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仲の良かった親友の計画によって嘘告された俺。その話を聞いた親友の妹がブチギレた  作者: 白金豪


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第7話 教室に姿を見せる親友の妹

 教室は、もう目の前だった。


 開け放たれた前の扉からクラスメイトたちの話し声が聞こえてくる。


 笑い声。


 机を動かす音。


 誰かが廊下まで響くような大声で昨日見た動画の話をしている。


 いつもと変わらない朝の教室。


 そのはずなのに。


「…………」


 俺の足は床に貼りついたみたいに動かなかった。


 あと一歩。


 たったそれだけ進めば教室に入れる。


 自分の席まで行ってカバンを置いて椅子に座る。


 毎朝やってきたことだ。


 なのに今日は、その一歩がどうしても踏み出せない。


「信吉さん?」


 隣から和美ちゃんが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「……」


「大丈夫ですか?」


「ここまで来てもらったのに、俺……」


 情けない。


 家を出るときは、なんとかなると思っていた。


 和美ちゃんと一緒に学校まで歩いて昇降口で上履きに履き替えて。


 廊下を進んでいる間も少しずつ気持ちは落ち着いていた。


 でも教室の前まで来た瞬間。


 昨日のことが一気に頭の中へ戻ってきた。


『青木君のことが好きです』


『あいつ、本気にしてるぞ』


『うわ、返事しようとしてたって!』


『マジで信じるとは思わなかったわ』


 宮下さんの声。


 和哉たちの笑い声。


 屋上で俺を見ながら笑っていた顔。


 あれが教室の中で待っている。


 そう思うだけで喉が締めつけられた。


「……入れない」


 声に出してしまった。


「みんなに見られるのが怖い。昨日のこと、もうクラス中に広まってるかもしれない。俺が入ったら、また笑われるんじゃないかって……」


「…………」


「やっぱり今日は帰ったほうが――」


「信吉さん」


 和美ちゃんが俺の言葉を遮った。


 怒っているわけじゃない。


 でも逃げようとした俺を引き止めるような真っ直ぐな声だった。


「私を見てください」


「……うん」


 ゆっくり顔を上げる。


 和美ちゃんは俺の目をじっと見つめていた。


 その表情に迷いはなかった。


「大丈夫ですから」


 そう言って和美ちゃんが俺の手を握った。


「……えっ」


 指先まで包み込むように、ぎゅっと。


 強く。


 でも痛くない。


 ここにいるって伝えてくれているみたいな握り方だった。


「か、和美ちゃん。手……」


「嫌でしたか?」


「嫌じゃないけど……俺、たぶん汗かいてる」


「そんなこと、今はどうでもいいです」


「でも……」


「私は気にしません」


 もう一度、ぎゅっと握られる。


「信吉さんは一人じゃありません。私が一緒にいます」


「…………」


「もし誰かが笑ったら私が怒ります」


「和美ちゃんが?」


「はい」


「でも、ここ俺のクラスだよ?」


「関係ありません」


 和美ちゃんは迷うことなく答えた。


「信吉さんを傷つけた人がいるなら何年生だろうと、どこのクラスだろうと関係ありません」


「それ、お兄さんの和哉もいるんだけど」


「むしろ、あれが一番許せません」


「あれって……」


「今あれの話はどうでもいいです」


 実の兄なのに完全にあれ扱いだった。


 思わず、ほんの少しだけ笑ってしまう。


「あっ」


「な、なに?」


「やっと笑ってくれました」


 和美ちゃんの表情が柔らかくなる。


「さっきからずっとつらそうな顔をしていましたから」


「……ごめん」


「また謝りましたね」


「ごめ……あ」


「もう」


 和美ちゃんが小さく頬を膨らませる。


「次に謝ったら手をもっと強く握りますよ」


「それは罰なの?」


「罰です」


「和美ちゃんに手を握ってもらえるなら、罰になってない気がするけど」


「えっ?」


「あ……」


 何を言ってるんだ俺は。


 急に恥ずかしくなって視線を逸らす。


 和美ちゃんも何も言わない。


 気まずい。


 でも不思議と嫌な気まずさじゃなかった。


「……では」


 少し間を置いて和美ちゃんが口を開く。


「何度謝っても構いません」


「罰は?」


「そのたびに手を握ります」


「それ、さっきと変わってなくない?」


「細かいことは気にしないでください」


「う、うん」


「少しは落ち着きましたか?」


 聞かれて自分の呼吸を確かめる。


 さっきまで胸の奥で暴れていた心臓が少しだけ静かになっていた。


 教室の中から聞こえてくる笑い声は、まだ怖い。


