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トルコ石  作者: 葉櫻
十一、運命の輪
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119/119

12-10

城内に、美しい声を持つ人間の少女歌手が現れたという噂は、弦羽(げんう)が遣わした者たちによって広められ、音楽速報の左下の小さな枠を占めるまでになった。フマロンは音楽家たちの楽園で、あちこちに楽器を売る店があり、数多くの演奏の場もある。この活気あふれる都市では、戦争の気配など、まるで感じ取れない。チェイモンド王国とは、天と地ほどの違いだった。


月魔族式の普段着に着替えた空(そら)は、音楽酒場の入り口で待っていた。やがて、冷たい気配をまとう、黒い大外套を着た背の高い男が現れた。空(そら)は礼をし、彼のために扉を引き開けた。


酒場のステージでは、真っ白なニットワンピースに身を包んだサロメが、高い椅子に腰かけ、「雪だるまさん」という曲を歌っていた。


「親愛なる雪だるまさん、灼ける陽が来る前に、嵐が降る前に。言葉を持たない雪だるまさん、あなたのために歌わせて。いつまでもそばで見守るけれど、いつかは雪解け水になる。それでも、親愛なる雪だるまさん、冬が去る前に、春が来る前に。歩けない雪だるまさん、あなたのために奏でさせて。いつまでもその身を抱きしめて、あなたの心をもう一度、動かしてあげる」


空(そら)は、落ち着いた様子で歌うサロメを静かに見つめていた。美しい歌声だけでなく、弦を弾く手つきも堂々としていて、表情の作り方も完璧だった。ニットワンピースに結ばれたリボンが、彼女の優雅さの下にある愛らしさを、ちょうどよく引き立てている。音楽に浸りきった彼女には、物怖じする様子などまるでなかった。


サロメの美しさは、それほどまでに純粋だった。もし相手が魔王だと知っていれば、彼女は怖がっていたかもしれない。だが、今の彼女は、ただ空(そら)の言葉に従って、自分の「雪だるまさん」のために歌っているだけだった。


これは、非の打ち所のない舞台だった。


歌い終え、観客の拍手が沸き起こると、サロメの視線がさっと流れ、空(そら)の目と合い、それから魔王の両目と合った瞬間、喜びの色が弾けた。


振り返って相手の表情を直接確かめる必要もなく、空(そら)には分かっていた。「雪だるまさん」は、もう溶けてしまうだろう。


空(そら)は言った。「サロメが愛しているのは、極北鎮だけじゃありません。平和な世界のすべてを愛しているんです。もし彼女が、戦争の残酷さを実際に体験してしまったら、あの瞳に宿る輝きは、きっと弱まってしまうでしょう。そうなれば、もうこんなに純粋な歌は歌えなくなる」


そう言い終えると、彼はステージを降りたサロメのもとへと歩み寄り、あとは魔王自身の決断に委ねた。


サロメは小走りに空(そら)のもとへ駆け寄り、興奮気味に言った。「今日の舞台、すごく楽しかった!ここも素敵な場所だけど……やっぱり、極北鎮のほうが恋しいな」


「どの街にも、それぞれの美しさがある。極北鎮が壊されるのも、ここが壊されるのも、どちらもとても悲しいことだよ」


「うん。みんなが好きな歌を聴きながら、望む日々を送れたらいいなって思う」


「時には、互いの利益がぶつかり合うこともある。すべての人の願いが叶うわけじゃないんだ。決断を下す力を持つ人も、もしかしたら、心の中で、何を本当に守りたいのか、ずっと揺れ動いているのかもしれない」


サロメは首をかしげて言った。「お兄ちゃんの言ってること、少し難しくて分からないな」


「気にしないで、ただの独り言だよ。さあ、戻って休もう」


彼らは三日間、そこに滞在した。


三日目、月魔族の魔王は軍を呼び戻し、他の魔族からの抗議に対しても、一切の立場を表明しなかった。


空(そら)とサロメは、フマロンで、ありとあらゆる種類の芸能者たちを目にした。踊り子、歌手、楽師、作曲家。吟遊詩人たちは集まって合唱し、詠唱者たちは各地の魔法の歌を交換し合っていた。発つ前、空(そら)は、夜落の地特有の楽譜をできる限り買い集めた。帰ったら、ルイーズに贈るつもりだった。魔族は夜に活動する種族であるため、この決して眠らない音楽の都、フマロンは、夜になると昼よりもいっそう明るく灯りに満ち、さまざまな作風の音楽が織り交ざり、豊かな表情を見せていた。


