11-9
城の裏門から崖のそばへ歩いていき、空は腰を下ろした。夕立も、続いて隣に座った。
空は言った。「記憶の川の水を取りに行ったとき、冥界で、知り合いだと思った人に会ったんだ」
「『知り合いだと思った』って、どういうこと?」
「あれは冥界の使者が、僕が知ってる人の姿を使ってたんだ。本当の彼女の魂は、もう冥界の奥深くに行ってしまってる。君より年下の子で、昔、僕を誘拐した子なんだ」
「え?」
夕立が憤慨まじりに聞き返すのを聞いて、空は笑って言った。「その子は、育てられた環境のせいで、少し歪んでしまってたけど、真夜中になると、いつも脆い子供の姿に戻るんだ。昼と夜の自分の違いを、自分ではコントロールできないみたいで、だから僕は、あの子が本当にいい人なのかどうか、うまく決めつけられないでいる」
「あなたを誘拐するなんて!」空の笑みを含んだ目を見ながら、夕立は言い訳するように言った。「あなたは半分わたしの側の人間でしょう?わたしはエルフも聖獣族もバンシーも束ねてるのよ、どうして小さな子供一人に、わたしの部下がいじめられなきゃいけないの!」
空は続けた。「実はあれは、盗賊団だったんだ。あとで、団の中の小さな男の子が、こっそり僕を逃がしてくれた。最初は、単に助けてくれたんだと思ってたら、実は彼は僕を騙して、一つ目巨人の街へ連れていったんだ。僕は巨人の闘技場に捕まって、あやうくそこで死にかけた。友達がくれた月神の魔弾のおかげで、最初のラウンドを生き延びられたんだ。あれが、僕が初めて人を殺した瞬間だった。今はもう、人を殺すことが、それほど大きく心を揺さぶられるようなことじゃなくなってる。これって……いいことなのかな?」
夕立は言った。「この世界の、あなたの立場なら、そこまで行き着くのは必然よ。闘技場からは、どうやって逃げたの?」
「巨人の女の子が、僕を買って、ペットにしたんだ。彼女は僕にすごく優しくて、たくさんの食べ物や、自分で縫った服をくれた。すごくいい『飼い主』だったよ。でも、僕はペットになんて、まるでなりたくなかった。彼女はそれに気づいてから、馬と物資をくれて、僕が一つ目巨人の街から逃げられるようにしてくれたんだ」
「ようやく、良心のあるやつが出てきたわね」
空は頭を上げて星空を見つめながら言った。「馬は逃げてしまって、僕は砂漠でオアシスを探すことになった。ゴールがどこにあるかも分からないまま、喉が渇いて、飢えて、死んでしまうかもしれないって、本当に恐ろしかった。でも今振り返ると、あのときの星空は、すごく綺麗だったんだ。アイセンティアより、もっとはっきり星が見えたくらいに。道に迷ったら極点星を探して方角を確かめるって、旅立つ前に、祭司の友達が教えてくれたんだけど、あの星空の中では、どの星もあまりにきらきら輝きすぎてて、どれが極点星なのか、僕にはまるで分からなかった。最後は、テイラロが僕を見つけてくれたんだ。弦羽の命を受けてのことだったけど、テイラロは、僕を早く見つけるために、風精霊の獅子を盗んでしまって、そのせいで厄介なことになってた。でも、そのおかげで、間に合って僕を助けられたんだ」
夕立は言った。「彼女、あなたのこと、本当に愛してたのね」
空は頷いて言った。「でも僕は、同じようには彼女を愛せなかった。彼女には、申し訳なく思ってる」
「謝ることなんてないわ。彼女もそれを分かってたから、離れることを選んだんでしょう」
空は言った。「あの経験は、まるで成人の儀式みたいなものだった。僕にとっても、テイラロにとっても。彼女は、僕を縛りつけられないと分かってた。僕はズーラン鎮で初めて情報収集を経験して、ハランドリでは、あやうく貴族に殺されかけたんだ」
「はあ〜!?」
