ヴェシルダ・ナクタリス
ルナヴェールとマリエルは屋敷に着くと広間に入った。ルナヴェールは担いでいた魔族の女を床に放り出すと椅子に座り言った。
「もう、狸寝入りはよしな。お前の事を聞きたいんだ。」
よろよろと立ち上がると、咳き込みながらルナヴェールに言った。
「森の向こうの領主の首をもぎに行く。連れて行ってくれ。」
ルナヴェールは溜め息をつくと立ち上がった。魔族の女に歩み寄り自分で行けと言うと、彼女の胸に手をあてた。一瞬、魔族の女の顔がこわばった。そして、肉の焼けるような音がして彼女は座り込んだ。
「それで瘴気がまとわり付くこともない。ただし、時間は短いからね。」
「そして、私の名はルナヴェール。魔女じゃないよ。」
ルナヴェールがそう言うと、魔族の女は相当痛かったのか肩で息をしながら、覚えていろよと毒づいて部屋を出て行った。マリエルが窓から覗くとふらふらと門のくぐって行くのが見えた。本当は逃げるための方便なのではないか。マリエルがルナヴェールに聞くと、どちらでも良いと言った。
マリエルはモランと言う行商人の事を思い出した。あの銀のプレートがあれば、瘴気の森を簡単に抜ける事が出来るのではないのだろうか。その事をルナヴェールに言うと、渡して何回も出入りされては困るし、何となく瘴気除けの刻印を思いっきり刻んでやろうと思ったと言った。
何となくですか。かなり痛そう見えたけど。
マリエルは魔族の女がルナヴェールの機嫌を損ねたのが悪いが、ルナヴェールも大人気ないと思った。とりあえずは夕食にすることにして、マリエルは食材を出して料理をしようとしたが、魔族の女の分も作ることにした。ルナヴェールは、今日は木の実でいいと言った。マリエルは、魔族から貰った野菜が無いので行商人から貰ったもので作ろうとしたが、口に合うかどうか心配だった。マリエル自身も食べるのに苦労したのだ。魔族にも口に合わない物があるだろう。
悩んでいても始まらないので、人間風で作ることにした。もしかすると、彼女と協力すれば共通に食べる事の出来る料理が出来るかもしれない。そう考えていいると、正面の扉を叩く音がする。魔族の女が入れろと叫んでいるのが聞こえた。いつもだったら屋敷の扉はひとりでに開くのに不思議だ。ルナヴェールが広間からホールに向かうと、すぐに帰った来た。
帰ってきたならと配膳を済ませると魔族の女が入ってきた。服に返り血なのかシミが多数ある。しかも、所々破けている。魔族の女は涼しげな顔で席に座った。
「首は裏庭に捨てておいた。血は井戸水で洗い落とした。満足だろう。」
この魔族の女は本当に領主の首をもいできたのだ。この屋敷は綺麗好きだ。返り血を浴びていたから入れてくれなかったんだろう。ルナヴェールが席を立ったのは、それを伝えに行ったからだ。一番かどうかは置いておいて、強いのは確かなのだろう。しかし、裏とはいえ庭だ。あまり余計な物を捨てないで欲しい。
ルナヴェールは何も言わない。魔族の女は出された食事を澄ました顔で食べ始めた。マリエルの目からみて、高貴な生まれの人の作法と変わらないと思った。どちらかと言えば、森の部族のマリエルは手掴みで食べたりする。狩った獲物の痛みやすい内臓も、栄養が取れる部位はナイフで切ってその場で食べる。マリエルは魔族の女の食べ方を見て、自分の食べ方が恥ずかしくなってきた。
「恥じる事はない。作法はそれぞれにある。大事なことは粗末にしない事だ。」
魔族の女は言った。マリエルは礼を言うと、料理は口に合うかと彼女に聞いが出されたものに文句を言うのは言語道断だと言った。かなり胡椒を振っているから無理をしているのが分かる。マリエルは、はじめは粗暴な魔族と思っていたが見方が変わった。
食事が済むとルナヴェールは魔族の女に、どうしてここに居るのかと聞いた。魔族の女は、そもそもはお前が連れて来たと言いながらも、事の経緯を話し始めた。
魔族の女はヴェシルダ・ナクタリスと名乗った。王の系譜の者で継承順位は十位。本人曰く、王の座を争うほどの位ではないと言った。しかし、何を考えたが父親がその他の継承者と組んで王を追いやろうと挙兵した。理由は色々あるようだが、長命種になると定期的に闘争心に火が付くそうだ。それで反乱軍は鎮圧され、もう抵抗しない証として王に人質として預けられた。
酷い扱いを受けたと言うわりに、自由にしていたと思われる話が出てくる。家にも自由に帰っているようだし、晩餐会にも出ている。ルナヴェールに人質として出されたのは、厄介払いだったのだろう。魔族の王が悲壮感もなく人質として渡す。しかも自らの提案して話が済むと、そそくさと退出した。本当にあれが王なのか疑問に感じる。
しかし、傍若無人だがしっかりとした物言いに、ナクタリスと言う家の名前があるのを羨ましいと思った。森の部族のマリエルは森の奥の村の住んでいたので、自己紹介は「森の奥の村のマリエル」で通っていた。森の人間も町の人間もほとんどがそうだ。
「あんたを罠に掛けた領主の首は取った。だから、私には用は無いだろう。」
「ここから出してくれ。家に帰る。」
ルナベールは遺跡と自身に魔族の王が関与しない証にお前がいると言い、今後は大人しく命に従えと言った。ヴェシルダは立ち上がると自分が王になり、ルナヴェールと遺跡に関与しないようにすると言い出した。だから、帰って挙兵すると言い出した。ルナヴェールは溜め息をついて返事をしない。
あまりにも短絡的な発想だとマリエルは思った。彼女の父親が挙兵したのは、こんな感じではなかったのだろうか。それが、彼女の個性なのか魔族全体の傾向なのかは分からない。しかし、ルナヴェールは彼女を帰すつもりは無さそうだ。いつまで続くか分からないこの生活を通じて、彼女と上手くやっていけるのか不安になった。
「とりあえずはお互いの立場を明確にしよう。マリエルは私の物だ。次にヴェシルダは人質だ。」
「マリエルとヴェシルダに明確な上下関係はない。だが、二か月ほどマリエルが先に此処に来た。」
「お互いに私が面倒だと思う事はするな。」
そう言ってルナヴェールは私室に戻って、少し寝るといって部屋を出た。マリエルはここに来て、初めてルナヴェールが寝ると聞いた。マリエルは、何となくこれも「忘れないため」の行動だと思った。彼女にとって、少しとはどれくらいの時間なのだろうか。お茶も木の実も、大体は一週間に一回だった。
一週間はヴェシルダと二人きりだ。マリエルは不安になったが、食事の時の振る舞いを見ていると、喧嘩などは無いと思った。
「これは好機だ。この屋敷から出る方法を一緒に探すぞ。一緒に逃げよう。故郷が恋しいだろう?」
マリエルはヴェシルダの学ばない姿勢は、彼女の個性だと思った。




