第790話 自己愛の怪物と緑髪の精霊(4) ヴァルグロの幻影
「じ、児戯にも等しい…だと…」
鉤爪のついた鉄甲を腕につけなおしたヴァルグロが怒りにプルプルと震えた。だが同時に速いステップを踏み始める。しかし今度はその場で足踏みするのではなく、僕たち二人から一定の距離を保ちながら周囲を周り始める。上から見ればまるで僕たちを中心点にして文房具のコンパスのように円を描く軌道だ。そのヴァルグロに向けてメセアさんが飛び道具を放った。
ヒュンッ!!
「くっ!」
本当にギリギリではあったがヴァルグロが初めてメセアさんの攻撃をかわした。
「い…、忌々(いまいま)しいが貴様の飛び道具…、私の速さをもってしてもかわすのはギリギリである事は認めよう…」
距離を保ってのフットワークをしながらヴァルグロは言った。
「だが…、こうして私の足さばきを駆使すればかわす事が可能になるのを確信した。さらに私が攻勢に転じれば…女ッ!貴様の優位は終わる!ハァッ!!」
タタタタンッ!!
ヴァルグロのステップがさらに速さを増した。周囲を回るスピードがさらに増し、その姿がブレて二重にも三重にも見える。さらにその二重…三重の姿のブレ、そのただの姿のブレだったものがだんだんと複数のヴァルグロの姿になっていく…。
「これぞ我が奥義、バルサールの幻影!見えるだろう、私のいくつもの姿が!」
周囲を取り囲むヴァルグロたちが同じように声を発している。
「こ、これは…!?ヴァルグロの姿がいくつにも…」
「…常識を超えた速さで動く事でその姿を幾重にも見せる…、であるか。取るに足らぬ児戯である事に変わりはないが目新しさくらいは取り入れたか」
驚く僕、一方で冷静なメセアさん。その眉ひとつ動かさぬ素振りにヴァルグロは挑発で返してくる。
「め、目新しさだと!だ、だが、冷静を装っていても貴様の動揺は分かっているぞ。この速さを見て最早その飛び道具が通用せぬと内心では冷や汗を流しているのではないか?その証拠に追撃の飛び道具を放たぬではないか」
「ほう…?ならば乗ってやろう、その安い挑発に」
「無駄だ、この幻影を捕える事など不可能だ!」
「ならば試すか、その不可能とやらを」
メセアさんがいくつもの姿となったヴァルグロのうちのひとつに飛び道具を放った。それは狙いを外さず命中したがなんの手応えもなく分身は風に吹き散らされた霧のように消えた。
「かかったなッ!ヒャオオオッ!!」
バッ!!
かかか消えた分身のすぐ横からヴァルグロが飛び込んでくる、ムササビの滑空のような飛び込み、鉤爪がギラリと光る。
「もらったァ!」
勝利を確信したような声、だが…。
「やはり、可能であったな」
バァン!!
飛び込んでくるヴァルグロの目前に緑色の網のようなものが現れた。それはまるで蜘蛛の巣のようにヴァルグロの体を捕えた。その一瞬でヴァルグロの分身は消え失せヤツはひとりになる。そしてその身動きが出止まった一瞬、ヴァルグロに向けて植物の種が弾丸となって放たれる。
「ぐふっ!!…だ、だがっ!!」
飛び道具をくらい後ろに吹っ飛ぶヴァルグロ、なんとか着地してさらにバク転を二回…吹っ飛ばされた勢いを殺して構え直す。
「弱点は見つけた、次こそ!次こそこの鉤爪でッ!」
「弱点?ならばそこをついてみるがいい」
メセアさんが再び飛び道具を放った。
「そこだ、ヒャオッ!!」
ヴァルグロの体が沈み込み散弾銃の弾丸のように放たれた飛び道具の下を滑って猛接近する。
「あ、ああっ!!ス、スライディングッ…いや、下を潜るような超低空の飛び込みッ…」
地面ギリギリ数センチ、そんな超低空の滑空…。まるでリニアモーターカーのような超低空かつ超高速の飛び込みでメセアさんの足元を狙う。
おそらくヴァルグロは超低空の飛び蹴りでメセアさんの足元を脅かし、そのまま鉤爪の攻撃にいくように見えた。
「死角になりやすい足先は弱点そのもの!為す術もあるまいッ!!」
「足先が弱点、まさにその通りであるな」
しゅるるるっ!!
どこからかツタのような植物が伸びてきてヴァルグロの足首に絡みつき縛りつけた。その光景に僕は見覚えがある。
「あ、あれはタイラップ・アイビィ…(拘束の蔓性植物)ッ…!!」
エルフ族のフィロスさん…、それにシルフィさんも扱う植物の精霊ドライアドの力を借りた拘束の魔法だ。全ての植物の祖とされる世界樹の精霊であるメセアさんが使えるのは当然とも言える。
「くっ!う、動けんッ!?だ、だが、ヤツの飛び道具の一発一発の威力はそんなでもない。耐えられないものでは…」
「ほう?ならば…」
ボウッ…。
メセアさんは相変わらず背中越しにヴァルグロの姿をみている。その背後に新緑のような色をした鮮やかな塊が浮かぶ。しかしその大きさは今までの物より明らかに大きい。バスケットボールよりも大きそうだ、それがいくつも浮かび始めた。
「あ、あああ…。ま、まさか…そんな…」
怯えとも困惑ともつかぬ声を洩らすヴァルグロ、一方のメセアさんは至って平然としたまま口を開いた。
「仕置きゆえ手加減はこのくらいでよいな」
次の瞬間、宙に浮いていた種子の弾丸…いや、砲丸と言った方が正確かも知れないそれがマシンガンのように連続して放たれた。
「う、う、うわああああっ!!!」
ボボボボッ!!!
ヴァルグロの悲鳴と硬いものが肉を打つ低く鈍い音が響く。発射された種子の勢いによってヴァルグロが遠く…ヒョイさんが営む社交場の外壁の方まで吹っ飛ばされていった。