チェイモンド王国の安全がすでに確認されたあとも、音楽を心から愛するサロメは、フマロンを離れがたそうにしていた。そこで空(そら)は、彼女自身に選ばせることにした。


「音楽家として、ここに残って活動を続けたい?それとも、僕と一緒に、お姉さんか妹さんのことを探しに行きたい?」


しばらく考えたあと、サロメは後者を選んだ。


弦羽(げんう)の後ろ盾のおかげで、彼らは飛行船に乗って金楓城へと向かった。今回は、ずっと簡単だった。十時間後には、もう金楓城に到着していた。


空(そら)は、夕立(ゆうだち)がどうして金楓城を好んでいるのか、ようやく理解できた。夜魔族は、六支の魔族の中でも宗教的な指導者にあたり、光精霊と対をなす存在だ。世界じゅうの夜落の地の神々を信奉する者たちが、ここへ巡礼に訪れる。騒がしく賑やかなフマロンとは違い、金楓城に響き渡るのは聖歌と賛歌で、夜ともなれば、至るところに穏やかな淡い光が灯る。それはちょうど、夜魔族が仕える夜の神ウルトゥの穏やかな性質そのままに。都市のいたるところにある不滅の炎もまた、ウルトゥ神を象徴する藍色をしていた。遠くの山の上には、壮麗な宮殿と神廟が金色に輝き、港からもはっきりと望むことができる。都市全体には月下美人の甘い香りが漂い、整然と並ぶ街並みは、太陽が昇ればすべてが消え去ってしまいそうな、どこか虚ろな美しさをたたえていた。


爬虫類めいた特徴を持つこともある月魔族の容貌とは異なり、夜魔族の容姿は、精霊を裏返したような姿をしている。同じく美しくありながら、どこか優雅な邪気をまとっていて、魔族の着る、体にぴったりと沿った布の少ない衣装もまた、精霊の袍衣とは正反対だった。おそらくそのせいで、精霊たちは、互いの境界を明確にするために、かえって袍衣を正装として守り続けているのだろう。金楓城では、誰もが速い足取りで歩きながら、不思議な調和を保っている。空(そら)はいつも、自分だけがここで、何をするにも半拍遅れているような感覚を抱いた。


今回の捜索は、ずっと簡単だった。サロメの血の力を借りて、ティラミスはすぐに、エルシーのもう一人の娘の居場所を探し当てた。それは、政治経済の中心から離れた、ある修行院の中にあった。


空(そら)が修行院の院長に遠回しに来訪の目的を伝えると、傍らに立つサロメの姿だけで、院長は彼らの求めるものを察したようだった。院長はサロメを見つめて言った。「夜魔族は人に無理強いはしません。彼女を説得できるなら、彼女は自由に出ていくことができます」


彼らは、修行院の最も奥にある地下室へと案内された。狭い扉をくぐると、そこは、まるで仙境のような洞窟だった。花の妖精が舞い、さまざまな珍しい薬草の香りが漂っている。洞窟の中央に立つ大きな希望の樹の下に腰かけていたのは、頭巾で髪を包んだ、質素な服をまとう少女だった。


空(そら)は彼女に片膝をついて言った。「アーラ様」


姉のアーラと目が合った瞬間、サロメは震えが止まらなくなり、全身から不安があふれ出した。アーラは落ち着いた様子で頭巾を外し、桃紅色の長い髪を流し落として尋ねた。「あなたたちは、そのために来たのですか?」


空(そら)は立ち上がって尋ねた。「サロメに、ご説明いただけますか?」


アーラは二人に座るよう勧め、サロメをまっすぐ見つめて言った。「あなたは、あまり多くを知らないのね。大変だったでしょう。わたしたちの両親は、エルシーとシセドという名前なの。精霊と人間の結びつきね。彼らは罪悪の街の重要な人物だった。罪悪の街のことは、知ってる?」


空(そら)はサロメに言った。「罪悪の街は、黒魔法の女神プロセルネの絶対的な領地なんだ。黒魔法と聞くと良くないものに思えるけど、数百年前、木精霊の王女が鍵の使者になって、この都市を統べ、重要な貿易の拠点へと作り変えた。商業と貿易で戦争を押しのけて、都市の中の悪い勢力も取り締まったんだ。君たちの両親は、その王女の部下だった。君たちを、わざと見捨てたわけじゃないんだ。戦争が始まって、誰かが王女の船団を奇襲した。シセドさんはそのとき船団の中にいて、エルシーさんは君たちをできるだけ早く安全な場所に預けてから、シセドさんを探しに行くしかなかった。どうして君たちを別々にしたのかというと……」彼はアーラに目を向けた。


アーラが続けた。「わたしたち二人のうち、花精霊の血を受け継いだのは、わたしだけだった。この力はいずれ見つかってしまうから、母はわたしを夜魔族の宮廷に託したの。花精霊の力を利用しようとする他の勢力から、わたしを守るためにね。あなたは人間の血を受け継いでいたから、夜魔族の庇護は受けられなかった。それで母は、あなたを罪悪の街の管轄下にある極北鎮に預けたの」


