21話:魔王の気配
---
創造主の身勝手な夏 — 第二十一話
魔王の気配
その日の夜、紫苑は玄関の扉を開けて中へ入った瞬間、しばらく足を動かせなかった。
いい匂いがした。
濃くて温かく、それでいて不思議なほど人を安心させる香りだった。昆布と醤油をベースに、肉の脂が香ばしく混ざって煮える匂い。そこに、よく火の通った野菜の甘みと、出汁特有のやわらかな香りが幾重にも染み出していた。真冬にこそ似合いそうな光景が、蒸し暑い夏の夜に広がっているせいで、かえって異質だった。
新しい家の中は静かだったが、静まり返ってはいなかった。キッチンのほうからは鍋の汁がぐつぐつ煮える小さな音がして、ときおり鍋の蓋がかたかた鳴る音も混じっていた。
紫苑は靴を脱ぐ前から、まず眉間に深く皺を寄せた。
「……何してんだ」
リビングへ足を進めるなり目に入ったのは、低いテーブルの上に置かれた鍋料理だった。
それだけでも十分怪しいのに、その前に座っている組み合わせはもっとおかしかった。
峰はいつものように、やけに整った顔で、当然のように席についていた。レイは鍋のそばで、器と箸を整えている。だが本当の問題は、その二人ではなかった。
玄関の通路からベランダの窓際、そして部屋の扉のそばまで。冥渡家の者たちが、相変わらず家の内外を厳重に守っていた。
紫苑はその様子を見るなり、不快感を隠しもせず、険しく顔を歪めた。
先に紫苑の気配に気づいたレイが、顔を向けた。
「おかえり」
その短い一言で、一日中会社で揉まれ、下級の混沌個体まで処理したせいで溜まっていた疲労が、ほんの一瞬だけ、ほんの刹那だけ薄れた。本当に、刹那だけだった。
紫苑はわざと、さらにぶっきらぼうに答えた。
「ああ」
そしてすぐに、テーブルのほうへ顎をしゃくった。
「あれは何だよ」
レイがほんの少しだけためらってから答えた。
「鍋」
「それは見ればわかる」
紫苑はぐつぐつ煮える鍋を見て、テーブルを見て、それから周囲をうろつく冥渡家の者たちを順に睨んだ。
「この連中に囲まれて、鍋を無理やり飲み込めってことか、今」
レイは少し唇を動かし、それから慎重に冥渡家の者たちのほうを一度見た。その視線には、遠慮と迷いがあまりにもはっきり滲んでいた。
「……外にずっと立たせておくのも、微妙だし」
ほとんど消え入りそうな声だった。
「嫌じゃなければ……一緒に食べる?」
瞬間、静寂が落ちた。
冥渡家の者たちの顔が、同時に硬くなった。
すぐに眉を寄せる者もいれば、なぜ自分たちが、とでも言いたげに露骨な気配を漏らす者もいた。中には、はっきりと冷たい目でレイを睨みつけ、固く口を閉ざす者までいた。
その拒絶反応があまりにも露骨で、見ていた紫苑まで胃の奥が捻れるような気分になった。
レイは自分の口で言っておきながら、すっかり気圧されて顔を伏せた。余計なことを言ったのかもしれないとでも思ったのか、広い肩が目に見えてすくんでいる。
紫苑はそれを黙って見ていられず、すぐに口を開いた。
「おい」
レイがびくりとして顔を上げた。
紫苑は萎縮したレイではなく、冥渡家の者たちへ鋭い視線を向けて言い放った。
「嫌なら嫌だって言えばいいだろ。人前でそんな顔すんな」
その一言で、リビングの空気がさらに冷えた。冥渡家の者たちの視線が一斉に紫苑へ向く。
一人の男が、低く沈んだ声で言った。
「わざわざ同席する必要があるのですか」
向かいに立っていた者が、すぐに言葉を足した。
「外で待機していても構いません」
紫苑は呆れたように鼻で笑った。
「外で守るなら、さっさと外に出て守れよ」