 扉の向こうに誰がいるのか考えると足も震えそうになる。


 だけど。


 右手から伝わってくる温かさが、それ以上に強かった。


「……少しだけ」


「それなら十分です」


 和美ちゃんが教室へ目を向ける。


「一気に自分の席まで行きましょう」


「みんなに見られるよ」


「見たい人には見せておけばいいです」


「和美ちゃんは平気なの?」


「何がですか?」


「俺と手を繋いで教室に入ること」


「信吉さんが一人で入れるなら離します」


「…………」


「どうしますか?」


 意地悪で聞いているわけじゃない。


 本当に俺に決めさせようとしてくれている。


 俺は教室を見る。


 それから繋がれた手を見る。


「……もう少しだけ、このままでいてほしい」


「分かりました」


 和美ちゃんは笑わなかった。


 からかいもしなかった。


 ただ当たり前のことみたいに俺の手を握り直してくれた。


「では行きますよ」


「うん」


「せーので行きましょうか?」


「子供みたいで恥ずかしいな」


「今さらです」


「今さらって何?」


「いきます。せーの――」


「ちょ、ちょっと待って、まだ心の準備が」


「行きます」


「待ってって」


「待ちません」


 和美ちゃんが一歩を踏み出す。


 繋がれた手が引かれた。


 俺の右足も、つられるように前へ出る。


 そのまま扉を越えた。


 教室に入った。


 入ってしまった。


「…………」


 真っ先に感じたのは視線だった。


 あれだけ騒がしかった教室が少しずつ静かになっていく。


 近くにいた男子が俺を見る。


 その隣の女子も振り向く。


 窓際で話していたグループまで会話を止めてこっちを見ていた。


「青木じゃん」


「えっ、隣の子って……」


「誰?」


「今村の妹じゃね?」


「なんで手繋いでんの?」


 小声で話しているつもりなんだろう。


 でも静かになった教室では全部聞こえてくる。


 やっぱり離してもらえばよかった。


 そんな考えが浮かんだ瞬間。


「信吉さん」


 和美ちゃんが俺を呼んだ。


「私だけ見てください」


「……うん」


「周りは見なくていいです」


 和美ちゃんは前を向いたまま、また手に力を込めた。


 震えそうになっていた指が止まる。


 俺もなるべく周りを見ないようにした。


 それでも視界の端に一人の姿が入ってしまう。


 宮下さんだ。


 窓際の席。


 数人の女子と一緒に話していた宮下さんが固まったようにこっちを見ていた。


「…………」


 一瞬だけ目が合う。


 昨日。


 屋上で俺に告白してきたときと同じ顔。


 いや少し違う。


 昨日の宮下さんは俺が本気で信じていることを知っても何も言わなかった。


 和哉たちが笑い出したあとも気まずそうに立っているだけだった。


 今はもっと顔が強張っている。


 俺と和美ちゃん。


 それから繋がれた手。


 宮下さんの視線が順番に動く。


 やがて俺から目を逸らし、そのまま俯いてしまった。


 胸の奥が痛んだ。


 好きだったわけじゃない。


 それまで、まともに話したことだってほとんどなかった。


 それでもクラスで一番かわいいと言われている女子に告白されて嬉しくなかったと言えば嘘になる。


 その直後、全部嘘だと分かった。


 俺がどんな気持ちになるかなんて誰も考えていなかった。


「……信吉さん」


 和美ちゃんが俺の顔を覗き込む。


「大丈夫ですか?」


「うん」


「嘘ですね」


「少しだけ昨日のことを思い出した」


「…………」


「でも入れたから」


 俺は和美ちゃんの手を握り返した。


 さっきまで握られているだけだった手に自分から少し力を込める。


「和美ちゃんのおかげで、ちゃんと教室に入れた」


「まだ席まで着いていません」


「厳しいな」


「ここで立ち止まったら、もっと目立ってしまいます」


 言われて周りを見る。


 確かに教室中の視線が集まったままだった。


「行きましょ!」


 和美ちゃんが明るい声を出し、俺の手を引いた。


「う、うん」


「信吉さんの席はどこですか?」


「あそこ」


 俺は空いている自分の席を指さす。


 廊下側の後ろから2番目。


 教室の入り口からなら、それほど遠くない。


 なのに今日はやけに遠く感じる。


「分かりました。まっすぐ行きますよ」


「和美ちゃん、俺の教室なのに俺より堂々としてるね」


「私の教室ではありませんから」


「普通は逆じゃない?」


「そうですか?」


「そうだと思う」


「では、信吉さんが先を歩きますか?」


「それは……」


「嫌ですよね?」


「……お願いします」


「任せてください」


 和美ちゃんは俺の手を引いたまま歩き出す。


 机と机の間を進むたび、クラスメイトたちの視線が追いかけてくる。


