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第783話 剛腕の氷獣(2) 異世界のボクサー


「どっちが上か…、ニセモノ野郎かハッキリしとこうじゃねえかァ…」


 割れた氷の壁の向こう…、エマイソヌがニタァ…と笑いながら言った。それはまるで舌舐めずりをする獣のようだ。


「だ、だんな様…」


 背後から心配そうなメルジーナさんの声、まずはこの場から彼女とそしてミミさんを離さないと…。


「二人とも…、下がって下さい」


 僕は心配をかけないようになるべく落ち着いた声を出してこの場を離れるように伝えた。


「ゲンタ…」


 ミミさんの声、だけど振り返っている場合じゃない。一瞬でも目を離したらエマイソヌが腹を空かせた猛獣のようにすぐにでも飛びかかってきそうな気がして仕方なかったから…。


「うっしゃ、行くぜ!ガン・ドゥーケン!ガン・ドゥーケン!ガン・ドゥーケ…」


 一方でならず者たちの集団に対してはガンさんが両手で交互に奥義を繰り出しながら突っ込んでいく。固まっていた集団が左右真っ二つに割れた。そしてその割れたふたつのならず者の集団にハンさんたちが向かいなぎ倒していく。


「チッ…」


 次々に倒されていくならず者たちを見てエマイソヌが舌打ちする。


「使えねえ雑魚どもだぜ…。まあ良い、俺がまとめてやっちまえば良いんだからよ…。だが、その前に…」


 エマイソヌは熊が吠えるような声を上げると再び拳をブンブンと振るう、するとクリスタが作った氷の壁は完全に粉砕されあたりはなんの凹凸おうとつもない平坦な場所になった。


「へへ…、これで良い…。動きやすくなったぜ。それじゃ…いくぜ」


 スッ…。


 エマイソヌはニタリとした笑みを浮かべながら左の拳を自分の顎の前に、そして右の拳はややそれより前に構えた。あの構え…見た事がある、間違いないボクシングと似た構えだ。チラリと足元を見てみると…間違いない!あの小さなステップはボクシングと同じ…!


「って事は…エマイソヌはボクサーみたいな戦法なのか…。だけど、さっきのはなんだろう?今はステップをして体が上下してるのにさっきのはなんの予備動作もなく一気に近づいてきた…。あんな気持ちの悪い動きはなんなんだ!?」


 僕が自問自答していると切羽詰まった声が飛んできた。


「油断すンな!来るぞ!ヤツは拳以外にも氷を自在に操るんだ!」


「えっ!?」


 気づいた時には再びエマイソヌが一気に接近してきていた。馬鹿な、走り出すような動きはなかった!?なのに、なんで!?


 戸惑う僕をよそにエマイソヌがスゥーッと近づいて…拳を突き出そうとする、決着打フィニッシュブローだとばかりにエマイソヌは口を開いた。


「砕けろや」


 しかし、その動き…、具体的にはエマイソヌの接近がいきなり止まった。まるで足の裏に瞬間接着剤を塗ったかのようだ。しかし足は止まったにせよ腕はそのまま上へと振り抜かれる、あれはまさにアッパー!エマイソヌの剛腕のまわりで起こったごうっと音、あれを伴う一撃はくらったら意識はないだろう。


「こ、こりゃあ…どうしたってんだ?」


 エマイソヌが不審な顔をしながら足元を見た、つられて僕もそのあたりを見た。


「あっ!?こ、氷が!?」


 エマイソヌの足元に水たまりくらいの大きさに広がる白いものがあった。僕はその色合いには見覚えがある、それはアイススケートのリンク…それを滑ってあの素早い動きをしていたんだ…。


 そしてもうひとつ、エマイソヌの一歩先くらいの地面に氷精霊のクリスタが地面に手を触れさせていた。そこからエマイソヌの足首のあたりにまで氷が伸びイバラが絡みつくように凍りつかせている。


 クリスタが動きを止めたのか…って、感心している場合じゃない!攻撃だ!