夕立の憤慨した様子を見て、空は思わず笑った。彼は言った。「カスティーラの貴族は、大した理由もなく、僕が取るに足らない存在だからって、ついでに殺してしまおうとしてたんだ。弦羽が助けてくれなかったら危なかった。テイラロが無理やり闘技場に立たされてるのも見た。彼女は勝ったけど、だからといって、苦しみが少なかったわけじゃない。カスティーラの国王よりも権力の大きかったオズバイ家が崩れ落ちるのも、この目で見た。あのとき僕は、自分と、自分の周りの人たちを守るためには、貴族にならなきゃいけないんだって悟ったんだ」
夕立は言った。「権力って、そういうものよね」
空は夕立を屋上へ連れていった。花壇には、「白暉」が植えられている。
空は言った。「これは、僕の友達――イグルーサの王子、雪が、僕のために特別に育ててくれた花なんだ。僕の封号にちなんで名付けてくれた」
「彼、見たことあるわ。一目で、賢くて芯の強い人だって分かった」
空は思わず微笑んで言った。「そう評価されたって聞いたら、きっとすごく喜ぶと思う。みんな、彼への第一印象は、美しいってことばかりなんだ。それは事実だけど、彼は、ただそれだけで記憶されるのを好まないんだ。前に君に、イグルーサのことを話したことがあったよね。雪と一緒に、あの土地のすべてを探って、彼のことを理解しながら、僕自身のことも、もっとよく分かるようになったんだ。最後には、彼は僕たちと一緒にアイセンティアへ戻ることを決めてくれた」
夕立は言った。「今は、あなたの大切な友達になったのね」
「うん。こんな祝いの花をもらえて、すごく嬉しかった。少し持って帰る?彼に聞いてみたら、友達に分けてもいいって言ってくれたんだ」
「それじゃあ、遠慮なくもらうわね」
空はふと思いついて言った。「もしかしたら、これを僕たちの家の代表の花にできるかもしれない!」
夕立は言った。「ああ、アイセンティアの貴族は、いつも花を自分の象徴にしたがるのよね」
空は言った。「ルイーズの家の代表は薔薇なんだ。僕には、あんなに誰もが知ってる花は使えないから、白暉を使うのがいいかもしれない」
夕立は軽やかに言った。「そんなふうに代表を持てるってことは、あなたがもう、ある程度の高さまで登ってきたっていう証拠よ。わたしは、あなたのこと、すごく期待してるんだから!」
「それは、まだ早い話だよ。まだ、アンバール迷宮で起きたことを、ちゃんと話してなかったね」
「その前に、いい場所に移りましょう」
夕立は軽やかに屋根の上へ飛び乗り、空の手を引っ張り上げた。
二人は寝転がって、星空を見上げた。
空は言った。「アンバール迷宮は悪夢だったよ。入ってすぐ、吸血鬼みたいな生き物に出くわしたんだ。でも運がよかったのは、迷宮をさまよう商人にも出会えて、彼女と大切な道具を交換できたことだった。それから、僕は初めて魅魔に会ったんだ」
「あら〜、魅魔ね!面白いことを教えてあげる。わたし、冒険してたとき極楽の城に行って、黒髪黒目の魅魔に会ったの。魅魔にしては珍しいのよ。彼女は、もともとアンバール迷宮で働いてたけど、迷宮を崩したエルフの貴族がいたせいで、極楽の城に来たって言ってたわ」
「まさか、それってヴィスパのこと?」
「その通りよ」
「世界って、狭いね」
「わたしもそう思ったわ。彼女、良くない商売をしてたから、あとでわたしがきつく言って聞かせたの。迷宮の旅の続きを聞かせて。この前、ちゃんと聞けなかったから」
「一番印象に残ってる場面がいくつかあるんだ。一つは鏡の迷宮で、そこでは、いろんな違う自分の姿を見せられるんだ。みんな、僕の心の一番奥にある恐怖を突いてくる。僕がチームにふさわしくないとか、僕はもう無垢じゃないとか、僕が友達の気持ちを弄んでいるとか。でも、僕はあまり長く迷わなかった。鏡の中の僕が、君のことを持ち出したから」
夕立は尋ねた。「わたしが、どうしたの?」
「僕に、君が誰のものか知りたいかって聞いてきたんだ。はっきり覚えてる。あいつは、そう言ったんだ」
