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井ぴエの毎日ショートショート  作者: 井ぴエetc


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1367/1368

第1367話 伊賀と甲賀の狭間にて


 野兎のうさぎを追ってやぶのなか。

 へびごとくに身をひそめていると、笛を吹くようなき声が空でひびき、ひゅうっ、ととんびが急降下してきた。

 あっという間に獲物えものを横取りされて、唖然あぜんとしながら空をあおぐ。

 鬱蒼うっそうとした山林を吹き抜ける風はおだやかで、いましがた起きた命のやりとりなど些細ささいなことと言いたげだ。

 悠々ゆうゆうと雲が流れている。

 染まりはじめた紅葉をかして、そそ陽射ひざしに目を細めていると、ピーンと糸をったみたいな、冷たい感覚におそわれた。

 かんだが、こういうときのかんはよく当たる。

 かすかな気配。

 武器をかまえる。

 見回りを交代するなんて知らせはなかった。

 同胞どうほうではない。

 となれば、敵だ。そうに違いない。


 ここは伊賀いがの里の領域りょういき

 そして、山のみねさかいにして、甲賀こうがの里の領域となっている。

 伊賀と甲賀は、古来より対立し続けている忍者の血筋。

 その確執かくしつはすさまじく、もはや犬猿けんえんなかなどという表現では生ぬるいほど。

 お互いを心の底からにくみ、ほろぼぼすことしか考えていない。

 忍者と言えば、伊賀か、甲賀か、二者にしゃ択一たくいつ

 常に利権りけんうばい合い、相手の隆盛りゅうせいこそが、己の衰退すいたいとなる関係だ。


 甲賀のやつが偵察ていさつにでもやってきたか。

 足音からわかるのは、相手がひとりであること、大柄おおがらな男であること、そして、かなりの手練てだれだということ。

 特別な訓練を受けた者特有の、足の運びだ。

 まっすぐこちらに近づいてくる。

 武士であれば仁義じんぎを通して、”何奴なにやつ!”とでもくのだろうが、あいにくこちらは忍びの者。この伊賀の里に無断で足をみ入れるやからには、死あるのみ。


 ねらいをさだめ、手裏剣しゅりけんを投げるが、手ごたえはない。かわされた。

 すぐに追撃ついげきしようとしたが、相手は逃げ去ったらしく、影も残さず消えていた。


 とにかく里に報告して、警戒けいかいを強化せねばならない。

 それにしても、随分ずいぶんと挑発的なことをしてくれる。

 たったふたつの忍びの流派として、どちらがより優れているか決着をつけるべきときがきたのかもしれない。


-*-*-*-*-*-


 巣穴から頭を出したけものをうまく仕留しとめたまではよかったものの、むじなかと思えばたぬきではないか。

 狸汁は獣臭くて好みではない。

 はあ、と落胆らくたんしていると、け寄ってくる足音が聞こえた。

 獣ではない。人間のものだ。それも、忍びの訓練を受けた者の足運び。

 ここは甲賀こうがの里の領域りょういき

 音がする方向は、伊賀いがの里の領域だ。


 伊賀のやつめ、なりふりかまわず甲賀へ侵入しんにゅうしようとしているのか。

 ふところから苦無くないを取り出し、大柄な人影めがけて投げはなつ。

 相手はなかなかの身のこなし。ひらりと跳躍ちょうやくして、こちらの攻撃からのがれると、伊賀と甲賀の狭間はざまの線をなぞるみたいにして走っていった。


 怪しい動きだ。

 いよいよ伊賀が、本格的に甲賀を攻めてくる予兆よちょうか。

 くすぶってばかりの小競こぜり合いに、うっぷんがまってばかり。

 因縁いんねん怨念おんねんに、恨みつらみは海よりも深し。

 いよいよ火がべるときが、やってきたということかもしれない。

 返りちにしてやるか、それとも、こちらから打って出るか。

 なんにせよ、甲賀が負けるなどありえない。


-*-*-*-*-*-


 大柄な男が山のふもとで頭をかかえていた。


「うーん」


 伊賀と甲賀の忍びの里にご挨拶あいさつうかがおうとしたのだが、問答無用で追い返されてしまった。

 忍者といえば、伊賀か甲賀だが、細々と生き残ったその他の流派も存在する。

 そのひとつを再興さいこうさせたものの、礼儀れいぎとしてふたつの里に知らせておこうなどと考えたのが間違いだったのかもしれない。

 お互いに、こちらのことなど眼中がんちゅうにないと言わんばかりの態度。

 二者の対立のことは知っているが、第三者の介入の余地よちがないほどに盲目的とは思わなかった。

 それとも、忍びとしての矜持きょうじあればこそ、突き放されたのかもしれないが、出鼻をくじかれた感はいなめない。


 意気消沈した大男が立ち去ると同時に、山奥では静かなる火蓋ひぶたが切られていた。

 忍び同士の殺し合いは、森閑しんかんにてひそやかに勃発ぼっぱつし、その結末を知る者はいない。


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