第780話 ガンさん、怒りの鉄拳
ゆらり…。
そこにはガンさんの姿があった。落下する木箱からその身をもってポンハムをかばった時に負ったであろう傷…、額のあたりから少なくない量の血を流しながら…。
「オメーはよォ…、俺様が相手してやるぜ」
いつもは軽薄にすら聞こえるガンさんの声、しかし今は低く怒りを感じさせるものへと変わっている。
「な、なにをォォッ!!?だったらテメーから血祭りに上げてやンぜ!このナイフで…うっ!?」
ナイフを持った男…、ゲブと呼ばれていた男は手にした凶器を振り上げようとグッと腕に力を入れる。しかしその腕はわずかに震えただけでそこから先は万力に挟まれたかのように動く事はなかった。
「どうした?このナイフで俺様から血祭りに上げるんじゃなかったのか?」
「ぬぐっ!?テ、テメー、その手を離しやがれッ!クソがッ、う…腕が動かせねえっ!!ぬおおーっ、ふんぬぅーっ!!」
ゲブは声を上げて体や腕に力を込めるがナイフを持った右腕はほんのわずかも動きはしない。
「うるせえなァ…。こういう時によォ…、馬鹿に刃物持たせるとロクな事になんねえから…チイとよォ…手放しとけや」
グググッとガンさんがその手に力を込めるとたちまちゲブが苦しそうな声を…、やがてそれは悲鳴に変わった。
「い、いててっ!は、離しッ…離しやがれっ!!ク、クソッ、ぐぎゃあああ…ッ!!」
ガンさんに握りしめられたゲブの手首のあたりからミシミシという音が聞こえてくる。僕が骨ってこんな音を立てて軋むものなんだと呆気にとられている間にもゲブの悲鳴は続く。そしてついに耐え切れなくなったゲブが大きく叫ぶとその手からナイフがポロリと落ちた。
「ふんっ!!」
ゲブの手からナイフが落ちたのを確認するとガンさんは力任せにその腕を振るってゲブを投げ飛ばした。ゲブの体が地面に叩きつけられ地面の上をゴロゴロと転がった。そんなゲブをガンさんが見下ろしながら言った。
「立てよ」
いつになく…というより初めて聞いたと思う、ガンさんの真剣な声。
「チビすけを怖がらせたケジメ…、取らせてもらうぜ」
「こっ…、この野郎ッ!オラァ!」
怒りに任せてゲブが振り下ろすような軌道の大振りなパンチを繰り出す…だが、その腕が十分に振り切られる前にガンさんはすでに懐に入っていた。
ボグウッ!!!
なんとも鈍く重い肉を殴る音が響いた、見ればガンさんの拳が下からゲブの腹を突き上げている。体をくの字に曲げゲブはなんとも言えない呻き声を洩らしまともな会話が出来なくなっている。
「う、う…ごぁ…。テ…テ…」
「うるせーよ、しゃべんじゃねえ。いいか、よく聞け?」
ずぼっ…。
めり込んだゲブの腹からガンさんが拳を抜いた、するとゲブは歯の間からひゅうと空気が抜けるような情けない声を出してゲブが下に崩れる。そこにガンさんが再び拳を突き上げる、再び腹に直撃しゲブの体が上に浮く。そこに今度はガンさんの左腕が唸り一撃、ゲブが左に吹っ飛びそうになるとそこにガンさんの右足が一閃して倒れる事を許さない。左手で相手の胸ぐらを掴むとグイと引き寄せ頭突きを入れる。それからもガンさんの攻撃が続いていく。
「おらおらおらおらぁっ!!俺様はよォ…」
それはお世辞にも洗練されたものとは言えない突きや蹴りの連続であった。しかしそれはとても力強く、同時に一撃一撃に魂がこもった攻撃であった。僕は思わず声を洩らす。
「す、すごい…」
「ああ、すげえ。あいつの耐久力と持久力は驚異的だ」
応じたのはショーンさんだった。
「ふつう、猛攻ってのはあんなには続かねえ。無呼吸か息を吐き続けてられる間しか速さも力も乗らねえもんだ」
それを聞いたハンさん、そしてケイさんが続いて口を開く。
「ああ。だが、あいつはそれを長々と続けられる。それを支えていられるだけの足腰の強さ…、そのあたりのあいつの強みはおれも買っているんだ」
「けどよー、あいつは自分の性格で損してるよな。ヘンな奥義とかやらなきゃ良いのにってマジで思うぜ。ああやって一心不乱に…誰かの為に拳が振えば良い拳士になるんだろうによ…」
そんな話がされている間にもガンさんの猛攻は続いていた。あんなに腕や足を全力で振るっていたらすぐに息は上がるものだ、しかしガンさんはまだ攻撃し続けていた。そしてその攻撃も締めくくりの段階が来た。
「子供を泣かす奴が一番嫌いなんだよ、コラァ!!」
ボカァッ!!
とどめとばかりに天高く舞う拳の一撃、ショーン・リューケン…ではなくコーン・リューケンをゲブに叩き込む。その拳はゲブの顎を下から突き上げその胴体を宙に浮かせた、放物線と何本もの折れた歯を巻き散らせてゲブが吹っ飛んでいた。




