救出編第1話Act2-1
Act2-1
~悪意の塊~
巨大ビルの前にある道路は人間で占拠されていた。下は10歳以下であろう少女から100歳を何年前に超えたのか定かではない老人まで統一性という概念は存在しなかった。唯一、スーツや制服姿の人物が一人たりとも発見できないことで、強引に共通項目を見出すことができた。道路からビルまで1人がかろうじて通れる間隙が存在したに過ぎなかった。
占領集団が持っている全て視線は路上に放置されている巨大な直方体の物体に向けられていた。幅は20m以上はあるだろうか?派手派手しさとは真逆で、真っ白で真っ平だった。高さは約5m程だろう・・・上から3分の1程の高さに隙間が存在した。下部には、それが車両の一部であることを示す8個の車輪が取り付けられていた。奇妙なことに、こいつが特定の組織に属することを示す証はどこにも存在しなかった。
このトレーラーを見つめている集団も傍から見れば異常な状態だった。決定的な証拠は、集団存在し、なおかつ何も起こらない時に必ず起こる現象が起きていないことだ。そこには、誰にも命令されたわけでもないのに静寂が存在した。
どれほどの静寂があったのかは定かではないが、極低音でうなるモーター音で破られた。トレーラーの外壁がゆっくりと上昇していく。中も白かった。いや、白い物体が充満していただけだった。肉眼では計測不能ではないかと思われるほど細かな粒子がトレーラー内部から漏れ出してきたのがその証拠だ。少しずつだが白い物体以外の中身が明らかになってきた。手にはディープブルーというのが正しいのであろうフリル付き手袋を、足は深海を思わせる青いシューズと純白のソックス、腰は青黒チェックのスカート、胴には晴天の如きスカイブルーがベースカラーのブレザー、胸元には血液、それも鮮血に近い赤いリボンを身に着けていた。身長は160前後であろう、ただし、座高は一般平均をかなり下回るようだった。顔立ちはファッション誌に出ている可能性が高そうなほど整った顔だ。そうであるならば勿論、ハイティーン向けのものであるだろう。表情はどのような形であれ、無限大の忠誠心だけを持って戦場へと赴く人間のそれであった。
トレーラーからアップテンポのBGMが流れ出した。観客も長かった沈黙から解放され、各自で騒ぎ出した。但し、視線はあくまでトレーラーの中にいた少女だけに注がれている。
”女子高生のファッションをしたアイドルらしき少女”がついに口を開いた。ポップミュージックをリリースしていそうな声が150db近い轟音で周囲に放たれた。だが、内容は歌とは程遠いものであった。
「VRは人類にとって悪である!」
これに異議を唱える人物はここには存在しなかった。
「VR機器は使用者の脳を弄り、現実と架空の区別すらできない人間を辞めた連中を現在進行形で量産している!」
すぐ近くに彼女が憎しみをぶつけるターゲットの主要拠点があるにも関わらず、ヘイトスピーチをばらまき始めた!
「被害者は、VRの都合によって動かされる肉塊に成り下がった!」
アイドルがコンサートをしているかの如くトレーラーを動き回る少女
「事実!VRと脳細胞を関連付ける研究者はすべからくVRの使用は脳のシナプスを減少させると結論付けた!」
ターン、ジャンプ、ステップなどを繰り返しながらの絶叫!
「研究者たちはVRを使用するメリットなど存在しないと結論付けた!」
彼女の声には愛、そして優しさなどという概念が存在しなかった・・・
「我々人類は、VRとこれを支持する反逆者共を諭さなくてはならない!」
普段ならば嫌われる可能性が高い人物だが、この場では彼女は偶像であり、全ての人気を独り占めする存在だった。
「”現実だけが人類の世界だ”と!」
「現実だけが人類の世界だ!」
この瞬間、初めて集団としての明確な回答が返ってきた。
「そして叫び、実行しなければならない!」
一瞬だが、静寂が訪れた。
「”VRに死を!”」
誰しもが当たり前に使用している概念を全否定する暴言すら飛び出してしまった!
