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11話 カレライセウ

ブックマークしてくださった方、ありがとうごさいます。本当にありがとうございます。心から感謝します。

 女が装備を整えてからは、その行程は殊の外順調に進んだ。半日で着くところを、今回は丸一日掛けて進んだのだから、当然と言えば当然かもしれないが、ともかく、暗くなる前に一日目の予定キャンプ地である洞窟に到着できたのは僥倖だった。


 俺は、女が川で水浴びをしている間に、洞窟の入口に魔物除けの香を焚き、内部には虫除けのオイルを満遍なく撒いた。そしてテントを二つ並べて設置すると、洞窟の外で火を起こして、やぐらの上に大鍋を置いた。


 大鍋の底に豆の油を引いて、ブツ切りにしたホロホロ鳥の肉を放り込み、オニオンも一緒に入れて炒める。そしてすこし色付いてきたら、皮を向いたキャロットとポテトを足して、あとは大鍋の半分くらいまで水を入れて蓋をすれば、しばらく待つだけだ。


 『魔法の袋』から、山小屋の近くの湿地で栽培しているコムエという、街では誰も食べてない穀物をカップに五杯だけ取り出すと、笊に入れて川へと向かった。


 実はこのコムエであるが、父は、狩りというより、この為に春から秋にかけて山小屋に籠るようになったと言っても過言ではない。父が言うには――生きていく上で必要不可欠なモノ――であり、長きに渡る研究と品種の改良を繰り返し、ようやく辿り着いたモノなのだそうだ。


 その父の形見とも言えるコムエであるが、父が死んでから湿地は荒地になっていた。コムエの栽培はかなり大変であり、またコムエの世話は父が殆ど一人でしていたこともあって、俺はよく判らないのだ。また俺には父ほどコムエに対する執着はなかった。一応、コムエの種子は『魔法の袋』の中にとってあったが、おそらく今後、俺が栽培に着手することはないだろう。今『魔法の袋』の中にあるコムエは父が生きていた頃の残りであった。それでもまだ大樽で30本以上もある。おそらく俺だけならば、一生かかっても食い尽くすことはないだろう。


 川につくと、女はすでに水浴びが終わったのか、陸地で濡れた体を拭いているところだった。そして目が合って、「キャッ」と頬を赤らめる。もう裸を見られることなど、今更だろうし、一度、開き直ったのではないかと思うのだが、恥じらいが復活してしまったようだ。


 ふと山小屋についてからのことを考えると、先が思いやられる。俺は女の全身の毛という毛を剃らなければならないのだから……。


 「何をしているんですか?」

 狩人の服に着替え終えた女は、俺の手元を覗き込む。


 「コムエを洗っているんだ」

 俺は、川の流れの中で、コムエをガシガシと洗う。


 「その白いモノはコムギなのですか?」


 「コムギじゃない。コムエという別の穀物だ」

 父はそう呼んでいたが、それが本当の名前かどうかは判らない。俺は笊を振って、残った水を切ると、洞窟へと戻る。女もその後ろをついて来た。


 焚火の前に立つと、大鍋の蓋をとる。中を見ると良い感じに煮込まれているようだった。出ていた灰汁をお玉で掬って外に捨てる。そしてまた蓋をして、今度は、大鍋の横に小鍋を置き、コムエと同量の水を入れて、それにも蓋をする。


 「火が小さくなってきたら、薪を足しといてくれ」

 「はい、かしこまりました」


 俺のすることを物珍しそうに終始見つめていた女は、使命感を覚えたように返事をした。


 リュックサックから綿布を取り出すと、俺は川へと向かった。おそらく髪喰い虫は移っていないだろうが、念のため女と同じように水浴びをしているのだ。それに、もしそうでなくても汚れを落とすのは健康の為に悪くないはずだ。父はやたらと綺麗好きだった。山小屋には、狩人に似つかわしくないかなり豪華な風呂があり、それに毎日入るのだ。妙なことに街にいる時よりよほど清潔な暮らしをしていた。



