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井ぴエの毎日ショートショート  作者: 井ぴエetc


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1349/1384

第1349話 悪魔教唆証明書


『殺しちまえよ……』


『やり方がわからないってんなら教えてやろうか……』


 たとえ教唆きょうさによって罪を犯したとしても、実行犯に情状酌量じょうじょうしゃくりょう余地よちがあるとは言いがたい。

 ただし、そそのかしたのが人間でなかったとしたら、事情を考慮こうりょしなければならない。


「悪魔にささやかれたんだ。したってやつだよ」


 これまでだったら、こんなくるまぎれの戯言ざれごと一蹴いっしゅうされて、まともに取り合ってはもらえなかった。


 しかし、悪魔は本当にいる。


 そうなってくると話は別だ。


 各地に住まう聖職者せいしょくしゃたちがまったく同じ夢を見た。

 その内容は、悪魔からの宣戦せんせん布告ふこく。これからは悪への誘惑ゆうわくが、よりいっそう苛烈かれつになっていくのだという。

 道をみ外し、堕落だらくする者は後をたず、時代の流れの影響もあり、多くの人々がそれを信じた。

 実際、つかまった何名かが、悪魔の声をいたとうったえはじめたのである。


 教会からの説明によると、悪魔は人間の心をゆがめる力を持っている。

 常人にあらがうことはできず、内なる善の心があればこそ強くさぶられてしまう。

 だから、もしも罪が悪魔の影響下でなされたものであれば、それを無視して罰を決めることはできないのである。


-*-*-*-*-*-


 教会の奥に設置された審査しんさ所。

 神父と、罰が確定する前の罪人とが向かい合う。

 ふたりのあいだには木板の壁が置かれており、言葉がわせるよう真ん中に穴が開いている。

 監視カメラやレコーダーはなく、警察関係者もいない。ふたりきり。秘匿ひとくされた空間。そうでなければ、悪魔の気配を察知さっちできなくなるからだ。


「神父さん。信じてくれよ」


 罪人が木板の穴にがなりたてる。

 おどすような声色だったが、神父は冷静な口調で、


「あなたをそそのかした悪魔はどんな姿をしていましたか?」


 悪魔が見えるのは聖職者か、悪魔の影響下にある人間だけと言われている。


「えっ、と」罪人は一瞬、口ごもって「ほら、聖書に描かれているままだったよ。あれさ。うん……」と、ごまかすみたいにそっぽを向いた。


「なるほど」


「ああ。悪魔のせいなんだ。本当はやりたくなかった。殺したくなんてなかった。でも、悪魔がうるさく言いやがるから、頭がおかしくなっちまって、つい……そうなんだよ。だから、頼むから証明書を発行してくれよ」


 この審査しんさで悪魔との関わりが認められれば、悪魔教唆きょうさ証明書が発行される。

 これがあれば減刑となり、罰金や刑期がすくなくて済むが、重要なのはそこではない。

 証明書の有無で、その後の世間からの見られ方に大きな差異さいがあるのだ。

 悪魔にそそのかされ罪を犯した者。

 自らの意思で罪を犯した者。

 同情を得られるのは前者であり、社会復帰も早くなる。


 審査所で罪人は濁流だくりゅうごとく言い訳を並べた。

 神父はただ耳をかたむけていたが、しゃべり疲れた罪人が口を閉ざすと、問いかける。


「悪魔がどんな人間をそそのかすかご存じですか」


「善い人間だろ? 聞いたことがあるさ」


「その通り。悪魔は人類から善き心を消し去ろうとしていますから。元々悪しき心に染まりきったような人物は、わざわざ相手にはしません」


 だからこそ、証明書がより力を持つことになる。


「おれはたしかに善行はしてこなかったさ。でも、心の奥底ではきっと……」


「それを確認する方法があります」


「方法……?」


 おびえたような瞳で罪人が身をこわばらせた。


「あなたに善なる心があるのなら、この場にて神の御導おみちびきがあるはずですよ」


 神父の言葉をどう解釈かいしゃくすべきか、罪人は必死で頭を働かせる。

 まるで懺悔室ざんげしつみたいな審査所の空気が、急速に薄くなっていくように感じた。

 手を伸ばせば届きそうなかざりっ気のない天井に、簡素かんそなランプがぶらさがる。

 り返れば、きっちりと施錠せじょうされた扉。完全防音なので、外の音は聞こえない。

 腕時計の針は、ここに入ってからかなりの時間が経過けいかしたことをしめしている。

 どうしても、悪魔教唆きょうさ証明書が欲しい。だが、悪魔きをよそおうにはどういう態度でいればいいのか、まるで見当がつかなかった。

 沈黙。神父はなにかを待っているらしかった。神の御導おみちびきとやら。

 罪人はポケットに手を入れる。財布にれた瞬間、会話のために開けられた穴の向こうに、たなが見えた。ひどく豪華ごうか天秤てんびんの小皿にお金が乗せられている。


 財布からお金を取り出して、無言で穴に差し入れる。

 受け取った神父は、まるで悪魔みたいな笑みを浮かべた。


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