーズはか細く言った。「二人ともサイフィ学院の学生なの」


「この子、貴族には見えないけど」


「彼は、その、特別な……特別な……」


「護衛、あなたの主人は誰?」赤い宝石の女の子は直接テイラロに聞いた。


テイラロは再び礼をしてから答えた。「こちらが私のご主人です」


「どうしてアイセンティアの人ではないような感じがするの?」


「私のご主人は第二界から参りました」


赤い宝石の女の子は腐りかけた食べ物を見るような表情を浮かべて言った。「そんな人を連れ込んだの?」


ルイーズが言った。「リシシュカ、この二人はわたしが招待した客よ」


声の調子は確かに毅然としていたが、目はひどく泳いでいて、リシシュカの目を直視できないでいた。


リシシュカはルイーズに言った。「わたしがあなたの客を侮辱したと言いたいの?」


ルイーズが何か言う前に、扉が開いた。入ってきたのはボタン付きシャツと硬い布のズボンを着た二十歳くらいの人間の男性で、茶色い髪を後ろで束ねている。ティーポット、茶碗、菓子皿を乗せたトレイを持って両手がふさがっており、足で扉を閉めるほかなかった。


リシシュカは視線をそちらへ向け、微笑んで言った。「パンフィロ、会いたがっていたピエテ様が来てくださったわ」


あわただしいパンフィロが叫んだ。「ラウン、来て手伝ってくれ」


リシシュカが言った。「ラウンを休ませてあげて。男性なのに、ご婦人方へのお茶の準備もできないの?」


パンフィロは荷物をテーブルに置いてからようやくルイーズに礼をした。「ピエテ様、リシシュカ様が本の解説をしていただけると言っていたので」


ルイーズが眉をひそめるのを見逃さなかったリシシュカが言った。「ごめんね、ルイーズ、あなたもこの子が面倒だと思っているでしょう?学院に立入禁止の命令を出してもらいましょうか」


パンフィロはルイーズよりも表情を隠すのが下手で、その知らせを聞いて天が崩れ落ちたような顔をした。


ルイーズが言った。「用事があるから」

「何の用事?」

「客にある本を書き写させるの、客が来るまでの時間は少し残っているから、その前に少し書いておきたくて」


パンフィロが取り入るような笑顔で言った。「お手伝いします」


ルイーズが言った。「ラウンを貸してくださるなら、とても助かるのですが」


パンフィロはすぐに角の灰衣の人物に言った。「ラウン!」


ラウンが影から歩み出た。そらと同じくらいか、もう少し年下に見える少年だった。灰色の袍の下には緩いシャツが見え、体つきはやや細く、背もそれほど高くない。黒髪に黒い瞳、一重まぶたと牛乳のように白い肌で、柔く壊れやすそうに見える。薄い唇は、生まれつき微笑むためにあるかのようだった。主従ともに人間だ。


ラウンを「借りた」ルイーズは五大名門の貴族としての威厳を取り戻し、冷淡に一同へ別れを告げてから、ラウンとテイラロ・そらを連れて書庫へ戻った。


部屋に戻ってから、ルイーズの貴族らしい仮面が崩れた。今にも泣きそうな顔で言った。「怖かったでしょう!わたし本当に苦手なの、あの人」


テイラロが言った。「彼女を怖がらなくていいわよ、ピエテ家の人でしょう!」


ルイーズはそらに言った。「さっきのリシシュカ・ロスリンは王冠学院の風紀委員長なの。何度か助けてもらったこともあるんだけど、わたしも規則違反をしてきたから、見つかったら大変なことになる」


テイラロはラウンを見て言った。「特別に連れてきたということは、相当の能力の持ち主なのね」


ルイーズが言った。「パンフィロとラウンは夜落の地の出身よ」


「私のご主人はコーツタン帝国のファンザ家の出身です」ラウンが礼をした。


ルイーズが紹介した。「こちらはテイラロ、こちらはそら。こちらはラウン。ここでは礼は要らないわ、気楽に話して」


ラウンは笑顔で挨拶してから、そらとテイラロの間で目を行き来させて聞いた。「お二人は恋人同士ですか?」


そらとテイラロは声を揃えて言った。「違います!」


ラウンは言った。「仲がいいんですね」


ルイーズが言った。「今日来た二人はある影の書の内容を書き写したくて、あなたは古文を読めるから手伝ってあげてくれる?」


ラウンが大きな目をさらに大きく見開いた。「影の書ですか?」


ルイーズが言った。「大丈夫、邪悪じゃないものよ」


ラウンはにっこり笑って言った。「書物と知識を管理する家族の方に、本のことで右に出る方はいませんね」


ルイーズが言った。「敬語は使わないで、ああ、あの人たちのことを考えると頭が痛い」


ラウンが言った。「私のご主人のように、すぐに距離を縮めようとする方のことですか?」


ルイーズが言った。「外国からの客人が特別に私を訪ねてくるのは、ほとんどうちの家族を当てにしているから。でもわたしには実権がないの。図書館の司書になりたいだけで、最大の夢は自分の図書館を建てること。人間じゃないから十数歳で結婚することもない。何度会っても意味はない、友達になりたいかどうかは一目でわかる。せめて〝様〟付けは止めてほしい。これ以上プレッシャーを抱えたくない」