「助かったよ、クリスタ!攻撃だ!氷雨ひさめッ!!」


 僕はまっすぐにてのひらを突き出すといくつかの冷たく凍ったつぶてが放たれた。


「身動き取れない今!身をかわす術はない、いけえっ!!…ああっ!!」


 一歩も動けないエマイソヌだったが腰から上…、上半身を器用によじって飛んでくる飛び道具をかわした。


「こっ…、これならどうだ!」


 僕はさらに左手を…、そして再度右手を突き出して第二第三の攻撃を放つ。第二の攻撃もエマイソヌはかわしてみせたがさすがに第三の攻撃は身をかわすスペースがないように放った。間違いなく当たる…はず!


「チィッ!」


 さすがのエマイソヌも第三の攻撃からは回避は諦め氷をまとった両腕で防御ガードに回る。だけど僕は見た、エマイソヌに氷の礫が当たる寸前に上半身をわずかに後方にそらしてダメージを最小限にするところを…。


 キィッ、キキィッ!!


 軽く甲高い音がした。エマイソヌはまともに氷の礫を受け止めるのではなく、なるべく勢いを殺し…あるいは受け流すようにして僕の攻撃を防いだ。


「こ、こいつ…違うぞ!た、だだの力任せのケンカ屋なんかじゃないッ…!!」


「ヘッ…、ケンカ屋か…」


 僕の放った氷の攻撃はエマイソヌに触れた次の瞬間にはドライアイスが個体から一気に気体になる現象…昇華するように白い名残だけ残して消えていく。その立ちこめた白さの中でエマイソヌは小さくニヤリと笑った、そこにはどこか懐かしいものを思い出しているような様子すらあった。


「俺が生まれた貧民街スラムじゃあよォ…」


 ゴキッ…、ゴキッ…。首の骨の音が鳴る。肩や首の疲れをほぐすようゆエマイソヌは肩や首回りを動かす…。


「ケンカはありつけたメシの数よりやってきた…、カビの生えたパンひとつを…クソみてえな小銭をめぐってガキの頃からよォ…」


 ぱりんっ!!


 エマイソヌの足元で戒めとなっていた氷が割れ、これもまた白いゆらめきを生み…そして消えていく。


「俺はその全てに勝ってきた…、どんな歳上のガタイの良いヤツでも…。それがこの俺…エマイソヌだ」


 シャッ!


「あっ!!?」


 エマイソヌがいきなり動き出した、正確には滑り出したと言った方が良いかもしれない。それはアイススケートのような滑走、低重心でスキがなくそれでいて素早い。


「し、しかも…」


 自由自在、前後左右に動いている。普通スケートは次にどちらに動くかはだいたい予想できる。スケートシューズにはエッジがありそれを使って滑るからいきなり真横に動いたりは出来ない。


「だけどエマイソヌはそれが出来る…。自らの拳を氷で覆うように足元には氷を配して思い通りに動いてくる…、自分の足で歩く時みたいにどこにでも…」


 エマイソヌの動きを目で追う…、正直厳しい…。おそらくだけど時速50キロか60キロくらいは出ているんじゃないだろうか…、三車線くらいある広い道路で車の流れがスムーズな時くらいの速さがある。


「氷の上の滑走…、なんて恐ろしいんだ…。あの速さを…、しかも体を揺らして走り込んでくる訳じゃないから次の動きの予測もしにくい…。しかもあの剛腕…、やろうと思えば一分もかけずに新車もスクラップになるんじゃ…」


 僕は某ゲームメーカーおなじみのボーナスステージ、自動車壊しのシーンを思い出していた。そしてピタリ…とエマイソヌが動きを止めた、僕の真正面…視線がぶつかる。


「準備運動は終わりだ。体は十分に温まった、今度は油断しねえ…。女の事は後だ、今はテメェをぶちのめす事だけ考えてやらァ」


 構えこそ先程と同じだが今のエマイソヌの表情はキリリと引き締まったものへと変わっている。次は本気で来る、異世界のボクサーの攻撃が…。近づかれたら負け…、そんな考えが浮かんでくる。だったら先に攻撃あるのみ!!僕は氷のつぶてを放つべく右手を前に突き出していた。

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