第788話 自己愛の怪物と緑髪の精霊(2) 激昂のヴァルグロ!その刃がゲンタに迫る
「わ…、わ…、私が…へ、変態だとッ!!?」
思いもよらぬ事を言われたのかヴァルグロが整った表情を醜く歪める。上機嫌だったその表情が困惑へと…、そして怒りへと変わっていく。
「ギャハハハーッ!!へ、へ、変態だってよーッ!!ブハハハァー!!」
飛び蹴りを食らって倒れたガンさんが起き上がりながら爆笑している。
「ぷっ…」
「くくく…」
ハンさんたちも爆笑こそしていないが声を押し殺して笑っている。
「ゆ、ゆ、許さーん!!」
ジャキッ!!
腰の後ろにでも隠していたのかヴァルグロが何かを取り出した。それは鋭そうな鉤爪のついた手から肘のあたりまでを守る鉄甲のようだ。
「気をつけろ!あの鉤爪は…、ヴァルグロが山岳院を下りた理由でもある!」
表情を引き締め直してハンさんが叫んだ。
「ヤツはあれを使い人を傷つけた!ゆえに山岳院の外に出ないように捕えていたのだが脱け出したのだ!」
動きが速く、あんな武器を使う…。危険だ、おまけに僕に怒りを向けている。僕を殺すのにも躊躇いはない程に…。
「サ、サク…」
「遅いッ!!」
僕が光精霊サクヤを呼ぶより早くヴァルグロが飛びかかってきた。最速で無駄なく一直線、まっすぐにその鉤爪を突こうとする。間に合わない!殺される!そう思った時、僕の胴のあたりに何がが巻きつき体がグッと真後ろに引かれた。数メートル程か、宙を浮く感覚と共にヴァルグロの姿が遠ざかる。そして僕の背中は何か柔らかいものに受け止められた。
スカッ!!
ヴァルグロの飛び込んでの一撃が空を切った。
「むっ…」
そのまま着地したヴァルグロは小さく唸り油断なく構えた、どうやら追撃はしてこないようである。
「命拾いしたのう…、ゲンタ」
すっ…、後ろから腕が回されて僕はそのまま抱きしめられる格好になる。
「そ、その声は…」
「そう…、身共(高貴な人の使う一人称、私という意味)である…」
「メセアさん」
現れたのは全ての植物の生みの親であり世界樹の精霊であるメセアさんだった。同時に全てのエルフ族のみなさんにとってご先祖様ともいえる存在…はじまりのエルフともいわれている。そんなメセアさんが僕のすぐ後ろから耳元にその唇を寄せる、吐息のかかるような距離で囁くように言った。
「ゲンタよ…、汝はひどい男じゃ…」
威厳に満ちたその声が今はなんとも言えない甘さを伴って耳元をくすぐる。
「身共が待っておると申したのに寝所をいまだに訪れぬとは…、ふふ…まったくにくい男子であるな…」
ざわ…。
周囲がざわついた。特に比較的近くにいる兎獣人族のみなさんの声がよく聞こえてくる。
「ゲンタざん、これから結婚するのに他の女の人まで…」
「それならアタシたちにもワンチャンあるんじゃ…」
「いってみる〜?」
「ゲンタが…ね、寝取られ…。これが寝取られ…。はあはあ…」
「あれー?ミミが発情してるー!」
わいわいがやがや…!
盛り上がる周囲、一方でメセアさんは僕を後ろから抱きしめながらさらに続ける。
「そういえば何やら戦っていたようであるな、そこに倒れておる氷使いの男と…、そしてそこなる男とも…。ならば…ふふふ、目覚めの運動じゃ。そこな男…、身共の目覚めの余興に付き合うてもらうかの。戦い方は…」
こつん…、メセアさんが頬を寄せ額の端…こめかみのあたりを僕の同所に優しく当てた。触れ合う素肌にメセアさんの体温を感じた。
「なるほど…、ホムラたちとはそうやって力を合わせて戦ったか…」
触れ合う事でこれまでの戦い方を垣間見たのかメセアさんが呟きを洩らす。
「ならば…身共もその流儀…、乗らせてもらうとしようぞ…。サクヤ…、すまぬがここは身共に譲ってもらうぞ。どうやらあやつは獲物を取られた事が悔しいのかしきりに身共とゲンタを睨んでおる」
えー、と不満を言いたそうな表情でサクヤが目の前でふわふわと浮遊しながら身振り手振りで講義する。
「サクヤよ、分かってくれ。どうやらそこな男は汝が戦うには相性が悪い。だが…、身共を信じよ。あやつより次に来るであろう男は汝が戦うのが一番相性が良い。ゲンタを思うならばここは身共に任せるのじゃ」
まだ何か言いたそうな表情をしていたサクヤではあったが僕の名が出るとスーッと後ろに引いた。どうやら順番を譲るようである。
