弔い
ルナヴェールが部屋に出るとヴェシルダはあくびをすると今日は休んで明日か逃げ道を探すと言った。マリエルはあたかもルナヴェールが明日も寝ていると分かっているような言いぐさに驚いた。ルナヴェールが彼女と会うのは今日が初めてなのに。
「あいつは何百年、生きてるって言った?体に莫大な魔力をため込んでいるけど肉体は人間だ。」
「魔力を適切に維持して、長く生きるにはの体の時の流れをゆっくりにする必要がある。」
「当面は起きてこないさ。」
確かにルナヴェールは物憂さげに見える。活発とは言い難い。肉体の時の流れを調節すると言いう考え方は納得がいくが、本人は生と死の外にあると言っていた。どちらが正しいのだろうか。マリエルはこの屋敷で言われた、生と死の概念について考え始めた。
ルナヴェールは肉体と魂と記憶について色々と問うてきたが、未だにその答えについて考え、答えを導き出せていない。マリエルはヴェシルダにルナベールとのやり取りの事を話し、生と死の違いについて聞いてみた。ヴェシルダは一瞬、考え込んだが、動ける事が出来れば生きている事で、その他は死んでいると答えた。マリエルは聞く相手を間違えたと思った。
「しかし、魂と記憶と肉体の話は面白い。特に記憶と言う言葉はな。」
「記憶ならおとぎ話に生まれ変わりの話があるな。しかし、魂と記憶は別なら記憶は何処に行くんだ?」
確かに記憶の置き所が分からない。死んだ英雄が生まれ変わって、また悪魔を打ち滅ぼすなんでおとぎ話は、どこの国でも部族にでもある。死んで魂がどこかに行って、記憶は何処に行くのか。
ヴェルシダはまじめに考えるマリエルに、魔女がからかっているだけだと言うと、立ち上がり自分の部屋に向かった。マリエルは許可がない部屋には入ることが出来ないと言ったが、ヴェシルダは分かっていると言って部屋から出て行った。屋敷の仕掛けは特別な物ではないらしい。
マリエルは後片付けを始めた。放っておけば屋敷がするのだが、なにかしていないと生と死の問題の話が頭にまとわりついて離れない。これでは眠ることもできなくなる。マリエルは時間をかけて丁寧に食器を洗うと、曇りが無くなるまで拭きあげて棚にしまった。それでも時間があるので、明日の朝食の仕込みをした。
ようやく終わると夜も更けていた。ゴミを裏庭に出しに行くと、何かが転がっているが無視した。明日、ヴェシルダに森の奥にでも持って行ってもらいたい。しかし、その何かは月明りに照らし出されて静かに目を閉じているのが分かる。マリエルは急に死について思った。それは悲しいと言う事だ。
ここに来る前に失った仲間たち。調査団の一員に抜擢されたときはみんなで喜んだ。聖王国での日々が報われたのだと。そして、あの化け物に襲われみんな死んだ。
マリエルの頬から涙があふれ出す。もう、過ぎた事と思っていたのに。
遺体すら見つからなかった仲間たちの為に、せめてお墓でも作ってあげたい。この転がっている首も野ざらしでは哀れだ。マリエルは納屋からスコップを持ち出すと、裏庭の片隅に穴を掘って首を埋めた。埋めた後に、その辺にあった石を置いた。マリエルの部族では石工が石を縦長に割り名前を刻んだ。ここでは何もできないので、仲間たちの分は石を置くだけにした。そして、二人の名前を言って謝った。自分だけが生き残って、そして助けてあげられなかったことを。
「何してるんだ。」
マリエルが立ち上がろうとするろ、いつも間にかヴェシルダが背後に立っていた。驚いたマリエルは涙を拭うことが出来ずにいた。
「墓か?誰か死んだのか?」
マリエルは仲間の話をした。ヴェルシダは黙ってい聞いていたが、話が終わるとマリエルの仲間の墓石を手に取ると握り締めて何かの言葉を詠唱した。マリエルはそれが土や石、大地に関する言葉だと分かった。詠唱が終わると墓石をマリエルに渡した。
「石を土に戻すところで止めた。今なら名前が彫れるぞ。急げ。」
ヴェルシダはそう言ってナイフと石を差し出した。確かに粘土のようになっている。マリエルは急いで名前を彫った。ヴェルシダは二人分の石を同じようにしてくれた。マリエルは改めて仲間の名を刻んだ石を置いてやった。
ヴェルシダは領主の墓を掘り起こすと、首を掘り出して火の言葉を詠唱した。首は炎に包まれ灰になって、風に乗って消えてしまった。ヴェルシダは魔族では灰にするのが慣わしと言い、感情的になったとはいえ、遺体を転がしておいたのは恥ずべき行為だったと言った。そして、マリエルに礼を言った。
「お前の弔いの姿を見なかったら、この者の体はここで朽ちていただろう。」
「理由はどうあれ、死ねば皆、灰になって風に乗って故郷へ帰る。ありがとう。」
マリエルはヴェルシダの礼節やしきたりに対しての態度に感銘した。そして、人間と魔族は共通の概念がある。長いにらみ合いと戦争は分かり合えないから起こる。マリエルは彼女を通じて魔族の事をもっと理解したいと思った。
マリエルがヴェルシダに仲間の墓碑の事の礼を言うと、自分の寝床が無いと言い出した。どこの部屋も鍵がかかっている。それで、マリエルを探しに来たと言った。ルナヴェールか屋敷かどちらかは分からないが、部屋の使用を許可していないらしい。マリエルは自分の部屋で寝ると良いと部屋に案内した。
ヴェルシダと一緒の時間は長くなりそうだ。マリエルはそう思うと、彼女と友達になれないかと思った。