「それで、どうなったの?」
空は言った。「僕は言ったんだ、君は誰のものにもならないって」
夕立は大笑いして、笑い終えると言った。「本当に、わたしのことをよく分かってるのね」
空は言った。「その一言で、僕は目が覚めたんだ。それからもう一つ、ちょうど正反対の場面があった。今度は、僕たちの心の一番深い願望を見せられるんだ。僕は、前に話した、みんなに忘れられてしまったあの友達と、それから君を見たんだ。僕たち三人が、僕の元の世界で、のんびりと暮らしてる。黒女神の試練もなく、貴族の責任もなく、恩や借りもない。僕が承諾しさえすれば、そんな日々が本当に叶うって、月神が直接そう言ったんだ」
「それで、どうして承諾しなかったの?」
「僕が思ったのは、もし君たちの意思を確かめもせずに、勝手に自分が望む結末を選んだら、たとえ最終的に君たちが幸せだと感じたとしても、それは君たちを尊重してないことになるって、そう思ったからなんだ」
夕立はくすりと笑って言った。「それも、間違ってないわ!もしあなたが、わたしが望んでもいない幸せを無理やり受け入れさせようとしたら、わたし、絶対に喜ばないもの」
「僕、よくやったよね?」
夕立は空の頭を叩いて言った。「ええ、よくやった、よくやったわ」
そんなふうにされるとは思ってもいなかった空は、少し照れくさくなって話題を変えた。「それから、僕たちは月神の狂信徒たちに出会ったんだ。彼らは大勢の人を殺していて、その首領は、僕に仲間にならないかとまで聞いてきた。ここまでの僕の振る舞いが、彼の気に入ったんだって」
「正直に言うと、あなたは本当によくやってると思うわ」
「弦羽が御触を使って、彼に勝ったんだ。狂信徒の力の源は毒だったから、弦羽は『解毒治療』のやり方で、ちょうど相手の急所を突いたんだ」
「頭がいいわね!御触をそんなふうに使えるなんて、わたしには思いつかなかったわ」
空は誇らしげに言った。「僕の周りの友達は、本当にみんな、すごくいい人で、すごく頼りになるんだ」
「それから、あなたは若返りの泉に行ったのよね。覚えてるわ。牛の世話を、めちゃくちゃにしてたでしょう、あはは!」
「あれは、本当に散々な思い出だよ。やったことがないと、自分が苦手だってことすら分からないものなんだね」
「少なくとも、事は解決して、あなたたちは聖女もちゃんと守った。よくやった、よくやったわ」
「もう、頭を撫でるのはやめてよ」
「照れてるの?可愛いわね」
夕立の澄んだ笑い声を聞きながら、空はこの上なくくつろいだ気持ちになった。
「それから、アクミリン家を倒したんだ。ちょうど、君に毒蛇の呪いを教えてほしいって頼んだときのことだよ」
「毒蛇の呪い、学びたいの?」
「え?」
夕立は言った。「あなたはまだ弱いもの。武器が一つ増えるのは、悪いことじゃないと思うわ」
「でも、僕にちゃんと制御できるか分からないんだ」
「じゃあ、やめておきましょう。あなたを苦しませたくないもの。アクミリン家を片付けられたのは、大したことよ」
「僕がやったんじゃなくて、ラヴェニの功績なんだ。でも、その過程で、僕には危うい橋を渡っているような気がすることも起きたんだ。僕たちの策は、人身売買をしていたアクミリン家に、勘違いさせて、五大名門の貴族の娘を誘拐させることだった。あの小さな女の子には、本当に申し訳ないと思ってる。あんな大きな恐怖を経験させてしまったから」
夕立は言った。「よくやったなんて、わたしは言わないわ。必要な悪だったとも言わない。でも、わたしたちの力には限りがあって、一つの目標を達成しようとすると、時には自分の好きじゃない、良くないことさえしなきゃいけない。もしわたしたちが、もっと成熟して、もっと強かったら、こんなことにはならなかったかもしれないけど」
