11-8
弦羽は忙しすぎて、空に贈った城を、一緒に見に行く時間が取れなかった。学院の用事を片付けたあと、空はコール療養院にひとまず別れを告げ、暁の古城へと向かった。
荒れ果てた史跡から、人が住める「家」へと修繕するのに、一か月もかからなかった。空が初めて下見に来たときは、城には屋根すらなく、よく言っても、状態のいい廃墟としか呼びようがなかった。だが、煉瓦の隙間から力強く芽吹いた植物を見て、彼はそこに、同じように弱く頼りなくても、懸命に育とうとする自分自身の姿を重ねた。
これほど早く城に移り住めたのは、アクミリン一族のおかげでもあった。この城、この領地は、皮肉なことに、もともとはアクミリン一族に授けられるはずだった褒賞であり、そのため近隣の荘園の改修計画は、すでに軌道に乗っていた。アクミリン家の当初の計画では、暁の古城を書庫として整えるつもりだったという。この古城はいささか小さいうえに、外との交通の便が悪い断崖の上、海にすぐ隣接した場所にあるからだ。大家族が移り住む第一候補になるような場所ではなく、傍系の子弟に与えるにしても、少々気の毒な立地だった。
暁の古城の前身、フォントレー修道院は、祭司たちが修行と生活を送る場所だったが、早くから廃れ、誰も使わなくなっていた。六百年余り前、王国史上最も偉大な占い師の一人と言われるエレノア夫人が、その古い修道院に移り住み、改築したことで、初めて「暁の古城」と名付けられた。エレノア夫人には子がなく、その並外れた魔力も、後を継ぐ者がいなかった。
ここは、伝説の中でも最も並外れた才を持つと言われる占い師が、かつて暮らしていた場所だ。どの壁の奥にも、とんでもない秘密が隠されているかもしれない。その可能性を思うと、空は胸が高鳴った。
下働きの者たちがまだ家具を運び込んでいる最中で、空も手伝おうとしたが、丁重に断られた。そこで彼は一人、曲がりくねった小道を歩いていった。城へ続く道は一本しかなく、もともと人付き合いを好まなかったエレノア夫人は、王室に召し出されるとき以外は、人里離れて暮らし、客をもてなすのを好まなかった。これから先、空も家の出入りのたびに、この険しい坂道を登らなければならないのだろう。玄関に着く頃には、もうくたくたになっているに違いない。
崖のふちに聳え立つこの古城は、その名の通り、朝の光をたっぷりと浴びていた。
早起きしすぎた空は、あくびを一つした。
道の敷石や雑草はすでに整えられ、かつての荒涼とした様子はもうない。正面には、雄大な海の景色が広がっていた。毎日、強制的に運動させられるようなこの道のりも、彼自身は特に気にならなかったが、今日のように人手を借りて荷物を運ぶ必要があるときは、運ぶ側にとってはさぞ大変だろう。
古城の修繕は、もともとの城の設計を極力尊重し、建物本来の趣をできる限り残す形で進められていた。煉瓦や石材、家具に至るまで、修復を主とし、新しい材料をそのまま運び込むことはしなかった。おかげで、古城の歴史の重みはそのまま保たれ、城の外と中とでは、まるで異なる時代にいるかのような感覚があった。
遠くから見ると、古城はこぢんまりとして見えるが、実際に中へ入ってみると、内部の空間はかなり広かった。
空が城の大門をくぐると、まず感じ取ったのは、エルフの住まい特有の、花や草の香りが城の中に加わっていることだった。清々しい空気に、心が晴れやかになる。
大きな家具はすでに配置され、埃や落ち葉、泥水もきれいに取り除かれていた。今のこの城には、ルイーズの家に少し似た雰囲気――あの大家族らしい風格が漂い始めていた。それでも暁の古城には、もう少し神秘的な雰囲気があり、ピエテ家のように壮大で華やかというわけではなかった。
ルイーズなら、きっとここを気に入るだろう。潮騒の音に包まれて眠り、断崖でお節介な人々を遠ざけて、静かに自分の暮らしを送る。空自身は、もう少し賑やかで、市場のある環境のほうが好きだった。もっとも、弦羽も言っていた。便宜のため、コール療養院の部屋は、いつでも彼のために残しておくと。暁の古城は、あくまで新しい拠点の一つにすぎない。これから先、もっと多くの拠点が増えていくかもしれない。