 その中には驚いている人もいれば面白そうに笑っている人もいた。


 昨日のことを知っているのかもしれない。


 俺の前では笑わなくても、あとで何か言われるかもしれない。


 怖い。


 でも逃げ出したいとは思わなかった。


 俺の少し前を歩く和美ちゃんの背中を見ていたら、なんとか足を動かせた。


「着きました」


 和美ちゃんが俺の席の前で止まる。


「うん。ありがとう」


 繋いでいた手が離れる。


 それだけで急に心細くなった。


 ずっと握ってもらうわけにはいかないのに、手のひらに残った温かさを逃がしたくなくて、俺は軽く指を握る。


 カバンを机の横へ掛け、椅子を引いた。


「……よし」


 腰を下ろす。


 いつもの椅子。


 いつもの机。


 たったそれだけのことなのに、とんでもなく大きなことをやり遂げた気分だった。


「座れた」


「はい。よく頑張りました」


「小学生みたいだな、俺」


「そんなことありません」


「でも、教室に入って席に座っただけだよ」


「信吉さんにとって、今日はそれが大変だったんですよね?」


「……うん」


「だったら、十分頑張っています」


 和美ちゃんは俺の机の横に立ったまま優しく笑った。


 その顔を見て、また少しだけ呼吸が楽になる。


「和美ちゃん、もう自分の教室に行って大丈夫だよ」


「嫌です」


「即答?」


「まだあれが来ていませんから」


「あれって、和哉?」


「はい」


「お兄さんって呼ばないんだね」


「今後、呼ぶことはありません」


「そ、そうなんだ」


「神に誓います」


 それほとんど絶縁宣言なのでは?


 それにしても俺なんかのために、そこまでしてくれる。


 昨日までなら想像もしていなかった。


「和美ちゃん」


「はい」


「本当にありがとう」


「どういたしまして」


 和美ちゃんが嬉しそうに頬を緩める。


「今度は謝ってないよ」


「えらいですね」


「やっぱり子供扱いしてない?」


「していません」


「本当に?」


「本当です」


 そんなやり取りをしていると、教室に向けられていた意識が少しずつ薄れていく。


 周りの話し声も戻り始めていた。


 これなら、なんとか今日一日を過ごせるかもしれない。


 そう思ったときだった。


「いや〜昨日のあれはマジで笑ったわ」


 廊下から聞き覚えのある声がした。


 体が固まる。


「青木の顔、見たか? 完全に宮下の告白を信じてたよな」


「返事する直前だったんじゃね?」


「和哉、お前もえぐいこと考えるよな」


「別に。ちょっと驚かせようとしただけだって」


「ちょっとってレベルじゃねえだろ」


「でも、あいつもいい思いできたじゃん。宮下に告白されたんだからさ。嘘でも一生の思い出になっただろ」


 笑い声が近づいてくる。


 和哉たちだ。


 昨日、屋上にいた男子たち。


 教室にいる俺へ聞かせようとしているわけじゃない。


 俺がもう来ているとは思っていないんだろう。


 だからこそ、なんの遠慮もなく笑っている。


「今日、青木来んのかな」


「休むんじゃね?」


「えー、来てほしいわ。どんな顔して宮下と会うか見たい」


「お前、性格悪すぎ」


「和哉には負けるって」


「だから俺は、ちょっと遊んだだけだって」


 胃の奥が気持ち悪くなる。


 机の下で手を握りしめた。


 やっぱり帰りたい。


 あいつらの顔を見たくない。


 俺が俯きかけた瞬間、和美ちゃんの手が机の上へ置かれた。


 俺のすぐ近く。


 触れてはいない。


 けれど、手を伸ばせばすぐ届く場所だった。


「大丈夫です」


 和美ちゃんが小さな声で言う。


 さっきまでの優しい表情は消えていた。


 教室の入り口を見つめる目が冷たくなっている。


「私がいますから」


「……うん」


 廊下から足音が近づく。


「それにしても、あいつ本当に単純だよな。クラスで一番かわいい宮下が、本気で自分を好きになるわけ――」


 笑いながら男子の一人が教室へ入ってくる。


 その後ろから和哉も姿を現した。


「朝から昨日の話ばっかりすんなって。信吉が聞いたら、また泣いちゃうだろ」


「お前が言うなよ」


「ははっ、確かに」


 和哉が笑いながら顔を上げる。


 そして俺と目が合った。


「…………は?」


 笑い声が止まる。


 和哉の足も止まった。


 俺がすでに教室にいること。


 その俺の隣に和美ちゃんが立っていること。


 和美ちゃんが自分を睨みつけていること。


 一つずつ確かめるように和哉の視線が動いていく。


 教室が再び静かになった。


「な!? か、和美!? ど、どうして信吉と一緒に俺のクラスにいるんだよ!」


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