27話 狩人の男に遭いました
ここからロザンナの視点になります。
「誰だ!」
鋭く問い質されたわたくしは、男がナイフを手にしたのを視界に捉え、敵意がないことを示す為にも、手を挙げてゆっくりと立ち上がりました。
大きな木を背にナイフを持って座っている男は、薄暗い中でも、顔を顰めてわたくしを睨みつけているのが判ります。動物か或いは魔物の革で作られた頑丈そうな服と、飾りの白い羽根が一本ついた前下がりに尖った帽子をかぶっております。帽子サイドのツバが捲り上がっており、いかにも狩人といった風貌でございました。
「そこで何をしている?」
男はゆっくり立ち上がって、わたくしへナイフを向けました。その容貌は、帽子が陰になり、はっきりと窺うことは出来ませんが、声や姿勢から、まだ年若いことが伺い知れます。
「じ、じつは、あの、えっと、助けてくださいませんか?」
男が盗賊ではないという確信はありませんが、わたくしは一歩前に出ました。一か八かにはなりますが、もはや背に腹は代えられませんでした。このままなら、どうせわたくしは野垂れ死にしてしまうでしょう。
「……」
男は怪訝な顔のまま黙っていました。
――何とか仰ったらどうですか――などと生意気なことは言いません。なぜならナイフを向けられているのですから。何とかわたくしは、怪しい者ではないことを判って頂かなければなりません。
「こちらから良い匂いがしましたので、つい引き寄せられて来てしまったのです」
食べ物に釣られる侯爵令嬢ってどうなのでしょうか。言ってしまってから少々恥ずかしくなりましたが、こういう時は正直に言った方が信用されるものです。
「アンタ、お貴族さまだろ? こんな森の中で何をしているんだ?」
どうやらわたくしが貴族であることは気づいているようです。それなのに、この狩人はなぜ無礼な態度を改めないのでしょう。常識を知らないのでしょうか。しかしここは、男が粗暴で世間知らずなだけで、良心的な人であることを願うしかありません。例え悪人であったとしても、ここまで来たら、もう選択肢などないのですが……。
「はい。わたくしはサグランティーノ侯爵家の長女ロザンナと申します。父の使いで、王都からユレイブの街へ行く途中の街道で、盗賊に襲われてしまいました」
盗賊のことを思い出すと怒りが込み上げてきます。が、男はそんなわたくしの気持ちなど、一切察することなく、顎をしゃくるようにナイフを振って、話の続きを促してきました。とんだ無礼者です。
「えっ、あ、はい。それで、わたくしだけが殺されずに捕まったのですが、隙をついて逃げ出すことが出来たのです。ただ……どれだけ歩いても一向に街へ辿り着くことが出来ず……」
「盗賊のアジトはここから南だ。ユレイブの街はもっと南だ。アンタ、反対に歩いてきているぞ」
なんと! 自分ではだいぶユレイブの街に近づいていたつもりでしたが、まさか逆方向に歩いていたとは……、驚いて声も出ませんでした。
「そ、それで、大変申し上げにくいのですが……。今日で森を彷徨って三日目になります。これまで水と、森で見つけた果実を齧ったくらいで……。その……お肉というか、何と言いますか、食事らしい物を何も口にしておりません。少々で構いませんので、分けて頂けないかと。それから、もし良ければ街までご案内頂ければと……」
わたくしは、その良い匂いのするお肉から目が離せませんでした。何のお肉なのかは判りませんが、齧り付きたい衝動で、ヨダレが口端から出てしまいそうです。もちろん淑女なので垂らしたりはしませんが、わたくしの舌は唾で溺れてしまいそうですわ。
男は腕を組んで考え込んでしまいました。わたくしの要求のどこに引っ掛りを覚えていらっしゃるのでしょうか。もし街まで案内することが難しいのならば、せめてお肉だけでも頂けないかと、交渉し直すべきでしょうか。
そこで、わたくしはハッと、気が付いてしまいました。うっかりです。
相手は狩人でした。動物を獲ってそれを生業としている人です。その狩人に――お肉をくれ――と要求するのは、鍛冶屋で剣をタダでくれと言っているようなものではないかと……。
「あっ、もちろんお金はお支払い致します。街へ戻ったら、必ず貴方が満足頂ける金額をサグランティーノ侯爵家の名にかけてお約束いたしますので、どうか、その、是非に……」
ふと狩人の男の気が緩んだように思えました。
「わかった。なら、こっちへ来な」
やはり何かを得るなら、しっかり対価を払うべきだということですね。気づかぬうちに、わたくしは図々しいお願いをしてしまっていたようでした。さすがは王都を追放されるような悪役令嬢といったところでしょう。改めて己の立場を弁え、身を引き締めていかねばなりません。
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短編『特別な存在』良かった読んで下さい。
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