空は言った。「あとで、あの女の子に謝ったんだ。今は友達にもなれたけど、それでもやっぱり、申し訳ない気持ちは残ってる」
「自分のしたことに、まだ申し訳なさを感じられるなら、それだけでもう十分よ」
「アクミリン家みたいな大きな一族でさえ、一夜にして崩れ落ちるのを見て、僕は考え始めたんだ。この世界に、本当に永遠に変わらないものなんてあるのかなって」
夕立は言った。「あると信じてるわ。それが何なのか、自分でもうまく言葉にできないけど」
「この一年で、本当に遠くまで来たね」
「わたしもよ。見て、わたし、罪悪の街を丸ごと従えたのよ!」
「本当にすごいよ!考えるだけで信じられない気持ちになる。僕なんかが、君みたいなすごい人と、どうして友達になれたんだろうって」
「どうして、わたしの頭を撫でて褒めてくれないの?」
空は一瞬呆けたが、夕立に頼まれるまま、そっと彼女の頭を撫でた。
夕立は目を閉じて、その感触を楽しんでいた。まるで大きな犬みたいで、尻尾を振っていないだけだった。
空は、また心臓を強く撃ち抜かれたような感覚を覚えた。
「あなたの手、どうして震えてるの?」
空は言った。「ちょっと疲れただけだよ!」
夕立は言った。「そうだ、わたしの座右の銘、あなたにまだ話してなかったわね」
「聞かせて」
夕立は真面目な顔で言った。「道が見つからないときは、こう考えるの。地球は丸いんだから、いつかは、行きたい場所に辿り着けるって。わたしたち二人の道も、いつか交わる日が来るはずよ」
空は最初、自分が方向音痴だという話で冗談を返そうとしたが、その言葉の裏にある可能性に打たれて、言葉が出てこなかった。
夕立は言った。「わたし、今のあなたのことが、すごく好きよ。ちゃんと成長したのに、すっかりつまらない大人にはなってない」
空は言った。「僕はもう、大人になったよ」
夕立は言った。「なってないわ」彼女は少し身を寄せ、顔を横に向けて言った。「一番奥の部分では、あなたはまだ、ある種の純粋さを保ってる」
空は苦笑して言った。「人を殺したことのある僕が、それでも純粋だなんて、言えるのかな」
夕立は言った。「言えるわ。あなたは、わたしが見てきたようなものを見てないし、一番ひどいことも経験してない。これは、あなたを貶めてるんじゃないの。これはいいことだと、わたしは本気でそう思ってる。あなたは、ある程度、他人の痛みに共感できるのに、本当の意味では理解できない。それが、あなたを一筋の光にしてる。堕ちていく人たちと一緒に、暗闇でもがくんじゃなくてね。本当の闇を一度見てしまったら、もう元には戻れない。底にいる者同士では、誰かを上へ引き上げてやることなんてできない。せいぜい、互いの肩を踏み台にして、よじ登るくらいのものよ。これはわたしの、個人的な願いなの。あなたには、永遠に、本当の闇を見てほしくない。そうしてこそ、あなたは、この上なく特別な、あの一筋の光でいられるから」
空は静かに言った。「僕は、きっとこのまま、ずっとそうであり続けると思う」
夕立が見守る中、空は星の鎖を、緑松石の手環にはめ込んだ。
完璧に噛み合い、まるで最初からそこにあるべきものだったかのようだった。
それをやり終えると、まるで何か大きな偉業を成し遂げたかのように、空は急に、たまらない疲れを覚えた。
夕立が再び寝転がるのに合わせて、彼も、外套を敷いたその上で横になった。
翌日、空が日差しに照らされて目を覚ましたとき、夕立はもう去ったあとだった。
自分の城での最初の夜は、なんと、屋根の上で眠って過ごすことになった。
空は起き上がり、遠くを見晴るかした。海は一面、青く輝いていた。
夕立は言っていた。自分は、自分自身の船を持つことになる、と。これから何度も、冒険の旅に出ることになる、と。
空には分かっていた。自分も、その旅に加わることになるのだと。