正式に城へ移り住んだ最初の夜、空は、ほかの皆にひとまず城の外へ出てもらった。マリリンとシューナでさえ、例外ではなかった。
夜になり、夕焼けとともに現れたのは、彼が長く待ち望んでいた、あの黒髪の少女の姿だった。
夕立は、記憶の川の水を受け取りに来たのだった。
けれど、彼女は手ぶらでは来なかった。星をかたどった、小さな飾りの連なりを持ってきてくれたのだ。
彼女は言った。「これは銀河を表してるの。ようやく罪悪の街を整え終えたわ。儀式こそまだだけど、基本的には、罪悪の街の人たちは、もうみんなわたしの側についてる。銀河をテーマに、罪悪の街を作り替えたの。この鎖を持っていれば、あなたは罪悪の街に、自由に出入りできるようになる」
空は言った。「ありがとう」
夕立が彼に罪悪の街の通行証をくれ、ルイーズが彼に一族の書庫の貸出証をくれた。彼女たちはどちらも、自分自身の一部を、彼のために開いてくれたのだ。
これについては、感謝してもしきれなかった。この信頼は、簡単には得られないもので、この上なく貴いものだった。
空は夕立に尋ねた。「どこか急いで行かなきゃいけないところ、あるの?」
「急がないわ。準備はもう全部済んでて、あとは時が来るのを待つだけだもの」
「今夜、泊まっていける?」
「また美味しいもの、作ってくれるの?」
「それに、一緒にこの城のことを、ちゃんと知りたいんだ」
夕食が野菜粥だと知ると、夕立は笑って言った。「これ、わたしたちが初めて会ったとき、あなたが作ってくれたものね」
「うん!よく覚えてるね」
「野菜が嫌いな子供にも、まるまる一杯食べさせられるお粥なんて、そう簡単に作れるものじゃないもの」夕立は一口味見をして言った。「また、美味しくなってる!」
「レシピを改良したんだ。今日はお肉もあるよ。カスティーラ風の焼き方をしたんだ」
異国の香辛料の独特な香りに、夕立は何度も感嘆の声を上げた。
食後のデザートは、サンゴ菓子と海のゼリーだった。
食事の間、空はそれぞれの料理の由来を説明した。
夕立は真剣に耳を傾け、笑うこともあれば、静かに聞き入ることもあった。
食後、二人は連れ立って、城の地下室へと入っていった。ここから、散策を始める。
空は言った。「僕は第二界で交通事故に遭って、緊急で助けられて、コール療養院に運ばれたんだ。初めてエルフを見たときは、驚きすぎて呆然としたよ」
夕立は言った。「テイラロがそんなに美しかったの?」
「うん、みんな美しかったけど、彼女が僕に微笑んでくれたときの表情は、今でも忘れられないんだ。君も、初めてエルフを見たときは、驚いた?」
「たぶん、あなたとそう変わらないと思う。ただ表に出さなかっただけで、心の中では、何百回も悪態をついてたわ」
「どうして悪態を?」
夕立は堂々と言った。「この世に、わたしみたいな醜い生き物がいるのに、エルフみたいにあんなに美しい生き物までいるなんて、腹が立つでしょう!」
空は笑って言った。「僕は、彼らの優雅さと美しさに見とれるばかりだったよ。もちろん、自分がすごくちっぽけに感じられもしたけど。それに、あのとき僕は、妹がかつてこの世界に迷い込んだことがあると知っていたから、ずっと考えてたんだ。本当なら、妹が来るべきだったんじゃないか、どうして僕がここにいるんだろうって。あの頃の僕は、本当に幼かった。初めて黒女神に夢の中で会うときって、普通はトラウマだらけの環境を夢に見るものじゃないのかな?でも僕の夢は、お菓子でできたお城と世界だったんだ。黒女神さえ、僕にどうしてこんなに子供っぽいのって聞いてきたくらいだよ」
夕立は言った。「子供心があるのは、いいことよ。黒女神をそこまでお手上げにさせるなんて、あなたも、かなり珍しい部類だと思うわ」
空は言った。「僕にも、良くない記憶はあるよ。でも、なんて言えばいいのかな、僕にとってはあまり重要じゃない気がしてて、いつも黙々と自分のことをやってるだけなんだ。たぶん、初めて聖女リアンドラヤの、二代神戦争についての記憶を見たとき、初めて、この世界のことを少し理解できた気がした。物事の軽重が、少し分かるようになったんだ」