「中に入り込んでるなら、せめて空気くらい悪くすんな」
空気が険悪に傾き、今にも破裂しそうになったそのとき、峰があまりにも平然と割って入った。
「一緒に食べましょう」
短く、整った一言だった。
けれど、その重みは決して軽くなかった。
冥渡家の者たちは相変わらず渋い顔をしていたが、あからさまに反論する者はいなかった。誰かは唇を歪めて顔を背け、誰かは聞こえるか聞こえないか程度に短く舌打ちをした。それでも峰が先に席へ視線を落とすと、結局、その鋭い気配は一つ、また一つと折れていき、彼らは動き始めた。
レイは呆然とした顔で峰を見つめていた。本当に今の言葉を聞き間違えていないのか、確かめるような表情だった。
当の峰は、何事もなかったかのように落ち着いて鍋へ視線を移した。
「これ以上煮ると、汁が濃くなります」
それでようやく我に返ったように、レイは小さくうなずいた。
「……うん」
紫苑はその様子をちらりと見て、羽織っていたジャケットを脱ぎ、ソファの端へ適当に放り投げた。そして席へどさりと腰を下ろし、深いため息を吐いた。
「はぁ……」
押し込めていた疲労が、一気に津波のように押し寄せてきた。説教臭い課長の顔、路地で遭遇した気味の悪い下級個体、家の中を占拠する冥渡家の連中、そして魔王という不吉な名と、レイの震えていた電話越しの声。すべてが頭の中で絡まり合っていた。
レイが慎重な手つきで、紫苑の前へ器を差し出した。
「これ」
紫苑はそっと器を見下ろした。食べやすい大きさに切られた野菜と肉、豆腐がきれいに整えられて入っている。何より、自分の面倒な好みを反映したのか、嫌いな茸は明らかに少なく、葱はたっぷりのっていた。
紫苑はまばたきをした。
「……お前、そんな細かいことまで覚えてたのか」
レイがごく小さく、消え入りそうな声で答えた。
「うん」
それからちらりと様子をうかがい、一言付け足す。
「紫苑、これ好きでしょ」
その言葉があまりにも当然のように落ちたせいで、テーブルの上の空気がかすかに揺れた。
冥渡家の一人が、ひどく露骨に不快そうな気配を滲ませる。紫苑はそれを見逃さず、ぶっきらぼうに返した。
「何だよ。俺の好き嫌いまで、お前らの監視帳に書き込むつもりか?」
誰も答えなかった。
峰だけが、ひとり悠然と茶を一口飲んだ。
「召し上がったほうがいいかと」
「肉が硬くなる前にどうぞ」
いつもなら峰のそのふてぶてしい態度に腹が立ったはずだが、なぜか今回は大人しく箸を持つことになった。よく煮えた肉を一口飲み込むと、熱い汁が胃の中へ広がっていった。
「……」
うまかった。
正直、認めたくないくらい、思っていたよりずっと。
紫苑はわざと気のない顔を保ちながら、もう一口もぐもぐと食べた。それを確認した瞬間、向かいに座っていたレイの肩から、ほんの少し緊張が抜けるのが見えた。
その流れに乗るように、様子をうかがっていた冥渡家の一人が、そっと汁を口にした。すると周りの者たちも、しぶしぶ箸を動かし始めた。
一人は最後まで無表情を保とうとしていたが、別の一人はかすかに眉を上げた。認めざるを得ない味だということを、顔が物語っていた。
紫苑は心の中で鼻を鳴らした。
うまいだろうよ。お前らがどれだけ目を吊り上げて睨んだって、味だけは文句なしなんだよ。
もちろん、表には少しも出さなかった。
ただ、どうでもよさそうに一言だけ投げた。
「食うなら黙って食え。変な空気にすんな」
その言葉に、冥渡家の男の一人が即座に顔を歪めた。
「いったい誰が空気を悪くしているのかわかりませんね」
紫苑も一歩も引かずに言い返した。
