第4話 拒否反応
(今村和美視点)
信吉さんと別れてから何度目か分からないため息を吐いた。
家までの道が、いつもより短く感じた。
本当はもっと信吉さんのそばにいたかった。
あんなことがあった直後に1人にしたくなかった。
本当は一緒にいたかった。
でも家の前まで送ったあとも一緒にいる理由なんて思いつかなくて。
『今日はありがとう。助かったよ』
感謝の言葉をもらって正直嬉しかった。
でも最後に見せてくれた笑顔も無理をしているのが丸分かりだった。
あんな笑い方をする人じゃない。
信吉さんはいつも、もう少し優しく笑う。
私がくだらないことを言っても困ったように眉を下げながら付き合ってくれる。
なのに今日は違った。
笑っているのに、今にも泣きそうだった。
「…………」
思い出すだけで胸の奥が締め付けられる。
それと同時に別の感情が込み上げてきた。
怒り。
ただの怒りなんかじゃない。
頭の中が真っ黒になるくらいのとても大きな怒り。
まるで地球を破壊してしまいそうなほどに。
スマートフォンが震えた。
画面を見るまでもない。
家に着くまで、ずっと同じ相手からメッセージが届いている。
《今どこ?》
《大丈夫?》
「……まじでうざい。……黙って」
送られてきたメッセージを開き、既読だけつけて画面を閉じる。
返事なんかする気はない。
話す気もない。
家の前まで来た私。
できるだけ音を立てないように玄関の扉を開ける。
でも、ここは私の家だ。
帰ってきたのに何も言わないのも変だと思い、小さく息を吸った。
「ただいま」
玄関でローファーを脱ぐ。
そのまま揃えようとしたところで廊下の奥からバタバタと足音が聞こえてきた。
うるさい。
誰が来たのかなんて確認しなくても分かった。
「お、おかえり。和美。心配したぞ」
お兄ちゃん。
いやクズのあれが落ち着かない様子で玄関に姿を見せる。
家の中にいたはずなのに髪は変に乱れていた。
きっと私が帰ってくるまで何度も玄関と自分の部屋を往復していたんだろう。
顔も引きつっている。
いつもならそんな顔を見たら「どうしたの?」くらいは聞いていたかもしれない。
今日は何も思わなかった。
心配する気にもならない。
「和美、あのさ……」
「…………」
私はカバンを持ち直す。
「お、お兄ちゃんのメッセージ、見てくれたかな? 既読はついてたんだけど」
「…………」
完全に無視を貫き落ち着かないこれの横を無言で通り過ぎる。
こんな奴と会話なんて交わしたくない。
声も聞きたくないし顔すら見たくない。
今すぐにでも私の視界に入らないように消えてほしい。
私の大好きな信吉さんを傷つけやがって。
「あ、ちょ、ちょっと……」
後ろから足音がついてくる。
これまで同じ家で暮らしてきたあれの足音。
聞き慣れているはずなのに今は耳に入るだけで不快だった。
私は何も答えない。
階段だけを見て歩く。
あと少し。
階段を上がって自分の部屋に入ればいい。
扉を閉めてしまえば、この声を聞かなくて済む。
「な、なあ、無視するなって。こっちは真面目に話してるんだぞ」
どこが?
「ちょ、ちょっと待てよ。お兄ちゃんの聞きたいことに答えてくれよ」
これが私の肩を掴んで呼び止める。
「触らないで!!」
私は肩を掴んだ手を反射的に払い除けた。
パァンッと乾いた音が玄関に響く。
「っ……」
そこで初めて振り返った。
キッと、これでもかとクズを睨み付ける。
「か、和美……」
あれは信じられない表情を浮かべる。
何を驚いているの?
私は、あれに触れられた肩の部分を何度も手で払う。
変なものが付着したと思うだけで不快で気持ちが悪い。
「……最悪!」
声が震えた。
怒っているからなのか。
悔しいからなのか。
自分でも分からない。
「和美、待ってくれ。俺は――」
「2度と私に関わらないで!」
廊下に響く大きな叫びで伝える。
こいつの何も聞きたくないし見たくない。
これがどれだけ傷つこうが今の私には知ったこっちゃない。私はあれのことなど一切心配せずに背を向け、そのまま階段を駆け足で登った。




