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第789話 自己愛の怪物と緑髪の精霊(3) 比較基準(ものさし)の違い


身共みどもは一刻も早くゲンタと過ごしたいのだ」


 思いっきり個人的な欲求を口にするメセアさん、先程見せた凛とした態度に対して言っている内容はなんとも俗人的である。


「「「「……………」」」」


 そんなメセアさんに誰もが言葉を失っていた。それはきゃいきゃいとにぎやかな声を上げていた兎獣人族パニガーレの皆さんも例外ではない。そんな周囲の沈黙を不思議に思ったのかメセアさんは再び口を開いた。


「む…?分からぬか?身共みどもは一刻も早くゲンタと過ごしたいのだ…、具体的には屋敷内の寝室で」


「い、いや場所を聞いてるんじゃないですよ、メセアさん!」


 僕が声をかけるとメセアさんはくるりと体をひるがえしこちらを向いた。


「場所ではない…?…そうか、ならば何をするかという事か。まずは寝室に部屋に布団を敷いてだな…」


「わ、私を無視するなァッ!!」


 割れた鉄仮面からのぞく顔に凄まじい怒りの表情が浮かべたヴァルグロが叫んだ。


「なんだ、まだいたのか。立ち去るなら見逃してやろうと思うたが…。どうしてもやると言うならその仮面は外しておけ、さもなくば身動きしている間にその顔を傷つけるやも知れんぞ」


「ぐ、ぐ、ぐぬぅぅッ…!?わなめおって…!!こ、殺してやる…、必ず…殺してやる!!」


 バッ!!割れた鉄仮面を投げ捨ててヴァルグロがその目に殺意をみなぎらす。


「ラクには殺さぬっ…!!このヴァルグロの全てをもって切り刻んでやるっ…!!このカプエストツ山岳院で最も速い技を持つとうたわれるこの私が…、女ッ…貴様に最悪の死をくれてやる…」


「ほう…?」


 ヴァルグロの言葉にメセアさんが反応した、そして次の瞬間…。


「ごふっ!?」


 ヴァルグロが胸元を押さえ声を洩らす、見れば胸元に打撃を受けたような跡があった。


「当たったのう…。まさかとは思うが…」


 メセアさんか口を開いた、その声色は再び冷たく凛としたものに戻っている。


「反応が遅れたのか?最も速いと豪語した割には…、ずいぶんと遅いものだ」


 直立した姿勢のまま背後をわずかに視線をやってメセアさんが一人言のように言った。


「す、凄い…。なんの予備動作もなく飛び道具を…」


「それもあんなに速い弾速で…」


「できる…、ヴァルグロをまるで問題にしていない」


 ハンさんたちが驚愕の表情を浮かべている。一方でヴァルグロはといえば美しさからはかけはなれた醜い怒りの表情になる。


「くっ…!!おのれ…、おのれッ…!!」


 憎々し気に呟いたヴァルグロ、だがすぐに構え直すとかかとだけ上下させるような小さく細やか…、それでいてすさまじく速いステップを踏み始めた。


 タンタンタンタンタンタンタンッ!!!


 エマイソヌが刻んでいたボクサーがするようなフットワークよりもかなり速い、まるで料理名人が見せる玉葱たまねぎのみじん切りのようなリズムだ。


「あれはヴァルグロの高速タップ!!常に細かく浅めのステップを踏む事で常に足裏に反発力をもたらす…。そうする事で元来の素速さにその反発力を加え身のこなしをさらに驚異的なものにする!」


 どうやらヴァルグロは本気になったようである。凶器の鉤爪を油断なく構え足だけでなく全身にも細く弾みをつけるような動作を加えた。おそらくあれが足の運びにも手の動きにも速さを増すヴァルグロの戦術みたいなものなのだろう。


「見せてやるぞ、このヴァルグロの速さを!!」


「…で、あるか?」


 メセアさんが小さく呟くと風を切るような小さな音がした。


 ガガッ!!


「…くうッ!?」


 何かがぶつかる音とこらえるようなヴァルグロの声、そして…。


 クルクルッ…ザクッ!!


「あっ、ああっ!?て、鉄の鉤爪が…」


 ヴァルグロの右腕にはめられていた鉄の鉤爪が外れて宙を舞い数歩離れた地面に突き刺さっていた。


「どうやら自慢の本気の速さとやらも大した事は無さそうだな」


「う、うう…」


 ヴァルグロの顔に初めて困惑の色が浮かぶ。一方のメセアさんは涼しい顔をしながら口を開いた。


「拾うがいい」


 ヴァルグロの方を向く事なく告げる。


「そのくらいは待ってやる、これが身共の最大限の慈悲である」


 その次元の違う強さを見てハンさんが呟いた。


「ち、違いすぎる…。あれではまるでヴァルグロの言う強さなど…」


 ごくり…。


 ハンさんが唾を飲み込む。


「じ、児戯じぎにも等しい…」


 カプエストツ山岳院の拳士たちの誰もが言葉を失っていた。

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