「少なくとも俺は、人の大事な家に入り込んで、誰かを歩く災厄みたいな目で睨みつけたりはしてねえけどな」
また言い合いになりかけたその瞬間、峰がぱちりと音が立つほどはっきり箸を置いた。
「食事中です」
淡々とした一言だった。けれど奇妙なことに、鋭く尖っていた言い争いは、その場でぷつりと途切れた。
紫苑は心の中で舌を巻いた。
本当に厄介な人間だけど、たまにああやってきっぱり切るときだけは、一番言葉が通るんだよな。
鍋は煮詰まるほどに旨みを増し、深い味を出していった。最初は全員が口を閉ざし、様子をうかがっているだけだったが、何度か汁をすくううちに、ぴんと張っていた緊張の糸が少しずつ緩み始めた。
レイはこまめに具材を足した。茸、白菜、鮮やかな赤い肉、豆腐まで。鍋が空く暇もないほど次々に入れ、汁が煮詰まるたびに、横に用意していた出汁を少しずつ注いでいた。
その手つきを静かに見ていた冥渡家の一人が、ついにぶっきらぼうな調子でぽつりと言った。
「……これ、お前が作ったのか」
レイの手が一瞬止まった。
「うん」
「この出汁も、お前が取ったのか」
「うん」
相手はそれ以上聞かず、もう一口汁を飲み込んだ。そしてしばらく経ってから、ほんのわずかに呟いた。
「思ったよりまともだな」
褒め言葉というにはあまりにもひねくれていた。けれど、侮辱というには確かに味を認めている響きだった。
レイはその言葉にまばたきをした。そしてほんの少し、慎重に口元を緩めた。
紫苑はその顔を見て、なんとなく遠くのベランダのほうへ視線を逸らした。その程度の言葉だけで嬉しそうにするところが、いかにもレイらしかった。
そのとき、黙っていた峰が、淡々とした口調で言った。
「最初からまともでした」
瞬間、テーブルの上の空気が止まった。
冥渡家の者たちは妙な顔で峰を見た。レイは自分の耳を疑うように、赤い目を大きく見開いた。
当の峰は何事もなかったかのように、鍋からやわらかい豆腐をすくい上げていた。
「ただ、あなた方が余計な偏見に囚われているだけです」
紫苑は箸をくわえたまま固まった。
うわ。あの鉄面皮、今わざわざ庇ったのか?
しかし峰の無表情は、少しも揺らいでいなかった。誰かを慰めようとした優しい言葉ではなく、ただ目の前の事実を淡々と訂正しただけという、無機質な態度。
そのせいで、かえって妙だった。
レイはその言葉を聞いて、しばらく何も言わなかった。白かった耳の先だけが、赤く染まっていた。
テーブルを漂っていた鋭い空気が、ほんのわずかに、本当にかすかに和らいだ。
まだ不快そうな顔をしている者もいたし、黙々と箸だけを動かしている者もいた。紫苑は相変わらずぶつぶつ文句を言い、峰は無表情を貫いていた。
それでも、数分前よりは確かにぎこちなさが薄れていた。
実に奇妙で、見慣れない夕食風景だった。
紫苑は深く煮出された汁をもう一口すくい、低く呟いた。
「……この家で鍋まで食うことになるとは思わなかったな」
レイがすぐに紫苑を見た。
「嫌……?」
「俺が嫌だって口に出したか?」
「じゃあ、大丈夫なの?」
紫苑は一瞬、口を閉ざした。
それから、限りなく小さな声で、不本意そうに答えた。
「……味は、まあ悪くない」
その一言で、レイの顔が嘘のように明るくなった。
あまりにもわかりやすく感激するものだから、紫苑はなぜか後ろめたくなり、慌てて言葉を足した。
「だからって、ミシュラン級にすげえって意味じゃないからな」
「わかってる」
レイは込み上げる笑みを堪えきれず、小さく囁いた。
「でも、おいしいでしょ?」
紫苑はそれ以上答えず、汁だけを飲んだ。そうやって黙ることが、実質的な肯定なのだと、レイはもう知っている顔をしていた。