「VRに死を!」
もはやこれを正常と受け止める人間など存在しないだろう。人間らしく振舞うのに必要な要素が欠落した空間となってしまった。
「反逆者どもは人類の敵を友と思い込んでいる!」
「!!!」
「そしてVRこそ至宝と妄信している!」
「連中はそのような妄想人格障害者共だ!」
「そうだ!」
少女が世界の中心に座する独裁者であり、彼女の思想が全てであるかのような応えだった。
「今こそ、連中をあるべき場所に送り込まなければならない!」
「そして、洗脳を解かなければならない!」
「”現実だけが人類の世界だ”と教え込むのだ!」
「”現実だけが人類の世界だ!”」
「然る後、正しい行動へと導かなければならない!」
「”VRに死を!”」
「”VRに死を!”」
「”現実だけが人類の世界だ!”」
「”現実だけが人類の世界だ!”」
「”VRに死を!”」
「”VRに死を!”」
「”現実だけが人類の世界だ!”」
「”現実だけが人類の世界だ!”」
「”VRに死を!”」
「”VRに死を!”」
「”現実だけが人類の世界だ!”」
「”現実だけが人類の世界だ!”」
群衆は少女の思想を代弁している言葉を呪文として繰り返すだけであった。
少女が自身のドグマを絶叫していた広場のすぐ傍には地下へと続く階段が建設されていた。その階段から注意深く聞いていなければ発見されない程の音を立てながら人が昇ってきた。
全身を黒で固めたスーツ、彼自身の象徴と公言している象のエンブレムが特徴の腕時計、情熱を表す赤いネクタイ・・・岬だった。服装はいつものものだが、サングラスをかけているため、どのような表情なのかは見ることはできなかった。
その岬を見ていた人物がいた。白いTシャツに黒のカッターシャツ、黒のスラックスという出で立ちだった。そいつが、手首を口元に寄せて何かを呟いた。どのような内容だったのかは誰も聞き取れないほどの小声であった。そいつが呟くと同時に岬の近くにいた3人が振り返った。絶叫が飛び交う中、少し離れたところを歩く岬を発見するのは不可能だっただろう。だが、カッターシャツの男がどのような手段を用いてか振り向いた3人に命令したかのようだった。
「おい!いつまで肉人形を量産するつもりだ!」
腹が大きく突き出た中年の男が下品で差別的な罵声を岬に浴びせた。顔はそいつの人間性を象徴しているような顔つきだ。表情はそいつが最も好きなことをした直後の如く満ち足りていた。
「犯罪企業の社員さん!無差別精神奴隷化機械を永久に作り続けるつもりかしら?!」
社会人1年生らしき女性が絶叫した。その表情から、しゃべりからも品性などは感じられないものだった。ただ、自分のマニフェストデスティニーを相手に言い、そいつを押し付けているだけのようだった。
「事業内容にVR奴隷の生産が書かれてないぜ!ブラック企業!」
再び中年の男の罵声が浴びせられた。
「”人類の敵”が生き残る可能性なんて無い!今すぐ降伏しろ!」
殺人のための戦闘訓練を長年受け続けてきたような体格の壮年の男が岬の進路を塞ぎそうな動きをしつつ語りかけた。
「そんなにVRと肉人形生産が好きならVRに移住しなさいよ!今なら不老不死の肉体も貰えるんじゃなくって?!遠慮しなくていいのよ!私達に手続き代行を頼んでもいいのよ?」
再び社会人1年生の絶叫が岬に襲い掛かった。
「業者紹介してやるよ!いや、紹介させろ!」
岬がそれを聞いているのかは定かではないが、そのような人物がいなかったという前提で行動しているようだった。そして、ビルの中へ消えていった。
「嫉妬って醜いモノね・・・これだけ集まると特に」
この場でなければテレビの中で出会えそうな顔立ちの女性が呟いた。雑談している中でも頭一つ飛び出した存在だった。来客時に着ていると怒られそうな上下のスーツに身を包んでいた。だが、彼女が主役であるかのように似合うものだった。
「うっぷん晴らししてるだけじゃないですかー?愛理沙先輩もありません?したくなることって?」
社会人1年生というのも無理がありそうな女性が答えた。先ほどのシルバーのスーツを着た女性とは対照的に、スーツを着ていなければ学生としても通用しそう、少なくとも未成年として扱われそうな身長であった。彼女もWoFCOの規定通りにスーツを着用していた。色はグレーであったが、このスーツはあまり印象に残りそうになかった。多分人造物であろう宝石が無数に埋め込まれた腕輪、強力な反射係数を持つ貴金属で作られたピアスなど多数の宝石に囲まれていたからだ。耳元には極小サイズの猫が自己主張していた。
「あたしが?ないない!うっぷんは溜めさせるものであって、溜めるものじゃないよ!明美は違うの?」
