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トルコ石  作者: 葉櫻
十一、運命の輪
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118/119

12-9

「あの日から、その男とは会ってないの?」空(そら)は尋ねた。


サロメは答えた。「はい、どこへ行くとも言ってませんでした」


「その七弦琴、貸してもらってもいいかな?」


七弦琴を受け取ると、空(そら)は、サロメの名前の上に刻まれたあの一行の文字を指でなぞった。


それはラファ文字だった。書かれていたのは、ルイーズが「美しい」と言って空(そら)に教えてくれた言葉、「墜恋(ついれん)」。ラファ文字の体系の中でも、月魔族特有の用語で、ある対象や物事への強烈な執着を指す、きわめて重く、どこか狂気を帯びた言葉だった。


今代の月魔族の魔王が即位してから、月魔族は他の魔族の支族からの呼びかけにあまり応じなくなっていた。だが、反戦というわけでもなく、時には気まぐれのように侵略戦に加わることもあった。ちょうど今回、チェイモンド王国が直面している危機のように。月魔族の魔王は、少し前に帰国し、自ら戦の指揮を執っているという。


任務を計画した当初、最悪の場合は、直接月魔族の宮廷へ忍び込んで、花精霊をこっそり連れ出さなければならないかもしれないと想定していた。だから出発前、空(そら)はルイーズに頼んで、今の月魔族宮廷の情勢について、急いで教え込んでもらっていた。あのとき、ルイーズは熱を込めて語っていた。この魔王は、研究対象として非常に興味深い人物だ、と。月魔族特有の、気まぐれで予測不能な性質を、極限まで体現していて、自分が望むものであれば、たとえ国益を損なう決断であっても、迷わず実行してしまう。貴族への支配力も極めて強く、戦時中にあの貴族たちが、のんびり極北鎮をぶらついている余裕などあるはずがない。もしかしたら、あの男も、情勢を探るために遣わされた者なのかもしれない。だが空(そら)は、ルイーズが最後に強調していたことを思い出した。「一番特別なのは、魔王が音楽をとても好んでいることです。特に、人が歌うのを聴くのが好きで、世界じゅうから吟遊詩人や詠唱者を広く募っていて、彼らをとても丁重にもてなしています。彼は、音楽家を殺したことが一度もありません。たとえ面と向かって罵られても、その者を国から追放するだけなんです」


もし、サロメの歌声に本当に心を奪われたのが月魔族の魔王なのだとしたら――空(そら)の頭の中で、一つの大胆な計画が形を成していった。


彼はサロメに言った。「あの男は、おそらく月魔族の重要な貴族だ。極北鎮に来たのは、たぶんここの情報を確かめるためだったんだろう。でも、あんなに長く留まって、何度も君に会いに来たってことは、君の歌声に恋をしてしまったんだと思う。それなら、どうして極北鎮がまだ攻め込まれていないのかも説明がつく」


サロメは驚いて言った。「わたしが、ただ極北鎮のみんなが無事でいてほしいって言っただけで?」


「月魔族のやり方からすると、十分あり得ることだよ。僕が考えているのは、かなり危険な計画なんだ。その人の君への想いが、国の大きな決断を覆せるほどのものなのかは分からない。でも、君の話を聞く限り、可能性はあると思う。月魔族の宮廷は、興味を失った歌い手には、国外へ追放するだけで済ませてる。君を傷つけることはないはずだ」


「でも、大兄ちゃんのほうが危険だよ」


「僕のことは心配しなくていい。これは僕が負うべき責任だから」マリリンは、彼女自身の青血貴族としての名義で、チェイモンド王国を助けているにすぎず、アイセンティア王国の正式な立場を代表しているわけではない。空(そら)が月魔族の王国へ赴いても、アイセンティアの使者として情勢を探る名目があれば、無謀に命を投げ出すことにはならない。


月魔族のやり方を知ったサロメは、きっぱりと言った。「もしわたしの歌で戦争を止められるなら、何曲でも歌うわ」


空(そら)は少し胸が痛んだが、今まさに包囲戦の只中にいるマリリンのことを思うと、無駄にできる時間はなかった。


船便を探しても、当然ながら、月魔族の首都フマロンへ向かうことを引き受けてくれる船は一つもなかった。


「自分から敵国に飛び込むなんて、死にに行くようなものだろう!」


船主にそう言われ、空(そら)は言葉を返せなかった。だが、十分な報酬を渡すと、船主は、金さえもらえれば何でもやるという船員の一団なら、この大金の前には出航を引き受けるだろうと教えてくれた。「でも、吟遊詩人なんて、とっくに逃げ出しちまったよ!吟遊詩人がいなきゃ、あの海域は越えられない」


空(そら)の手を握りながら、サロメは言った。「わたしは詠唱術の訓練を受けてます。詠唱者としてはまだ足りないかもしれないけど、吟遊詩人としてなら務まります」


船主は咥えていた煙草を外し、地面に落として踏み潰して言った。「お前ら、死にに行くようなもんだぞ」



空(そら)とサロメを乗せて出航したのは、中型の商船だった。


よく見れば、それは実際には海賊船で、商船のふりをしているだけだと分かる。


狡猾そうな人相の船員たちを前に、サロメは明らかにひるんでいた。空(そら)は彼女を背後に庇い、船員たちに言った。「フマロンに着いたら、アイセンティアの者が迎えに来る。そのとき、十倍の報酬を払う。条件は、僕の妹を傷つけたり、怖がらせたりしないことだ」


彼はサロメのことを直接「妹」と呼んだ。こうして自分の紅血貴族の証を示すことで、船員たちに、サロメにもアイセンティア貴族の血が流れているのだと思わせ、おいそれと手を出せないようにしたのだ。