本当に、あと少しだけ進めば、空気はもっと良くなったのかもしれない。
あと少しだけ。
まさにその瞬間だった。
コンロの上でぐつぐつ煮えていた鍋の汁が、ごくわずかに揺れた。
穏やかに沸いていた表面に、説明しがたい波紋が薄く広がる。火が強くなったのかと思うほど些細な揺れだった。けれどそれを見た瞬間、紫苑は汁をすくおうとしていた手を止めた。
胸の奥が凍りつくように、冷たく響いた。
「……何だ」
ほとんど同時だった。
レイの手にあった箸が、力なく床へ落ちた。
からん――。
リビングに漂っていた空気が、一気に石のように固まった。
レイはそのまま動けなかった。息が止まったように固まり、目だけを大きく見開いている。
紫苑は即座にそちらへ体を向けた。
「レイ?」
少しも動かない。
赤い目が揺れていた。けれど、それは戸惑いとは違っていた。説明できない恐怖が、理由もなく体の奥からせり上がり、そのまま四肢を凍らせてしまったような顔だった。
レイの白く血の気を失った指先が、細く震えていた。ひどくゆっくりと、痛々しいほどに。
峰もまた、動きを止めていた。
それは、紫苑が峰を見て以来、初めて目にする種類の静止だった。いつも冷静な顔に、ごくわずかだが計算が狂ったような気配が走る。オリーブ色の瞳が鋭く光り、テーブルからベランダの窓枠、玄関、そして天井の隅まで一瞬で走った。
冥渡家の者たちも、同時に席を蹴って立ち上がった。
ある者はポケットから即座に護符を取り出し、ある者は素早く玄関へ武器を向け、ある者は結界の文様が細かく刻まれた腕輪を握り締めた。
家の中の空気が、完全に変わった。
気温が下がったわけではなかった。むしろ、息が詰まるほど湿って、粘ついていく。
やがて、甘い香りがごくわずかに混じり始めた。高級な香水のようでもあり、腐った花木が朽ちていく悪臭のようでもあり、黒く焦げた砂糖が溶け崩れる匂いのようでもあった。確かに甘く、良い香りのはずなのに、嗅いだ瞬間に胃が反転しそうになるほど不快だった。
紫苑は眉をひそめた。
「この気持ち悪い匂いはまた……」
レイが、はっと荒く息を吸い込んだ。
次の瞬間、理由もわからないまま体を強張らせた。
座椅子の端を必死に握り締めた手の甲は、血の気が失せるほど白くなっていた。背筋はひどく硬直し、呼吸は細かく砕けている。そして理性ではどうにも制御できない本能の領域であるかのように、知らず知らずのうちに紫苑のほうへ身を寄せていた。
紫苑はその切迫した合図を捉えるなり、すぐに腕を伸ばした。
「おい」
レイの手首を掴むと、ひどく冷えていた。
「どうした、なあ。何があったんだよ」
レイは答えられなかった。ただ血の気を失った唇を、震わせるばかりだった。四肢だけが、本人より先に恐怖を思い出したように強張っていた。
峰が低く呟いた。
「……おかしいですね」
紫苑がはっと顔を上げた。
「何が」
峰は答えず、玄関のほうを見た。
「結界が揺れています」
その言葉が落ちた瞬間、固く閉ざされた玄関扉の向こうから、ごく小さな音が聞こえた。
こつ。
本当に小さく、軽い音だった。扉を叩く音というにはあまりにもおとなしく、厚い鉄の扉が温度差でわずかに軋んだ音というには、ぞっとするほど明確だった。
リビングの視線が、一斉に玄関へ向いた。
静寂。
そして、もう一度。
こつ。こつ。
今度ははっきりしていた。
誰かが、外から扉を叩いている。
レイはその音と同時に、呼吸を完全に止めてしまった。
紫苑はその反応を感じ、握る手にさらに力を込めた。その短いノック音だけで、レイの体がいっそう冷たく強張っていくのがわかった。
