第1356話 死への脱獄
おれをとっ捕まえた捜査官の憎たらしい言葉が脳裏に蘇る。
『おまえみたいな凶悪犯かつ脱獄常習犯のために、絶対に出られない檻を用意してやった。せいぜい感謝するんだな』
そのときの捜査官の勝ち誇った顔といったら、おれの反骨精神に火をつけるのに十分だった。
『親切心から忠告しておくが、今度こそおとなしく服役したほうが身のためだぞ。もし変な気を起こしたら死ぬことになる。それぐらい過酷な刑だということを肝に銘じておけ』
心のなかで唾を吐く。
知ったこっちゃない。
悪態をついてやろうとしたが、薬を打たれ、おれの意識は急速に遠のいた。
船で揺られるような感覚があった気がする。
ふわふわ浮き上がるみたいな。
意識がはっきりとしたときには、囚人服を着させられ、すでに檻のなか。
独房。
床に固定されたベッド。それからトイレと通風孔。
窓がなければ、扉もない。密室だ。
よっぽどおれを脱獄させたくないらしく、ずいぶん念が入っている。
しかし、困難であればあるほど燃えてくる性質。
さっそく壁に耳を当ててみる。なにも聞こえない。材質はコンクリートや鉄ではなく、つるつるしていてプラスチックに似ている。しかし、叩いてみた感覚は相当な強度。
開口部と呼べそうなのは通風孔ぐらいだが、腕が通るかすら怪しい横幅だから、あそこから脱出するのは無理だろう。
便器も同様で、壊したとして排水溝を抜けるなんてことはできなさそうだ。
名案が浮かばず、ベッドに腰を下ろして天井を見つめた。
電灯がひとつ。
喉が渇いた。腹が減った。
体がひどく軽く感じる。
そういえば、食事はどうするのだろうか。
不安に駆られていると、壁の一部が一瞬開き、紙袋と紙パックが放りこまれた。
袋の中身はパン。パックのほうは水だ。
なるほど、隠し戸があったらしい。
どうにか開けられないか試したが、ほとんど隙間もなく、難しそうだ。
パンと水を拾い上げる。紙は、食事が終わったらトイレに流して処分するように書いてあった。
こうして、おれの独房生活がはじまった。
看守の存在は確認できず、人との触れ合いは皆無。
窓がないせいで時間感覚は狂いっぱなし。
刑期がいつ終わるのかもわからない。
まったくもって残酷な扱いだと憤慨したくなったが、大犯罪者のおれはとやかく言える立場ではない。
絶望的な状況だが、隙があるとすれば、食事が供給される隠し戸。
足元にあって、頭がつっこめるぐらいの大きさ。
肩を外せば通ることもできるだろう。
おれは壁の前に座り込んで、何日ものあいだ待ち続けた。
数をかぞえて時間を把握。
開くタイミングを見はからう。
そうして、きた、という瞬間。
数十回分の食事で溜めた紙パックの束を一気に押し込んだ。
つっかえ棒になるのを期待したのだが、これが大失敗。
隠し戸の縁が刃のようになっていたらしく、紙束はバラバラ。
さらには、小指を一本、切断されるはめになった。
血が大量に噴き出した。
だが、ピンチはチャンスになりえる。医務室に連れていってもらえれば、なんておれの考えは、随分と甘かったらしい。
隠し戸から薬が送られてきたぐらいで、放置だ。
このたった一回の失敗は、おれの心を打ちのめした。
それ以来、安静にして、おとなしく過ごした。
じっと痛みに耐えながら、流れた血で絵を描いたりして暇をつぶす。
傷がようやく癒えてきた頃、思いがけないことが起きた。
いつものように、食事が届いたあと、隠し戸が開きっぱなしになったのだ。
数日前から妙な異音が気にはなっていた。
もしかしたら、壊れたのかもしれない。
考えられる原因としては血だろうか。
血が隙間に流れ込んで、開閉機構に異常をきたした、とか。
推察が合っているかはどうでもよかった。
いつまた閉まってしまうかわからない。
おれはすかさず体をねじこみ、ただひらすらに奥を目指した。
ヘビの如くに這いながら、ダクトをどこまでも進んだ。
おれぐらいの脱獄王ともなると、不自然な体勢のまま煙突みたいな空洞をのぼるのも朝飯前だ。
逆止弁のようなものに阻まれつつも、紆余曲折の末に、おれは外に辿り着いた。辿り着いたのだ。
過去には砂漠の監獄や、崖の監獄、極寒の監獄だったり、絶海の監獄すらも攻略してきた。
けれど、監獄の外でおれを待っていたのは、捜査官が言っていた通りのもの。
真っ暗な死がおれを迎え入れた。
闇に浮かぶのは星の煌めき。ここは宇宙の監獄。
おれみたいなゴミの捨て場所として、きっと最適だったのだろう。