「どんな記憶だったの?」
「戦争のあと、神々が集まって、どう褒賞を与えるか話し合った記憶だよ。聖女リアンドラヤが見たものなんだ。アダド神とウルトゥ神を、二柱の主神とすることが決まったあと、セラス神の助けを借りて黒女神が現れて、神々にどうすればいいか尋ねたんだ。サイフィ神には遺志があって、黒女神を尊重してほしいと望んでいた。アダド神とウルトゥ神がその決定を実行したことで、罪悪の街が与えられて、鍵の使者という存在も生まれた。僕が黒女神について本当に少し理解できるようになったのは、あのときからなんだ。だから僕は、いつも、黒女神は悪い方じゃないような気がしてる」
夕立は言った。「いろんな奇妙な連中を見てきたあとだと、わたしも、黒女神のことがそこまで嫌いじゃなくなったわ。でも、時々本当に面倒くさい方よね」
「そんなこと言えるのは、君くらいのものだよ」
「だって、あの方はわたしのことをそれだけ愛してるんだもの。愛って、無理強いできないし、公平でもないものでしょう」
空は言った。「ある友達を知ってから、僕もそう思うようになったんだ。愛は不公平だって」
「誰のこと?」
「僕には黒魔法の誓いがかかってて、この先ずっと、彼の名前を口にすることができないんだ。そうしないと、他のみんなと同じように、彼のことを忘れてしまうから」
夕立は言った。「ある人たちにとっては、忘れられることは、死ぬことよりも怖いはずよ」
空は尋ねた。「君は、怖くないの?」
「怖くないわ。たとえ記憶を失っても、大切な相手なら、また出会ったときに、もう一度関係を築き直すもの」夕立は伸びをして言った。「大げさに言えば、もう一度、相手に恋をし直すってことね」
空は言った。「僕は自分に自信がないから、彼についての記憶を失わずに済んで、本当によかったと思ってる。今、これを覚えているのは、世界中で僕一人だけなんだ」
「どんな事情だったの?」
「彼は孤児で、幼い頃から領主に育てられたんだ。彼はずっと、その領主を父親のように思ってた。だから、もっといい暮らしができたはずなのに、自分からそれを捨てて、領主の息子に仕える道を選んだんだ。そのあと、領主が呪いをかけられて、彼はその領主を救うために、モンカヨ魔法使いのところへ助けを求めに行った。結果、解毒薬は手に入ったけど、彼自身も、僕以外の世界中の人から忘れられてしまった。今はきっと、モンカヨ魔法使いのそばで手伝いをしながら、借りを返し終えるのを待ってるはずだよ」
夕立は言った。「わたしは得したわね。彼と友達になるとき、初対面からやり直さなくて済むんだもの」地下室の壁の呪文に触れながら、彼女は言った。「ここの呪文、本当にすごいわね」
空は言った。「弦羽が言ってたよ、王室はずっと、ここをちゃんと研究してこなかったって。この城の情報だけで、僕、論文が十本は書けそうだ」
「まあ!これって、ご褒美なの、それとも罰なの?」
「サイフィ学院が卒業論文を要求しない学校でよかったよ」
一階の庭に上がると、ティラミスが二人の姿を見つけて、すぐに駆け寄ってきて甘えた。
夕立は言った。「あなたって、わたしが今まで見た中で、一番凶暴な獣を可愛いペットに育て上げるのが上手な人ね」
空は言った。「この子もずいぶん大きくなったよ。抱っこするだけで、体を鍛えられるくらいだ」
「ふふ、たったこれくらいで。クラヴァータがそれを鍛錬だなんて言ってるのを聞いたら、きっと、何百キロもの鉄を持ち上げてこいって言われるわよ!」
「勘弁してよ。僕はこういう小さくて可愛いペットしか育てられないんだ。妹にも、よくそう言われてたよ。この世界に来てから、いろんなことを経て、僕は、妹が思っていたのとは違う人間だって証明できたんだ。どうして、それをそんなに証明したかったのか、自分でもよく分からないけど」
夕立はティラミスのお腹を掻きながら言った。「あなたの妹には魔法の才能があったけど、強い心はなかったのね」
空は言い返した。「彼女だって、強かったよ!」
「それは、あなたが自分の内側の強さに気づいてないだけよ。あなたは、このわたしでさえ、怖いと思うくらいの人なんだから」
「どういう意味?」