テイラロがラウンに向いて言った。「でも、ファンザ家は以前コーツタンの王族じゃないの?礼儀は保たないと」


ラウンが訂正した。「"元"王族です。それに私は貴族の出身ではなく、引き取ってもらった孤児ですから、貴族の方々を敬称でお呼びするのは当然のことです。ただルイーズお姉さんがお嫌いなので、それに従います」


ルイーズはテイラロに微笑んで言った。「ラウンはとてもいい子なの。書き写しの作業はお任せして」


ルイーズがテイラロを新しい制服の小物を見せたいと言い始め、そらは進んで「残って書き写しを手伝います」と言った。女の子二人だけの時間を邪魔したくないという気持ちも半分あった。


実際のところ、そらはラウンに特に役立つことができず、ただ傍に座っているだけだった。


ラウンが書き写しながら、ふと口を開いた。「この本が必要なのはあなたですか?」


そらは慌てて首を横に振った。「敬語は使わなくていいよ、僕は生まれも育ちも完全に平民で、貴族とは一切関係ない」


「でも精靈の貴族が護衛についているじゃないですか」


そらは公式の説明通り、悪意ある黒魔法を感知されたため「救援」として連れて来られたと説明した。


聞き終わってラウンは、人の緊張をほぐすような笑顔を見せて言った。「似ているな、と思いました。僕も以前は貴族と全く縁のない孤児でしたが、ある方に連れていかれて人生が変わりました」


「主人は王子様?」


「いいえ、今の私の直接の主人は、パンフィロ様のお父上で、先王の弟君です。できました、こちらが必要な部分です」


ラウンの書き写しの速さはそらの約十倍だった。そらは感謝して言った。「ありがとう、本当に助かったよ」


「では一つお願いがあって。サイフィ学院を見学したいんですが、案内してもらえますか?」


「いいけど、主人が大丈夫かな?」


「主人は友人を作り、環境に慣れることを望んでいます。王冠学院では自由に動けませんが、サイフィ学院にはそういった制約がないと聞いたので」


ラウンの笑顔を見ていると、急にかわいい弟が一人増えた気分になった。



ラウンと一緒にサイフィ学院に戻ってくると、王冠学院の圧迫感がようやく消えた。ラウンが人間であることで気が楽になる部分もあるし、見た目も無害で、貴族でもない。彼と一緒に歩いていると自然と肩の力が抜けた。


工学部の前を通ったとき、ラウンが足を止めてじっと見つめた。「僕はコーツタン帝国の出身で、あの国の主な輸出品は交通手段です。特に有名なのは飛船と船。子どもの頃は海辺の街に生まれて、毎日コーツタンの旗を掲げた大きな船が入港するのを見ていました。船から降りてくる大人たちはいつもわたしたちに手を振ってくれて、子どもたちはその光景が大好きでした。第二界のことを本で読んだんですが、あちらは科技で魔法の代わりをするって書いてあった。科技って何ですか?」


「機械の部分は似ているかもしれない。違うのはエネルギー源で、そちらは魔法で歯車を回すところを、こちらでは電気を使う。でも発電が環境を汚染するのが、自然の魔法との一番大きな違いだ」


「どんな汚染ですか?」


そらは少し考えてから言った。「こちらへ来てから、以前は空気の中で埃を吸っていたんだなって初めてわかった。今は感覚がずっと鋭くなって、花の香りや木の匂いがはっきりわかる。聴覚も良くなった」


「家族や友人が恋しくないですか?」


「学校では空気のような存在だったから、卒業してから連絡を取り続けた友人はいない。家族は……」そらはとっさに口をつぐんだ。


ラウンは察して言った。「孤児の前で家族の悪口を言いにくい、ということですか?大丈夫です。色々な家族を見てきて、孤児でよかったと思うことも多いから」


「うちはそこまでひどくはないよ。ただ母は厳しいタイプで、少し間違えるだけで大声で怒鳴ってくる。何もできないわけでもないのに、いつも怒られていた」


「それはつらいですね」


「妹とも仲がいいとは言えない。でも僕の料理は好きでいてくれた」


「料理が趣味なんですか?」


「うん。母が夜遅くまで仕事だったから、夜ごはんはいつも僕が妹のために作って、母の分を取り置いて、翌日の昼のお弁当も作っていた。毎日同じものだと嫌がられるから料理のレシピを調べるようになって、ちょっとした得意なことになった」