 洞窟へ帰ると、火の手が上がっていた。


 「おい、薪をくべすぎだ」

 俺は焚火から何本か木を抜き、舞い上がった煤煙を風の魔法で飛ばす。


 グツグツ煮えたぎった大鍋をやぐらから降ろすと、父が作った香辛料を入れた。薬草やハーブを何種類も混ぜ合わせて作られた、父渾身のブレンド調味料である。その製造法は父の書き残したモノがあったが、俺はそれを再現する自信はない。これも父が作り置きしていた物の残りである。


 「変わった臭いがしますね」

 女は何とも言えないという顔をしている。


 「慣れない臭いだろうが、食べると美味い。父の好物だったものだ」


 そして大鍋をやぐらに戻すと、そろそろ火が通ったであろう小鍋をやぐらから降ろした。コムエはそのまま放置して蒸すのだ。大鍋の中を木べらで掻き混ぜながらグツグツと煮ていく。そして馴染んできたところで、刻んだガーリックを入れ、とろみをつけるヤギの乳で作ったヨーグルトを加えた。


 「しかし、色々と出てきますね。一体、どこから出しているのやら……」

 「リュックサックの中だ!」


 女の鋭い追及を何とか躱す。それにしても疑い深い。もしかしたら、とっくにバレているのかもしれない。魔道具の知識と言う点において、やはり貴族は侮りがたい。


 「出来たが、アンタは食べないのか?」

 すこし、イラっとしたので、そんなことを言ってみる。


 「いえいえ、いただきますよ」

 悪戯が成功したような顔をしている女の顔が小憎らしい。

 

 俺は、煮えたコムエを木皿の半分に盛り、空いたところに大鍋で作ったものを入れて女に渡した。そして、同じように自分の分も装った。


 女は、恐る恐るスプーンで掬い取ると、食べる前ににおいを嗅ぎたいようだったが、儀礼に反すると思ったのか、そのまま一気に口の中へ放り込んだ。そして、一つ噛んで、二つ噛んで、目を丸くして驚いている。


 「こ、これは! お、おいしいですわ。これまで食べたことがありません。何て言って良いか、甘みと辛みと、少々の苦味もあって、もう、わけがわかりませんわ。でも、すんごく美味しいです。不思議と美味しいです。幾らでも食べられそうです。スプーンが止まりませんわ」


 「もういい、わかった。黙って食べろ!」

 女があまりにうるさいので注意する。


 女はハッとして、コクコクと頷き、モクモクと食べる。そして食べ終わって、空になった木皿を未練がましく眺めていた。


 「まだあるぞ、食べるか?」

 「はい、是非お願いします。これを食べられるだけで、あなた様の嫁になった甲斐があったというものですわ」

 「……嫁になんてしてないぞ」

 「えっ? そうなのですか?」

 「そうだぞ」


 どさくさ紛れに、女はとんでもないことを言う。


 女は少し不服そうに頬を膨らませていたが、二杯目を木皿に装うと機嫌を持ち直した。


 「ところで、この美味なる神の如き料理は何という名なのですか?」

 

 「カレライセウ……と父は言っていた。が、父の発音はたまに聞き取りにくい時があってな、もしかしたら違うかもしれないが、俺にはそう聞こえた」


 普段の父は普通に話すし、発音や言葉におかしなことはなかったが、たまに独り言で妙な言葉を使うことがあった。とくに父が発明したモノや新発見したモノに名前を付けたりする時、聞き取れないことが多かった。


 一度、「僕の本当の名前はリオトゥーローだ」と言って、俺に復唱させ、「違う、リオトゥーローだよ」というので「リオトゥーロー」と答えると、消沈して、「何で伝わらないのかなぁ~。本当はユレイブもユレイブなんだけどなぁ」と嘆いていた。父が本当はどう言わせたかったのかは、未だに判らないし、父が死んだ今、もう判ることもない。

評価をよろしくお願いします。



短編をアップしました。良かった読んで下さい。

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