サロメは小さな声で言った。「どうして、それを知っていたのに、わたしを探しに来てくれなかったの?」


アーラは答えた。「ペナイシュ家に、人間の血を受け継いだあなたが見つかれば、彼らは手を下しかねなかったから」


「たとえそうだとしても……」


アーラは空(そら)に目を向けて言った。「夜魔族の宮廷がわたしを守ってくれる条件は、祭司として十年仕えることでした。今、その期限はすでに過ぎています。でもわたしは、ここの民を見捨てることができません。あなたがわたしに出ていけと言うのは、わたしが守ってきた人々に背を向けて、わたしが一度も足を踏み入れたことのない『故郷』へ行けと言っているのと同じです。わたしも、幼い頃から両親のことを知っていたわけではありません。十年の義務を終えたあとに、ようやく院長からお聞きしたんです。彼はおっしゃいました。サロメはもう自分の生活を送っている、わたしが彼女を探しに行けば、かえって人目を引いてしまう、と」


サロメは顔をそむけた。空(そら)は言った。「おそらくご存じかと思いますが、ペナイシュ家は意図的な疫病の襲撃を受けて、大きな打撃を負っています。一時的に、アイセンティアへ行って、ペナイシュ家の人手不足を助けていただくことはできますか?」


アーラは、作り物の空を見上げて言った。「わたしはきっと、人々の求めを満たすために生まれてきたのね」


空(そら)は言った。「これは、あくまで一時的なものです。最終的には、あなた自身の選択に委ねられます」


アーラは頭巾を傍らに置いて言った。「わたしたちの母は、自由をとても愛していたと聞いています。わたしにも、幼い頃の罪悪の街での、かすかな記憶があるんです。あの頃は、とても幸せだった。思い返しても両親の顔はぼんやりとしか見えないけれど、あの幸せな気持ちだけは、本物でした。でも、わたしには自由がない。たとえ権利を与えられても、責任を投げ出すことはできないんです」彼女は空(そら)に目を向けて尋ねた。「子爵、わたしが今している選択は、正しいと思いますか?」


空(そら)は言った。「僕自身の経験をお話しすることはできますが、人はそれぞれ違いますから、比べることはできません」


アーラは言った。「『わたし』は、いったい何者であるべきなのでしょう」


空(そら)は言った。「誰にでも、たくさんの自分がいます。自分自身のいろいろな面と、他人に誤解されている自分。あなたは、同時にいくつもの身分であっていいんです」


空(そら)は、彼女がじっくり考える時間を待った。やがて、アーラは、明日答えを出すと約束してくれた。


アーラと話し終えたあと、空(そら)とサロメは、金楓城にいる弦羽(げんう)の手の者と合流した。夜、サロメは相変わらず空(そら)と同じ部屋で眠った。海賊に襲われたあの凄惨な光景が、一人で眠ることを怖がらせていた。なかなか寝つけない彼女は、同じく眠れずにいる空(そら)に尋ねた。「もしお姉ちゃんが同意してくれたら、わたし、また極北鎮に戻るの?」


空(そら)は首を振って言った。「それは危険だよ。クレオは、一族の中ではエルシーと比較的仲が良かったみたいだけど、今のペナイシュ家は君の問題にまで手が回っていない。でも、家の体制が立て直されたら、本当に君を傷つけるかもしれない。フマロンに行くこともできるよ。あの街が気に入ってるなら」


サロメは迷いながら、最後にはこう言った。「分からない」


「じゃあ、一つずつ考えてみようか。極北鎮に戻って暮らしたい?」


「ううん、そこの人たちは、わたしにあまり優しくなかったから」


弦羽(げんう)の手の者が調べたところによると、もともとエルシーは、極北鎮の鎮長に花神の名にかけて、サロメをきちんと世話すると誓わせていた。鎮長はエルシーからお金を受け取っていたが、王女やエルシーといった中心人物たちが亡くなったあと、極北鎮はかつてのように罪悪の街に忠誠を尽くすことがなくなり、鎮長もサロメをきちんと世話することをしなくなっていった。鎮長の妻が身につけていたあの桃色のダイヤモンドの首飾りは、エルシーが支払った報酬の一つだった。かつて交わした誓いを自分自身に対してごまかすため、鎮長の妻は、あの首飾りを偽物だと言い張るようになったのだ。やがて二人は亡くなり、サロメもしばらく極北鎮を離れていたが、再び戻ったときには、もう受け入れてもらえなくなっていた。