愛理沙と呼ばれた長身の女性は自身が明美と呼んだ背の低い女性に反論した。
「特に、あんなのじゃ、優雅さが足りないのよ!」
「・・・?じゃあ、優雅なうっぷん晴らしってなんですか?愛理沙先輩?」
勝利を確信した時のように邪な笑顔を浮かべながら明美が無茶ふりした。
「・・・あたしが説明する必要は無くってよ!洋二先輩」
明美の”口撃”をさっきほどから黙って聞いていた男に無茶ふりをした。
「?!そういうものは人に聞くものではないと思うな?!」
回答者は当然ながら、愛理沙に洋二と呼ばれた男だった。40に届こうかという歳のようだが、角ばった顔でなおかつベリーショートのために老けて見えてしまっていた。スーツは汚れた黒であり、ワイシャツは水色、深緑のネクタイなど、どこにでもいるような中年会社員であった。腕には歳相応以上の有名ブランドの時計とどこに行けば売っているのかさえ不明なT-REXを型どった腕輪が特徴的な人物であった。
洋二がさらに追い詰められる直前に部屋のドアが開いた。
「やっぱり捕まったか?」
元が出迎えた。
「・・・惜しいな」
「?何がですか?」
岬のつぶやきに楓が答えた。
「容姿端麗、人前で平然と喋れる能力、論理的な原稿を書き上げる能力・・・そして何よりも若い!」
「なんでこんなヘイトスピーチやってるのかってことか?」
低く声帯の張力が緩くなっているような声が会議室のドア付近から発生した。ダークグレーのスーツにベージュのワイシャツ、赤いネクタイの真ん中に指先大のトラを飼っていた。もう中年を確実に通り越したであろう風貌だったが、愛理沙に匹敵する中肉の巨漢でもあった。
「そうです」
普段はあまり見せない岬の敬語が答えだった。
「確かに若いですねー」
「もしかして、岬先輩の好みですか?」
明美も混ざってきた。
「もっと年上が好みだ・・・じゃない!趣旨が違う」
2人の質問に切り返す岬
「そんだけの能力があるなら、いいスポークスマンに慣れたのになってことだ」
「スカウトします?」
「・・・楓、会社を、ましてや国をも貶めるような連中を連れ込むことはないだろう?そんな奴らに仕事を与える必要はない」
「・・・聡先輩、怒らないでください」
「これで儲けられるわけでもないのに・・・続けられるのかしら?」
「VR機器を開発できなかったメーカー、ブームを読み間違えたサービス会社・・・連中の依頼主は無数にいる」
「・・・心底クズね!商売上手なのかもしれないけど」
「・・・今日までだ。明日からは入口は無人になる!」
愛理沙を始め、何人かが首をかしげる中、岬は拳銃しか入らないはずのポケットから2本指でもつまめそうな直方体を取り出した。グレーに塗装されたプラスチックの表面に1インチにも満たない液晶、まとまった配置の10個のボタン、そしてスイッチを持っていた。そいつにつながったコードは岬のスーツ襟まで伸びていた。
「?」
その場にいたほとんどの人物が岬がつまみ出したものが何だったのか判断がつかなかった。
だが、元は違った。
「周到だな!」
「明日のニュースはWoFCo本社前で誹謗中傷した反VR団体、集団逮捕で決まりだ!」
「使えるのか?」
眉間に寄った皺をほぐしながら聡と呼ばれた男が訪ねてきた。
「ネットワークに繋がらない、なおかつ上書き不可の法的証拠記録用の奴ですから!」
勝利を確信した顔と口調だった。
「見たーい!」
「・・・もう限界!ちょっと腹筋トレーニングに行ってきます!」
岬と聡が歯ぎしりをしている中、愛理沙はドアに向けて短距離走を敢行し始めた!
投影された映像は確かに岬達が今朝方見たとおりに制服らしきコスチュームを着た少女がダンスらしきものを踊っていた・・・。だが聞こえてくる声は、WoFCOの、VR関係会社の、そして国家の品位すら穢すような暴論などではなく、SFチックで未来の流行を先取りしたようなポップソングであった。
「もしかして・・・すられました?」
楓が岬に視線を移しながら訪ねた。
「俺に触れてくるような奴なんていなかった!カメラにつながったコードも抜かれてない。それに、事前に俺の移動ルートに合わせた偽のレコーダーを用意するなんて非現実的だ!」
「こいつは・・・多分ファブリケート・レコーダーだ!偽画像をリモートで録画させるやつだ!」
岬の絶叫に聡が答えた。
「岬、向こうのほうがより周到だっただけさ」
「・・・明日のニュースは”謎のアイドル、WoFCo本社前でゲリラライブ実行!”になりそうですね・・・」
「まだ早い!科捜研で解析してもらおう!」
「岬・・・まだ事件になってない!」
結局、反対多数で岬の主張は押し切られてしまった。
「いつか役に立つさ、それまで大事にな」