「たかが一介の平民の人間――しかも第二界から来た平民が、すぐに青血貴族や五大名門の仕事を手伝うようになるなんて。あの手のお嬢様は、こっちからは絶対に手を出さないようにしてるのに」
「イナータはすごくいい人だよ。最初はちょっと威圧感があるって思ったけど、いつも後輩を面倒見るみたいな気持ちで、僕の世話を焼いてくれるんだ」空は笑って言った。「叙爵のあと、彼女、僕にすごい額のお金をくれたんだよ」
夕立はすぐに親指を立てて言った。「それは、いい人ね!」
「彼女の仕事を手伝ってる間に、たくさんのことを学べて、今の基盤ができたんだ」
「それに、お金が大事っていうのもあるわね!」
「本当にそうだよ。貴族になったあとの出費は、想像を超えてる。衣食住から移動まで、全部倍にかかるんだ」
厩舎に来ると、空は言った。「見て、これがゴマだよ。僕が選んだ馬なんだ」
夕立は驚いて言った。「この子、目が見えないのね」
「完全にじゃないよ。光の影くらいはまだ見えるんだ、ただ、ぼんやりとだけど」
「あなた、そこまでお金に困ってるの?」
「違うよ。僕がこの子の目になれるんじゃないかと思ったんだ。僕の交流術なら、できるから」
「勘違いしてるんじゃない?助けるのは、この子があなたを助ける側でしょう、逆じゃなくて」
「僕にも、それだけの力があるよ」
「はは、その自信があるなら、それでいいわ」
ゴマを撫でてから、二人は二階へ上がり、書斎に入った。空は椅子に腰かけて言った。「これから、ここで仕事を片付けるんだ」
夕立は拍手して言った。「なかなか貴族らしい風格じゃない!」
「からかわないでよ」
夕立は、そこでようやく、いたずらっぽい笑みを引っ込めた。
空は言った。「貴族の本当の闇の部分を教えてくれたのは、やっぱりラヴェニだったな。彼女は僕に、自分が生まれた使命を話してくれたんだ。二つの大きな家が、彼女をひそかに使って王室と政略結婚させて、跡継ぎを産ませたあと、それを利用して、今の木エルフ王室を転覆させようとしていたって」
夕立は言った。「筋は通ってるけど、実際はずいぶんお粗末な策略ね。木エルフは、二代神戦争にだって勝ったことがあるのよ。何百年もの間、失敗し続けてきた人たちの後を継いで、この人間たちが、自分たちなら木エルフに勝てて、引きずり下ろせるだなんて、どうして思えたのかしら」
空は言った。「人間は欲深いんだと思う。アンリエット姫の物語を知ってから、なおさらそう思うようになったよ。アンリエット姫には権力も地位もあったのに、それを理想のために使うことを選んだんだ。世界平和を促す、なんて目標は、そもそも達成できるはずがないように聞こえるのに」
夕立は言った。「もしわたしがアンリエット姫の顔を持ってたら、毎日鏡の前で自分の美しさに見とれてるだけで、世界平和なんて気にしてる暇、ないと思うわ」
空は言った。「この世界で、それができたのは、アンリエット姫だけなんだと思う。彼女の肖像画が僕に与えた印象は、今でも強く残ってる。メネストが言うには、本物のアンリエット姫は、それよりもっと美しかったらしい。本当に、一度会ってみたかったな」
「アーサー様のことね、残念だったわね」
「うん、本当に残念だよ。アンリエット姫の輝きを覆い隠さないように、自分は歴史に名を残さないことを選んだ。その優しさを思うと、この二人は、きっと生まれながらの相性だったんだろうなって思う。それまでの僕は、一目惚れなんて信じてなかったんだ。多少は時間をかけて一緒に過ごさないと、相手のことは分からないって思ってたから」
夕立は言った。「わたしも、そう思う。でもまあ、伝説の中の人物は、わたしたちみたいな平凡な人間とは違うのよ。彼らには、伝説みたいな愛があっても、わたしたちは、ごく普通に生きていければ、それで十分なの」
空は言った。「アンリエット姫だけじゃなくて、彼女が深く愛して、そして愛された友人にも会ったし、彼女のお姉さんにも会ったんだ。生命の潮と永遠の歌のことも知った。あの夏の旅は、本当にたくさんのものを得られたよ」
夏は、あっという間に過ぎ去った。
そうだ、本当に一年が経ったのだ。