船員たちが引き下がると、空(そら)はサロメに言った。「この間、できるだけ僕のそばにいてもらえるかな。できる限りのことをして君を守るから。こんな大きな危険を背負わせて、本当にごめん」


サロメの怯えた表情が、少しだけ和らいだ。空(そら)はティラミスを彼女に抱かせて言った。「この子にも、君のそばで守ってもらおう。可愛い見た目だけど、ライオンやトラだって怯えるくらいの凶暴な獣なんだよ」


「とても大人しそうに見えるけど」


「君には、この子を手なずける力があるからね」


船の上の暮らしは、快適さとはほど遠いものだった。空(そら)は出資者なので、力仕事をする必要はなかったが、常にサロメがいじめられていないか気を配っていなければならず、それに加えて、荒れ狂う波にも弱かったので、すっかり元気をなくしていた。


だが、海が荒れたとき、サロメが七弦琴をつまびきながら歌うと、空(そら)は、波が本当に穏やかになっていくのをはっきりと感じ取れた。彼の船酔いも、大きく和らいだ。これこそが、吟遊詩人の重要な役割なのだ。サロメの力を目の当たりにしてから、船員たちも、彼女に少しずつ敬意を払うようになっていった。


「練習は、どんな調子?」七弦琴の指使いを練習しているサロメを見て、空(そら)は尋ねた。


サロメは言った。「だんだん滑らかになってきました。自分の歌を書いてみたいです」


「詠唱者が自分の歌を持つのは、確かに良いことだよ。自分が一番慣れた力を使えるから」


サロメは少し弱々しい微笑みを浮かべた。空(そら)は尋ねた。「大丈夫?」


「少し怖い気がします。大兄ちゃんは、どうしてそんなに勇敢になれたんですか?」


空(そら)はサロメの隣に腰を下ろして言った。「最初は、僕もすごく怖かったよ。そばにいてくれる人が、前へ進む背中を押してくれたから、だんだん、それほど怖くなくなったんだ。君をまた別の危険に巻き込んでしまって、ごめんね。できる限りの力で、君を守るから」


サロメはしばらく考えてから尋ねた。「大兄ちゃんには、お父さんとお母さんがいるんですよね?」


「妹も一人いる。君より少し年上だよ。でも、彼らとの関係は、あまり良くなかったんだ。どう言えばいいかな……複雑でね。僕が思うに、本当の『家族』っていうのは、お互いを守り合いたいと思う人たちで作られるもので、血の繋がりで作られるものじゃないんだ」


サロメは大きな目を見開いて言った。「でも、みんなが考える家族って、血の繋がりが前提じゃないんですか?」


「だから、僕はよく孤独を感じてたんだ。君も、そう感じることがある?」


サロメは突然泣き出した。涙が糸の切れた真珠のように、止めどなく落ちていく。空(そら)は慌ててハンカチを取り出した。サロメは小さな顔を拭いながら言った。「お母さんとお父さんは、もうこの世にいないんだろうなって分かってます。もし本当にそれをこの目で見たら、きっともっと辛くなると思う。それでも、二人を見つけたいんです。見つけたあとで、やっぱり自分は一人きりなんだって分かったら、どうすればいいんだろう」


「それなら、僕が君のお兄ちゃんになろうか?」


「いいんですか?」


空(そら)はサロメに手を差し伸べて言った。「僕が君のお兄ちゃんになる。これから先、何が起きても、君は僕を頼っていいんだよ」


「でも、どうして、わたしにこんなに優しくしてくれるんですか?」


「君が、昔の僕に似てるからだよ。でも、君は、あの頃の僕よりずっと勇敢だ。尊敬するよ。僕は、生まれつき完璧な家族を持っていたわけじゃないけど、今の僕には、誰かを幸せにする力がある。その力を、大切にしたいんだ。僕の妹に、なってくれる?」


サロメはためらい、空(そら)の瞳を見つめたあと、その小さな手を、彼の手の上にそっと重ねた。


二人の関係が変わったことで、船上の暮らしは、少し安心できるものになった。サロメはいっそう空(そら)にぴったりとくっつくようになり、その顔に浮かぶ笑顔も、次第に安心感を帯びていった。


ある夜、怒号と乱闘の音に空(そら)は目を覚まし、すぐさま飛び起きて携行していた軽い荷物を掴み、まだ眠たげなサロメを抱き上げて走った。


襲ってきたのは、混乱に乗じて一儲けを狙う海賊たちだった。彼らは船員たちと戦いを始め、空(そら)は形勢が不利だと見て、すぐさまサロメとティラミスを抱えて海へ飛び込んだ。


幸運にも木の板を一枚掴むことができ、サロメとティラミスを乗せると、空(そら)はさらに近くにあった細い板を拾い上げ、櫂の代わりにして、燃え盛る船から必死に漕ぎ離れた。


サロメはすっかり怯え、全身が濡れて冷え切り、唇を震わせて言葉も出なかった。空(そら)は比較的乾いていた自分の肌着を脱いで彼女に着せ、絶えず慰め続けた。


あの船員たちは……できるだけ多くの者が逃げ延びることを願うしかない。決して善人とは言えない者たちだったが、それでも、空(そら)とサロメに対しては、それほどひどい扱いをしなかった。


肝を冷やす一夜を越え、ようやく朝の光が降りる頃、彼らは一艘の商船に救い上げられた。海賊が猖獗を極めているという話を聞いていたうえ、二人がまだ幼く見えたこともあって、商船の人々は親切にも、二人を便乗させてくれた。


翌日、商船はフマロンの港に入港した。

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