「すごい才能だ!」


そらは照れ笑いして言った。「今は友人に料理できるのが嬉しいんだ」


学院の話になったとき、ラウンは言った。「リエントラヤ神廟を見学させてもらえませんか?」


「その名前を知ってるの!」


「僕の国はデュメズ神、つまり死神を主に信仰しています。デュメズ神の他に、子どもの頃神話を読んでいて一番好きだったのがサイフィ神でした。母親のように、神にも凡人にも同じように優しくて、世界を救うために自らを犠牲にするほどの方。聖女リエントラヤが朝聖の道を歩いて光の杖を持ち帰ったこと、イソン王子と共に本当の英雄です」


大歓迎で、そらはすぐにラウンをリエントラヤ神廟へ連れていった。神廟の外観を見てラウンが言った。「王冠学院の金ぴかな神廟より、こちらの方がずっといい。本当に自然の女神がいらっしゃる場所のような気がします」


「僕もそう思う!規模は小さいけど、王城の四季神廟より、ここの方が神廟らしい雰囲気がある」


神廟に入ると、ラウンはサイフィ神像に向かって正式なひれ伏し礼をした。立ち上がってからそらが思わず聞いた。「他の神を拝んで、デュメズ神が怒ったりしない?」


「デュメズ神はそんな小さなことを気にしない。信徒が他の神を拝むことも喜んで許してくださる。他の神と特別に仲が悪いわけでもないし」


「死神というとどこか冷たい印象があったけど、デュメズ神は違うみたいね」


「生死を見慣れているからこそ、デュメズ神は他の神よりも凡間の命の重みを大切にしているんだと思います」


リエントラヤの記憶の中でも、それははっきり見えた。凡人を守るために手を動かしたのはデュメズ神だけだった。記憶の中のデュメズ神の姿は小さな女の子だったけれど、その行動は他のどの神よりも成熟していた。


「幼い頃は祭司になるつもりでした」ラウンが言った。「でも剣術がうまくて、主人が若いうちから育てたかったということで、ファンザ家に引き取られました。小さい頃に祭司の仕事を少し引き受けた縁からか、デュメズ神が時々夢の中で神諭を授けてくださることがあります」


脇殿へ歩いていくと、像の実物を見てラウンは少し残念そうに言った。「やはり聖女の像は顔が見えませんね」


「聖女のことがそんなにも議論を呼ぶ理由を知ってる?」


「色々な説がありますが、僕が信じているのは、聖女は夜落の地の出身の人間だったという説です」


そらが得心がいったような顔をすると、ラウンは言った。「おかしくないと思いますか?敵の側にいた人が、日の出の地を助けるために来た」


「同じ国の中にも違う声があるのに、単純に夜落の地と日の出の地の二つに分けて敵味方にするのは乱暴すぎる。あなたのように、相手方を排斥しない人だって絶対にいる」


「でもほとんどの人はそれを受け入れられない。だから聖女そのものが捏造だとまで言われる。あれほどの戦争に参加した魔族や精靈がまだ生きているのに、真実を知らないはずがない。本当におかしな話です」


「僕もそこが不思議で。でもそういう話を振っても、誰もきちんと答えてくれない。テイラロも多くは語らないし」


「政治と宗教は複雑すぎるから。外国人の僕だから気軽に話せるのかもしれないですね。サイフィ神の祭司は占卜が得意と聞いたのですが、機会があればお願いできるでしょうか」


「知り合いの祭司がいるから、少し待って」


リアは境内の庭の掃き掃除をしていた。現役の祭司の中で最年少で、主祭司になっても中央から仕事が来るときは先輩の祭司が優先され、掃除や整理整頓などは彼女に回ってくることが多い。境内の外周にいる時間が長いので、見つけることは難しくない。