「すまんの…。さてと…、ゲンタ。なにやら身共の好みの闘法や技を使う者に心当たりがあるようだしのう…」
そう言うとメセアさんは体を離し僕の一歩前に立った。静かに…、そして凛として…。
「翡翠…いや、翠玉のような輝きをした色合いも好みである…。ゲンタよ、汝は身共に指示を出せ。汝が望むまま動いてやろうぞ」
「えっ?メ、メセアさんが?」
「然り…」
た、たしか…メセアさんは僕の新居に住むにあたって守護をしてくれると言っていた…、同時に自分は強いとも…。だけど、戦っている姿が想像できない…。そもそも世界樹の精霊なんだし…、そう思っていると前方のヴァルグロが口を開いた。
「女…、ククク…。貴様が出てくるか」
そう言ってヴァルグロは形の良い唇を小さく開けると手にした鉄甲から伸びる鉤爪をペロリと舐めた。そして妖しげな笑みを浮かべる。
「先程はそこの獲物を横取りされたが今度はどうかな?」
ヴァルグロは鉤爪の先を僕の方に向けながら言った。
「お前は自らの身だけでなくその後ろの男…、どうやら自分自身では戦う力を持たぬであろうその弱者を守りながら戦わねばならない…」
たしかに…。悔しいが僕自身には戦う力はない。ハンさんたちの飛び道具をかわし、ひと薙ぎの蹴りて四人の拳士を手玉に取ったヤツの素早い攻撃からメセアさんは自身を守ると共に僕も守らなければならない。
「その獲物から流したであろう赤い血…。横取り償いとして女…、貴様にも流させてやろう。雨のようにな」
そしてヴァルグロは再び腰の後ろのあたりに手を伸ばし何かを取り出した。
「鉄仮面…」
それをヴァルグロは手慣れた様子で顔に装着した、冷たく無機質なそれがヤツの美貌を包み隠した。そして自分の姿をよく見ろとばかりに両手を大きく広げた、鉄仮面で隠した素顔の代わりに自分の容姿を彫った刺青を見せつけているようでもあった。
「私はいかなる時も美しい…!!その顔がた都営一滴でも返り血などで汚れるなどあってはならない。さあ…女、後悔するがいい。この強く、そして美しきこのヴァルグロを前にした事を!同時にこの美しき私の手にかかる幸運を神に感謝するがいい!!」
「五月蝿い」
バババッ!!
メセアさんはヴァルグロに向かって片手を突き出した。するとその手のひらから弾丸のような勢いで何かが発射された。
ガガッ!!
得意気に話していたヴァルグロの鉄仮面に守られた顔に放たれた何かが当たる、その衝撃で仮面の半分ほどが砕け散りヤツの素顔が露わになる。
地面にはヤツの仮面を砕いた物がいくつか散らばっていた。それは手のひらほどの大きさの向日葵の種のような形をしていた、しかしそれは向日葵の種のような白と黒の縞模様ではなく若葉のような鮮やかな緑色…。そのうちのひとつは地面に刺さりすぐに芽が出始めた、どうやら朝顔のように蔓を伸ばしていくような植物のようである。そして残る他の種は緑色の粒子となり徐々に薄れていった。
「汝と話している暇はない」
「くっ…!?」
割れた鉄仮面のの隙間から困惑した表情を見せるヴァルグロ、その口から戸惑いの声が洩れる、一方のメセアさんは涼しい顔だ。
「さっさとかかって参れ、慮外者(礼儀や道理をわきまえず、無礼で分別のない行いをする者という意味))」
初めて聞くメセアさんの冷たい声、その鋭い言葉がヴァルグロを射抜く。その間にも地面から芽吹いた植物は蔓を伸ばしなんの支柱もないのに垂直に伸びていった。それが人の背丈の二倍ほどの高さになった頃、先端には一枚の大きな葉をつけた。それがプツリと小さな音を立てると音も無くひらひらと宙を真った。
「あっ…、葉っぱが…」
蔓から離れた落葉が倒れたエマイソヌの上にかかる。踏みつけられた頭部を覆うように…。
複雑な心境ではある、エマイソヌはお世辞にも善人ではない。しかし、意識を失い倒れているところをヴァルグロが踏みつけている事に対しては僕でさえも憤りを感じた。ヴァルグロに冷たい声を放ったメセアさんだが、その一方で弱者に対しての優しさや配慮も感じた。それはまるで蔑ろにする者にはしっぺ返しを…、そうでない者には居場所や恵みを与えてくれる大自然のようだ。
その大自然の象徴とも言える世界樹の精霊メセアさんはというと…。
「汝を片付けて身共は一刻も早くゲンタと過ごしたいのだ」
思いっきり個人的な欲求を口にしていた、それは少しだけ弾んだ優しさを伴う声で…。




