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第787話 自己愛の怪物と緑色の精霊(1) 嫌な奴


 わああああっ!!


「「「「ゲンタ!ゲンタ!ゲンタ!ゲンタ!」」」」


 野次馬のみなさんから上がる歓声、そしてピョンピョン跳ねながら兎獣人族パニガーレのみなさんが僕の名前を連呼する。


「ゲンタ、かっこよかった」


「だんな様…、わたくし…ずっと…ずっとついていきます…」


 一番近くにいたミミさんとメルジーナさんがそばに来ていた。ふたりも無事だった、それが何よりの事だった。


「こいつらも全員取り押さえられたし、なによりエマイソヌを捕縛できた。これがなによりありがたい」


「うむ。だが、捕えたとはいえ意識を取り戻したら逃げようとするだろう。再び暴れ出されては厄介だ」


「とりあえず厳重に縛っておくか」


 ハンさんたちが追っていたエマイソヌを捕らえられた事に安堵あんどすると共にこれからの事を話し合っている。


「そういえばハンさんたちはカプエストツ山岳院から追手おってとしてこの町に来たんでしたね。以前に聞いた時には他にも何人かいるようでしたが…」


「ああ、あと三人いる。そこに倒れているエマイソヌも含めてカプエストツ山岳院の中でもその人ありと言われた高い位にいた修行者たちだった。カプエストツ山岳院の四天王…、なんていう者たちもいたぐらいだったのにな…。いずれも実力の確かな拳士だった」


 どこか懐かしく、それでいて悔しそうにハンさんが呟いた。そんなハンさんを見ていると…そこで倒れているエマイソヌも含めてかなりの実力者たちだというのが感じられる。僕は勝つには勝った、だけどそれは精霊たちがいてくれたからだ。僕は修行をした事すらないけど精霊たちが余すところなくその能力を使ってくれたから…、それで僕はこうして無事でいられている。


「みんな…、ありがとうね」


 近くを浮遊している精霊たちに僕は声をかけた。サクヤたち精霊が微笑み返して応じてくれた。そういえばもしまた戦いが発生したら今度は光精霊のサクヤが手を貸してくれる番だったっけ…。そんな事を思い出していると僕でもハンさんたちでもない、この場にいなかったであろう人の声が聞こえた。独特の…、わずかに高さのある男の声だった。


「四天王…?この無様な醜態を晒しているだけの粗暴な弱者がか?」


「だ、誰ッ?」


 僕は思わず叫んだ。同時にハンさんたちも声を上げている。


「その声はッ…!?」


「エマイソヌのところにいるぜ!」


「ヴァルグロ!」


 ハンさんたちの言葉を聞いて僕は地面に倒れているエマイソヌの方を見た。するとそこにはマントというには粗末に過ぎるような黒い布みたいなものに身を包んだ男がいた。この男がヴァルグロ…?


「ククク…」


 男は小さく笑った。その笑みを浮かべた口元…、いやそれだけじゃない。顔全体がとても整っている、いわゆる美男というやつだろう。美男といえば僕にはウォズマさんという美男の知り合いがいるが彼と引けを取らないくらいの男っぷりだ。いわゆる顔のタイプや方向性が異なる美男といったところか。


「だけど…」


 僕は思わず呟いた。その整った容姿の持ち主の二人だが僕が受ける印象はまったく異なるものだ。ウォズマさんは物腰柔らかくまさに貴公子然とした雰囲気である。しかしこの男…、ヴァルグロは冷たく常に人を見下すような視線を向けている。


 一言で言えば…、嫌な奴。


「……………」


 そのヴァルグロがチラリと足元を見た、そこにはエマイソヌが気を失い倒れている。


「私をこのような弱く醜い者と同列に語るとは…」


 スッ…。


 ヴァルグロが静かにその片足を上げた…、そして…。


「不愉快だ」


 そう言ってエマイソヌの後頭部を踏みつけた。


 ぐしゃり…。


 そこには何の遠慮もなかった。ただ冷酷で人の心のかけらも無い行為…、それをヴァルグロがやっている。


「おのれッ!!かつては同輩だった者を!!」


「非道は許せんッ!やるぞ!」


 ハンさんたちが一斉に奥義の飛び道具を放つ、土を一度こねまわさなくてはならないガンさんは出遅れている。いずれにせよみっつの飛び道具がヴァルグロに迫る。


「ククッ…」


 迫る飛び道具に対しヴァルグロは小さく喉の奥で笑った。そして次の瞬間…。


「ヒヤォォウッ!!」


 甲高い奇声を上げヴァルグロが跳んだ。野球のライナーのような低い軌道…、飛んでくる飛び道具の上をスレスレで飛び越えハンさんたちに肉薄する。


「ハアッ!!」


 そのまま真横に振り抜くような空中後ろ回し蹴り…、ヴァルグロのあまりに速い接近にハンさんたちはかろうじて防御が間に合う。一方で土を生み出し飛び道具を放つ為にコネコネしていたガンさんは回し蹴りを食らっていた。


「速い…、それになんという跳躍だ」


 エマイソヌの氷の力を使っての滑走も速かったがヴァルグロの動きもまた速い。


「どうやら奥義を会得したようだが…」


 ヴァルグロは音も無く着地しチラリとハンさんを見回した。


「だが、遅い。もっとも…そこの炎を拳に宿し殴るだけだった男が離れた相手にも届く技を得ていたのには正直…、驚いたがな。それより…」


 そしてヴァルグロは僕に視線を向けた。


「見た事のない顔だが…、一部始終は見ていた。お前がエマイソヌを倒すところをな…。ゆえに…お前に興味が湧いた、喜べ。私みずからが遊んでやる」


 ばさっ!!


 ヴァルグロがマント代わりの黒い布切れを脱ぎ捨てた。


「ああっ!?」


 下半身はピッチリとしたタイツ、上半身には何も身につけてはいない。細身ながらも鍛え上げられた肉体だった。だが、驚くべき事に腹から左の胸元にかけて…。


「こいつ…、自分の顔を刺青いれずみにしている…」


 そこにはヴァルグロの顔が彫られていた。


「ククク…、どうだ?私の美しさは…」


 今日一番の笑顔を浮かべヴァルグロが問いかけてくる。


「私は強く…、そして美しい…。さあ…、言ってみろ…。お前の粗末な頭で思いつく言葉などたかが知れているが…、私は寛大だ…。いかに稚拙な言葉でも讃えるのならいくらでも耳を傾けてやろう…。さあ言え…、言ってみろ。この私の姿を見て…、思いつく全ての言葉を!!」


 両手を広げよく見ろといわんばかりに見せつけてくるヴァルグロ、それを受けて僕は口を開く。


「黒いマントの下に…素っ裸の上半身…。間違いない、こいつ…変態だ…」


「なっ!?」


 ピキッ!


 最高の笑顔を浮かべていたヴァルグロ、その左眉が面白いくらいに跳ね上がった。


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