そらはリアに言った。「リア、こちらは友人のラウン。占卜をお願いできる?」


リアはラウンをじっくりと見て、彼女と同じ黒髪の上で視線を少し止めてから、答えた。「いいわ」


許可をもらったラウンの目が輝いて、祈祷室へついて行くなり、リアが花を押した占卜用のカードを取り出すのを目を凝らして見ながら聞いた。「花草相卡ですね?」


リアが答えた。「そう」


そらが手を挙げた。「花草相卡って何?」


リアが言った。「サイフィ神とフロラ神の祭司の占卜は、自作の花草相卡を使うの。全員手作りだから、祭司ごとに違う個性がある。わたしが得意なのは旅に関する占卜よ」


ラウンはすぐに言った。「まさに旅について聞きたかったんです」


「旅がうまくいくかどうか?」

「はい」

「いつ出発する予定?」

「未定です、できるだけ早く」

「三ヶ月以内の未来の方が精度が高い。時間が延びると未知の要素が増えて」

「では三ヶ月以内の未来を見てください。よろしくお願いします」


リアが牌を切り混ぜ、ラウンに山を切らせてから、柔らかい絹布の上に扇形に広げた。


リアの指示に従ってラウンが七枚引いて牌陣を並べると、リアは一枚ずつ裏返しながら、少し眉をひそめた。


人差し指で中央の十字形に置かれた二枚の牌を示して言った。「一枚目が現状、二枚目が障害、右が表の意識、左が潜在意識。最後の三枚は過去・現在・近い未来。まず現状はグラジオラス。あなたは一人で何かを決めて行動しようとしている、おそらく旅についてで、誰かと相談することなく、口に出せない理由がある。障害はアザミ。個人の問題ではなく、重大な事柄に関わっている。家族、あるいはそれより大きな何かかもしれない」


ファンザ家の権力争いのことだろうか。そらはなるべくラウンの顔を見ないようにした。


リアが続けた。「三枚目は表の意識、ヒナギクは忠義の意味。特に主への忠誠心。四枚目は潜在意識、デンドロビウム。同じく忠義の意味を持ち、さらに勇気を持って求め続けること、見返りを求めない、無言の愛。表の意識も潜在意識も、あなたはすでに奉仕する覚悟ができている。画一的な服従ではなく、心の底からすすんで捧げようとしている」


ラウンは黙って聞いていた。リアは右に並んだ三枚の牌に手を伸ばした。「過去・現在・近い未来。過去はクチナシ、子どものように純粋で無邪気な感情。現在はポプラ、未知への恐怖に向き合っている。そして最も大切な未来、マリーゴールド」


リアはそこで口を止めた。ラウンは静かに聞いた。「マリーゴールドは何を意味しますか」


「別れ。この旅の後、あなたは戻るつもりがある?」


「わかりません」


「あまり深刻に考えなくていいわ。占卜は神諭ではない。今のあなたの行動が引き寄せる未来を映しているだけ。一つの要素を変えれば、結果も変わる可能性がある。もう一枚、助言の牌を引いてみて」


ラウンはもう一枚引いて、リアに丁寧に差し出した。


リアは迷いなく言った。「同伴者が必要。さっきから何度も出ているように、あなたは単独行動で、誰にも計画を話さず、誰にも助けを求めない。それがあなたの失敗を招く。アイビーは友情の象徴。助けたいと思う人への忠義と同じように、あなたを支えてくれる友人もいる。見つかる」


ラウンはぽつりと言った。「そういう人は近くにいません」

「まだ気づいていないか、まだ出会っていないだけ」


ラウンはようやく笑顔を取り戻した。「では神が友人を授けてくださることを待ちます」


リアは真剣な顔で言った。「もう一つ、プライバシーに関わることがあるけど、二人きりの方がいい?」


ラウンが言った。「そのまま話してください」


「デンドロビウムは父親を象徴する花。あなたが踏み出そうとしている旅は、父親と関係がある?」


ラウンが笑って言った。「僕は孤児です」


「血縁上の父親でなくても、あなたにとって父親のような人、そういう人がいる?」


ラウンは少し黙ってから、笑顔を作り直して言った。「さすが主祭司ですね。おっしゃる通りです。友人を探しにいかないと」


「水属性の友人を見つけるといい」


そらは手を挙げた。「僕が水属性です」


リアが言った。「わたしも水属性よ。木エルフはほとんど水か土だから、そんなに難しくはない。総合的に見ると、あなたはすでにこの旅に踏み出す決意をしていて、一人で動こうとしているけど、同伴者がいれば成功率が大きく上がる」


ラウンは深く礼をして言った。「ありがとうございます。お礼に何か差し上げてもいいですか?」


リアはちらりとそらを見てから目を逸らして言った。「要らないわ。隣のその人が事ある毎にクッキーやケーキを送ってくるから、これ以上もらったら祭司全員が一回り太ってしまう」


そらが気まずそうに言った。「暇があるとクッキーを焼くので、余ったら知り合いに配っています」


リアはラウンに言った。「結果だけ言えば、旅に出るのは勧めない。でもこの牌面を見ると、どう言っても聞かないくらい決意が強い」


ラウンが頷いた。「はい」

「なら水の属性のものを身につけていって」

「ありがとうございます」

リアは頷いた。



リアの占卜を受けた後、ラウンの顔はどこかおかしくなって、まだ用事があるからとそそくさと別れを告げ、また王冠学院で会いましょうと言って去っていった。


他人のプライバシーには踏み込みたくない。でも、ラウンが言っていた「旅」という言葉が、そらにはどうしても気になった。


ラウンにはいったい何の重要な用事があるのか。その危険の度合いは、冷静なリアでさえ眉をひそめるほどのものだというのに。

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