第1364話 一人二役
体と魂、ふたつがひとつで人間の命。
この世に赤ちゃんが生まれ落ちるとき、神さまが魂を入れて完成させる。
けれども、人間の数がものすごい勢いで増えたものだから、赤ちゃんに対して、魂の数が足りなくなってしまったのだった。
どうしようかと神さまは悩んで、ひとつの魂をふたつにすることを思いついた。
そうすれば、これまでの二倍の数の、人間の命を作れるようになる。
卵の殻を割るみたいにして、ぱかりと分かたれた魂ふたつ。
それぞれの断面を合わせれば、ぴったりひとつになるだろう。
-*-*-*-*-*-
生まれたときから、俺や、私には、目が四つに、耳も四つ。鼻と口はふたつずつあった。
とんだ化け物を想像されるかもしれないが、いたって普通の人間だ。
頭もふたつだし、心臓もふたつ。
そもそも、それぞれにちゃんと別の体があるのだから。
俺は私で私は俺で、全然別個の人間なのに、両方が自分だという意識があった。俺のふたつの目が見たものを私も見て、私のふたつの耳が聞いたものを俺も聞き、いつも一緒に考えて、心はひとつで、魂もきっとひとつであるに違いない。
ひとつの心がふたつの体を動かすというのは、まるで右手と左手に握ったペンで別々の物語を紡ぐようなもの。
こう言うとすごく難しそうだが、俺が考えるための脳と、私が考えるための脳が別にあるわけだから、意外となんとかなっている。
脳がふたつあって、違うことを思いながら心はひとつなどという状態は、俺や、私みたいな人間でなければ、到底理解できないだろう。
実際、双体子が世界にあらわれはじめた頃には、たわいのない虚言癖だとばかり考えられていたらしい。
俺の父親は田舎のタクシー運転手。母親はお土産屋さんをやっている。
自然のなかに古い遺跡が点在する観光地。
年がら年中、人は多いが、そのほとんどが地元民じゃない。
表通りを離れれば、ごみごみしていてみすぼらしい。
決して裕福な暮らしじゃないけど、足りないからこそ補い合って、温かい家庭を築いていた。
私の家庭はお父さんがいないシングルマザーで、お母さんは化粧品を扱う会社を経営する女社長。
あまりお家に帰ってきてくれないけれど、ひとりで過ごすのにも慣れてしまい、それを不満には思わない。
高層マンションのベランダから見下ろす都会はギラギラしていてかっこいい。
けれど、どこか冷たく、空虚に感じることもある。
遠く離れた俺と私。
国は違って、言語も違って、文化も違う場所にいる。
どっちが良くって、悪いとか、比べることは一切ない。
両方合わせたものが、俺であり、私なのだから。
双体子というのは、俺や私みたいな、ひとつの心にふたつの体を持つ人のこと。
一応、強度のテレパシーによる精神融合症なんていうふうに定義されているが、原理や原因はまるで不明。治療なんてできないし、それ以前に病気なのかも解釈がわかれている。
研究されるほどに、人知の及ばぬ領域のことだと、結論づけられるばかり。
いまのところわかっているのは、双体子はふたつの脳を使う上に、二倍の人生を歩むわけだから、これまでの人間たちより高い知能を有しており、その精神も成熟しているということだ。
月日が流れ、そのうち、双体子たちがとんでもない数、存在することが判明すると、これはもはや新たな人類だと認めざるを得なくなってきた。
すると、一番困るのが所属。主に国籍だ。
ひとつの心を持つふたりの人間を、別人として扱うか否か。
同一人物とするならば、他国に所属している人間を政治家にはできないし、情報や技術の流出を用心するならば、就ける職業なんかを大幅に制限しないといけなくなってしまう。
新たな波は、凝り固まった大地にしみることなく上を滑るばかりで、要するに、つまはじきにされていたというわけ。
そんなだから、双体子は一つ所に留まらぬ、流浪の民となっていった。
俺や、私もそうだ。
成長すると、親元を離れて旅に出た。
目的地は特にないが、あてならある。
俺には会いたい人がいて、私にも会いたい人がいた。
はじめて俺の目で私を見て、私の耳で俺の声を聞き、俺の手で私の頬に触れて、私の鼻で俺のにおいを嗅いだとき、気がついたことがひとつある。
案外、俺も、私も、ナルシストな性格だったらしい。