冥渡家の一人が、唇を噛むような硬い声で言った。
「まさか……」
そばにいた者が、信じられないというように呻いた。
「ありえません。ここに……」
だが峰は、すでに正体を見抜いている顔だった。
表情は大きく崩れていない。その代わり、目だけが深く沈んでいた。計算が変わり、最悪の札が来たことを認めた者の目だった。
紫苑はその峰を見て、初めて本当の危機感を覚えた。
「……誰なんだよ。なんで全員そんな顔してんだ」
誰もすぐには答えなかった。
扉の外からは、もうノックの音は聞こえてこなかった。その停止が、かえって首を絞めるような恐怖として迫ってくる。まるで、中にいる全員が十分に絶望し、緊張するのを、ゆったり待っているかのようだった。
甘く重い香りは、どんどん濃くなっていった。鍋の温かい匂いを完全に飲み込むほど、露骨で圧倒的だった。
レイはようやく、本当にようやく唇を動かした。
「紫苑……」
声はひどく掠れていた。
紫苑はすぐに、その手をさらに強く握った。
「ああ、俺はここにいる」
レイは紫苑のほうを見ていた。けれど、視線はもうまともに焦点を結んでいなかった。魂そのものが恐怖に震え、激しく揺さぶられているようだった。
しばらくして、レイは今にも息が切れそうな小さな声で呟いた。
「……怖い」
その脆い一言がテーブルの上へ落ちた瞬間、紫苑の背筋にぞっと鳥肌が立った。
レイがここまで言うのは、初めてだった。
説明もできず、理由もわからず、ただ怖いと。
紫苑はすぐに立ち上がった。そしてほとんど反射的に、レイの前へ体を移した。
峰がその動きを見据え、低く硬い声で警告した。
「絶対に扉を開けないでください」
じゃきり――!
それと同時に、冥渡家の全員が一斉に武器を抜いた。四方に護符が展開され、青白い刀身が姿を現し、空中には結界の文様が淡い光を放って浮かび上がった。
しかし玄関扉の向こうは、不気味なほど静かだった。
その異様な沈黙の中を突き破るように、誰かがひどくゆっくりと、気だるげな声を扉の向こうから流し込んだ。
女の声だった。
それでも決して軽くはなかった。ひどく低く、厳かで、傲慢なほど余裕を含んだ声。聞いた瞬間、誰もその声を普通の人間のものだとは受け取れないほどに。
「少し警戒しすぎではないか、そなたら」
部屋の中の呼吸さえ、ぴたりと止まった。
その声は気味が悪いほど優しかった。だからこそ、さらにぞっとするような威圧感を帯びていた。
「ただ、気になって来てみただけだというのに」
レイの体が、その一言でさらに大きく震えた。
峰が初めて、本当に一度も見せたことのない露骨な警戒心を目に宿し、玄関を鋭く睨みつけた。
扉の外の声は、笑みを含んだ吐息を乗せ、ひどくゆっくりと続いた。
「今のあの子が、どんな姿で息をしているのか」
ぎぎぎぎ――。
今度はノックではなかった。鋭い爪で冷たい鉄扉を、ひどくゆっくりと、押し潰すように引っかくおぞましい金属音が鼓膜を削った。聞く者の末梢神経を一本ずつ摘まみ、引き抜いていくような、加虐的な音だった。
「この身も」
「一度くらい、直接見てみたくなるものだろう」
紫苑は何も言えないまま、玄関のほうを睨んだ。
香りはどんどん濃くなっていた。レイの手は、まだ冷たく震えている。峰も、冥渡家の者たちも、全員が固まっていた。
そして紫苑は直感した。
分厚い鉄扉一枚を隔てて、“本当に巨大でおぞましい何か”が訪れているのだと。
---
読んでくださってありがとうございます。
次回は毎週水曜日、18時頃に更新予定です。




