救出編第1話Act1-1
Act1-1
~日没と日の出~
部屋からは小型ファンの回転音とキーストローク音だけが発生していた。天井の照明もエアコンも停止していた。立体投影モニターから発生している光がそこに存在する光源の全てだった。
部屋の中にダークカラーのスーツを着た男女が数人で作業していた。1人を除き“睡眠”という名の仕事だ。もはやオフィスルームではなく地震直後の部屋のような状態だった。20代後半と思われるたった1人の“生存者”はディスプレイとにらめっこをしながら両手の指をキーボードにたたきつけていた。彼は何のブランドなのかは定かでない織りのストライプがつけられた黒いスーツと革靴、ドレスシャツではなさそうな白いワイシャツ、多分量販店で買ったのであろう赤いストライプが走っているネクタイを身に付けていた。腕には、その男が着ている服を合計したよりも高級そうで、なおかつデートの時でも身に付けていけそうな腕時計をはめていた。元は筋肉質だったのだろうか?かなり肉が削げ落ちた感じの印象を受けるが、標準的な体型であった。目の周りはパンダの物真似ができそうなくらいのはっきりとしたクマがあった。それでも歯を食いしばり、キーボードにアタックを続けていた。
タイピング速度は50key/sを超える高速だった。
だが、次の瞬間には25key/s程度に下がった・・・
直後には10key/s程度になり・・・ついには指は動かなくなった。
その後、彼は他の“被害者”と同じように机に突っ伏した。
“沈没”は短時間で終わった。彼はすぐさま起き上がり、もはやジャンク屋でも売ってなさそうな旧式のマウスを圧潰させそうなレベルの強さで握りしめた!
かろうじて破壊を免れた無料でも売ってなさそうな機械を手放し・・・左手でスマートフォンを取り出し、操作し始めた。
右手で“耳栓”らしき機械を耳に取り付けて・・・タイピングを再開した。
“耳栓”からは弦楽器の音が漏れ聞こえていた・・・続いて金管楽器の音も加わる!
BGMは“子守唄”の代わりだったのだろうか?再びテーブルに突っ伏した。そして数瞬後に起き上がった。
その後も腕立て伏せをするかのごとく上下運動を繰り返した・・・
スプレーを噴射したような音が響くと同時に部屋のドアが開いた。通路から人が入ってきた。背は低い。黒のブラウスとスカートのビジネススーツを着ていなければ学生と勘違いされたかもしれない。ブルネットのロングヘアーであり、耳には銀色のクジャクの飾りがくっついていた。
「!!!部屋がサルガッソーに~」
比喩や誇張ではなくサルガッソーだった。違いは船の代わりに人間が沈没しているだけだったからだ。
「みんな起きてー」
“沈没人”を起こしにかかる・・・だが、誰一人起きることはなかった。
「?」
最後の一人の身に付けているものからクラッシックなBGMが漏れていることにようやく気付いた。彼女は“音源”のコンソールを探りあて、何か操作をし始めた。
金管楽器だったBGMが何故か弦楽器に変化した。同時に“音源”の持ち主も動き出した。周りを見回し、傍に立っている女性を発見した。
「?」
「岬先輩!あっちの世界へ逝かないでください」
彼女がパニクりながらわめきたてていた。
「?俺はずっとオフィスにいたぞ」
“岬”と呼ばれた男は眠気を含んだ声で答えた。しかし、なおも女性はパニクっている。
「救急車、じゃなかった霊安室直行寸前でした!」
「楓、俺はモルグへ連れ込まれたりはしない!俺がそいつを座視するわけないだろ」
100ミリセカンド単位だが、岬は驚きながら軽口を叩いた。“楓”と呼ばれた女性も落ち着きを取り戻したようだ。
「良かった・・・」
「?」
しばらくの沈黙が訪れたが、楓の絶叫で破られた。
「あー!!!!」
岬の顔が汚いモノを見たような表情に変化した。
「クソチーフの尻拭いは勘弁してくれよ」
「それは私も遠慮したいです・・・じゃなかった!お相手は部長ですよ」
「部長?」
嫌悪から疑問へと表情が変化した。
「失礼します」
岬は待ち合わせ場所へ入っていった。内部にはおそらくは岬よりも2歳ほど年上の一人だけだった。黒のパンプス、紺のブラウスとスカート、白いドレスシャツ、胸元に赤いリボンとウサギのブローチ、腕にはいつ製造されたのか定かではないほど古そうな女物の腕時計を身に付けていた。ブローチを除き、1つ1つが岬が身に付けているもの全てを合計したよりも高級なものだろう。
身長は岬よりも頭半分高い。細身だが、体脂肪が存在しないのではないかというほど引き締まっていた。油断するとパンチが飛んできそうな印象だ。
「いつものセリフはどうしたの?」
雰囲気が台無しになるようなセリフを発した。
「?」
「・・・ここにあのクソチーフがいるわ、あなたはその尻拭いに呼ばれた。さあ、なんて言う?」
無茶振りをしてタレントをからかうレポーターの如き台詞を続けた。
岬は面倒事で呼ばれたのが気に入らなかったようだ。
「並の言い訳では済まさんぞ!」
目上の人物に暴言を吐いてしまった。怒りとヤケクソが全開になっていたようだ。
「大丈夫!闘争心は消えてなかったみたいね。それじゃあ、最後の言い訳を出すわ」
悪戯をした子供のような表情をした。対象的に岬は訳が分からない表情になった。
「今のプロジェクトはめでたく中止よ・・・全てクソチーフのせいでね!本日をもって、リバイアサンチームも解散になるわ」
「!」
「そ・こ・で!新しいプロジェクトを立ち上げるわ!だから、新しい企画を2週間以内に出してね!」
「俺が・・・ですか?」
一瞬だけ安心したが、再び困惑した。
「私からのプレゼントよ。リーダー昇格のね」
「ありがとう・・・ございます・・・」
混乱しながらも答えた。
「明日、クソチーフ行方不明と謎肉大量不法投棄のニュースを楽しみにね!」
物騒な台詞を吐きながら部長は岬の顔面めがけて烈風の如き突きを放った!
彼女の拳は岬の鼻先1cmの距離で止まった。岬には苦笑いする以外の選択肢は存在しなかった。
「そうそう、もう1つ命令があるわ・・・クソチーフ以外のメンバー全員に1週間の休暇を命じるわ。しっかり休養をとりなさい!差額ベッド代も経理の口に捻じ込んどくからね!」
岬はオフィスルームへと戻ってきた。しかし、入室直後に安堵から困惑へと表情が変わった。
「・・・」
「zzz・・・」
相変わらずサルガッソーと化していた。30分前と違う点は“沈没者”が岬から楓に変化したくらいだった。
岬はタブレットを取り出し、操作し始めた。部屋に金管楽器のBGMが流れ始めた!クラッシックな行進曲だったが、誰一人起きる様子はなかった。
仕方なく岬はロッカーを開いて・・・中身を取り出した。
黒光りする金属質の筒、これに三脚、トリガー、ストック、ベルトがついた物体・・・目撃者に質問すれば“機関銃”と答える機械だった。
三脚を展開し、床に固定した。銃身を沈没者が多数存在する机に向けて・・・トリガーを引いた!
200発/s以上の頻度で銃声が150db以上の大音量で発生したが、銃弾はもちろん、薬莢も発射残渣も発砲炎も発生しなかった。
“機関銃”の使用はただ、部屋を“サルガッソー”から“パーティ会場”へと変化させただけだった。




