第1355話 不迷の多次元ホーム
おれは電車は大好きだが、駅は大大大っ嫌い。
だって、駅は迷うから。
子供の頃の思い出だ。
夏休みの旅行で心がウキウキ弾んでいた。
向かうは祖父母が暮らす田舎町。
電車でガタゴト揺られながら、窓の外を流れゆく美しい田園風景に見惚れるのがこの上もなく楽しみだった。
興奮しすぎて前日によく眠れなかったから、当日の朝は寝ぼけ眼で父や母に手を引かれるまま駅に向かった。
巨大な駅にはおれたちと同じく、旅行に出かけるらしい家族連れがぎっしり。
乗るべき電車は十九番線にやってくる。
時間が差し迫り、父も母も慌てていたのだろう。
お互いに、相手のほうがおれの手を握っていると思っていたらしい。
そうして、人混みをかき分けて、もみくちゃにされながら前へ前へと進むうち、おれを置き去りにしてしまったわけだ。
ひとりぼっち。
両親とはぐれたおれは、とにかく十九番線にいくことだけを考えた。
電光掲示板を必死に読み解き、矢印を巡って、階段を上ったり下りたり。
けれど、結局、十九番線に辿り着けず、両親を見つけることはできなかった。
その駅というのは、とにかくだだっ広くて、プラットホームの数がやたら多く、迷いやすいことで有名。
大人ですら迷うというのに、子供のおれがすんなり目的地にいけるわけがない。
さんざん彷徨ったあと、疲れ果て、途方に暮れて蹲る。
通路の隅ですすり泣いていると、構内放送。
『迷子のお知らせです……』
ここから先の記憶は曖昧だ。
無事、両親と会うことができたのは間違いない。
ただ、ひとつだけ鮮明なのは、そのときに意識した嫌な気持ち。
構内放送が自分に向けてのものだとわかると、日常が遠のき、とんでもない事件を引き起こしてしまったかのように感じて、安心なんてこれっぽっちもなく、恐怖と、羞恥心と、それから、行き場のない怒りがあった。
受け止めきれない現実に、心が裂けて、破れたのだ。
おれは、駅に怒っていた。
こんな目に遭わされたのは、駅のせいだと思った。
都市のど真ん中を我が物顔で占領し、大量の人々を呑みこむ巨大な怪物。
全部の駅がそうだとは言わない。
おれが嫌いなのは、迷宮めいた駅だけだ。
ホームがひとつかふたつだけの駅であったら、大好きな電車の止まり木として、好きの範疇にあった。
これがきっかけで、おれが多次元ホームの研究をはじめたと話すと、大抵の場合は驚かれる。
けれど、電車が大好きだったおれは、駅だけは大大大っ嫌いになった。
迷わない駅があればいいと思った。
駅で迷うのはなぜなのか。
一番の原因はプラットホームの多さ。
ホームが多いのは、線路がそれだけたくさんあるからだ。
交通の利便性の観点だったり、利用者の数に対して十分な量の車両を確保する上で、線路を減らすことはできない。
そして、停車する電車の数を考えずにホームを減らしたりなんかすれば、事故の可能性が大幅に高まってしまう。
大事なのは事故を防ぐこと。人命が第一。
最初のうちは建築構造でなんとかできないかと考えたが、どうやら無理らしいということが早々にわかった。最新鋭の科学技術を駆使して、変形ロボットのような機構を導入すれば解決できるかもしれなかったが、長期運用のコストや現場で発生する苦労を思うと、現実的ではない。
けれど、もっと現実離れしたアイデアがおれの夢を叶えてくれた。
車両の物質的な潜在化、顕在化の切り替えに成功したのだ。
と、言ってもおそらくチンプンカンプンだと思う。
これは、たとえば写真の多重露光。
もしくは量子力学で言う重ね合わせの状態みたいなもの。
要するに、電車と、電車に乗っている乗客乗員全員を一時的に透明の幽霊にしてしまうとでも言えばいいだろうか。
幽霊は壁や床を通り抜けて神出鬼没に人を驚かせたりするが、そういう感じ。
一方向から見たら重なっているものが、角度を変えれば別々に見えるのにも似ている。
とにかく、これまでの常識では考えられなかった方法で、不迷の多次元ホームを完成させた。
駅にあるのはたったひとつのプラットホームだけ。
どんな方向音痴だったとしても迷いようがない。時刻表だけ気にしてればいい。
ホームに入ってくる時点での電車は潜在化しており、触れることはできない。
この状態の電車同士がぶつかってもすり抜けるだけで平気だ。
乗客が乗り降りするときだけ顕在化する。駅員に専門技術がいるものの、習得はそれほど大変でもなく、土地の節約や人員削減にもつながる。
試験運用がはじまって、おそるおそるだった乗客も、安全性を確認するとすぐに慣れていった。
多次元ホームは駅に革命を起こした。
けれども、それ以上に電車を変えた。
駅に集まる透明の電車。
大大大っ嫌いな駅のために、大好きな電車を消してしまったおれは、一体なにをしたかったのか、よくわからなくなっている。




