第1354話 利き血
一軒家の廊下を、二匹の蚊、蚊子と蚊美のふたりがぷーんぷーんと飛んでいた。
「利き血で勝負しようよ」
こんなことを言い出したのは蚊美のほう。
「いいよ。やりましょ」
蚊子が頷くと、ふたりは夜に寝静まっている家族の血を吸うべく、ふらりふらりと寝室を目指した。
熱帯夜。
みっつ並んだ布団でそれぞれ、父親、母親、子供が眠っていたが、うだるような暑さに汗を滲ませて、無防備な肌をさらけだしている。
「どれからにする?」
「母親からでいいんじゃない」
「そうね」
すらりと伸びた右腕に、蚊子と蚊美のふたりが着地。
ちくっ、と刺して、血を吸い上げる。
「これは、A型」と、蚊子。
「同じく、A型」と、蚊美。
意見が一致したので、疑う余地のないA型の味。引き分けだ。
お次は父親のほうへ。
毛むくじゃらのすねを、ちくり、ちくり。
「うーん。こっちもA型?」と、蚊子。
「いいえ。きっと、O型よ」と、蚊美。
意見が割れた場合は再確認。
ちくり、ちくり。
「ほんとだ。A型の風味はあるけどO型ね」
蚊子が納得すると、「そうでしょ」と、蚊美。
これで蚊美が一歩リード。
最後は子供。わんぱくなお腹にとまると、ちくちくっ。
「これは……うーん……」
蚊子が悩んでいると、蚊美が先に答えた。
「たぶん、A型かな」
すると、ややあって蚊子が、
「いいえ、AB型よ」
確信がこもった口調。
「そうかしら?」
「絶対にAB型」
自信たっぷりに言われて、蚊美がもう一度、子供の血をテイスティング。
「あら。たしかによく味わうとAB型ね。ということは……」
最初が引き分けで、あとはお互い一勝ずつなので、これでは決着がつかない。
「どうしましょうか」
と、困っていると、上の階からぐうぐういびきが聞こえてきた。
どうやらもうひとりいるらしい。
さっそく蚊子と蚊美のふたりがそちらに向かうと、さっき血を吸った父親に似た男が眠っていた。おそらく兄弟だろう。偶然泊まっているのか、居候か、どちらかはわからないが、ちょうどいい。
ちょっぴり酒臭いほっぺたを、ぷすり、と刺して血を吸い上げる。
「O型じゃないかな」
蚊子が言うと、蚊美はじっくり味わってから、
「いいえ。B型」
ぷすり、ぷすり。
「……わたしの負けね」
そう宣言したのは蚊子。
B型が正解。
軍配が上がったのは蚊美。
「ありがとう。楽しかった」
「またやりましょう」
「ええ」
たらふく血を飲んで満足した二匹の蚊が、ぷーん、ぷーん、と去っていく。
あとには男ふたりと女と子供のぐうぐうすうすう響く寝息が、蒸し暑い夜の闇に取り残された。




