セクメト
『はははっ! 逃げるのだけは得意か? 攻撃しなければ勝てんぞ!』
『無茶言ってくれる……!』
セクメトは素早い動きで矢や魔法を避け、タケルたち冒険者の懐に飛び込んで攻撃してくる。
対峙しているのはランカーたちのはずなのに、セクメトが速すぎて、避けるのに精一杯で反撃ができない。
なんとかして動きを止めるか、攻撃の合間の止まった隙を突いて攻撃するか……素早い相手なら足を重点的に攻撃して機動力を削ぐのが定石だろうが……。
『確かにお前たちの武器は強いのだろう……だが、当たらなければどうと言うことはない!』
セクメトは降り注ぐ遠距離攻撃を巧みにかわし、後衛の一人に狙いを定めて拳での一撃を入れる。
『ぐっ……!?』
その後衛職……魔法使いは重い一撃に吹っ飛ばされ、壁に激突して動かなくなる。
……おいおい、ランカーのはずだぞ? 一撃ぐらいは耐えるHPと防御力はありそうなものだが……それ以上にセクメトの一撃が重すぎるのか……。
『まずは一人……さあ、我にダメージを与えねば、どんどん苦しくなっていくだけだぞ……?』
セクメトは立ち止まり、タケルたちを挑発する。それだけ余裕ということなのだろう。
しかし、ランカーはその隙を見逃さない。
『バインド!』
『む?』
一瞬の隙を突いて、拘束魔法がセクメトを襲い、セクメトはツタで雁字搦めになる。
そこにタケルたち近接職が襲い掛かる……のだが。
『ふんっ!』
『……は?』
は……?
おそらく、リアルタイム配信を視聴している全員の心が一つになる。
セクメトは筋肉キャラがシャツを破るかのごとく、バインドでの拘束を軽々と一瞬で振り解いてしまう。……嘘だろ? 脳筋ここに極まれり、ってやつか?
『……なら、こうだ!』
距離的に攻撃が間に合わないと判断したタケルは双剣の片方をセクメトに向けて投げつける。
振り解く際の一瞬の遅れによる隙を突き、セクメトの太腿にほんの少しではあるが剣が掠る。
『ちっ、そのでっかい太腿を狙ったって言うのによ……』
『ははは、面白い。我に傷をつけた者は久しぶりだ……気に入ったぞ、名を名乗れ』
『……タケルだ』
『そうか、タケルよ、もっと我を楽しませよ!』
セクメトはタケルに向かって突進し、拳での連撃を試みる。
しかしタケルもさすがにランカーだけあって、紙一重で攻撃を避け続ける。ただ、片方の剣を投擲してしまったので、攻撃を捌くのに苦戦しているようだ。
『ケガをしたってのに元気だなあ!』
『この程度の傷で怯む我ではない!』
『ぐっ……』
タケルは剣をセクメトの拳で弾かれ、態勢を崩す。
そこにセクメトの一撃が入ってしまう……が。
当たる瞬間に咄嗟に後ろに跳び、勢いを少しばかりではあるが削ぐ。
どうやら被ダメージを20%軽減できる『受け流し』というスキルらしい。
しかし、それでも半分以上のHPを一撃で削られてしまう。
『ほう……我の一撃を耐えるとは。ククク、その強さなら我の婿にしてやらんこともないぞ』
『えっ』
『我々の業界ではご褒美です』
『ちょっと俺、セクメト様に見初められるようにレベル上げしてくる』
『俺も俺も』
……チャットの皆さん、緊張感がないな……。
まあ推しのモンスターにこういうことを言われたらそうなるのも無理もないかもしれないけど。
『タケル殿、ここは儂に任せてもらおう』
武器を失ったタケルの前にタイガさんが立つ。タケルが武器を回収して態勢を立て直すために、セクメトの攻撃を正面から受けるのか……。
『そんな盾で我の攻撃を防げるとでも?』
『やってみねば分かるまい?』
『……面白い』
セクメトはタイガさんに向かって思いっきり踏み込みながら拳を振り上げる。
タイガさんはその動きに合わせて、あえてセクメトに向かって盾を構えて突進する。
『ぬぅぅっ!』
『……ぐっ!』
なるほど、相手の速さを使って衝突の衝撃を大きくすれば……。
タイガさんの読み通りセクメトは軽く吹っ飛ぶが、タイガさんの盾は砕け散り、タイガさん自身も大きく後ろに吹き飛ばされるほどのダメージを負うことに。
そして、態勢を崩したセクメトに矢と魔法が一斉に足に向かって放たれ、何発かは命中したようだ。
タイガさんはすぐさま態勢を立て直し、新しい盾を取り出して攻撃に備える。
『なるほど、我の力を逆に利用するか。だが……我が物理だけの女とでも?』
『なっ……! 回復魔法?!』
矢と魔法で受けた足の傷を癒やすセクメト。確かに癒しをもたらす女神でもあるけど、物理も魔法もどっちもいけるのか……。武闘家タイプだと思ってたら勇者タイプってずるくない?