空(そら)はさらに尋ねた。「フマロンに行きたい?」


「彼が魔王だって知ってから、少し不安になったの。それに、音楽家への好みも、一時の気まぐれで、永遠に続くものじゃないみたいだし」


そこでようやく、空(そら)は言った。「もう一つ、三つ目の道があるんだ。もし君が望むなら、僕と一緒にアイセンティアに帰ってもいい」


サロメの瞳に、たちまち希望の光が灯った。「わたし、お皿洗いの女中から始めてもいいよ!」


「そんな必要はないよ、僕はいつも自分で皿を洗ってるからね。僕が考えてるのは、正式に君を妹として認めることなんだ。そうすれば、君は王族派の紅血貴族と関わりを持つことになるから、ペナイシュ家も好き勝手に手は出せなくなる。ただ、君は人間としての身分で生きていくことになるけど」


サロメはしばらく呆然としたあと、言った。「でも、それはあなたにとって、大きな厄介事になるんじゃない?」


「ちょうどいいことに、僕にはかつて、アイセンティアで活躍していた妹がいたんだ。君が、その代わりの身分になればいい。君とこんなにたくさんのことを一緒に経験してきて、こんなに小さな子を一人きりで生きさせるなんて、見ていられないよ。君さえ良ければ、僕はこういう形で君を守ることができる。アイセンティアのどんな貴族が君に文句を言ってきても、僕が君の前に立ちはだかる」


「どうして、わたしにこんなに良くしてくれるの?」


「僕は、平民から貴族になるまでに、本当にたくさんの人に助けてもらった。でも、その人たちに恩返しできているわけじゃない。だから、せめてこの優しさを、次へと受け渡していきたいんだ。君の純粋さは、この新しい世界に初めて来たばかりの頃の僕によく似てる。それに、君はとても善良だ。君みたいな子は、ちゃんと大切にされるべきだと思う」


「お皿洗いの女中から、貴族の妹になるなんて……本当にそんなことが、できるの?」


「前に話したこと、覚えてる?国内の反乱の前は、僕だって、自分が貴族になるなんて考えたこともなかった。あの頃の僕は、ただの『難民』で、自分みたいな人間が、精霊、それも精霊貴族のそばに立つことすら、彼らを侮辱することになるんじゃないかって、無意識に思い込んでいた。今、紅血貴族になって、僕の青血貴族の友人たちも、五大名門の人たちも、誰一人として僕を見下したりしなかった。おかしいと感じてたのは、僕自身のほうだったんだ。正直に言えば、君の身分や地位は、僕よりもずっと高いはずだよ。君が五大名門の子孫を名乗らずにいるだけでも、十分すぎるくらい控えめなことだ。でも、そんなことは重要じゃない。大事なのは、僕たちに似たところがあって、『家族』として一緒に暮らし、お互いを支え合えるということなんだ。僕たちの能力も似てる。僕は言葉で意思疎通をするけど、君は音楽でそれをする。一緒に交流術を学ぶこともできるよ。他の人の考えなんて気にしないで。君が本当に望んでいることは、何なんだろう?」


「わたしは……家族が欲しい。あなたみたいな、家族が」


「それなら、あまり心配しなくていい。あとでやっぱり違うと思ったら、計画を変えても構わないんだ。僕が手伝うから」


「本当に、いいの?」


「いいよ。僕のことを、お兄ちゃんにしてくれる?」


しばらく黙ったあと、サロメは頷き、彼の手を握った。


空(そら)は言った。「それじゃあ、これからは兄妹だ。何か心配なことがあったら、何でも僕に話していいからね」


「どうやって、お返しすればいいの?」


「君の心地いいやり方で、この混じりけのない愛を、次へと受け渡していけばいい」


そうすれば、世界は、少しずつより良いものへと変わっていくだろう。


空(そら)の手を握りながら、サロメは小さな声で言った。「今気づいたんだけど、人間の体温って、わたしより高いんだね」


空(そら)は言った。「君の歌声で世界を温めてもらってる分、僕や他の人からも、少しは温もりを君に返させてよ」


サロメの小さな顔に浮かんだ、あの無垢な笑顔は、まるで、空(そら)が方角も分からず極北鎮をさまよっていたとき、見上げた空に浮かんでいた極点星のようだった。一番輝いているわけではないけれど、ただ、揺るぎなく、そこに在り続けている。


そんな純粋な彼女に向かって、空(そら)はそっと言った。「僕の魂にかけて誓うよ。君のことを、ちゃんと大切にする」


「わたしも、あなたのことを大切にする……お兄ちゃん」


空(そら)は、うとうとと眠たげに欠伸をし始めたサロメの頭を撫でて言った。「早く寝よう」


こうして彼は、自分から望んで手に入れた、初めての家族の情を得た。

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