『……おっと。こちらも増援が来たようだな』
セクメトが後ろを振り返ると、ダンジョンの途中で倒したモンスターたちが増援として現れた。リポップ早いな……。
そして、全員虚ろな目をしているということは……まだ操られているようだ。
プレイヤーは死亡すると操られているのは解除されるようだが、もしそれがモンスターも同じなら……。
セクメトの後ろに、誰かがいる……?
セクメトは戦闘をしていたので、復活したモンスターを再び操る隙はなかったはず。
……しかし、そんなことを悠長に考えている時間は与えられず、セクメトは再び攻撃を仕掛けてくる。
『おいおい、ザコモンスターまで合流されちゃ敵わないだろ』
『こっちも増援が到着してきているとはいえ、ザコを倒してもまた復活するだろうし……』
『それならセクメトを先に倒すのがいいのか?』
『気軽に言ってくれるなあ……』
チャットにも絶望感が漂っているが、実際に戦闘しているタケルたちはもっと絶望しているだろう。
俺たちが行ってマーメイドクイーンさんを召喚するという手もあるが、マーメイドクイーンさんのスキルが強すぎて地下が崩壊して生き埋めになりかねないし、どうしたものか……。
『……タケル殿、次にセクメトが態勢を崩した時がチャンスだ。頼むぞ』
『……おう!』
どうやらタイガさんにはまだ策があるようだ。マーメイドクイーンさんの加護武器を回収したタケルに耳打ちし、防御態勢を取る。タケルはその後ろに控えて隙を伺うようだ。
『盾を変えたところで!』
セクメトが再びタイガさんに向かって突撃してくる。
タイガさんは盾を斜めに構え、姿勢を低くして迎え撃つ。
一撃、二撃とセクメトの攻撃が入るものの、持ち前の力と防御力でタイガさんはセクメトの攻撃を盾で受け止める。
『それなら、もっと強く打ちこむだけよ!』
セクメトが拳を大きく振りかぶって、タイガさんに飛び掛かりながら攻撃を仕掛ける。
そして、タイガさんの盾にセクメトの拳が打ち付けられる、その瞬間。
『……ぐっ! ……風よ!』
『ぬぅっ?!』
タイガさんは盾から手を離し、セクメトの攻撃を身体で受ける。
それと同時に風魔法を発動し、セクメトの足元にある盾を、セクメトごと上空へと吹き飛ばす。
『……喰らえ!』
どんなに強いモンスターでも、飛べなければ空中で態勢は立て直せない。
そこにマーメイドクイーンさんの加護武器を持ったタケルが斬りかかる。
『……ぐぅっ!!』
タケルは4回攻撃のスキル『乱舞』を双剣で発動し、弱点属性の攻撃を8回クリーンヒットさせる。
更に、アルテミスさんたち弓兵の属性矢、他のランカーたちの水魔法で追撃が行われる。集中攻撃により、セクメトは致命的なダメージが与えられ……。
『ククク……見事だ……』
セクメトは空中に消えるように姿を消し、跡には魔石が残る。
『た……倒したのか?』
『みたいだな……でも、セクメトもモンスターならどこかで復活するんじゃ……』
『とりあえず、奥に向かえばいいのか……?』
『ん……? セクメトを倒したのにモンスターの目が虚ろなまま……?』
『操られている状態は術者を倒しても継続するのか? それとも……』
セクメトを倒しても他のモンスターたちとの戦闘は止まらない。
これはやはり……他に術者がいる……?
『すみません。後方支援部隊の方のうち、効果範囲が狭い状態異常無効化鉱石をお持ちの方は、ピラミッドの入口に陣取ってください。もしかしたら、黒幕が逃げてくるかもしれません』
俺は攻略組にいるアトラスさんを除いたいつものメンバー……アテナさん、レックスさんと共にピラミッドへ急いで向かうことにした。
**********
そして、ピラミッドの入口で待機すること5分弱。
予想通り、ピラミッドから少年ぐらいの背丈の褐色の獣人が走って飛び出してきた。
「……逃げるつもりですか?」
「……そんな、ピラミッド内部まで届く結界は張られてなかったのに……! ……それなら!」
褐色の獣人は俺たちを見ると、すぐに魔法を使ってくる。
しかし、その魔法は状態異常無効化鉱石の効果によって打ち消される。
効果範囲の狭い状態異常無効化鉱石を使っているのは、範囲が広いとピラミッド内部にまで結界が伸びてしまい、こちらに感づかれると思ったからだ。
「ライア!」
「きゅっ!」
俺はライアのバインドで褐色の獣人を拘束する。
「やはりモンスターを操っていたのはセクメトではなく他の人……あなたでしたか」
「……なぜ私だと気付いた?」
「セクメトが戦闘中なのに復活したモンスターが操られていたこと、セクメトを倒してもモンスターが操られているのが解除されなかったこと、ですかね」
「そうか……それと、どうして私がここに来ると分かった?」
「ピラミッド内部に操られたモンスターが湧き出ることから、おそらくどこかからポータルのようなもので転移したのだと考えました。これは、非常時に逃走経路としても使えると思いまして……もし、岩石砂漠にも設置されていたら逃げられていましたが……」
岩石砂漠にはモンスターが湧き出るポイントが無かったため、転移装置はないものと判断した。
もし装置があれば、急襲して陣地を取り返してくると思ったからだ。
一方で、ピラミッドの一部には謎の文様が刻み込まれていた場所が数か所あった。おそらくこれがポータルのようなものだったのだろう。
「なるほどな……私の負けだ。私を倒し、モンスターたちを解放するがいい」
「……あなたを倒しても、また復活して再度モンスターを操るのでは……?」
そう、ワールドクリエイターズではモンスターは倒しても復活する。
イベントのジャイアントオーガや巨大な鉱石喰らいはイベント限定モンスターのためか復活はしなかったが、この褐色の獣人はイベントモンスターではない。
それなら、時間が経てばどこかでまた復活するはずだが……。
「この誰かを操るスキルは神から与えられた『一度死亡するまで有効なスキル』だ。ここで私が倒されれば、このスキルは二度と使うことはできなくなる」
神って……運営のことだろうか。
となると、この砂漠の一連の出来事も明示されていないだけで、イベントみたいなものだったのかな。
「……分かりました。それでは最後に、あなたの名前を教えてください」
「……ヘカだ」
「ありがとうございます、それではヘカさん、お覚悟を」
俺はシルフハンマーに武器を持ち替え、拘束されているヘカに大きく振りかぶる。
そして、インパクトの瞬間にチェンジウェポンで強めの加護の付いたマーメイドハンマーに入れ替え、一撃でヘカを討伐するのだった──。
**********
……その後、ヘカに操られていたモンスターたちは解放され、元の生活へと戻っていった。
解放されたラミアに何度もアタックして、ラミアをペットモンスターにしたプレイヤーもいるとか。
また、モンスターたちは操られていた時の記憶もあるらしく、その時に異なるモンスター同士で協力したこともあり、交流を始めて仲良くなったモンスターたちもいるらしい。
……そのおかげで、モンスター同士の連携が取れるようになって、プレイヤーからしたら手強くなったようだけど……。そういう副作用もあるんだな……。
セクメトは油断していたとはいえ、自分を倒すきっかけとなったタイガさんとタケルに興味津々なご様子。
モンスターは死亡時に戦闘の記憶が消えるはずなんだけど、セクメトは特殊なのだろうか。フィーリア……バステトもNPCとして仲間になったし、獣人は特殊個体なのかもしれない。プレイヤーの選べる素体に獣人もあるしね。
そのせいで、タイガさんとタケルはセクメトに言い寄られることになるんだけども……ま、二人には頑張ってもらおう。
そして、ヘカは復活後、行方知れずとなっている。
モンスターたちを操って支配していたのだから、そのスキルを失った今、ここに留まることはできないのだろうが……。いろいろと聞きたいこともあったんだけど……しょうがないか。
ちなみに、ヘカを討伐した後、新しく『呪術』スキルが解放された。
ヘカは魔術や呪術を神格化したものだから、なるほどとなっているプレイヤーも多数いたなあ。
そして、俺はというと……。
「……ほう、このトランプという遊びは戦略性があって楽しいな。気に入ったぞ、コウ。お前も我の婿になるか?」
「きゅーっ!」
「はっはっは、そうだったな。悪い悪い。コウにはお前たちがいるんだったな」
「きゅっ!」
……砂漠でも遊具は人気のようだ。
最初はフィーリアに「他のバステトたちにも楽しいことを教えてあげて欲しいにゃ!」と言われて始めたのだが、いつの間にかセクメト……さんやラミア、リザードマンたちまでをも巻き込んで遊んでいる。
……仲良くなったおかげか、強力な火属性の鉱石が手に入る場所を教えてもらったり、砂漠に眠る財宝の噂を教えてもらったりなどなど、さまざまな情報を入手することができた。
特に強力な火属性の鉱石を手に入れることができたので、これが風属性の強力なモンスターが蔓延るキヴァナ峡谷の攻略の足がかりになるといいのだが……。
「くっ……我の負けか……ライア、もう一回、もう一回だ!」
「きゅー♪」
「セクメト様は力は強くてもこういうのは弱いんだにゃー。意外だにゃー」
「ぐっ……い、いずれお前たちも叩き潰してやるからな! 力ではなく、頭で!」
「セクメト様なら『頭で』と言いながら、頭突きしてきそうな気がするにゃ……」
「……やってやろうか?」
「じじじ、冗談にゃ! そうやって熱くならずに、冷静に考えれば勝てると思うにゃ!」
「なるほどな……確かに熱くなり過ぎるのもよくないな……タイガたちに倒されたのも冷静さがなかったからで……」
「(助かったにゃあ……)」
……とりあえず、今は平和になった砂漠で皆と遊ぼうと思うのだった。




